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通巻155号(Vol.39-No.4)◇【リポート】第8回日本中医学会学術総会

REPORT 第8回日本中医学会学術総会
 中医学国際交流の更なる展開と推進~中医心身医学を端緒として~

―編集部―

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去る2018年9月8日・9日の両日にわたって,タワーホール船堀(東京・江戸川区)において,第8回目となる日本中医学会学術総会が開催された。
今大会の総合テーマは「中医学国際交流の更なる展開と推進~中医心身医学を端緒として~」。会頭は香港浸会大学中医薬学院の戴昭宇氏が務めた。今回は中国の世界中医薬学会連合会心身医学分科会との共催で,例年参加している台湾の中医師グループも合流して日中台の中医学専門家が集うこれまでにない国際色豊かな大会となった。




 今大会は,戴昭宇氏の会頭講演を皮切りに,5つのシンポジウム,3つの招待講演,鍼灸実技講演のほか,一般講演やランチョンセミナー,一般公開講演などから構成された。中国の世界中医薬学会連合会心身医学分科会との共催だったこともあり,日中双方の専門家による演題発表とディスカッションの機会が多く,総合テーマの通り国際交流が目立った大会となった。
 ここでは,今大会の主要なテーマであった心身医学に絞って,「胃腸からみた漢方と中医学の心身医療」のテーマで話した戴昭宇氏の会頭講演と,シンポジウム「中医心身医学の活用」(座長:趙吉平・加島雅之)の4つの演題を取り上げ報告する。


会頭講演「胃腸からみた漢方と中医学の心身医療」

 戴昭宇氏は北京中医学院(現・北京中医薬大学)出身の中医師で,1989年に来日し,千葉大学に留学して臨床心理学を専攻,さらに東洋学術出版社に勤務するなどして90年代以降,長きにわたって日中の伝統医学交流の橋渡し役として貢献してきた。
 戴氏は「胃腸からみた漢方と中医学の心身医療」をテーマに講演した。近年,腸内フローラと脳腸相関にかかわる研究が進み,心因と胃腸にかかわる愁訴との関連は一般にも広く知られるようになった。実際,腹痛や痞満などの愁訴や,機能性ディスペプシア(FD)・過敏性腸症候群(IBS)といった疾患群は心理・社会的ストレスと大きくかかわっていることが知られており,機能性消化器疾患の40~60%は心身症の範疇に属しているとみられている。一般には,これらに対し西洋薬を用いて治療されているが,限界もあり,心理療法や漢方・鍼灸といった治療が試みられることも多い。
 戴氏は講演のなかで,腹部症状である「心下痞」に着目し,この症状の治療に用いる瀉心湯類方の応用について,特に日中両国における使用を比較して解説した。
 従来,中医では瀉心湯類方は胃腸を調和する方剤群とみられてきた。実際,中医方剤学の教材を見てみると,半夏瀉心湯の主治は,心下痞満不痛・悪心・嘔吐・腸鳴・下痢・舌苔薄黄で膩・脈弦数である。それに対し,日本の江戸時代の漢方診療の症例を見てみると,心下痞・吐き気・下痢といった身体症状の改善だけでなく,不眠・不安・狂躁・夢遊・癇証などといった精神・情動異常に対して瀉心湯類方を使用する経験が数多く蓄積されているのがわかるという。
 戴氏は,瀉心湯類方がこうした心因性の症状に用いることのできる理由を,方意や構成生薬の役割などを紐解きながら解説した。自分自身,以前より瀉心湯類方の使用に対して,「なぜ気滞の症状があるのに理気薬が使われていないのか?」「なぜ理気薬がないのに効果が現れるのか?」と,疑問を抱いてきたという。確かに半夏瀉心湯は,①半夏・乾姜の辛味で発散,②黄連・黄芩の苦味で下降,③人参・甘草・大棗の甘味で調えるという3つの部分から構成されており,理気薬の類が含まれていない。これに対し戴氏は,瀉心湯類に共通して用いられる黄連に着目して,「黄連は瀉心火・安心神の意味合いで応用されている」「黄芩と配合することによって瀉心の力を補強している」と解説した。
 つまり瀉心湯類方は「心」と胃腸の両方から,しかも心因とかかわる「心下痞」を治療できる方剤なのである。
 以上のことを踏まえ,戴氏は「吐き気や下痢・便秘・腹痛・頭痛など,従来『身体症状』とみられたものに対しても,『形神一体』『心身一如』という中医学と日本漢方の心身をともに重視する立場から,改めてそれらの病因病機と心身との対応を再検討すべきである」と提言し,さらに「中医心身医学の発展の道はまだまだ長いうえ,中医学と日本漢方の両者にとってお互いに参照し吸収し合うところが多い。心身医学分野こそ,中医学と日本漢方,そして東洋医学と西洋医学との間において,互いに話し合いやすい,補完し合いやすい接点であり,今後の統合医療の基盤およびその主体になれる。また,中医学と日本漢方のなかに内包された東洋の思想と叡知を吸収した心身医学こそ,今後の世界医療の発展方向であることを強調したい」と結んだ。
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会頭を務めた戴昭宇氏



シンポジウム「中医心身医学の活用」

8th2018_2.jpg  王天芳氏(北京中医薬大学中医学院中医診断学科)は,痰熱の観点からみた不安障害の治療について講演した。不安障害は心・胆・肝の機能障害と密接に関連しており,気機鬱滞と痰熱内擾が主要病機である。不安障害の特徴的な所見としては,苔厚膩・舌辺白涎(舌辺5mmほどに白色涎沫の線条の泡沫帯がある)がみられるという。臨床では痰火擾神・胆鬱痰擾の証がよくみられ,温胆湯がおもな治療方剤となる。さらに患者の具体的な状態に応じて黄連温胆湯・柴芩温胆湯・十味温胆湯などで治療する。さらに王氏は自ら創製した加味温胆湯(柴胡・黄芩・黄連・党参・清半夏・枳実・竹筎・陳皮・茯苓・胆南星・竜骨・牡蛎・酸棗仁)が臨床において優れた効果を発揮していると述べた。
8th2018_3.jpg  田雪飛氏(湖南中医薬大学中西医結合学院)は,「脳疾患治療における柴胡加竜骨牡蛎湯に関する研究」をテーマに講演した。柴胡加竜骨牡蛎湯に適応する症状は,1つは驚・悸であり,もう1つは肩・背中・脚の沈重感などの感覚障害であるという。臨床では,不眠・うつ病・精神障害・癲癇などの疾患に利用することができる。また臨床および実験研究を通じて,柴胡加竜骨牡蛎湯は癲癇患者とTLEモデルマウス海馬ニューロンの衰弱衰亡を顕著に減少させることがわかったという。柴胡加竜骨牡蛎湯は,驚・悸・感覚障害を主とする脳あるいは精神類の病に応用できると強調した。
8th2018_4.jpg  藤井正道氏(結鍼灸院)は,うつ病やパニック障害等に対する督脈と奇経を組み合わせた鍼灸治療について話した。一般にうつ病に対しては臓腑弁証によって腎虚肝鬱・肝脾不和・肝胆湿熱・心腎不交・心脾両虚・心胆気虚などを弁別して治療するが,藤井氏は臓腑弁証を参考にはするものの治療の主体となるのは,「督脈通陽法=昇陽健脳祛痰法」であるという。かつて自律神経失調症といわれていた疾患は現代では「軽症うつ」に当たり,こうした軽症うつ病は,痰湿が陽気を阻むことで鬱になると考え,督脈通陽法と奇経を中心に通陽して痰湿を取ることに重点を置いた治療を行って効果を上げているという。
8th2018_5.jpg  西田愼二氏(にしだクリニック)は,漢方エキス製剤を用いた心療内科外来の実際について話した。西田氏は,日本では重鎮安神薬や化痰開竅薬の保険適応薬が少ない。重鎮安神では磁石・琥珀・珍珠母など,化痰開竅薬では牛黄・麝香・石菖蒲・蟾酥などが保険適応外であり,保険収載されるのは竜骨・牡蛎のみである。一方で疏肝理気作用のある柴胡剤は多数のエキス剤が保険収載されている。そのため日本においては心身症患者に柴胡剤を上手に運用することが必要だと指摘する。柴胡剤は証や口訣をもとに処方を選択することが可能であるが,この手法にも限界があり,中医学的弁証論治も組み合わせながら処方を考えることが必要だと結んだ。

 ライフスタイルや社会環境の変化に伴い,ストレス疾患の増加が叫ばれて久しい。しかし西洋薬がこれにうまく対応できているとは言い難いのが現状であろう。漢方や鍼灸の治療に一定のニーズがあるのはその現れでもある。心身疾患は日中の伝統医学の智恵を絞って,さらにレベルアップをはかれる領域であろう。今回の大会のような国際交流豊かな大会が今後も続くことを期待したい。
(日本中医学会HP https://jtcma.org/


中医臨床 通巻155号(Vol.39-No.4)特集/丹渓医学

『中医臨床』通巻155号(Vol.39-No.4)より転載


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