中国工程院の李連達院士は、中医薬の新薬開発について、これまでの西洋医学の製薬方法を使ったやりかたでは、中医学の特徴を十分に活かすことができず、様々な弊害があることを指摘している。折しも最近、中国国内では中医薬の注射剤などで、副作用問題が頻発しており、これには中薬の新薬開発と剤形改良問題とに関わりがあるという。
現在、中国の中医学系の製薬会社では、新薬の研究開発に力を入れている一方で、従来の中成薬に、無害な添加物を加えてみたり、剤形を変更したりして、価格をつり上げて販売しているケースが多数見られるという。こうした、中医学本来の特色を活かさずに、盲目的に新しい剤形を追求することに重大な問題があると李連達院士は訴えている。
統計によると、1995年から2007年にかけて、中国では22094種類の新薬が申請された。しかし、このうち本当に一から開発された新薬は3248種類に過ぎず、11839種類に関しては、単なる剤形の変更に過ぎないというのだ。特に、先ほどの汚職事件で捕まった鄭筱萸氏が国家薬監局局長在任中は、新薬として批准された新薬の数は非常に多く、2006年1年間だけでも8718種類が批准された。ちなみに、同時期に米国で批准された新薬の数は123種類しかないので、如何にその数が多いかが分かる。
李連達院士によると、例えば冠動脈性心臓病の治療でよく使われる中成薬の複方丹参製剤の場合、現在中国の臨床では、複方丹参片と複方丹参滴丸の2種類が主に使われている。これら2種について、化学的成分、薬理作用、臨床研究、薬物経済学の4つの観点から比較研究したところ、この2種類の適用症状などは同じであるが、以前からある複方丹参片の方が含有有効成分で多いことが分かった。また、薬理作用も複方丹参片の方が強いとしている。ビーグル犬を使って動物実験を行ったところ、冠動脈性心臓病の治療では、複方丹参片の方が明らかに複方丹参滴丸よりも効果があったという。
ところが、価格に関しては逆で、以前から使われている複方丹参片は、1日1元(約15円程度)のコストがかかるのに対して、複方丹参滴丸は、1日4元(約60円程度)もかかり、4倍の開きがある。つまり、薬効は落ちるのに、新しい剤形の方が高くなるわけだ。
冠動脈性心臓病など、循環器系の疾患では徐々にその重要性が認められ始めている中医薬だが、まだその標準化までの道のりは長い。李連達院士によると、複方丹参系の製剤の場合、中国国内だけでも9種類の剤形がある一方で、これを707社もの製薬会社が生産しているという。さらに、各社によって生産ガイドラインが違うというのも厄介な話だ。結果的に、それぞれの会社で作られる中成薬が、仮に同じような名称をつけていても、品質や成分、さらに薬理的作用まで異なってしまうという奇妙な現象も発生している。例えば、複方丹参系の製剤の有効成分となるSalvianic acid Aの含有量は、製薬会社によって0.373㎎~6.087㎎と非常に大きな開きが生じてしまっている。これは、明らかに生薬の標準化基準の未整備による弊害だと李連達院士は説明している。
さらに、興味深い現象があるという。現在、複方丹参滴丸に関して1074本の臨床研究関連の論文が発表されていて、この中で複方丹参滴丸を治療薬として臨床研究を行った場合、その治療有効率は97%になるのに、他の新薬を治療薬として複方丹参滴丸との対象実験を行った場合、治療有効率は40%にまで落ち込むという。この背景には、治験における人為的な介入があるのではないかと李連達院士は指摘している。
中国での中成薬の活用はかなり進んでいるものの、本当の意味での新薬開発までの道のりはまだまだ長い。また、経済的理由から盲目的に新しい剤形を追求するあまり、肝心の薬効や安全性についておろそかにしているのではないだろうか?(2008年11月羊城晩報から要約 医学博士・医師(中医学) 藤田 康介)