2013年5月,23年ぶりに『朱氏頭皮針』が改訂されました。治療帯から治療区へ変更したことで,治療に応用しやすくなったうえ,治療効果の鍵となる導引に関して具体的に詳述されています。
このたび,朱氏頭皮針の概要(由来・特徴・治療区の位置・メカニズム)をテーマにしたQ&Aを公開します。他の頭針との違いや,操作手法・導引の目的や方法について,朱明清氏自身が回答されていて興味深い内容になっています。(編集部)
目 次
朱氏頭皮針の由来
1 頭皮針とはどのような治療法をいうのでしょうか。
2 朱氏頭皮針とはどのような治療法なのでしょうか。
3 「頭皮針穴名国際標準化方案」というものがありますが,
これは朱氏頭皮針と関係があるのでしょうか。
4 朱氏頭皮針は,国際標準化方案やその他の頭皮針流派とは
どのような違いがあるのでしょうか。
朱氏頭皮針の特徴
5 朱氏頭皮針の理論とはどのように成り立っているのでしょうか。
6 陰陽五行学説が治療の大原則であることは理解できました。
では臓腑学説との関係はどのように捉えればよいですか。
7 朱氏頭皮針の操作手法にはどのようなものがありますか。
8 帯気運針はどのように行えばよいのでしょうか。
9 朱氏頭皮針には導引が大切だとも聞きました。
導引とはどのようなものなのでしょうか。
朱氏頭皮針の治療区の位置
10 朱氏頭皮針の治療区について教えてください。
朱氏頭皮針のメカニズム
11 治療区に針をすると,なぜ治療効果があるのか,
もう少し詳しく教えてください。
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朱氏頭皮針の由来
1 頭皮針とはどのような治療法をいうのでしょうか。
(朱明清):頭皮針とは,簡単にいうと,毫針を使用して頭髪部位の皮下に沿って透刺し,さまざまな疾病を治療する針療法のことをいいます。
2 朱氏頭皮針とはどのような治療法なのでしょうか。
朱氏頭皮針とは,私が中医学の「天人合一」理論や経絡学説,西洋医学の生理解剖学や神経内分泌学説を根拠にして,導引とリハビリを結合させて開発した治療法です。朱氏頭皮針は,約半世紀にわたる臨床実践によって,安全・無痛であり,病気の治療だけでなく,心理・リハビリ,および予防・養生など幅広く応用できる総合的な治療法であることが実証されています。
3 「頭皮針穴名国際標準化方案」というものがありますが,これは朱氏頭皮針と関係があるのでしょうか。
「頭皮針穴名国際標準化方案」は,中国の陳克彦教授と王雪苔教授がWHOの要請により,中国に存在する多くの頭皮針流派のツボの相違点をまとめたものを私がダイジェスト化して執筆し,1984年の中国全国頭針代表大会の席上で,全会一致で認められたものです。その後,1988年の『江蘇中医』誌上で正式に発表され,私と彭芝芸教授がそのなかに主治の内容を加えました。朱氏頭皮針は,1989年に日本の東洋学術出版社から『朱氏頭皮針』として,さらに広東科技出版社から『中国頭皮針』として出版され公になりました。
4 朱氏頭皮針は,国際標準化方案やその他の頭皮針流派とはどのような違いがあるのでしょうか。
国際標準化方案には,頭部治療線のみが記され,主治および操作方法の記載はなく,治療法として完全なものとはいえませんでした。その他の流派は,おもに2つのタイプに分かれます。一つは,西洋医学の解剖の大脳皮質機能の投影区を治療の根拠とする流派であり,もう一つは,中医理論を根拠とする流派です(針刺手法では,強刺激で持続捻針する流派と,針刺だけして捻針しない流派がある)。
朱氏頭皮針は,治療区の位置・主治・針刺手法から,具体的な臨床応用の多くの面まで中医基礎理論を核心とし,解剖学などの西洋医学理論がそれを補佐している治療法です。特に経絡・陰陽・臓腑学説の理論や,伝統的針刺手法を重視し,治療の全過程に導引によるリハビリを緊密に結合させています。朱氏頭皮針の適応範囲は,鎮静・止痛だけでなく,臨床上よく見られる慢性病の治療から,危(救急を要する病気),急(急病),癱(全身や局所の不随),重(重病),難(難病か原因不明の病気)など広範囲にわたっています。これは,脳原性疾患の治療を中心にしてきた他の流派より,さらに治療範囲が拡大進化した頭皮針療法だといえるでしょう。
朱氏頭皮針の特徴
5 朱氏頭皮針の理論とはどのように成り立っているのでしょうか。
朱氏頭皮針の理論は,中医学を主とし,西洋医学で補完して,両医学の長所を採り入れて成り立っています。
周知のように,陰陽学説は中医学理論の核心です。また易学・道教の基本でもあります。陰陽学説の根本は,陰陽双方の対立と統一・相互依存・消長転化にあり,常に相対的な平衡を維持することにあります。このことは宇宙万物すべてのものに当てはまります。また五行学説も,万物のアンバランスを調整します。「亢まればすなわち害し,承くればすなわち制す」とあるように,五行生克の制約によって,相対的なバランスを維持することができるのです。人体のみならず,宇宙すべての動きがその規則にもとづいています。
どんな生物であれ,もし体内の陰陽・五行のバランスを失うと,体内,あるいは体内と外界との不調和な状態を引き起こし,たとえば陰陽失調による陰盛陽虚・陰虚陽亢,あるいは金不生水による肺腎陰虚,水不涵木による肝腎陰虚・肝陽上亢などの証候が現れます。
6 陰陽五行学説が治療の大原則であることは理解できました。では臓腑学説との関係はどのように捉えればよいですか。
中医の臓腑学説も本質は五行学説と無関係ではありません。五行学説は,宇宙の万物が5つの基本元素により構成され,5つの元素の生克乗侮の働きによって,自体および他体との対立・統一・依存・転化の関係を維持すると考えています。同じように,体内の五臓も五行学説によって,互いのバランスと制約で協調し,体内で「陰平にして陽秘なれば,精神すなわち治す」および「正気存在すれば,邪気犯すべからず」という状態を保ち続けています。
中医学の五臓の生理機能には,脳・脊髄神経などの神経科,また眼・耳・鼻・舌・口・歯・咽喉などの五官科,さらに皮・肉・筋・脈・骨・関節などの運動疾患や整形外科,そして肝・心・脾・肺・腎・大小腸・胆・胃・膀胱・子宮・卵巣・睾丸・生殖器官などの内科・婦人科・小児科などのすべての内容を含んでいます。そのため,五臓の生理機能に影響するすべての要因は,五臓の病気も生じさせるのです。病因や病位の違いによって,違った病症を生じさせます。ですから早急に正確な診断を下し,病因にもとづいた適切な治療を行うことが,私たち治療を行う者の大事な責務でしょう。
臓腑学説は,疾病診断の中心となる理論であり,どのような弁証論治も臓腑弁証と切り離すことはできないといっても過言でありません。たとえば,八綱弁証・六経弁証・衛気営血弁証・三焦弁証といっても,その根本には臓腑弁証があります。また,血液検査,X線・超音波・心電図・脳電図・筋電図・CT・MRI,NMRなどによる各種検査データも,臓腑との関係から切り離せません。臓腑学説は弁証の核心であり,臓腑学説がなければ正しい弁証はできず,治療を論じることも,病因治療を論じることもできなくなります。
7 朱氏頭皮針の操作手法にはどのようなものがありますか。
優れた針灸師かどうかは,その人の発する言葉より,実際の手技を見ればすぐにわかります。治療効果を得ようとするなら,的確な診断のもと正しい治療原則をたて,正確に選穴し,そのうえに針の操作や運針の手技を行うことが必要です。朱氏頭皮針では,「帯気運針」を行うことが特に重要です。針の操作手技では,「神」(集中力やバランスや勢い)を重視しますが,朱氏頭皮針の帯気運針も,あたかも虎を調教するときのように全神経を集中させなければなりません。
8 帯気運針はどのように行えばよいのでしょうか。
帯気運針を理解することは簡単ではありませんが,正しく操作することはさらに難しいでしょう。しかし,もし施術者が気持ちを落ち着けて雑念をはらい,施術だけに心を集中できれば,「帯気」の2文字の真髄はすでに半分達成したといえます。なぜなら,帯気運針の鍵は「守神」であり,「守神」ができれば,全身の気を手に集中でき,そして内気を刺針する指先に伝えて「抽気法」,あるいは「進気法」という手法を行って,実は瀉し,虚は補い,気血の状態を整えて,陰陽のバランスを調えることができるからです。
帯気運針を上手に行うためには,刺針前にまず施術者が太極拳の準備姿勢(両脚を肩幅の広さに広げ,肩の力を抜き,両手をやや上に挙げる姿勢)をし,患者の正面に向かって立ちます。そして,左の母指端で治療区の傍らを押さえ,右手で針をすばやく頭皮に刺し,神経を集中し意念を込めて抽気あるいは進気の提挿手技を行います。このとき針を動かす提挿の幅は,最大でも米1粒の幅を超えず,最小でも胡麻1粒の幅以上で行います。しかし指先の力は,かなり強い力で加減します。この力は強ければ興奮作用をもたらし,弱ければ抑制作用をもたらします。運針の守気や守神は,たとえれば凧上げの糸を扱うのと似ています。凧をあげるとき,神経を集中して,凧の糸を強く引いたり送り出したりしながら,凧をどんどん高く上げていきます。凧が大きければ,引っ張る力も強くなるでしょう。そしてある程度の高さに上がったら,糸をしっかり引いて見守りさえすればいいのです。帯気運針の原理もこれと同じといえます。
9 朱氏頭皮針には導引が大切だとも聞きました。導引とはどのようなものなのでしょうか。
朱氏頭皮針で行う導引とは,昔の道教の修身・養性の教えを借りつつ,後世と近代の養生保健やリハビリなどの有益なすべての方法を取り入れてまとめたものです。「導」とは気を和ませる,「引」は体を柔軟にさせる(導気令和,引体令柔)という意味です。ですから「和気」と「柔体」にさせる方法や手段は,すべて「導引」に属します。たとえば,伝統的な針灸・推拿・按摩・指圧・運動療法(体操・ジョギング・高跳び・幅跳び・水泳などの運動)・武術(少林拳法・太極拳・武当拳法など)・ヨーガ・導引吐納・心理療法・物理療法・リハビリ・漢方薬(内治・外治)・食事療法・栄養補充(ビタミン・ミネラル・微量元素の補充)などもすべて導引の方法に属すと考えます。
導引は,頭皮針の治療効果を高めるために,治療の気を疾患部位に導くために,また治療効果を長く維持させるために行います。導引の具体的な方法は,必ず治療の目的にもとづいて決定します。
導引には「主動導引」と「受動導引」の2つがあります。
主動導引とは,自分の意思によって臓腑や肢体を動かし,治療の効果を出すことを指します。たとえば武術・太極拳・ヨーガ・柔道・相撲・フェンシング・ボクシングなどの各種体育運動や,ジムなどで運動補助器具を利用する運動も主動導引に含まれます。
受動導引とは,四肢が麻痺で動かせない場合や,意識障害により肢体の動きを自分でコントロールできない場合,あるいは損傷によって自力で運動することができない場合などに,他人の力を借りて体を動かす運動を指します。たとえば按摩・推拿・指圧・西洋流のリハビリなどは受動導引に含まれます。西洋医学から生まれたリハビリ法である機能回復運動と朱氏頭皮針を組み合わせれば,患者の肢体の正常な動きや嚥下,言語機能の回復に大きな効果を発揮します。
現在,世界でよく使われているリハビリ療法のほとんどは,肢体機能の回復にはある程度役に立ちますが,介入のタイミングが遅すぎたり,運動量もリハビリのときだけなどであったりして十分ではありません。また患者を受け身な立場に置くため,患者は主体的な治癒願望をかき立てることができず,疾病の回復にも影響が及びます。そのため,朱氏頭皮針で行う導引では,まず針治療を行う前に,患者に客観的な状況をまっすぐに理解させ,「自分の命の鍵は自分の心にある」「足が動くかどうかの鍵は自分の努力にある」というように,病気を治す信念を強くもたせます。そして針刺と同時に,精神を患部に集中させ,施術者と患者の意念によって気が病所へ届くようにします。受動導引であっても,意をもって気を運ぶ意識が必要です。この主体的な意念をもって,動かない患部や患肢を動かそうとし,そして動かすことにより,必ず回復するという信念がさらに増していきます。このことこそ,朱氏頭皮針の導引術の真髄です。
導引を行うタイミングは,早ければ早いほどよいです。いかなる病症でも,頭皮針治療を行うと同時に,相応する主動導引術か受動導引術を組み合わせるべきです。
朱氏頭皮針の治療区の位置
10 朱氏頭皮針の治療区について教えてください。
朱氏頭皮針で針刺する部位は,督脈を中心線とし,その両側の足太陽膀胱経線を左右の境界とし,また百会穴より前後5寸ずつ延長したところを境界として治療面とします。その面の中をさらにさまざまな区に分け,全身の疾病の治療に当てています。
この区分けはバイオホログラフィー(生物全息)理論にもとづいており,人体の体幹・四肢・臓腑などを頭部の長方形の面の中に圧縮して投影し,相応する臓腑・機体などに効能と主治を当てはめて治療区を命名しました。各治療区は,経絡とも密接に関係しており,それぞれが陰陽気血の属性をもっています。たとえば百会穴を中心点として,その前頭部分は陰,後頭部分は陽となり,また督脈を中心線として,左側頭部は気を主り,陽に属し,右側頭部は血を主り,陰に属します。頭は諸陽の会であり,任脈と督脈の2脈で体の中心を縦に一周し,脳と六海に通じるため,頭部は人の内外・左右・前後・上下の全体の陰陽バランスを維持し,体幹と中枢神経を結ぶ重要な場所となっています。
具体的な治療区の位置は次のとおりです。なお,治療区の詳細および図解は
『朱氏頭皮針[改訂版]』を参照してください。
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① | 百会穴を中心として,前・後・左・右に各5分(0.5寸)ずつ延ばした縦横1寸の方形区を作る。この方形区の上には直立した人体が垂直に投影されており,この投影された人体に相応する頭頂部・会陰部・両足踝関節以下の病症を治療することができる。この方形区を「巓頂会陰足踝区」と名づけた。 |
② | 前髪際正中より百会穴の前5分までの間に仰向けの人体が投影(頭部は前髪際辺縁にむけ,会陰部は百会穴の前5分のところに当たる)されており,前頭から百会穴の方へ向かって頭面区・上焦区・中焦区・下焦区,そして上肢区・下肢区の治療区に分け,それぞれの区の名称と相応する部位の病症を治療できる。 |
③ | 百会穴の後ろ5分から,後髪際の方(外後頭隆起突端上部の陥凹部)に向けて,俯せの人体が投影(投影されている人体の百会穴と本体の百会穴は重なる)されており,上から下に向けて頸区・背区・腰区・骶区の治療区を配置し,各区の名称と相応する部位の病症を治療できる。 |
これら頭部の3つの投影区には,人体のすべての臓腑・器官・組織が含まれており,それぞれの治療区に頭皮針治療を行うことによって,表から裏に至るまでの病症を治療することができます。しかし,確かな効果を得るために重要なことは,針刺の操作手法および導引術を同時に行うことです。
朱氏頭皮針のメカニズム
11 治療区に針をすると,なぜ治療効果があるのか,もう少し詳しく教えてください。
朱氏頭皮針は,即効性があるだけでなく,難病や原因不明の病気などにも効果があります。その臨床効果が生まれるメカニズムについて,私はかつていろいろな方面から研究してきました。そして次のような仮説を立てました。
私のたてた効果の仮説は,①経絡自身の効能,②針刺手技と導引法により経絡のルートを有効に生かすこと,③針刺によりイオンチャネルの効能を高めること,④針刺により頭蓋骨縫合を通じて効能を出す,⑤針刺により神経内分泌ホルモンに変化を起こすこと,⑥バイオホログラフィー理論による効能,⑦心理学的な効能など,7つのことが関係しているのではないかと考えています。詳しくは,
『朱氏頭皮針[改訂版]』の概論を参考にしてください。
もちろん,これはあくまでも仮説であり,今後の科学的な研究により証明されることを願っています。ぜひとも基礎医学の研究者,生物物理学者,生物化学者,遺伝生物学者たちの協力をいただき,新しい針灸医学研究の道が開けることを願ってやみません。
☞朱氏頭皮針Q&A 〈2〉
『中医臨床』通巻133号の記事を転載しました。