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大学における中医学教育が抱える諸問題

 今や中国各地の大学において普及している中医学教育だが、新中国が成立して50年以上がたち、その公的教育機関における教育システムの問題点も指摘されるようになってきた。例えば、若者の中医学離れや指導する側の老中医の高齢化、さらに昔からの中医医療技術の継承がうまく行かず、それらが途絶えてしまうことへの危惧などがあげられる。中国の中医学の世界でも「60歳以下の中医師にはもう中医学は伝わっていない」という声さえ聞かれるほどだ。そうした現代中医学に対する不信感が残念ながら高まりつつある。
 中国の中医薬大学は、高校での選択科目が文系でも理系でも受験が可能であり、理系分野が中心の西洋医学とは性質が根本的に異なっている。その理由は、中医学は自然科学の分野の一端を担いながら、哲学や文学、伝統文化など文系の分野とも深く関わりがあるからだ。そのため、その習得には昔から、長い時間をかけ師匠から弟子へ継承される徒弟制が広く用いられてきた。しかし、今はその教育が、専門学校では3年、大学学部では5年、さらに最近では学部と修士課程を併せて6~7年程度の時間をかけて履修するシステムとなっている。その背景には、現在の医療資格制度との関連があることも付記しておこう。

 各中医薬大学では、毎年700~800人に及ぶ学部生を募集しており、2007年度には全国の中医薬大学の在校生の数は27万人にもなる。中医薬大学には医学関係以外の学部もあるので、実質的には中医学を勉強している学生数は20万人ほどになると言われているが、このような大量の学生に対して、中医学を一つ一つ指導することは並大抵のことではない。学生数は増えている一方で、指導者側の数は増えているわけではなく、現場ではより効率的な教育方法が求められている。

 さらに、近年では政府が定める中医本科(学部)の教育規定によって、中医学専攻の学生は、自然科学・思想道徳・生物医学・現代医学・予防医学などの履修が求められ、その上で中医学の課程を履修することになっている。これでは履修時間がとても足りない。

 一般に、中医薬大学の履修時間は4380コマ程度が標準的だ。このうち、外国語が7.63%、コンピューター関連科目で2.74%、体育科で3.2%、さらに中国では大学生用の軍事訓練などにも相当の時間が割かれている。
このうち、中医学関係の課程は1927コマで、全体のコマ数の約44%にあたる。つまり、半分以上の時間は中医学以外の課程の履修に当てられていることになる。
医学関係の科目の履修に絞っても、西洋医学関連の科目は必修科目であるので、一般的に中医薬大学での西洋医学と中医学の科目比率は4:6程度になる。表面上、講義時間数では中医学の方が多いようにも見えるが、実際の学生の負担からみると西洋医学に割かれる時間がかなり多く、現状では在学中に学生が満足に中医学を勉強できないという問題がある。中国の場合、西洋医学系の大学でも中医学を履修するようになっているが、この場合は中医学の一般概論的内容の90コマ分しかなく、そのほかの時間は西洋医学の履修に時間が割かれている。西洋医学の大学では中医学に割く時間が圧倒的に少ないことは理解できるが、これと比べれば中医師を育てる中医薬大学において、いかに中医学教育に割かれる時間が少ないかがわかる。

 最近の中医薬大学では、学生の能力を高めるために、各学年に3カ月の臨床研修期間を設けている。そして、5年生になると1年間の病院実習があり、その後医師として就職していくことになる。しかし、最近では患者と医師の関係が非常に難しくなってきており、中国国内でも医療裁判が至る所で起きている。そのため、指導医師も実習医師たちに医療現場を手伝わせたり、医療技術を練習させるチャンスを与えることが難しいという現実に直面している。また、患者も実習医師に対して非協力的になってきたという中国社会の変化も忘れてはならない。さらに大学付属病院は研修医師やその他の大学からきた医学生などであふれており、1人の指導医師が数十人の学生を指導するという状態も少なくなく、以前の徒弟制度のように師匠による弟子への細かい指導というところにまで行き届かない点が危惧されている。

 そして、最大の問題が就職難の現状である。盲目的に中医大学生の数を増やしたため、今や中国全土で毎年46000人が卒業している。このうち、医療関係からの求人は11000人分程度しかなく、その多くは就職できないのが現実である。全体的に教育費予算が不足している中国教育部は、大学教育の効率化を掲げており、就職率の低い大学に関しては、予算カットの危険性もある。結果的に大学側は生徒数を増やして収益を上げなくてはならない。当然、教育の質が落ちる危険性もはらんでいる。

 中医学教育の改革が叫ばれている中、中医薬大学のあり方についても今後検討される必要があるだろう。
(2008年8月記 中国中医薬報より 医学博士・医師 藤田 康介

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