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オーストラリア中医見聞録

公開講座の講師としてオーストラリアに招かれた筆者が,現地の中医学の状況をつぶさに観察してきた。国際化に向けてひた走る中医学であるが,オーストラリアの受け入れ体制は,他の国々と比べても群を抜いている。(編集部)

 

  筆者(遼寧中医薬大学付属第三医院 張存悌・李明哲)は,オーストラリアの中医関係者からの招待を受け,昨年8~9月にオーストラリアに向かった。6週間の日程で,シドニー・メルボルン・ブリスベンなどの都市を回り,公開講座を行い多くの人と交流をして,数多くのものを得た。


オーストラリアでは間もなく中医登録制度を実施
  筆者は,オーストラリアは西洋のなかで中医が最も発達した国だと考えている。ビクトリア大学・豪州ナチュラルセラピー学院・ロイヤル理工学院には,すべて中医学部が設置されており,卒業後はすぐに登録をして医療行為を行える。またビクトリア州では,他州に先だって中医登録局が開設されており,1千人以上の中医師が登録を済ませている(このうち70%が現地人)。さらに,2012年7月1日には全国で中医登録制度を実施する予定で,西洋ではじめて同政策を取り入れる国となる。
  現在オーストラリアでは,3千人以上の人が専門的に中医薬事業に従事しており,これとは別に3千人の人が,中医薬を補助的な治療手段として用いているという。中医の受診人数はのべ280万人にものぼり,毎年8,400万オーストラリアドル(日本円で約70億円)を治療費にあてている。各地に民間組織としての中医学会があり,学会長はすべてボランティアで,補助金などは一切手にしていない。彼らはすべて自身の診療所を開設しており,医師業で生計を立てている。


医療技術の高いオーストラリアの中医師
  筆者は,現地で数多くの大陸出身の中医師に出会ったが,ほとんどが各省の中医大学を卒業したベテラン専門医である。周康医師は,かつて中国中医学院で鍼灸を学び,1997年にメルボルンで最も賑やかな金融街に診療所を開いた。そのビルは,数多くの西洋医学の診療所があるため「医療ビル」と呼ばれており,周医師の診療所は同ビルで唯一の中医診療所である。60平方メートルの診療所は,待合室・診察室・施術室・薬局に分かれており,けっして大きな診療所とはいえない。しかし,西洋医学の診療所に取り囲まれた周医師の診療所を訪れる患者は少なくなく,1日で20人近い患者を診察し,忙しくて食事をする暇もないほどだという。また,周医師の診療所を訪れる患者は,大多数が西洋人だそうだ。
  患者は,官僚や裕福な実業家もおり,60歳を少し過ぎた前ビクトリア州長は,多発性神経炎を患い,両下肢にしびれや疼痛が現れ,歩行が困難だったという。西洋医学による治療を2年間続けたにもかかわらず,効果が現れなかったが,周医師の鍼治療を数回受けただけで,病状は大幅に改善されたそうだ。また,オーストラリア最大の某チェーン店の社長も,家族が病気になると必ず周医師の診療所にやってくるという。社長の妻は,乳腺がんを患い病状がかなり進行していたが,周医師の治療を受け,すでに8年の歳月が経っている。周医師の治療原則は,「留人治病」(患者の生活を維持したままで疾患を治療する)であり,その治療効果はきわめて高い。周医師は常に,「医を学ぶものは人を救えない。死に至らしめるのみだ」と話している。
  また筆者は,ブリスベンで趙効勤医師にお会いした。趙医師は,1984年に黒龍江中医学院を卒業し,その後日本やシンガポールで経験を積み,10年前からオーストラリアに根を下ろしている。現在は,ブリスベンで宏仁堂という薬局と診療所を兼ねた施設を開業している。趙医師は,優れた医療技術をもち,鍼と中薬を並行して使用している。また趙医師は,日本語・英語にも長けており,毎日約20人の患者が診察に訪れる。患者は西洋人が大半を占めており,予約なしには診察を受けられない状態だそうだ。


オーストラリアでは中英バイリンガルの人材が必要
  オーストラリアでは,中医薬の人材が数多く求められている。中国語の『鏡報』では,毎回中医師の求人広告が掲載されており,約20の診療所の広告では,必ず鍼灸師・按摩師・中医師を求めている。またオーストラリアでは,特に鍼灸治療の人気が高い。1回の治療で50オーストラリアドル(日本円で約4千円)という費用は安くないが,多くの患者がこれをいとわない。鍼灸は治療効果が高いということ以外に,医療保険として請求できるため,このことも人気の理由の1つとなっているのかもしれない。(中薬の治療費は保険請求ができない)
  周医師は,オーストラリアでは中英のバイリンガル人材が非常に求められているという。現在の一番の問題は,中医の技術が高い医師は英語の能力がなく,英語が堪能な中医師は,医療技術がさほど高くないという点だそうだ。周医師は,苦労して英語を学習し,現在はビクトリア大学の中医学部鍼灸学科の専任教授も務めている。毎週10~15時限の講義を行っており,学生はすべて西洋人だという。中医学部は4年制で,学費は年間1万オーストラリアドル(日本円で約80万円)だそうだ。


中医人員は勤勉
  オーストラリアで接した中医関係者は,予想をはるかに超えて勉強熱心だった。周医師の診療所には,常に研究熱心な学生が訪れ,筆者もちょうど2人の西洋人学生が勉強をしに来ているところに居合わせ,彼らの熱心さに頭が下がる思いだった。筆者が大陸から来たと言うと,彼らは次々と質問を投げかけてきた。50歳になる鄥政容という華僑は,44歳から中医を勉強し始めたというが,多くの時間を中医の学習に費やしているという。鄥氏は,「天津・上海・北京・アモイなどの地を回り,1年の学費が1万ほどで,3カ月の実習費用は1万2,000かかった。今もなお,答えを探し続けている」と話した。


中医診療所の薬剤は高品質
  筆者は何軒かの中医診療所を参観しているうちに,以下の2点に気がついた。
  〈1〉オーストラリアの薬材は,全体的に中国内よりも品質が高く,中国ではなかなか入手できなくなった,化橘紅・岷当帰・懐山薬なども手に入れることができる。附子はすべて皮を取り除いてあり,見ためも綺麗で,十分に乾燥してあり,砕きやすく,半透明になっている。生半夏は,すべて米粒ほどの細かな顆粒状になっており,清潔で粒がそろっていて,使う人に喜ばれる(国内の生半夏はすべて粉砕されておらず,1時間煎じてから割ってもまだ白い芯が残っている)。また興味深いことに,このような高品質の中薬は,すべて大陸からの輸入であるにも関わらず,中国内で買うより安価で,数分の1の価格で買えるものもある。あるとき筆者は,宏仁堂に行って薬材の価格表を見たが,附子・生半夏などは,中国内よりもだいぶ低価格になっていた。
  〈2〉中成薬の種類が非常に豊富である。特に蘭州・仏慈中薬厰と北京・同仁堂の製品が多い。ただし,仏慈中薬厰の包装には英語の説明が書かれているが,同仁堂の製品にはそれがない。西洋人が主体の市場においては,前者が優位であることは間違いない。特に,小青竜丸・小柴胡顆粒・補陽還五丸・血府逐瘀丸・八正散丸・失笑丸などは,すべて臨床で常用される効果の高い方剤であるが,国内市場ではほとんど見かけない


  オーストラリアは美しいところであり,同地の中医師は幸運だと思う。

(口述:張存悌,整理:李明哲)


中国中医薬報[2012.02.08]

翻訳:平出由子


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