2011年9月3・4日の2日間にわたって,タワーホール船堀(東京・江戸川区)にて,第1回日本中医学会学術総会が開催された。昨年,設立記念シンポジウムを挙行して立ち上がった本学会が,いよいよ第一歩を踏みだした。大会には,30年にわたり一貫して中医学を実践してこられた平馬直樹会頭のもと,200名余りの参加があった。海外(中国・台湾・韓国)から3題の招待講演,国内の2題の特別講演と会頭講演,4つのシンポジウム,鍼灸のセミナー,一般演題からなり,十分に手応えを感じられる内容だった。
■会頭講演
日本中医学会の目的は,「中医学を正しく継承し,その発展と普及をはかり,現代の医療に貢献すること」である。学会会長の平馬直樹氏は,その中心テーマに沿って「中医学をどのように継承するか」を語った。また,「現代中医学を無批判に受け入れるのではなく,古典医書を中心とした中医学の原点を大切にしながら,現代の医療への応用を模索したい」とも述べ,当学会の基本姿勢を改めて示した。
平馬氏は,「現代の中医学は,長い期間をかけて継承され発展してきたものである。その原点は,『黄帝内経』『傷寒論』『神農本草経』など古典医書にある。原点の継承は何より重要であるが,古い医書は伝承の過程で,書き換えや誤記が起こっているため,古典を学習する際には語句にこだわり金科玉条とすべきでなく,古典医書とは身体や病理現象をみる視野と感覚を提示してくれるものと受け止めるべきだ」と述べ,古典に向き合う姿勢を正した。古典医書には,現代の医療に役立つ身体観や疾病観,方薬の応用法が数多く残されている。それらを活用するためには先人の経験が貴重な手引きとなるという。「各家学説をガイドとして,各時代の名医たちの具体的な臨床例を学ぶことが,中医学の継承と応用の基礎となる」と提起した。
日本の中医学が今あるのは,中国の名老中医の熱心な指導と交流の賜物だと強調。講演では日中医学交流史を回顧して,今後も中医学を継承,発展させるうえで中国を始め諸外国との学術交流が貴重な経験の場になることが示された。
■招待講演
北京中医薬大学東直門医院から招かれた趙吉平氏は,長期にわたる臨床経験から自ら体得した鍼灸治療の要諦を披露した。特に強調したのが鍼灸における病位の判断であった。近年,鍼灸教育では教科書の影響で臓腑弁証を強調し過ぎる傾向にあったと指摘し,疾病の種類によって弁証方法を適切に選択することが大事であり,臓腑病証では臓腑弁証を主に経絡弁証を組み合わせる,体幹や四肢の筋肉組織の病変である外経病では経絡弁証を主に臓腑弁証を組み合わせる,器官病では臓腑経絡弁証を同時に重視すると述べた。講演では,疼痛・アレルギー疾患・皮膚病の例をあげ,弁証の手順から配穴,手法についてまで事細かく紹介した。また臨床効果を上げるためには刺鍼手技がポイントになることを強調し,刺鍼の深度・方向や操作方法などについても,具体的かつ詳細に示した。
韓国から招かれたソウル慶煕金英信韓医院の金英信氏は,日中韓で行われている伝統医学の相違点や韓国の伝統医学事情を紹介したほか,日韓伝統医学の交流史も振り返った。韓国の医療保険制度では,漢方薬の単味エキスは保険適用されるが,複合エキスは適用外,煎じ薬は保険対象外であり,鍼灸は100%保険適用である。また日本と異なり韓国では混合診療が認められているという。日韓の医学交流は朝鮮通信使,さらには中国の医書が朝鮮半島を経由して伝来した時代にまで遡ることができる。近現代では,1961年から裴元植氏を中心に日本東洋医学会への参加・人的交流がはかられ現在も継続していると述べた。
台北市中医師公会から招かれた陳志芳氏は,台湾における中医薬の現状を,その歴史的経緯を含めて紹介した。1945年に制定された台湾医師法により,中医師はそれまで主流であった西洋医学の医師と同等の資格として認められた。1965年,中国医薬学院に最初の中医学科が創設され正規の大学教育が開始。中医学教育の歴史は長く,非常に厳格に行われているため優秀な人材が多いという。また,これまで医師資格の取得には独学による試験への参加も認められていたが今年廃止され,大学卒業者のみに一本化された。民間における中医への信頼は厚く,多くの中医医院・診療所のほか,中医外来を設ける病院も少なくない。1995年には中医診療の医療保険適用が認められた。
■特別講演
結(ゆい)針灸院の藤井正道氏は,「督脈通陽法」の紹介と実演を行った。督脈通陽法は命門・至陽・大椎など督脈上の経穴に棒灸や灸頭鍼を行う方法で,それまでの治療に接ぎ木するような形での利用が可能であり,非常に使いやすい治療法であるという。関西中医鍼灸研究会の冨田祥史氏の非定型性リウマチの症例では,3カ月の鍼灸治療で効果がなかったものに督脈通陽法を取り入れたところ,5カ月後に膝関節痛がほぼ消失。CRPの値も激減した。藤井氏は,当初の治療は疏肝理気・通絡が主であり,気滞への効果はあったものの気虚に対する効果が不足しており,督脈通陽法によって督脈の経気を利用し補気と同様の作用をもたらし通陽通絡去湿をはかったことで著効が得られたのだと解説した。督脈通陽法はそれ自身の治療効果だけでなく,触媒のようにほかの経穴の治療効果を高める働きもある。また,陰陽調節作用があり,睡眠障害やうつ病などにも効果があるという。
福岡大学薬学部の藤原道弘氏は「中薬の脳血管性認知症における予防・治療的役割」と題した講演を行い,認知症およびその周辺症状に対する当帰芍薬散,抑肝散,冠元顆粒の薬理作用を解説し,この3つの中薬の改善作用を次のようにまとめた。当帰芍薬散は,アセチルコリン神経系に関与し,血管拡張作用による微小循環の血流増加,血液粘度の低下,血小板凝集の抑制作用による駆瘀血作用を有する。脳血管性認知症に有効だが,特にアルツハイマー病に対する改善効果が著明である。抑肝散は,釣藤鈎を含み5-HTとグルタミン酸神経系に関与し,細胞死の抑制,運動興奮の抑制・睡眠増強・攻撃性の抑制に作用する。冠元顆粒は,丹参を含みフリーラジカル消去作用やドパミン神経系に関与し,脳神経細胞の抑制,脳血流を改善する。特に抑肝散と冠元顆粒は周辺症状を改善,とりわけ冠元顆粒は予防効果にも優れるという。
■シンポジウム①
『心の疾患と中医学』(座長:北田志郎)
東洋堂土方医院の土方康世氏は,「難治の自律神経失調症」と題し,うつ症状に対して漢方薬を用いて著効を得た3例を紹介した。夫死亡後2年続く76歳の女性のうつ・倦怠感・不眠に対し,補中益気湯加スッポン末を投与したところ不完全寛解であったため,女神散を併用して完治した。28歳女性の月経前症候群のうつ・ヒステリー・下腹部痛・倦怠感に対し,加味逍遥散合折衝飲加香附子・烏薬で一部寛解。残った冷えに対し肉桂・巴戟天・続断・肉蓯蓉・附子を追加して補腎陽をはかったところ完治した。抗うつ薬で改善しなかった身体化障害の23歳の男性に対し,肝鬱血瘀・木乗土と弁証し,芎帰調血飲加四逆散を投与して2週間で完治した。
日本赤十字社和歌山医療センターの西田愼二氏は,大阪大学射場区部付属病院漢方医学外来における患者動向の分析結果と心身症患者に対する治療について紹介した。ストレス関連疾患を中医学的に考える場合,肝・胆・心・脾に着目することが重要である。ここで西田氏は,『素問』にある「肝者,罷極之本」に注目,罷極は一般的に疲労のこととされるが,「罷極とは弛緩と緊張を指す」という説が心身症患者に対しては当てはまると述べた。ストレス関連疾患の患者は訴えが非常に多彩であるため弁証で混乱することも多い。そういった場合,全体の雰囲気や腹証,口訣などから方剤を決定する日本漢方的手法の方がかえって簡便なこともあるという。
兵庫県立尼崎病院の陸佐代子氏は,慢性統合失調症の患者に対し,漢方薬による治療を行うことで薬物療法の必要性への理解が進み,抗精神病薬の単剤化につながった例を紹介した。精神科医療における薬物療法は多剤併用となることが多いが,副作用が出現しやすく寛解率も高くないことから,単剤処方が主流となりつつある。しかし,慢性疾患や難治性疾患では依然として多剤処方となる傾向が続いているという。紹介された症例では,漢方薬の服用によって精神状態がすみやかに軽快したことを患者本人が自覚したことで内服治療への積極性が増し,結果的に単剤化につながった。陸氏はこの患者本人の自覚が非常に重要であると述べた。
明治国際医療大学の福田文彦氏は,「うつ病(うつ病症候群)と鍼灸治療―基礎と臨床から―」と題し,うつ病に対する鍼灸治療について,EBM・臨床研究・基礎研究それぞれの面から紹介した。鍼灸治療が適応となるうつ病は軽度・中等度であり,鍼灸単独でも治療は可能であるが,日常生活に支障がある場合には西洋医学的治療との併用が推奨されるという。弁証においては気鬱・肝・心が中心となり,実際の手技では瀉法が中心となり,刺激量についてはほどほどにする必要があると述べた。福田氏らのグループはドパミンやセロトニンと鍼灸刺激の関係を研究しており,現在までに,腎兪への置鍼・百会への施灸など,鍼・灸によってセロトニン放出が増加したいくつかの例を明らかにしている。
■シンポジウム②
『中医学で難病に挑む』(座長:西森婦美子・戴昭宇)
清水内科外科医院の清水雅行氏は,「疑難病に対する中医学治療経験」と題し,疑難病の概説と症例を紹介した。疑難病の病機の特徴として,病因が錯綜する・病情の変化が多い・病機が相反する・弁証論治の誤りが加わるなどがあり,このため弁証論治には正確な弁証に留意すること・堅実な理論的基礎を有すること・古今の医師の経験を参考にすることが必要となるという。治法においては,活血化瘀法と去痰法を重視し,頑病には虫薬を選用する,疑難久病には必ず扶正を行い,脾胃の重視,中西医学両者の思考方法を広く受容することが重要であると述べ,症例として重症筋無力症に六味丸合一貫煎加減,関節リウマチに右帰飲加減,慢性腎不全に六味丸合萆薢分清飲加減,大動脈炎症候群に血府逐瘀湯加減を用いて著効を得た例を紹介した。
北京中医薬大学東直門医院の趙吉平氏は,「中医鍼灸で難病に挑む」と題し,慢性前立腺炎と診断された3年にわたる少腹痛に悩む61歳男性の症例を紹介した。趙氏はこれを,病位は足厥陰肝経,気滞血瘀証と弁証。その根拠として,①疼痛部位が足の厥陰肝経の循行上にあること②夜間痛の発生が厥陰経の時間である2時前後に固定していること③圧痛が蠡溝穴に出ていたこと④病期の長さと疼痛の部位が固定して夜間に激しいといった瘀血の特徴があることなどをあげた。中極・曲骨・仙骨部夾脊穴・次膠・三陰交・太衝・外関→内関への透刺・蠡溝・期門・百会を取穴し,当日の夜には痛みは半減,2週間の継続治療で精神状態は好転し痛みも7割軽減したと報告した。
熊本赤十字病院内科の加島雅之氏は,「反射性交感神経性ジストロフィー/複合性局所疼痛症候群タイプⅠへの中医治療の試み」と題し,その著効例を紹介した。反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)/複合性局所疼痛症候群タイプⅠ(CRPS typeⅠ)は,外傷機転後の持続する難治性の慢性疼痛である。これまで本症に対する治法として,日本漢方では温通・活血,中医学では通経活絡・去風湿などがあげられている。加島氏はCRPSの特徴のひとつである刺激性の亢進に対し,西洋薬では抗痙攣薬を用いるが,これが漢方における熄風の作用と同じ方向性であり,内風ととらえることを提起。特にCRPSは最終的に組織の萎縮を来すことなどから局所で血虚内風・陰虚内風が起こっていると考えられるとし,CRPSにおける新たな病態概念を示した。
台北市中医師公会顧問の董延齢氏は,「特殊な疾病に対する中医治療の実証」として,4症例を紹介した。顔面が火のように暑い状態が5年続いている中年女性に対し,戴陽証と弁証,引火帰原を治則として,連珠飲と黄連解毒湯に牛膝などを加え,1カ月半で症状はほぼ改善。出生以来自力での摂食不能な2歳男児に対し,橘皮竹筎湯と六君子湯に党参・山薬などを加え,1週間後には顕著に改善。レイノー氏病の中年女性に対し,当帰四逆湯と四君子湯に黄耆・党参などを加え,半寛解。さらに十全大補湯と建中湯で,3カ月後にほぼ寛解。ウイルス感染による突然の高熱とひきつけから数カ月にわたって寝たきりとなった中年男性に対し,温病と弁証し,安宮牛黄丸と小柴胡湯に大量の石膏を加え,さらに鍼灸の醒脳開竅法を用いて治療し,2カ月でほぼ完治。
■シンポジウム③
『医学の科学的エビデンスを得るために:非侵襲的光計測の役割』(座長:酒谷薫)
パナソニック電工株式会社の長野正樹氏は,光学的計測法を応用して長野氏らが開発したマッサージ効果の評価法を使って,マッサージの有効性を検討した研究を紹介。実験は,筋肉の硬度(弾性率)を定量化するために開発した筋硬度計を使って,マッサージ前後の筋硬度の変化を計測し,さらに時間分解スペクトロスコピーによって筋血流の変化を定量的に計測し,筋硬度変化との関係について検討するものであった。研究はマッサージ器を用いて行われ,結果は,マッサージ前後に筋肉弛緩率と血流増加率の間に有意な正相関が認められたという。このことからマッサージは筋肉の緊張を緩和し,筋血流を増加させる作用があることが示唆されるという。
日本大学医学部の辻井岳雄氏は,近赤外線分光法(NIRS)を薬理評価法に応用した研究を紹介した。NIRSとは,近赤外光を照射し,組織を透過してきた光を分析することにより,組織を流れている血液中のヘモグロビン酸素化状態を外部から非侵襲的に調べる手法である。研究では,NIRSを用いてアレルギー疾患の治療薬である抗ヒスタミン薬の経口投与が中枢抑制活動に及ぼす影響を計測。この研究によって抗ヒスタミン薬の中枢抑制作用が明らかとなり,さらに精神薬理研究におけるNIRSの有用性も示唆されたという。
東京農工大学大学院工学研究院の中村俊氏は,赤外線計測を用いた情動の評価法の研究について述べ,動物と人を対象とした実験を紹介。ヒヨコを使った実験では,飼育環境を制御して他個体に対する「なつき」群と「すくみ」群を作りだし,他個体と対面させ,両群の頭部温度がどう変化するか赤外線カメラを用いて計測した。結果は,「なつき」群では運動量の増加に伴って温度低下が観察された。この温度低下が,セロトニン作動神経系によって制御されている情動変化に起因するものかは今後の検討が必要であるという。人を対象にした実験では,ビデオを鑑賞している時の快,不快の感情と顔面温度が相関するか,赤外線カメラを用いて調べ,温度変化により快,不快が判別された。また,入れ歯の咬み合わせ不全が脳機能にどのような変化を及ぼすかを検討した実験では,咬み合わせ不全では鼻の温度が低下したという。
日本中医学会は,「伝統医学と先端科学の融合」を目的の1つにしている。本シンポジウムの3演題は,いずれも光計測を用いた非侵襲的な計測法に関する研究を紹介するものであった。中医学を科学的に評価する際に,非侵襲的であることは大事な視点であると思われ,研究のいっそうの進展が期待される。
■シンポジウム④
『生薬の資源保存と安全性確保』(座長:佐橋佳郎)
(株)栃本天海堂の姜東孝氏は,「漢方生薬の資源保存と安全性確保」として,中国市場の現状,生薬高騰の現状,資源の状況,生薬の品質に対する考え方,資源確保のための日本と中国における取り組み,安全性確保について紹介した。野性資源の枯渇・中国農村部の人口減少および高齢化などから生薬価格が高騰,特に2010年には大幅な値段の上昇があった。これによって今後起こりうる影響として,薬価逆ザヤによる薬価販売の否定・薬価生薬の規格変更などがあり,またこのことは生薬の品質低下にもつながるという。こういった状況を回避するために,同社では国内における生薬自給率の向上や,海外における野性資源の栽培推進などに取り組んでいるという。
(株)ツムラの笠原良二氏は,「漢方製剤と原料の資源保存と安全性確保」として,資源保存,生薬の安全確保のための調達ルートの充実や保管施設,安全確保についての取り組み状況について紹介した。同社では,漢方製剤の品質を維持するため,原料生薬の栽培段階から製造・出荷・流通まで一貫したトレーサビリティ体制を確立しているが,生薬の安全性および品質の保証体制をより強固なものにするために,これまでのトレーサビリティ体制の構築や生産を標準化する取り組みに,管理規則や監査規則などを加えた,安全かつ適正に生薬を生産するための基準「株式会社ツムラ 生薬生産の管理に関する基準(ツムラ生薬GACP〈Good Agricultural and Collection Practices〉)」を策定し,明文化した。
■鍼灸セミナー
『中医鍼灸のさまざまな手技』(講演と実技)(座長:篠原昭二)
(写真 左から順に)
賀偉氏は,「三通法」のひとつである温通法のなかから,特に火鍼療法について紹介し,その手技を披露した。
河原保裕氏は,石学敏氏の手技量学にもとづいた捻転・提挿それぞれの補瀉法の手技を解説しながら紹介した。
関口善太氏は,李家家伝鍼灸の手技を実際に体験してほしいと会場から希望者をつのり,多くの人がその手技を体験した。
編集部
(各写真は,クリックすると拡大できます)
『中医臨床』通巻127号(Vol.32-No.4)より転載