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中薬注射剤が抱える問題と今後の展望

 2009年の中国中医十大ニュースの中に、中薬注射剤の安全性の再評価の問題が取り上げられていた。中薬注射剤は、中医学の病院だけでなく、西洋医学の病院でも使用頻度が高い。しかし、近年中国国内で中薬注射剤が原因とみられる副作用事故が多数発生しており、中国衛生部門も重要視するようになってきた。

中国における注射剤の概況
 
 中国では黄耆・丹参・魚腥草など中薬を主成分とする注射剤は広く用いられている。単味の中薬だけでなく、清開霊(安宮牛黄丸の処方)など複合方剤も注射剤になっている。ある調査では、中国の医療機関の90%以上、年間のべ4億人の患者に使用され、すでに臨床では欠かせない薬剤として普及している。また、中薬注射剤は中国が開発した新しい中医薬の発展形式として賞賛された時期もあった。
 中薬注射剤は大きく分けて2種類に分類される。水針剤と呼ばれる液体の注射剤のほかに、粉針剤と呼ばれる粉末剤がある。安全性の観点から、粉針剤を多用する病院が多いように見受けられるが、液体注射剤の使用も少なくない。
 2008年のデータでは、中国の製薬会社303社が134種類の注射剤を生産、同様の成分でも製剤や規格の違いなども含めると、1365種類もの注射剤が認可されている。このうち、中国の医療現場で使われる全医薬品を収載した『薬典』の中には、約109種類の中薬注射剤が収録されている。
 
  中薬注射剤
 
  中薬注射剤


  
中薬副作用問題の背景
 
 西洋医学の薬と比較すると、中国で報告されている中医薬の副作用件数はまだ少ないものの、中薬注射剤が関係する副作用の件数は、中医薬で発生した副作用全体の6~7割程度にもなる。特に、静脈点滴する中薬注射剤の副作用発生率は、静脈点滴をしない注射剤と比較すると9倍以上も高く、この分野での中医薬の安全性への不安が指摘されている。
 ここで、一つ忘れてはならない問題がある。これら100種類を超える注射剤のうち、そのほとんどが80年代以前に開発された製品だという点だ。現在からみれば,製剤技術がいちじるしく時代遅れになっているのではないかという懸念が出ている。一方で、90年代に入って中国政府が『中薬注射剤研究指導原則』を施行して以降、新しく認可された中薬注射剤はあまり多くない。この間に、中薬注射剤を生産する製薬会社への監督規制が強化されたことが伺える。
 新製品が少ないため、結果的に1種の注射剤を、多くの製薬会社が生産するようになった。例えば、副作用事故を起こして話題になった双黄連注射剤の場合、製薬会社が100社にのぼる。残念ながらそのすべての製薬会社で、品質管理が一様とは限らず、品質への不安が拭いきれない。中国の臨床家が、製薬会社や産地にこだわるのもそうした背景がある。
 
 中国では1998年以降、市場に出回わる医薬品の管理強化に力をいれていて、副作用に関する情報も公表されるようになった。最近では、2008年に生後9日目の新生児が死亡した茵梔黄注射液事件のほか,清開霊注射液、刺五加注射液、魚腥草注射液、複方蒲公英注射液、魚金注射液などの副作用事件が一般マスコミでも大きく報道された。副作用が発生するたびに、衛生当局から各病院に通知が出され、現場では最新の情報が把握できるようになっている。これは大きな進歩といえる。
 
医師と患者の姿勢の問題
 
 筆者自身も、中国で臨床活動をしていて気になることがある。それは、中国人の患者の多くが点滴などの注射剤の効能を盲目的に信仰していて、患者サイドから点滴を求める声が強い点だ。どうやら経口では効果が低いと思っているらしい。そのため、医師サイドでも、言われるままに点滴処方を出すことが多い。中薬注射剤を使うときの原則である「経口できるときは、筋肉注射をせず、筋肉注射ができるときは、静脈点滴をしない」が守られていないケースが散見される。
 また、一連の事故を通じて、医師の側も中薬注射剤に対する十分な知識を持っていないという問題点も明るみになった。中薬注射剤による副作用を調査した結果、その70%で医師の処方に問題があることもわかった。この点については、中国国家食品薬品監督管理局も重視して、使用量が多すぎたり、適応症以外で使われたりするケースが副作用の発生と関係があるとしている。例えば、2009年5月19日に発表された第22期の『薬品不良反応信息通報』でも、双黄連注射剤による死亡事故に関して、80%が他の注射剤を併用しており、中には4種類の注射剤を併用しているケースがあった。例えば、2009年2月に、双黄連注射剤(金銀花・黄芩・連翹の成分を抽出した注射剤)が原因と見られる青海省での死亡例では、セファロスポリン系抗生剤、クリンダマイシンなど複数の抗生剤以外にも丹参注射液も併用していたことが明らかになった。同様に、9月1日に出された第23期の通報に掲載された穿琥寧注射剤のケースでは、副作用報告件数の11%で規定の適応症で使われていなかったことが報告されている。
 中薬注射剤の使用にあたって忘れてはならないのは、中医学の理論に基づいて使用しなくてはならないという点だ。現在の中国では、西洋医学の病院でも中医学の理論とは関係なく、発熱なら清開霊、感染症なら双黄連注射剤などと対症療法的に使われることが圧倒的に多い。さらに、高齢者なら動脈硬化防止に活血化瘀作用のある中薬注射剤の点滴をするといった短絡的な発想も、臨床現場ではよく見かけられる。もともと、急性疾患に対してより早く薬効が出てくるように開発された中薬注射剤であるのに、最近では慢性疾患でも使われるようになってきた。しかし、実際には慢性疾患に対してどの程度の効果が期待できるかは不明で、とりあえず中薬注射剤を使うという無責任な治療も散見される。
 医薬品であるかぎり、どんな薬でも副作用がある。ペニシリンにしても、アレルギーがあれば、ショック死してしまうこともある。しかし、一般に医薬品には副作用以上にその効能の意義が認められているため、副作用が発生しないように皮内反応を確認してから使用するなどの対策がとられている。双黄連注射剤問題に関しては、金銀花の主要成分であるクロロゲン酸が抗原となって副作用が発生したと考えられている。こうした原因究明作業は行われているが、中国の医療現場では、中薬注射剤使用に関しての明確なガイドラインはまだない。
 
まとめ
 
 以上のように、問題は山積しているが、中薬注射剤は確かに効果がある。筆者も、臨床で腎疾患が原因の低アルブミン血症の浮腫の治療において、黄耆や丹参の注射剤を用いることがあるが、こうした浮腫の解消には一定の効果があり、腎臓内科では第一線の医薬品として使われている。鍼灸の分野でも、紅花など活血作用のある注射剤は「水針」としてよく使う。
 しかし、中薬注射剤で昨今のような問題が発生してしまった以上、安全性が低いといわれる製剤から始めて、短期間のうちにその原因を究明して、医薬品としての再評価を行う必要がある。そして、時代遅れの注射剤は淘汰させ、科学技術の進歩で解決できる問題に関しては最新技術を導入して、品質の向上に力を入れなければならならない。さらに、大学など教育の現場でも、中医学・西洋医学に関係なく中薬注射剤の使い方を体系的に教えるべきであろう。そうすることで、間違った使い方による副作用問題は解決できるはずだ。例えば、北京の東直門医院でも、中薬注射剤の副作用問題を根絶するべく、院内で注射剤使用の注意事項を定め、適応症や薬物の選び方などに注意を促し、他の薬となるべく混用しないようにと規定している。
 中国薬典委員会執行委員の周超凡教授は「中薬注射剤は、中国が開発した中医薬の新しい活用方法であり、臨床でも確かに有用である。だからこそ、こうした注射剤を再評価し、その価値を高められるように努力する必要がある」と訴えている。
中薬注射剤は、その即効性からも前途は大いに期待されており、今後の研究成果に期待したいところだ。
(2010年2月記 藤田 康介・参考資料:『中国消費報』、『21世紀経済報道』、『中国中医薬報』)

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