その1 病因病機と予防処方編
中国国家中医薬管理局と北京市中医管理局が専門家の意見をまとめ,4月12日に「非典型肺炎(SARS)の中医薬予防治療技術方案(試行)」を発表したのでその概要をシリーズでまとめる。今回,国の公的機関が制定したこの治療方案は,かなり具体的で且つ体系的にまとめられている。なお方案は,すでに政府から発表されている予防対策と併用させて行うものになっている。この指針が発表されたことにより一種のガイドラインが制定され,一般病院で広く中医学による治療法が行われやすくなると考えられる。
1.病因病機の概要
中国の専門家の分析では今回のSARSの症状は中医学では「熱病」に属し,中医学の五臓六腑ではその主な病位を肺としている。病因は季節と関係して発生する疫毒の邪気。病機の特徴としては,熱毒と痰が鬱積し,肺絡の流れを妨げ,熱毒と邪気が体内で盛んになり,同時に湿邪が体内に蓄えられる。その結果,患者の「気」と「陰液」がどんどん消耗されていく。ひどくなると気急喘脱など危険な状態になる。この病因病機をもとにまず以下4種類の予防用の処方が挙げられている。今回の発表では4つの処方の具体的な証については触れられていないが,処方の組成と服用方法は明記されている。4つの処方が提示されたのも,服用する人の体にあわせて選ぶという意味だと考えられる。
2.今回発表された予防用の処方
(1)一般の健康体の人が服用する処方
・ 鮮芦根20g 銀花15g 連翹15g 蝉衣10g 僵蚕10g
薄荷6g 生甘草5g
以上煎じた後,お茶を飲むように常時服用する。連続7-10日服用。
・ 蒼朮12g 白朮15g 黄耆15g 防風10g _香12g
沙参15g 銀花12g 貫衆12g
以上を煎じた後,1日2回,連続7-10日間服用する。
・ 貫衆 10g 銀花10g 連翹10g 大青葉10g 蘇葉10g
葛根 10g _香10g 蒼朮10g 太子参15g 佩蘭10g
以上を煎じた後,1日2回,連続7-10日間服用する。
(2)SARS患者,もしくはSARSの疑いがある患者に接触した可能性のある健康体の人が医師の指導の下で服用する処方
生黄耆12g 銀花15g 柴胡10g 黄岑10g 板藍根15g
貫衆15g 蒼朮10g 生苡仁15g _香10g 防風10g 生甘草5g
以上を煎じた後,1日2回,連続10-14日間服用する。
では,次回は「非典型肺炎(SARS)の中医薬予防治療技術方案(試行)」において発表された,SARSに発病したときに考えられている病因病機と代表方剤に触れてみる。
[2003年4月17日]
(上海中医薬大学修士課程・中医内科学 藤田康介記)
国家中医薬管理局が公布した中医学によるSARS治療方案の概要 その2
現在,上海ではWHOの専門家による調査が進められている。またテレビ,ラジオなどでは特別番組を組み,市民への知識普及に努めている。一方で,市内の一般薬局からは黄耆,防風,貫衆,銀花などすでにSARS予防処方として発表された生薬各種が品薄状態になっている。前回に引き続き,国家中医薬管理局が公布した中医学によるSARS治療方案の概要をまとめてみる。前回では主に予防用の処方を紹介したが,今度はSARSに感染した場合の処方だ。すでに衛生部の疾病コントロールセンターから西洋医学の診断基準,治療方案について発表が出ているが,今回は中医学的な弁証を踏まえたもので,西洋医学の治療効果をさらに高めるものとしている。一方で,その地区や患者の状況によって適宜加減をしなくてはならない。
初期
初期の患者の主な病機は熱毒襲肺,湿遏熱阻を特徴としている。その中で1.熱毒襲肺2.湿遏熱阻3.表寒内熱挟湿の3つの型に証が分類されている。それぞれの証に使われる基本方剤とその主な組成を示す。原文には方剤の組成についての記載はないが,本欄では便宜上組成を記すこととし,その内容は上海科学技術出版社が発行している《方剤学》第5版,《温病学》第6版を基準に記した。
・熱毒襲肺証………
治法:清熱宣肺,疏表通路
方剤:銀翹散+麻杏石甘湯加減
銀翹散《温病条弁》: 連翹 銀花 苦桔梗 薄荷 竹葉
生甘草 荊芥穂 淡豆鼓 牛蒡子
麻杏石甘湯《傷寒論》:麻黄 杏仁 甘草 石膏
・湿遏熱阻証……
治法:宣化湿熱 透邪外達
方剤:三仁湯+昇降散加減
※もし湿重熱軽の場合は霍朴夏苓湯
三仁湯《温病条弁》:杏仁 飛滑石 白通草 白_仁 竹葉
厚朴 生_苡仁 半夏
昇降散《傷寒温疫条弁》: 僵蚕 蝉脱 姜黄 生大黄
霍朴夏苓湯《医原》:霍香 姜半夏 赤苓 杏仁 生_苡仁
_仁 猪苓 沢瀉 淡豆鼓 厚朴
・表寒裏熱挟湿証……
治法:解表清裏 宣肺化湿
方剤:麻杏石甘湯+昇降散加減
中期
中期の患者は疫毒が肺を侵し,表裏ともに熱が盛んになる。邪気は少陽を阻むと疫毒はますます盛んになり,表裏ともに氾濫する。中期の証の分類としては,・疫毒侵肺,表裏熱熾・湿熱蘊毒・湿熱鬱阻少陽・熱毒熾盛の4種類挙げられている。
・疫毒侵肺,表裏熱熾証……
治法:清熱解毒 瀉肺降逆
方剤:清肺解毒湯加減
清肺解毒湯《雑病源流犀_・臓腑門》:黄_,陳皮,麦門冬,
貝母,赤茯苓,黄連,桑白皮,甘草,蒲公英
・湿遏熱阻証……
治法:化湿辟穢,清熱解毒
方剤:甘露消毒丹加減
甘露消毒丹《温熱経緯》: 飛滑石 綿茵陳 淡黄_ 石菖蒲
川貝母 木通 霍香 射干 連翹 薄荷 白豆_
・湿熱鬱阻少陽証……
治法:清泄少陽,分清湿熱
方剤:蒿_清胆湯加減
蒿_清胆湯《重訂通俗傷寒論》:青蒿 淡竹茹,仙半夏,
赤茯苓,黄_ 生枳殻 陳広皮 碧玉散
・熱毒熾盛証……
治法:清熱涼血,瀉火解毒
方剤:清瘟敗毒飲加減
清瘟敗毒飲《疫疹一得》: 生石膏 小生地 鳥犀角
真川連 梔子 桔梗 黄_ 知母 赤芍
玄参 連翹 甘草 丹皮 鮮竹葉
後期
極期の患者は,熱毒壅盛,邪盛正虚,気陰両傷,内閉外脱を特徴とする病機。臨床上では・痰湿鬱毒,壅阻肺絡・湿熱壅肺,気陰両傷・気陰両傷,邪盛正虚,内閉脱の3種類に分類される。方剤は以下の通り。
・痰湿鬱毒,壅阻肺絡……
治法:益気解毒,化痰利湿,涼血通路
方剤:活血瀉肺湯
活血瀉肺湯《?》
・湿熱壅肺,気陰両傷……
治法:清熱利湿,補気養陰
方剤:益肺化濁湯
益肺化濁湯《?》
・邪盛正虚,内閉脱……
治法:益気固脱 通閉開竅
方剤:参附湯
参附湯《正体類要》:人参 附子
回復期
回復期の患者の病機は気陰両傷,肺脾両虚で湿熱鬱毒がまだ体から完全に抜け切っていないのが特徴。臨床では・気陰両傷,余邪未尽・肺脾両虚の2種類の証に分類している。
・気陰両傷,余邪未尽……
治法:益気養陰,化湿通路
方剤:李氏清暑益気湯加減
李氏清暑益気湯《温熱経緯》:西洋参 石斛 麦冬 黄連
竹葉 荷梗 知母 甘草 粳米 西瓜翠衣
・肺脾両虚……
治法:益気健脾
方剤:参苓白朮散と葛根_連湯加減
参苓白朮散《太平恵民和剤局方》:蓮子肉 _苡仁 縮砂仁
桔梗 白扁豆 白茯苓 人参 甘草 白朮 山薬
葛根_連湯《傷寒論》:葛根 甘草 黄_ 黄連
[2003年4月27日]
(上海中医薬大学修士課程・中医内科学 藤田康介記)