解放軍援塞医療隊 杜寧
西アフリカで猛威をふるうエボラ出血熱に対する第2次救援医療チームのメンバーとして,シエラレオネの首都・フリータウンに赴いた筆者は,中薬湯剤を用いてエボラウイルス陽性患者45例の治療を自ら経験した。当地で明らかになったのは……
エボラウイルスによって起こる感染症は,2014年2月から西アフリカ各国で猛威をふるい,世界保健機構(WHO)によってエボラウイルス疾患(EVD,エボラ出血熱)と名付けられた。2014年8月,国家中医薬管理局は専門家を集めて,中医薬によるエボラ出血熱に対する予防および治療をテーマにした研究会を行ったが,現時点ではエボラ出血熱に対する中医薬の予防・治療がどれほど有効であるかは,明確になっていない。
解放軍第302医院は,全解放軍唯一の感染症病院である。2014年9月,国務院および中央軍事委員会の命を受け,第1次医療チームを組織し,シエラレオネの首都・フリータウンにあるシエラレオネ中国友好医院に派遣して,専門家らがエボラ出血熱患者の治療を開始した。筆者は,第2次医療チームのメンバーとして11月15日正午にフリータウンに到着後,一昼夜連続の飛行による疲れも顧みず,わずか2時間で第1次医療チームからの引き継ぎを完了させ,同日午後からエボラ出血熱の予防および治療作業を開始した。
現在,私たちの任務はすでに半分以上が終了しており,第2次救援医療チームは,2014年12月25日までにエボラウイルス陽性患者計95例の治療を終えた。また,12月1日からは中薬の湯剤を投与した治療を開始しており,現在,陽性患者45例の治療観察を継続中である。
エボラ出血熱に対する中医薬治療3つの優位性
1.患者の症状を軽減させる
私たちは,安全・簡便・調整可能という原則のもと,中医薬によるエボラ出血熱の予防・治療プランを策定し,最初の段階では何度も検討と修正を行い,「克毒方」(金銀花・山梔子・黄連・苦参・生地黄・藿香・生石膏)という顆粒剤を用いて予防・治療に当たった。同プランでは,症状の改善・致死率の低下・疾患の進展阻止を主な目標に掲げた。また同プランの治療の前段階では,50例の患者の中医症状の情報を集め,中医証候の特徴と変遷の規則性をまとめた。
中医の弁証分析により,エボラ出血熱は,急速に発病し,変遷が早く,表から裏に伝わるという,中医の暑瘟・湿毒の診断に符合することがわかった。暑邪が体内に鬱すると火と化しやすく,伝わり方や変化が速く,津液を非常に損傷しやすく,また竅を塞いで風を動かしやすい。中医では,本疾患の内因は,正気虚弱で暑瘟・湿毒の邪気に対する抵抗力が弱く,暑湿の邪毒は皮膚表面から人体に伝わると考えている。病邪は衛気営血の法則にのっとって変遷・伝達され,病状は徐々に悪化し,ひどくなると厥脱証を併発して死に至る。これらの法則性は,さらに有効的な治療策定に向けて理論的な根拠を提供することになり,エボラ出血熱の感染状況の抑制を大きく後押しする。
私たちは治療の過程で,エボラ出血熱患者は,一般に全身の炎症反応による疲労感・嘔吐・腹瀉・脱水・低カリウム血症・疼痛などの症状を伴い,ひどくなると多臓器の機能不全を引き起こすが,早期に中薬を用いて中西医結合治療を開始すれば,有効的に患者の症状を軽減させることが可能であり,疾患の進展を阻止して,致死率を低下させ,患者が健康を回復する可能性が高くなると考えている。
2.詳細な化学的検査なしでも診断・使用薬の決定が可能
エボラウイルスはバイオセーフティレベル(BSL)4であり,その致死率の高さから, WHOから人類に対する危険が最も高いウイルスの1つとされている。主には,患者の体液・分泌物・排泄物に接触することで感染する。シエラレオネの衛生部門は,医療関係者に,患者との接触や負傷者の作業を極力抑えるよう求めている。このため,患者は入院後採血の回数が非常に少なく,また採血量も厳格に規制されているため,中国内での入院時のような完全な検査結果を得ることができない。
詳細な化学検査のデータがなければ,西洋医学的治療に必要な科学的根拠が失われる。このような状況において,中医は強力な優位性を発揮する。中医は,悠久の医療実践において,望・聞・問・切の4つの方法で疾患を診断してきた。中医診断は,病症を弁別するにあたり,まず疾患の証候を弁別して診断を決定し,診断を確定することで疾患治療の根拠とする。中医の診断は,症状により病因を分析するだけでなく,さらに患者の心理や患者の周囲の地理的環境・自然の気候・時間の長短なども総括して,疾患を全体的に判別・確定する。私たちは,今回の活動のために温病証候を研究した論文を調査し,エボラ出血熱の中医症状の症例観察表を作成した。この観察表には,一般資料・中医の四診情報・舌脈象などが含まれており,診断と使用薬材を確定した当日から7日目まで,1日1回記録を取った。
3.看護負担を軽減する服薬方法
私たちは,毎日緊張に直面し多忙を極め,しっかりと防護服に着替えなければ隔離病棟には入れないが,このことは,直接エボラ出血熱患者に対応し,たとえようのない危険性と隣り合わせになることを意味している。厳重な防護服は非常に息苦しいものであり,医療スタッフが克服しなければならない困難の1つとなっている。医療スタッフの「感染ゼロ」を最大限に確保するために,各患者に指示どおり輸液治療を行い,輸液の時間も厳格に規制されている。たとえば,抗生剤は8時間ごとに1回使用し,大きな点滴バッグはすべて注入するまでに数時間もかかるが,看護作業のなかでもこれらが最も頭の痛い点である。一方,中薬治療は,これらの束縛から看護スタッフを解放してくれる。私たちが使用した中薬の顆粒剤は,1剤ごとに小分けされており,毎日2回の中薬を配合するのであるが,これにより中薬の湯剤の温度が確保される。看護スタッフが病室チェックの段階で直接中薬の容器を患者に届けることで,温服の条件を満たして使用薬の基準を保証することができる。
今後の課題
エボラ出血熱の患者に対し中医四診の情報を集めることで,本疾患の中医証候の特徴および変遷の法則性を結論づけて,中薬治療にさらに有力な理論的根拠を提供することができるだろう。しかし,どのようにすれば安全で有効的にエボラ出血熱患者の,四診情報を得ることが可能になるのであろうか?
私たちは治療開始時には,感染症から安全に防護するという必要性から,舌診はデジタルカメラによる撮影で対応し,脈診は脈診機器で記録後にデータをアウトプットする方法を採用したが,これらの作業は一定の困難と危険を伴うことが判明した。
まず,民族間の文化的相違による困難を克服する必要がある。シエラレオネの人口の50%以上はイスラム教徒であり,写真を撮る場合は,あらかじめ説明をして彼らの恐怖心を取り除き,許可を得てからでなければ撮影ができず,患者に少しでも疑問や不安があれば,撮影をあきらめるしかない。
第2には,舌象を撮影する際は,デジタルカメラの光線条件が揃っている必要があるが,病室内は場合によっては暗くて光が十分でない。また,舌診の際には患者は大きく口を開き,できる限り舌を露出させなければならず,またカメラを舌の上方の至近距離に設置しなければならないため,随時,患者の口腔内の分泌物が噴出してカメラが汚染される可能性がある。
第3には,脈診機器は一種のコンピュータ設備であり,ホストコンピュータ・ディスプレー・センサー・回線・コードなどを室内の一定箇所に配置しなければならず,病室に携帯するのに不便であり,データ収集を実現するのが困難である。このため,現時点では医師による切診によって脈象診断を行うしかない状況である。