中国中医薬報に,黄煌先生の関節痛治療に関する記事を見つけましたのでご紹介します。
『中医臨床』の次号6月号には,昨年の南京研修旅行のリポート記事をひきつづき掲載する予定なのですが,そのなかの吉澤和希先生のリポートに「黄煌先生がリウマチ治療に小柴胡湯加減を使っている点は興味深い」というお話がでてくるのですが(6月号をどうぞお楽しみに),今回の記事もそれに関連した面白い記事だと思います。黄煌先生の思考法は本当に斬新ですね。
中国中医薬報 2006.03.30
黄煌教授による関節痛の治療症例
南京中医薬大学 黄波
趙某、女性、70歳。教師、体格は中肉中背。2006年2月7日初診。
胆嚢炎、胆結石の病歴があり、血圧、血糖も高め。
2005年5月に関節痛と朝方のこわばりがひどくなり,病院のリウマチ科で検査したが、リウマチ因子(-)。
多くの西洋薬の鎮痛剤と天麻杜仲丸などを服用したが、あきらかな効果はなかった。
診察時,患者は朝方のこわばりと全身関節疼痛を訴え、特に手・腕部の関節、および膝蓋骨の痛みがひどかった。疲労時と朝起床時に悪化し、疲れやすく、両足は重くひきづって歩き歩行困難。
よく眠れず、目が覚めると再度寝つけず、腹中がときにしくしくと痛み、まれに動悸がする。
胃の中がときどき調子が悪く、腹部は押えると痛みがあり、舌淡・苔薄白滑、大便はやや乾燥。情緒はほぼ正常。
南京中医薬大学の黄煌教授はこの患者を診察し、柴胡加竜骨牡蛎湯を与えた。処方:柴胡12g、黄芩6g、製半夏15g、肉桂6g(後下)、桂枝6g、党参12g、茯苓20g、製大黄5g、竜骨10g(先煎)、牡蛎10g(先煎)、乾姜6g、紅棗30g。
患者が2週間後に再診した際,患者はたいへん感激しており、薬を飲んだら当日の晩には手と腕の痛みが緩解し、膝の痛みもだんだんと和らぎ、同時に睡眠も改善して、夜間に目が覚めた後にも寝つけるようになったという。また,疲労感も軽減し、両足の重さと歩行困難も改善しているとのこと。
原方に少し調整を行って,服薬を継続。
考察:“柴胡加竜骨牡蛎湯”は黄煌教授が最も臨床応用を得意としている経方の1つであり、黄煌教授は『傷寒論』第107条の「傷寒八九日、之を下し、胸満煩驚して、小便利せず、譫語し、一身尽く重く、転側すべからざる者は、柴胡加竜骨牡蛎湯,之を主る」に深い見解をもっている。
黄煌教授は、この条文中を次のように考えている。「胸満」は胸郭脹満による変形を指しているのではなく、胸悶感や呼吸困難のことを指す。また「煩」は,具体的には睡眠障害、あるいは情緒不安定、仕事の能率低下を表す。「驚」は,驚恐不安であり、すなわち悪夢を多く見たり、心臓がドキドキしたり、あるいは臍腹部の搏動感がある。「小便不利」は頻尿を指しており、多くは緊張や疲労などのために身体機能が乱れた状態を表す。「譫語」は多くが精神障害によって起こる。「一身尽く重く」は一種の自覚症状であり、木のように硬くこわばったり、あるいは行動が遅い、意欲低下、反応が鈍いといった症状を指す。
黄煌教授はこの処方を精神鎮静剤として捉えており、臨床上で広範に失眠・精神分裂症・てんかん・うつ病・恐怖症・ノイローゼ・慢性疲労総合症など,精神神経系の疾病の治療に応用している。
この症例の患者は服薬後の効果に驚き、この処方中の一味一味の薬物の効能を調べたが,1つも去風湿止痛薬に含まれるものはなかった。
黄煌教授は私達に次のように話した。この病気を治療する際には,ただ痛みを止めるだけではいけない。われわれの身体はあたかも1つの製薬工場のような機能をもっており、必要とする多くの薬をすべて生産することができるのであって、体が「消極的になって仕事を怠る」ときに,人々は不調を感じるのである。われわれは薬物を用いて,中枢神経系の産生作用によって身体回復をはかる研究を試みているが、自己分泌物質のなかには鎮痛などの作用を持つ物質が含まれており,これはすなわち「漁によって授ける」のではなくて,「魚によって授ける」ものであるといえる。