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通巻146号◇【リポート】関西中医鍼灸研究会/浅川要先生の特別講演会
REPORT 関西中医鍼灸研究会
「鍼灸の弁証論治の実際を公開」~浅川要先生の特別講演会~
[編集部]
2016年7月31日,新大阪にある東洋医療専門学校で関西中医鍼灸研究会主催による浅川要氏(東京中医鍼灸センター)の特別講演会が開催された。日本における中医鍼灸の第一人者である浅川氏が2人のモデル患者に対して四診による情報聴取から始め,弁証の思考過程を逐一解説しながら診療方法のすべてを公開した。
関西中医鍼灸研究会は,藤井正道氏(結鍼灸院)が代表となり1995年からスタートした中医学を学ぶ研究会で,隔月に実施する関西中医研講座と,隔月刊『中医研通信』の発行をおもな活動としている。とりわけ季節の変化,風土や生活習慣による違いを重視し,「この病気にはこの治療」といった固定的な治療法ではなく,自らの頭で考える弁証論治を身に付けることを目標とする。
今回は通常の講座ではなく,東京から浅川要氏を招き特別講演会が開催された。浅川氏は中国の中医鍼灸書を翻訳し日本の中医鍼灸導入の草創期を支え,13年前からは中医鍼灸の臨床力を検証する場として東京中医鍼灸センターを立ち上げ,日々臨床を行っている。治療の柱とするのは弁証論治だ。今回の講演会では,浅川氏の中医鍼灸の実際が惜しげもなく公開された。
弁証論治の進め方
まず浅川氏が実際にどのように弁証論治を進めているのか,その手順について解説があった。「治療では主訴を改善することが目標となり,それがなぜ起こっているのかを四診によって探っていく。四診は舌診と脈診が中心で,その他の身体情報として,たとえば切経も行う。腹診は六腑の所見があるときのみ行う。弁証は臓腑弁証・経絡弁証・気血津液弁証を行い,八綱弁証はそれらを統括するものであって直接治療に結びつかない」。
「治療は大きく標と本の治療に分かれ,標治には局所と循経の穴を用い,本治には弁証穴として各種要穴を用いて治療する。病気はおもに外経病と内経病に分かれ,外経病には経筋疾患を始め火傷や外傷などが含まれ,この場合は臓腑に変動がないため弁証の必要がなく,圧痛点や循経穴に治療を施したり,手鍼などの微鍼法を用いて治療を行う。内経病に対しては四診にもとづく弁証が必要となる」(図)。
引き続き2人のモデル患者を使ったデモンストレーションが行われた。
図 外経病と内経病に対する治療
モデル患者を使った弁証論治の実際
◆第1例(31歳男性)
主訴は左起立筋の痛みで,起き上がるときに痛むというモデル患者であった。ここでは日常診療で最も診ることが多い経筋疾患の治療の進め方の一部始終を見ることができた。
「痛みは①自発痛と②運動痛に分けられ,①自発痛は内傷病であり,さらに固定痛と移動痛に分けられる。固定痛は瘀血・痰などが原因で陰性,移動痛は気痛によるもので陽性である。②運動痛は経筋疾患である」。この患者の場合,「負荷がかかった状態で痛むことから経筋疾患であり,陽筋群のところで経気の阻滞が起こっていると考えられる」とのことであった。
本病は経筋疾患であることから,治療は局所である腰と,腰に関連している経脈(督脈・膀胱経・胆経)から腰に最も効果の高い穴を選択する。「腰部は圧痛点を取り,そこを緩めるために灸頭鍼やパルス(1Hz)を使う。腰に最も効果的な穴として委中を選択するが,この場合の委中は膀胱経の合土穴や郄穴としての使い方ではなく,『四総穴歌』の『腰背は委中に求む』の使い方で,委中辺りの圧痛点に刺鍼する」と解説があった。
さらに「急性腰痛の場合,委中の1寸上辺りの委上穴に圧痛が現れることが多く,慢性化するにしたがって下がってきて,委中に,さらに慢性化すると委下穴に下がってくる。さらに急性の場合は人中穴を使ったり,仰向けにしかなれない場合には,委中に刺鍼して,さらに手の腰腿点を使う。この治療を2~3日続けると横向きや仰向けになれるようになるので,腰部局所への刺鍼はそれから行う」という。
舌診を行うと,淡紅紫舌・舌苔薄黄白で,歯痕はあるが六腑の働きに問題はないようで,さらに脈診を行うと,やや沈・緩・実脈・やや細で,虚脈はなく正気の不足はない。舌脈診からも臓腑に問題はなく,経筋病であることが裏付けられた。
続いて母趾の爪と指腹を診る。「爪は筋余」で爪は肝の状態を表すが,患者の爪はしっかりしている。母趾腹は脾の状態を示し,フニャフニャして皺ができていたりすると脾に問題があるとみるが,この患者の場合は異常がなく,肝脾もしっかりしているようであった。さらに腎の状況は太渓に現れ,その箇所の張り具合や冷たさを診るが,これも異常がなく腎気に問題はない。さらに足三里から下巨虚までは腸胃の状態が反映されているが,ここを触っても異常はみられない。やはり外経病の経筋疾患のようであった。
治療は経気の阻滞を除いて通じさせる。鍼は30号1.5寸の中国鍼を使用。まず仰向けで手鍼を行い,八邪から腰腿点に透刺をする。さらに合谷(後渓に向ける)と外関に刺鍼する(実際の治療では1Hzのパルスをかける)。次に俯せにして委中周辺の圧痛点に刺鍼する。そして腰部の圧痛点を取る。「もし腰に圧痛点があればそれを優先するが,圧痛点がなければ腎兪・小腸兪・大腸兪,場合によっては志室が治療穴になる」と補足した。
◆第2例(67歳女性)
ここでは臨床でしばしば遭遇する様々な愁訴のある患者の弁証論治の実際を見ることができた。
主訴は左眼辺りの痛み,歯茎の腫痛,腰痛(30年来),顔面痛,頸肩関節痛,こむら返りがよく起こる。帯状疱疹の既往があり抗ウイルス薬で治療した。睡眠関連のトラブルはない,低気圧が近づくと左頭痛が起こる,めまいはない,汗をかきやすく頭・背中によくかく,胸やけ,腹部がゴロゴロする,頸から胸の辺りにあせも,踵がカサカサ,手足がむくむ,大便2~3回/日で普通便,小便多い(夜間は1回),暑がり寒がり。身長152cm,体重56kg。
このモデル患者には様々な訴えがあったが,問診の結果は「肌肉筋脈になんらかの変動が起こっていそうである」という見立てであった。
足の切診では足先は冷たくない,むくみ,母趾腹がフニャフニャ(脾虚),巻き爪(肝脾のバランスが悪い),太渓辺りの隆起(水をあげる力が低下)などがみられた。ここまでのところで,「脾気虚・脾腎虚・脾腎陽虚の可能性がある」とのことであった。三陰交に問題はない(硬結等があれば胞宮に問題がある)。
望診では顔色が白っぽく,水が全体に広がっている白さであるが,顔面からは特に五臓の変化はみられない。舌診は淡紅舌・黄白苔・胖大。ここまでのところで,「腎虚で湿が停滞したようであり,脾虚も感じられる」とのことであった。
さらに脈診は,やや沈・やや数・実・やや細で,滑脈,右脈は強く,左脈の肝腎は1層脈しかでない。「母趾腹の状態から脾虚は感じられるものの,脈からは正気の虚は現れていない」ようであった。
「この患者の場合,確かに脾腎虚はみられるが,脈象から正気の不足は現れておらず,鍼灸治療を要するほどの状態とは思われない」とのことで,「私たちのセンターではこのような場合,神闕や関元にビワ灸(本誌144号165頁を参照)を施すが,温灸等で病気への進展を未然に防ぐような(未病)手立てをすればよい」との見解を示し,実演を終えた。高齢者の場合,加齢の影響でなんらかのトラブルは抱えているものであり,鍼灸という治療を施すほどではなく,養生を目的とした方法で対処できるという考えであった。
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浅川氏の弁証論治はおそらく東京中医鍼灸センターで各治療家が行っている方法と思われる。複雑なところがなく,とても洗練され,再現性が高い方法という印象を受けた。臨床における検証も積み重ねられてきており,日本の中医鍼灸の弁証論治のモデルにできる方法と思われた。(文責:編集部)
講師を務めた浅川要氏
本講演会の主催者代表の藤井正道氏
刺鍼の実演を行う浅川氏
関西中医鍼灸研究会
http://www001.upp.so-net.ne.jp/yuihari/top.htm
『中医臨床』通巻146号(Vol.37-No.3)より転載
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