サイト内キーワード検索


お問い合せ

東洋学術出版社

〒272-0021
 千葉県市川市八幡
 2-16-15-405

販売部

  TEL:047-321-4428
  FAX:047-321-4429

編集部

  TEL:047-335-6780
  FAX:047-300-0565

▼『中医臨床』プラス

« 『中医臨床』プラス トップに戻る

通巻148号(Vol.38-No.1)◇【リポート】中国リポート

中国リポート
2017年7月1日から施行される『中華人民共和国中医薬法』


上海東和クリニック中医科 藤田 康介

 2016年12月25日,中国で「中華人民共和国中医薬法」(中医薬法)が可決され,2017年7月1日から施行されることになりました。
 中国では1982年に公布された憲法において,第21条に「現代医学と中国伝統医学の発展」が明記されており,これが国家としての中医学発展政策の基礎になっています。中国伝統医学を行政の立場から管轄している国家中医薬管理局の王国強局長が,中医薬法の制定意義を「中医薬に対する国民の期待と要求を法律の形に体現したもの」とコメントしているように,各分野にわたる広範囲な内容になっており,今後の中医学の発展を理解するうえでも大いに参考になると思われます。中国の一般メディアもトップ扱いで大きく報道しており,政府の力の入れ方がよくわかります。



概要

1.総則 
 「中医薬法」における中医薬とは,漢民族の伝統医学だけでなく,少数民族の民族医薬も含まれると定義されています。近年,中医薬大学でも少数民族の医学を教育する講座が増えており,関心が高まっています。したがって「中医薬法」における中医薬とは,中国の伝統医学で長い歴史をもち,独自の理論と技術を育んできた医学体系全体を指しています。
 また,国は中医学・西洋医学ともに双方で学習し合い,補完し合って,協調しながら発展し,おのおのの長所を発揮する「中西医結合」を促進するとしています。これは医師資格のなかで,西洋医学だけでなく,中医学・中西医結合などの資格を対等に扱っている中国だからこそといえるでしょう。

2.中医薬を使った医療サービス
 中国の公立病院では,中医薬に関する診療科を設置しなければならず,地域医療を担当する「社区衛生サービスセンター」においても,中医薬を使った治療を行わなければならないとしています。都市部だけでなく,農村部の「衛生院」などの医療機関でも中医学の活用は非常に重要視されています。また,公立の医療機関だけでなく,最近増加しつつある民間の医療機関においても中医学が積極的に導入されており,公的医療保険の活用や教育・研究に関しても公立病院と同等に扱われるようになるとしています。
 個人による中医診療所の開設も,従来よりかなりハードルが下がったようです。具体的な内容は今後の詳細を待たないといけませんが,今後,人民政府に登録すれば個人開業できるルートが確立されるものと思われます。これまではよほどのコネがなければ開業できませんでしたから,流れが変わる可能性がありそうです。
 西洋医学と中医学でライセンスが分かれている中国では,どのように医療を分担するのか,たびたび問題になってきました。そのなかで,中医学の医療機関では中医薬を専門にする人員を配置しなければならないが,中医師の国家資格を取得した医師は,国家が規定する必要なトレーニングや試験に合格すれば,現代医学で使われている技術を臨床で使ってもよいと明文化されました。この結果,現代科学技術を活用することで中医薬の特色を発展させることが期待されています。
 伝統的な中医のなかには,大学医学部に行っていないものの,伝統的な方式で中医学を先代から継承している人や,非常に特徴ある技術をもっている人が今でも各地におり,近年では大学などの研究機関でもその有効性に関して研究を進めるようになっています。そうした人たちの合法的な医師資格をどうするかという問題は,以前から討論されていました。そこで,最低2名以上の中医師の推薦があり,政府の定める技能実技試験などに合格すれば,中医師資格を取得できるという制度が新たに制定されました。
 また,過去にもあったSARSや新型インフルエンザのような突発的な事態において,中医学に関する緊急物資や設備,人材を準備することが県以上の人民政府に求められ,また予防医学や保健サービスの分野でも基本的な衛生サービスの一環として中医学を活用することが規定されています。今後,かなり広い範囲で中医学の運用が求められていくようです。

3.中薬の保護と発展
 中医学にとって,薬材の栽培・生産・貯蔵・加工の問題は,臨床効果や安全性に直接かかわるだけに,非常に重要視されなくてはなりません。特に近年,現場では薬材の安全性に関して関心が高まっています。そのため,栽培技術を規範化し,肥料や農薬管理を強化して毒性の高い農薬の使用を禁止するとしています。一方で,薬材の栽培は,伝統的に地域性を非常に重視します。特定の地域でしか質の良い薬材が栽培できないケースも多く,そうした生産基地の環境保護にも国が力を入れていくようです。また,動物系の薬材に関しては,絶滅危惧種も少なくなく,野生動物保護の観点から,繁殖などの研究を進めていくとしています。
 一方で,農村部で活躍する中医師に関しては,生薬に関する知識が十分にあり,国の規定にもとづいていれば,自身で栽培・採取して臨床で用いてもよいとされました。流通が不便な山村で,中医学が根付いているのも,そうした地域で中医師が活躍しているからこそであり,そうした場所でも伝統が継承されることを期待します。
 さらに,費用と時間を必要とする中成薬の開発に関しては,歴史的に中医学の経典に書かれている処方で,現代でも臨床で広く使われ,その効果が確実なものについては,安全性に関する研究資料を提出するだけで医薬品として批准されるようになり,手続きがかなり簡素化されそうです。なお,対象となる経典の目録は国の関係機関が定めることになっています。

4.中医薬の人材育成
 中医学に携わる人材の教育に関して,まずは中医学の内容を中心にして,中医薬の文化的特色を体現し,中医薬の経典理論を重視して臨床実践し,現代の教育方法と伝統的な教育方法との結合をはかるとしています。また,教育システムの中核として,中医薬関連の大学・専門学校など学校教育の発展と,中医学の特色あるカリキュラムや評価基準の整備を進めていくようです。国としては,中医学・西洋医学両方に精通したハイレベルな「中西医結合」の人材を育成していくとしています。
 伝統的な継承教育に関しても,中医師・薬剤師双方において強化され,経験のある専門家が弟子を育て,次世代の専門家を育てる制度を充実させていくようです。老中医の高齢化も進み,今後さらに強化されるべき制度だと思われますが,現在でも国単位・省単位でさまざまな継承制度があり,これらの充実がはかられていくことでしょう。

5.中医薬の科学的研究
 現代科学技術の手段を使って中医薬の研究をする流れは,今後も変わらないと思われますが,国は古典文献や著名な専門家の学術思想や臨床経験の研究だけでなく,民間の中医薬医療技術の整理・研究に関しても本腰を入れるようです。
 現在も進められていますが,国が中心となって中医薬の基礎理論,弁証論治,慢性疾患や難病といわれる疾患,重大な伝染病において,中医薬理論の実践と発展を促進していくとしています。

6.中医薬の伝承と文化の伝播
 無形文化財としての中医薬理論や技術の保護は,「中華人民共和国非物質文化遺産法」にもとづいて以前から実施されていましたが,これらは省以上の人民政府の中医薬管理部門が,継承者の活動や継承をサポートしていく仕組みになっています。また,国は中医薬の伝統的知識を保護するためのデーターベースを作り,国家機密にもなっているような伝統的な中医薬処方やその生産技術に関して,特殊な保護を受けられるとしています。
 また,最近大都市を中心に濫立が懸念されている養生分野に関するサービスは,民間資本の活用は進めるものの,中医養生保健分野で行われるサービス内容は国が決めていくとしています。テレビやインターネットなどのメディアを利用した中医薬知識の普及活動に関しては,中医薬の専門家がかかわらなければならないとしています。最近では各人民政府が中医薬文化のPRや知識の普及を行い,小学校でも子供たちに中医薬の知識を教える試みが始まっています。

7.保障措置
 こうした政策をサポートするために,県・省・国の各人民政府が財政的なサポートを行い,また公的医療保険政策や薬剤に関しても,中医薬の関連部門が参加して,中医学の特色を活かせるような医療サービスの充実をはかる必要があるとしています。また,鍼灸など施術を含む医療サービスの価格について,政府が合理的な基準を定め,中医薬のサービス向上と医療技術の価値を高めるようにするとしています。もちろん,中国の公的な基本医療保険においても,中医診療の各項目・煎じ薬・中成薬が適用されます。
 また,国は中医薬の標準化基準を定め,技術的要求を達成した統一化基準はインターネット上で公開して無料で閲覧できるようにするようです。これは,現在中国が進めている中医学の世界標準化とも関係がありそうです。
 同様に,民族医薬に関しても,人材育成と技術の継承を進めていくとしています。

8.法的責任,その他
 こうした中医薬法の規定に関して,各人民政府が職責を果たさなければ,責任者が処罰されることもあり得るようです。また,中医診療所が衛生部門に登録された医療活動内容を超えて業務を行っていた場合,政府の監督部門が是正を行い,罰金や違法所得の没収なども行われます。また,中医師も登録された医療活動内容の範囲を超えて医療活動を行った場合,6カ月以上1年以下の間,医療活動が停止され,違法所得の没収と1万~3万元の罰金,悪質な場合は医師資格の没収処分を受けることもあります。また,中医薬の生産に関しても,規定に反した毒性の高い農薬を使った場合,法律で処罰されるほか,公安部門によって関係責任者が5日以上15日以下の間,拘留されることもあるとしています。



中医薬法が制定された意義

 以上,ざっと中医薬法の内容を見てきました。ここからわかるのは,中国政府が中医学の発展にかなり本腰を入れてきており,その方向性が法律という形で見えてきたという点でしょう。また,これまで懸案となっていた大学などの学校を卒業していないが,伝統的な方法で中医学を継承してきた人たちの扱いについてもはっきりとさせています。薬材や処方の扱いに関してもかなり踏み込んだ記載がありました。こうした制度や標準化基準を確立していくことは,国内だけでなく,中医学の国際化にも有利に働くとみられ,中国の今後の動向を注目していきたいと思います。(了)




中医臨床 通巻148号(Vol.38-No.1)特集/老年症候群の中医治療


『中医臨床』通巻148号(Vol.38-No.1)より転載


ページトップへ戻る