[編集部]
2015年2月9日,東京都内で,認知症に対応する多職種連携型の鍼灸専門人材育成事業の成果報告会が開催された。本事業は平成23年(2011年)から始まっている文科省の委託事業「成長分野等における中核的専門人材養成等の戦略的推進事業」のうちの1つで,「超高齢社会における認知症患者に寄り添う医療・介護連携型の中核的鍼灸専門人材の育成」を目的に,平成26年度文科省委託事業として取り組まれてきたものである。
まず本事業の事務局長を務める兵頭明氏(学校法人後藤学園中医学研究所所長)が成果報告を行い,引き続いて本事業の役割と可能性をテーマとしたシンポジウムが実施された。会場は165名の参加者で一杯になり,いずれも熱心に耳を傾けた。
事業報告会
最近マスコミなどでも報道される機会の多い「2025年問題」。団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になるその年,日本人の4人に1人が75歳以上という超高齢社会になることで介護・医療費など社会保障費の急増が懸念されている。
高齢化に伴い深刻な社会問題になるとみられているのが認知症である。2025年,高齢者人口は約3,500万人に達するとみられ,それに合わせて認知症を患う人の数は675万~730万人に達すると推計されている(2015年1月7日,厚労省発表)。そのため,認知症の予防,認知症治療薬の開発,地域包括ケアシステムの構築などが危急の課題として各方面で模索されている。
そして今,そのなかでコ・メディカル分野の人材不足が深刻な問題として浮上してきている。推計によると現在149万人いる介護職従事者が100万人不足するという見方も出ているという。
こうした背景のなかで,「多種職医療連携を強化した人材の育成」事業に取り組んだのが今回のプロジェクトである。本事業では,医療・介護連携型で認知症に対応できる鍼灸専門人材を育成することを目的に,西洋医学系・介護福祉系・鍼灸医学系の3分野が連携して教育プログラムを策定し,3分野が一体となったモデル教材の開発を行った。
報告会ではアンケート調査・モデル教材の開発・実証講座の開催といった事業内容について報告があった。兵頭氏は「政府は省庁の枠組を超えて認知症対策に取り組む国家戦略『認知症施策推進総合戦略』(新オレンジプラン)を打ち出し,そのなかで7つの柱を立てているが,その1つに『認知症の人やその家族の視点の重視』がある。本教材はまさに認知症を患った本人とその家族を支えることを目的として開発されたことを強調しておきたい」と話した。そして今後は,臨床経験3年以上の鍼灸師や鍼灸師の再就業希望者(鍼灸師の学び直し)を対象に教材を提供して学習支援環境を整備したり,本教材のeラーニング化をはかるなどの方針が紹介された。一方で,こうした学習環境を整えるだけで終わらず,「実際に現場で多職種の方と一緒に実習・研修することが大切であり,そのための場の確保が重要だ」と強調し,多分野に対する鍼灸の認知度の向上もそれを成し遂げる鍵になることを示した。そして「鍼灸師専門人材の育成は東洋医学的な全人的・総合的視点に立った認知症に対する新しいメッセージの発信」「高齢者を支える未来を一緒に作っていき,今回の3連携を軸にして今後は看護等他職種にも拡げて行きたい」と結んだ。
事業報告会
モデル教材と成果報告書
シンポジウム
シンポジウムは,コーディネーターの後藤修司氏(学校法人後藤学園理事長)を中心に,5人のパネリストが登壇して行われた。まず本事業の成果である教材作成の背景やねらいについて,西洋医学系教材を代表して川並汪一氏(一般社団法人老人病研究会会長),介護福祉系教材を代表してグスタフ・ストランデル氏(株式会社舞浜倶楽部代表取締役社長),鍼灸医学系教材を代表して兵頭氏がそれぞれプレゼンテーションを行った。川並氏は「プライマリ医にこそ鍼灸を知ってほしい」としたうえで,「超高齢社会のプライマリ医療は老年症候群の鍼灸医療が最適」と結んだ。グスタフ氏は「認知症緩和ケア理念には身体的・精神的・社会的・生存的側面の4つがあるが,これらをすべて満たすには多職種による医療連携が必要」と強調した。兵頭氏は鍼灸の施術によって認知機能の低下をどこまで抑制あるいは維持できるのかに絞って事例を交えて紹介した。また認知症を対象とした韓景献鍼灸法(三焦鍼法)の開発者である韓景献氏(天津中医薬大学教授)が中国から来日し,中国における本法の臨床研究の結果などについて解説した。
さらに社会システムや医療福祉政策の専門家である和田雄志氏(公益社団法人未来工学研究理事・フェロー)が加わり,今後の認知症対策の核となる地域包括ケアを運営する各自治体で実施した,多職種連携や鍼灸師の認知度などに関する実態調査の結果と今後の課題について話した。 和田氏は「地域における認知症の取り組みはこれから本格化する」「多職種連携へのニーズは高いが課題も多い」「各種療法のなかで鍼灸の認知度・期待度はまだ低い」とまとめたうえで,今後の課題として「認知症と鍼灸に関するエビデンス蓄積と情報発信が不可欠」「連携の核となる地域ケア会議にどう参画するかが鍵」「地域に開かれた場所(認知症カフェなど)での展開も視野に入れる」と考察を加えた。
川並氏
グスタフ氏
兵頭氏
韓氏
和田氏
『中医臨床』通巻140号(Vol.36-No.1)より転載