2007年9月5日北京で中国全国民族医薬論壇が開催され、この中で中国中医文献研究所の柳長華所長が、現在中医学の世界無形文化遺産への申請作業が行われていることを明らかにしている。ただ、世界無形文化遺産への登録は、各国で毎年1つしか行えず、2008年はすでに人々の生活に密接に関係している筆墨硯紙の文房四宝が選ばれており、中医学の申請は早くとも2010年ごろとみられている。
今のところ、世界無形文化遺産として申請される中医学の内容は、中医学の生命と疾病の認知方法、中医診法、中薬炮製技術、中医伝統製剤方法、針灸、中医正骨療法、同仁堂中医薬文化、胡慶余堂中医薬文化、チベット医学の9項目。ただ、柳長華所長は、チベット医学はチベット文化を背景にしたチベット民族文化と深い関わりがあるため、今回の中医学の申請には含めるべきではないという考えを示している。
世界無形文化遺産に指定されたとしても、中医学が強制的に保護されるというわけではなく、むしろ中医学を系統的に整理する契機ととらえる必要がある。そのためにも、中医学に対して社会的関心を高めなければならない。中国では今、中国中医科学院医史文献研究所が中心となって、世界無形文化遺産への登録準備作業が行われている。いずれにしろ、中国では国をあげて中医学を振興させる責任がある。
中国の中医学は、いま西洋医学の荒波を受けて、その生存環境を脅かし始めている。特に、中医学の文化的背景が、現代社会の発展に伴って、忘れかけ始めているという現実を注視する必要がある。大学で中医学を教える教授たちの世代も徐々に若くなり、体でもって中医学を体験している人が減ってきているのだ。さらに、中医薬大学でも西洋医学の教育課程が60%程度まで引き上げられ、これが中医薬大学で伝統医学を学ぶ医学生の競争力を下げているという指摘もある。
現在、著名な中医師と名前の通っている医師は、中国広しと言えども500人にも満たないといわれている。また、中国での研究費用の割合も西洋医学と中医学を比較すると8.7:91.3と大きく差が開けられている。中医師の数も、清代末期の80万人規模から、1949年の50万人、今では27万人程度と激減している。さらに、中医の病院と言えども、湯液を処方する病院は全体の10%に過ぎないというデータがあるぐらいだ。
一方、「中西医結合」と呼ばれる中医学の新しい発展の模式にも、老中医などから疑問の声があがりはじめている。確かに中西医結合という言葉は聞こえがいいが、そのために中医学独自の魅力が失われつつあるというのだ。果たしてこの方法が中医学復興に意味あることなのか、疑問がつきない。
さらに、世界各国で伝統医学への注目度が高まっており、ある意味中国以上の関心の高さを保っている現実がある。欧州では針灸熱が相変わらず高いし、日本や韓国でも自然療法の一つとして伝統医学への関心が高まっている。こうした熱の高まりは、中国国内の中医学の現状と比較すると、隔世の感がある。
中国ではいま社会の急速な発展で、各種伝統文化が衰退の道を歩み始めている。そんな流れに中医学も巻き込まれていかないか、筆者も危惧している1人である。(2007年9月記 山之内 淳)