英国中医薬学会(ATCM)会長 沈恵軍
項目
(1) 背景
(2) 【2000~05年】初期の草薬・鍼灸の立法経過
☞(3) 【2005~06年】立法過程における中医の平等な地位確定
(4) 【2006~08年】連合立法WGおよびその報告と保健省の第2回一般諮問
(5) 【2010~12年】この1年の進展と今後の見通し
(6) 英国の中医界が直面する問題
■3■ 【2005~06年】立法過程における中医の平等な地位確定
1.中医の合法的地位獲得に向けた中医界のたゆまぬ努力
保健省が,草薬・鍼灸立法の一般諮問を開始した頃の2004年上半期には,英国中医薬学会(ATCM)を代表とする中医界が大量の業務を行い,立法における中医の平等な地位獲得に向けてたゆまぬ努力を続けていた。このなかで最も重要なのは,英国の著名企業DLA Piperおよび議員,下院の超党派中国グループのIan Stewart副主席の協力のもと,英国議会政治の遊説戦略という特徴を踏まえ,政府と議会に向けた遊説活動を行ったことである。
私たちは,まず政府の主管部門と議員宛てに,2回にわたり中医の法制化を呼び掛ける書状2,000通余りを送付するため,会員を集めて,所在地の議員に中医界の声をしたためた書状を書いてもらった。これに対し,強大な影響力をもつ多数のベテラン議員が,われわれの要求に理解と支持を示してくれた。また2004年10月~2005年2月には,ATCMの代表が,Ian Stewart労働党議員,Michael Howard保守党議員(当時の保守党党首),Lord McColl,Lord Hunt,Lord Walton上院議員など,数人の議員と会見し,英国政治の上層部に,直接われわれの声を聞いてもらった。これらの議員はともに,医療保健業界関連の立法業務において,重要な地位についていた。例えば,Lord McColl氏は医学会の著名人物,Lord Walton氏は2000年に上院の代替医療報告の責任者を担当しており,またLord Hunt氏は前保健大臣である。私たちはさらに,保健省のMelanie Johnson国務大臣やLord Warner氏と3度にわたり会見したり,保健省の主管官僚と何度も会談を行った。
ATCMの遊説活動は,良好な成果をあげた。ATCMは2004年10月20日に,Lord Hunt上院議員と会談したが,Hunt議員はその場で政府に向けた質問文書を起草し,ATCMの立場を明確に支持してくれた。またHunt議員は,10月28日に行われた上院弁論において,「政府は今後の立法業務において,中医師を特殊専門職とみなし,鍼灸・草薬師と同様の地位を与えると考えているか?」という質問を投げかけた。これに対し,代替医療立法業務の主管部門である保健省のLord Warner大臣は,「私たちは,多くの中医師が,草薬ばかりでなく,鍼灸も応用して治療を行っていることを認識している。今後管理条例を制定する際には,彼らの要求も考慮に入れる」と答えた。このとき,はじめて英国政府の大臣クラスの官僚が,中医の特徴や,中医が鍼灸・草薬すべてを包括しているということをはっきりと認めたのである。その後ATCMの代表は,Lord Warner氏と行った会談(2005年2月1日)において,政府に向け以下の主要な3つの意見を提出した。
- 伝統中医(TCM)は完全で独立した医療体系であり,それを分割して管理すべきではない。
- 中医は草薬以外に,鉱物薬や動物薬も使用しており,立法後も,これら鉱物・動物薬の使用を許可するべきである。
- 立法過程において,英語を現有の中医師の主要審査条件にするべきではない
中医界と大衆のたゆまぬ努力の結果,2005年3月に政府が公布した代替医療立法方案において,ようやく「中医師」という肩書が与えられ,草薬・鍼灸と同様に登録名称を手に入れた。ATCMは,この方案は中医界の利益と要求を基本的に満たしていると考え,これと同時に,中医の法管理に向けた具体的準備と配置に着手した。ATCMは,『中医教学大綱』『中医師資格確認標準』など,立法管理において重要な参考文書を立て続けに完成させ,すでに完成している『中医師就業準則』『中医専門行為規範』を改訂すると同時に,中医教育委員会と中医資格認証委員会を立ち上げた。これらの文書は,2006年に中医のWGが,中医立法関連の文書策定をした際の重要な原本となった。最終文書の内容の大部分は,ATCMの文書から引用したものである。
2.CAM方案からHPC方案への転換(2005年3月~06年5月)
保健省は,2004年6月の一般諮問期間内に,700通余りの回答を得た。回答の大部分は,草薬界・鍼灸界・中医界,および主要医学体系のその他の医療保健業界や団体からのものであった。政府は,2005年2月に諮問の回答結果を公表したが,大多数の意見は,政府の諮問文書に提出されているCAM Councilを支持するものであった。政府は2005年3月4日に立法業務会議を招集し,内部的に立法方案を公布した。これにより,CAM Council準備に正式に着手し,連合WGを設立した。保健省の官僚はこの会議で,立法過程において中医も草薬・鍼灸と同様の地位を有すると宣言し,これにより「中医師」の肩書が法的に認められた。
しかしながら,2005年3月の保健省の立法業務会議に続き,5月には全国選挙が行われ,選挙後保健大臣が更迭された。さらに西洋医のホームドクターであるHarold Shipman医師が,患者を殺害するという重大事件が発生し,英国現有の医療法規の重大な落とし穴が露見した。これに対する国民やマスコミの反響は大きく,医師団体による医師の管理体制は完全に崩壊したと考えられた。政府はこの事件を機に,医療管理体制全体に対し,長期的かつ大規模な観察と調整を行った。さらに2007年2月には,Shipmanの調査報告で提出された意見に対する詳細な回答が公表された。そして最終的に,影響の大きな2つの白書,英国主席医官のLian Donaldson氏の「Good Doctors, Safe Patients」(※9)と,Andrew Foster氏の「The Regulation of the Non-Medical Healthcare Professions」(※10)を発表した。
政府は2005年から2006年まで,基本的に議事日程に代替医療立法を取り入れていなかった。しかし,代替医療はこの間も絶え間なく発展しており,ATCMを代表とする,中医界を含む代替医療界では,立法に向けてたゆまぬ努力を続けていた。またこれと同時に,英国政府の立法に対する考え方にも調整が加えられていた。政府は,2つの白書の意見を踏まえて,新たな法的管理機関を設けずに,現有の立法管理機関を活用することを決定した。このため,政府の文書から徐々に「CAM Council方案」という文字が消え,2006年初めには,政府は二度とCAM Councilを推し進めなくなった。これに取って替わったものは,さらに多くの保健業種を統括管理する機関,すなわち中医・草薬・鍼灸すべてを組み入れた保健業種管理委員会(Health Professions Council:HPC)による登録管理であった。HPCは2001年に設立され,政府の法制定により成立した法的登録機関であり,医療補助人員の管理を専門に行っている。この保健業種の登録管理機関は現在,検査技師・放射線技師・理学療法士・セラピスト・臨床検査技師・救護人員など,15の医療保健専門者の法管理を行っている。これらの人員は,すべて英国の国家医療体制に所属しているが,われわれ中医師が,国の法的管理機関であるHPCに参入できるのならば,中医が国家医療体制に一歩足を踏み入れることになる。
CAMプランにしろHPCプランにしろ,このような状況になれば,われわれがずっと追い求めてきた,中医が草薬・鍼灸と同様に法的な地位を獲得するという目的は,基本的に達成したことになる。地位を手に入れた後は,今度はいかにして現実的な利益を勝ち取るかということが次の目標となる。
(つづく)
[参考文献]
9)Donaldson Review. July 2006 http://www.dh.gov.uk/en/Publicationsandstatistics/Publications/PublicationsPolicyAndGuidance/DH_4137232
10)Foster Review. July 2006 http://www.dh.gov.uk/prod consum dh /groups/dh digitalassets/@dh/@en/documents/digitalasset/dh 4137295.pdf
出典:英国中医立法12年的歴程和結局.世界中医薬学会連合会首届中医全球化与人類健康高峰論壇 論文匯編
翻訳:平出由子