この4月16,17日,中国雲南省昆明市で「世界中連」(世界中医薬学会連合)の第2期第8回理事会が開催された(創立8年目の理事会)。参加者は約70名。数人の欧米人を除いて,ほとんどは海外で活躍する中国人中医師たちだ。中医薬大学を卒業したのちに海外へ出て,各国で中医学の医療活動を行ってきた人々で,今日の「中医国際化」の先頭を走る主役たちだ。
筆者が参加するのは,今回で3回目である。世界の状況を把握しておきたいという目的で参加してきたが,他の参加者とは明らかに参加目的も動機も異なっている。
かれらははっきりした共通の目標をもっている。かれらの関心は,いかに中医学を外の世界へもっていくか,外のいろいろな問題をいかに解決するかにある。かれらは渡航先の国々で「無」から中医治療を繰り広げ,艱難辛苦を乗り越えて,民衆の支持を勝ち取り,しっかりと根を生やしてきた。そしてついには,中医学をそれぞれの国の医療のなかで大きな比重を占める存在へと育てあげてきた実績をもっている。
それに比べて,こちらは外への意識がほとんどない。日本国内で中医学の運用をいかに深化させるかに,主要な関心を向けている。それだけに,かれらの意識,パワーの違いを見せつけられた。
「世界中連」というところは,かれらにとって,海外での自分たちの苦労を共感し合い,互いに経験交流をし合う場であり,祖国の強力なパワーの後押しを得て,再び前線で戦うための活力を充填できる基地といえるだろう。
今年5月1日から中薬・中成薬が販売禁止となったEUの状況
今回の理事会では,2つの問題が討議された。1つは,EUでの中薬販売の禁止問題を受けて,どう対応するかが焦点であった。もう1つは,世界中連の組織改革の問題だ。
EUでは,2004年に「伝統植物薬登録申請規定」を発行,7年間の経過期間を経て,2011年5月1日より,この規定の条件に合わない生薬と中成薬はEU内で販売することができなくなった。中国にとってはショッキングなニュースであり,今後EUでの関係業者10万人が失業すると悲壮なキャンペーンが繰り広げられた。世界中連の理事会はまさにその渦中での開会であったため,どういう判断を下すかが注目されたが,むしろ落ち着いた受け止め方が支配的であった。
EUの今回の規定は,けっして中医薬に悪意をもって設けられたものではなく,中医薬の将来的な発展にとっては,むしろ有利な措置だという。1つには,これまで食品として扱われていた中薬・中成薬が医薬品と規定されたことである。同規定では「世界での30年使用史+EUでの15年使用史」があれば,認可されることになっており,この条件がクリアできれば,医薬品としてどんどん使用できることになった。かえって市場が飛躍的に拡大するのである。2つめには,条件の合わない生薬・中成薬であっても医薬品としてではなく,食品や食品補助剤,化粧品という名目であれば,継続して販売できること。3つめには,加盟各国の規定がさまざまで,割合に柔軟に対応できるというゆるやかな側面ももっていること。例えば,オランダのある企業はすでに条件をクリアした中薬を180種類くらいもっていて,食品扱いならネット通販で購入できるので,中医薬が市場から完全に消えてしまうというわけではない。4つめには,これまでの中国の製薬技術では超えられない基準が提示されたが,それは自国の製薬業界の努力不足が問題なのであって,国内の技術レベルが上がりさえすれば,大きなチャンスが広がるという見方である。中薬は新薬に比べて半額の費用で認可基準を達成できるので,これも有利な条件だと,総じて楽観的な評価が行われた。
*関連情報:東洋学術出版社ホームページの記事
「EUにおいて中薬が使用禁止の危機」
http://www.chuui.co.jp/cnews/002101.php
「EUの中薬販売禁止措置,各方面の反応」
http://www.chuui.co.jp/cnews/002102.php
つづいて,各国での状況報告で目を引いたのは,英国の中医学会会長の沈恵軍氏による「英国における中医立法の12年の経緯と現況」という報告であった。これは近く東洋学術出版社ホームページに全文を翻訳して掲載するが,イギリス中医学界がどのような試練を経ながら,社会的に高い評価を獲得してきたか,ついには中医師の身分が法的に保障される英国衛生部の決定を勝ち取るまでの詳細な経緯が紹介されている。かれらは中医薬を支持する国会議員を味方につけて,中医薬の立法化を有利に進めている。フランスも同じく国会議員や行政と連携して中医薬事業を有利に展開している。『中医基本名詞述語中国語フランス語対照国際標準』の編集発行においても,多くの政官学の人材が加わって完成させたという。
近年,中医薬が世界で急速に広がっていることを,日本では驚きの目で見ているが,その背景には世界に散らばった現地中医師たちの懸命の努力があったことを,正当に見ておく必要があるだろう。
ISO問題で日本に態度を迫る論文発表
世界中連は,2003年に成立して今年で8年目を迎える。発足当初から,同組織は中医の国際化・標準化を戦略的任務とすることを宣言しており,今日まで中国が打ち出す中医標準化政策は,実質的には世界中連が指導的役割をはたしている。その中心人物が李振吉秘書長である。
今回,李振吉氏と個別に会談する機会があった。李振吉氏は,昨年発足した日本中医学会が1日も早く世界中連に加盟することを強く希望した。あわせて,同氏は,近々に日本の立場にも言及したISO問題に関連する新しい論文を発表することを述べたが,その論文は,すでに当社ホームページに全文翻訳して掲載されているので,ぜひ参照されたい。(論文名:「中医の国際標準化推進の三大要素―公益性・競争・共通性の追求」http://www.chuui.co.jp/cnews/002113.php)。
同論文は,ISOの性格と任務がポスト工業時代において,それ以前の工業品に対する独占的な利潤確保の手段から,健康・教育・娯楽など生活の質を向上させるための開かれた公益的性格へと変化することを述べて,これまでのISOの概念が大きく変ることを強調している。この指摘は重大だ。同論文はつづけて,「中国は経済的な効果や利益を追求してはおらず,まして標準そのものは,直接経済的効果や利益を生むものではない」と明確に宣言し,中国が自国の利権確保のためにISOを利用しているのではないか,とする日本からの疑念に答えている。また「伝統医学にISOはなじまない」とする日本からの疑問に対しては,「標準こそが人々と社会に幸福をもたらす」のであり,中国が国際社会に対して果たすべき責任・義務であると述べている。最後に,日本に対しては同じ土俵のうえで共同して貢献するのか,それとも別の道を歩むのかと,厳しい選択を迫った。
本論文は,中国がISOをより積極的に推進してゆく決意表明を示したものだが,実際にはどのように進行していくのか,今後の動きを注目してゆくほかない。
あらためて世界中連の役割を議論する
今回の理事会では,国際中医師資格の分類問題とあわせて世界中連の主席,副主席,常任理事,理事の選挙問題など組織のあり方に関する討議が行われた。発足してすでに7年を経過した同組織の活性化のための組織改革の問題であった。
討論のなかで,ある国の代表が,世界中連に入ることによって,どんな恩恵が与えられるのか,と素朴な質問をしたことをきっかけに,議論が沸騰した。世界中連の活動は,世界に中医の役割を広げてゆく組織であって,なんらかの直接的な恩恵を受ける組織ではない,という反論があり,中医学を広げる仕事の重要性を改めて強調しあう場面もあった。ある理事は,西洋医学は優れているが,大変偏った医学でもある。たとえば整形外科では,骨折患者に対して手術はできるが,あとのリハビリはなにも手段がない,中医骨傷科なら実に豊富な治療手段がある,中医が貢献できる領域は広い,といった意見が出された。最後には,「世界の主流医学としての中医学」を普及・宣伝することこそ,世界中連の根本的な任務だと締めくくられた。このような世界中連の基本的任務について議論されたのは初めてのようだった。これまでは学院派の同窓会的な組織のイメージが強かったが,はじめて自分たちの組織と活動の役割を認識しあう討議となった。
東洋学術出版社会長・日本中医学会顧問 山本 勝司
2011年5月18日