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通巻128号◇【追悼】森雄材先生を追悼する

  森雄材先生,いつも若々しく溌剌とされていた先生がこんなにも早く天国に逝ってしまわれたこと,未だに信じられずまた信じたくもありません。
  1977年に伊藤良先生と森雄材先生のお二人が中心になって『中医学基礎』を翻訳出版され,同時に神戸中医学研究会を創設されました。
  爾来20年あまり,伊藤先生の天才的な中医学に対する鋭い洞察力と臨床力,そして森先生の他の追随を許さない抜群の整理力と文章力,お二人のこれらの非凡な才能が陰陽の働きとなって数々の名著を世に送り出されました。まさに絶妙のコンビで,日本に新たに中医学を導入され啓蒙されたことは,日本の漢方界にとって革命的であり衝撃的なことでありました。
  その間,伊藤先生とご一緒に中国の老中医を何度も招いてシンポジウムを開かれたり,逆にこちらから中国は天津・北京・上海・成都・西安・青島等々に赴き,活発な学術交流をされました。これらの学術交流における論文集の編集においても,森先生の功績は大きなものでした。私たち弟子もご一緒させていただき,国際的な交流も含めて多くを学ばせていただきました。
  先生は学問的のみならず,人間的にもまことに魅力的な方でした。伊藤先生同様,「来る者拒まず,去る者追わず」の大らかな精神で弟子たちを受け入れ,育んでいただきました。私たち弟子は,自分たちのことを当然両先生に教えを受けた弟子と考えていますが,お二人とも私たちのことをまったく弟子扱いされず,あくまで一医師あるいは一個人として接していただきました。
  よくメンバーが言うのですが,「神戸中医研は世間一般にある組織とは全然違うな」と。「打算もなく名誉欲もなく会費も取らず,誰もが自由に好きなことが言える世にも不思議な会やな」と。これは両先生のご人徳によること以外の何物でもありません。
  この間のお二人のやり取りの妙を身近で体感させていただきながら多くのことを学ばせていただけたことは,私たち弟子にとって掛替えのない財産であり誇りです。
  こうした活発な活動を伊藤先生とともに長い間続けられましたが,たしか1999年頃のある時突然,「ちょっと疲れたかな」というようなことを仰ってあっさり中医研を去って行かれました。先生があまりに多くの書籍をものすごいスピードで書き上げられたためでしょうか,それともご自分がなすべきことは一通りやり終えたと考えられたのでしょうか。


  ここまでは神戸中医研の伊藤・森時代と言うことができるかも知れません。内容的には,中医学の基礎分野の日本への紹介と啓蒙の時代といえるでしょう。これは森雄材先生なくしてはあり得ない時代で,本当に私たちはいくら先生に感謝してもしきれないと思っています。
  森先生が抜けられた後はぽっかりと大きな穴があいたようで,しばらくは寂しさと虚しさが漂い,現実を受け入れるのに時間がかかりましたが,そのうち,伊藤先生がお一人で中医研を引っ張ってくださる形になりました。以後,今日までは,伊藤・森時代を土台にした伊藤時代といえるでしょう。
  これ以後は森先生はご存じないので,ご報告かたがた簡単にご紹介させていただきます。
  先生が会を去られてから今日にいたる十年あまりは,伊藤先生のご指導の下,張景岳・張錫純・陳士鐸・鄭欽安をはじめとする火神派等々,陰陽五行あるいは易の理解なくして活用できない分野に研究の対象が広がり深化してきました。まさに中医学の真髄に迫りつつあります。同時に,新たに何人かの有力な若手メンバーが加わり,神戸中医研も再び活況を呈してきました。
  先生に鍛えられたメンバーの中には,ポスト森雄材ともいうべき人材も育っております。また,伊藤先生から教えていただくことをヒントに,中医学の世界的・歴史的な潮流を把握したうえで,温故創新する芽も出始めています。先生が伊藤先生とともに播かれた種は,確実に実りつつあるのです。
  森雄材先生,私たち神戸中医研のメンバーは先生のことを生涯忘れることはできません。本当に本当に,ありがとうございました。本当に,ご苦労様でした。どうか,天国でまずはゆっくりとお休みください。そして,私たち神戸中医研のことを見守って下さい。

2011年12月17日
神戸中医学研究会

 

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