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SARSの中医学的治療法――顔徳馨教授の見解

 中国全土の医師たちが第一線でSARS治療にあたっているなか,各地の医師たちが師と仰ぐ「老中医」たちも,自分たちの経験をSARSに生かすべく,さまざまなメデイアを通して貴重な意見を発表している。その中で全国名老中医として,また上海市SARS予防中医専門家委員会の顧問を務める,同済大学付属鉄路医院中医科の顔徳馨(がんとくけい)教授が貴重な経験談を発表している。以下,その概要を紹介する。

 4月に上海で行われた,上海市衛生局などの名老中医薬専門家学術経験継承系列講座にも,顔徳馨教授は80歳というご高齢にも関わらず出席されており,全国名老中医の1人である広東省の老中医・鄧鉄涛教授などと連絡を密接にとりながら,SARSに有効な中医学の方剤の構築に関わっておられることが発表されていた。鄧鉄涛教授はSARSに関する騒ぎが拡大する前から,地元広東省で中医学を用いた治さまざまな療法についてコメントを発表されてきた。中国の著名な中医師たちは,知恵を絞って政府などから公式に発表されている一連の方剤の処方の構築にあたってきたのである。

 顔徳馨教授は温病学の角度からSARSについて考察され,病気が発生した季節・病証・症状の変化からみて,温病学の衛・気・営・血の考え方が応用できると指摘されている。すでに顔徳馨教授は広東省各地の中医病院にいる教授の教え子たちの要請で,すでに約130例の患者にFAXや電話などで中医薬治療のアドバイスを送っている。また広東・吉林・南京などの専門家と討論を重ねており,その成果はWHOの専門家からも高い評価を受けている。

 治療案では,まずSARSを初期・中期・後期の3段階に分けている。  初期症状としては悪寒・発熱・激しい咳・体の節々の痛みなどがあげられる。これらは温病学で定義される「温邪上受,首先犯肺」に合致する。その後風熱が裏に入ると,肺熱熾盛・高熱・喉の渇き,また一部の患者には血の混じった痰などがみられるが,これらについては温病学の「風温」から弁証を行うとしている。

 中期の患者の症状には胸悶・食欲不振・下痢・口が苦い・倦怠感・舌苔が厚膩などがみられ,湿と熱が交わって蒸され,鬱した状態であると考えられる。

 後期になると,皮下紫癜・喀血・皮下紅疹など,営血分の症状が見られる。ただし,典型的に変化する場合もあれば,そのように変化しない場合も多くみられるため,臨機応変な対応が必要となる。

 温病学的に代表処方としては,以下のようなものが提案されている。  初期の風熱犯表の病機による場合では,辛涼解表法を用い,銀翹散に野蕎麦を加減する。悪寒が重い患者には柴胡桂枝湯を,また肺熱が重い患者には清気泄熱法を用いて麻杏石甘湯を,痰に血が混じる場合には千金葦茎湯に黛蛤散を加減する。

 中期の湿邪がひどく,舌苔が厚膩の場合には去湿化濁の藿朴五苓湯・平胃散などを用いる。  後期で肺気阻閉・邪盛陰傷の場合には,犀角地黄湯と葶藶大棗瀉肺湯などを用いる。もちろん患者個人の状況によって加減は必要だが,臨床では以上の方剤で効果が出ているようだ。

 さらに顔徳馨教授は,以下のようにご自身の見解を語られている。

1 SARS においては,熱と湿が密接に関係している。中期の患者に多くみられる胸悶・食欲不振・下痢・口が苦い・倦怠感・滑膩苔という症状は,中西医結合治療が進められている患者に多く見受けられており,とくに脾虚湿困証と密接に関連している。治療方針としては,「補脾は運脾に及ばず」の原則から,蒼朮を用いた運脾化濁が有効であるとされている(すでに国家中医薬管理局から予防用の方剤処方が発表されているが,その中の処方の大部分に蒼朮が含まれているのは顔徳馨教授の提案というエピソードがある)。蒼朮には辛烈燥湿の性質があり,効果が現れるスピードが速いという特徴がある。実際に患者に用いたところ,厚膩苔がなくなるにつれて,その他の症状も緩和され,体も軽くなった,という報告もある。量としては9gから15gを用いる。他の生薬と組み合わせることにより,患者自身の感じる燥感も減少する。

2 SARS 患者の特徴としては,とくに肺の症状があげられる。肺で痰熱が蘊結し,肺気不宣となり,空咳・胸悶胸痛・呼吸急迫などの症状がみられる。これらの患者に対しては早い段階で瀉肺泄熱作用のある生薬,葶藶子を使用することを強く勧める。釜底抽薪の思想にもとづいた葶藶子の早期使用は症状がさらに悪化するのを防ぐのに役立つ。葶藶子には止咳防喘・通利二便の作用があり,患者を危険な状態から回避させるのに大いに役立つ。一般的には9gから30g用いる。

3 化鬱に対する治療も非常に大切だ。SARS患者の多くには血痰や紅疹など肺の鬱血の証が見られる。このような患者に対しては生蒲黄・桃仁・牡丹皮などの養血活血薬を用いると,症状の改善・早期治癒に有効だ。

 以上のように,顔徳馨教授は脾虚湿阻・瀉肺泄熱・化鬱安絡という3つのポイントを示され,SARSの病因病機の解明の参考に供している。

 顔徳馨教授は過去に『中医臨床』誌にも紹介されているが,1920年生まれ,80歳を越える高齢にもかかわらず,まだまだ第一線で若い世代の中医師の指導にあたられている。最近では,至宝丹・安宮牛黄丸・神犀丹・玉枢丹・紫雪丹・辟瘟丹・諸葛行軍散などの伝統的な中成薬が手に入りにくい状況にあるが,これらの薬が使える場面はまだまだたくさんあるにもかかわらず,使えないのは非常に残念でならない,と憂えておられる。うまく使えば素晴らしい効果を発揮する生薬を,使える中医師が減ってきているのが現実である。


 

[2003年5月9日]

(山之内 淳)


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