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通巻123号(Vol.31-No.4)◇ニュース
2010年11月16日,ケニアのナイロビで開催されていたユネスコ政府間委員会は,中国が申請していた「京劇」と「中国鍼灸」を無形文化遺産に登録することを決めた。
この知らせを受け,『中国中医薬報』では複数の中医関係者を取材し,中国鍼灸が無形文化遺産に登録された意義や今後の課題について報じた。
11月16日夜,中医界にとって歴史的な一瞬が訪れた。同日ケニアから,中医鍼灸がユネスコ無形文化遺産に登録されたというニュースが伝えられたのである。これは,2006年に国家中医薬管理局が申請活動を開始して以来,中医関係者が長い間待ち望んできた喜ばしいニュースであり,また中医分野における無形文化遺産登録申請のうち,はじめて登録が実現した項目となった。
同日夜9時,本紙記者は,無形文化遺産申請に関わった主要専門家の1人であり,中国中医科学院鍼灸研究所の趙京生氏に電話をかけた。電話の向こうから隠しきれない喜びが伝わってきたものの,趙氏は冷静かつ理性的な態度を崩さず,「無形文化遺産に登録されたことにより,中医関係者はさらなる重圧と責任を背負った。今後,いかにして確実に鍼灸を保護・伝承していくか,こなさなければならない仕事が山積している」と答えた。氏の言葉はまさに,中医関係者に共通した受け止め方といえよう。
無形文化遺産の意義
無形文化遺産の保護は,国際的に注目されている一大プロジェクトであり,人類の持続的発展と密接な関係がある。また無形文化遺産は,1つの国の世界観・価値観および民族の信仰を具体的に表現するものである。
しかしながら現在の社会では,「遺産=絶滅の危機に瀕している」という見方が一般的である。これに対し,中国中医科学院鍼灸研究所副所長である黄龍祥氏は,「中医は幅広くかつ奥行きが深く,治療効果も確実である。西洋医学では解釈できないものも多いが,現代医学で解釈できないということが,イコール価値がないということにはならない。科学の発展に伴い,もともと受け入れられなかったものも,徐々に世間の人から理解され受け入れられるようになってきている」と話した。黄氏は,「もし現在保護しなければ,これらの技術は失われてしまう。無形文化遺産への登録は,このような悲劇の発生を防止するためのものである」という。
誤解とは不理解により生じるものである。趙京生氏は,「今回の申請に関わった人は多くない。私自身も,出発点では理解しておらず,徐々に理解できるようになった。これには,ある1つの過程が必要となってくる」と話した。趙氏は,無形文化遺産保護の意義とは,文化の多様性の保護にあり,異なる地域の文化交流および発展を推進することにあると考えている。グローバル化に伴い,伝播の勢いが強い西洋文化が世界文化の主流を占めるようになってしまい,一部地域の民族文化はないがしろにされ,衰退の危機に瀕している。グローバルな視点から眺めれば,異なる文化はすべて保護されるべきであり,無形文化遺産に登録されれば,世界の幅広い人々が理解するようになり,同文化の保護と発展に有利に働く。
人によっては,鍼灸の無形文化遺産への登録申請は,鍼灸に対する一般市民の不信感や国内の鍼灸市場の萎縮を防ぐためであり,登録により箔をつけて鍼灸を救おうと考えているという。これに対し,中国中医科学院医史文献研究所の柳長華氏は,「鍼灸の無形文化遺産登録申請は,鍼灸に対する中国人の不信感を表すものではなく,鍼灸に対する自信の現れである。国家レベルの無形文化遺産の登録基準は2つあり,1つは絶滅の危機に瀕していること,もう1つは独自の文化的および民族的価値を有していることであり,鍼灸はこの2項目の基準をクリアしていた」と語った。
鍼灸の無形文化遺産登録の多角的意義
無形文化遺産の登録申請は,国際社会における中国の文化的実力の向上に対し重大な意義をもつ。近年来,各国の無形文化遺産登録の申請熱は日々過熱している。ユネスコは今年,1国家につき最大2項目のみ申請を受け付けると定めたため,中国文化部は,再考に再考を重ねて中医鍼灸と京劇を選択した。
中医鍼灸を申請項目に定めたのは,鍼灸が中国伝統文化の優秀な代表的技術および真髄であることに加え,鍼灸は技術として表現しやすく,中国以外の文化を有する人々にとっては,人類の自然・宇宙に対する認識と実践を代表するものであり,無形文化遺産登録申請の範囲と定義に符合すると考えられたためである。
ではわれわれはどのようにして,鍼灸の無形文化遺産登録の意義と中医発展に対する影響を,理性をもって捉えたらよいのであろうか?
中国中医科学院副院長であり,中国鍼灸学界の副会長である劉保延氏は,「鍼灸は中国で生まれ,世界に向けて歩き出している。中国,ひいては東方文化の真髄が滲み込んでおり,現在160カ国以上という広範囲で受け入れられている。鍼灸は他の無形文化遺産と異なり,自然科学の1種である」と説明している。劉氏は,「無形文化遺産に登録されたということは,鍼灸が人類の健康に大いに貢献していることを証明しただけでなく,現代鍼灸界を鼓舞するという役割も果たした。新時代の鍼灸関係者は,鍼灸学科の発展と推進という重圧と責任を背負うことになる」と話した。
江蘇省無錫市中医医院の秦霞玉氏も同様に感じている1人だ。秦氏は,「本院が今年,フランスとの関連協議を締結した際,フランスの専門家たちの鍼灸・推拿に対する並々ならぬ興味と奥深い研究に衝撃を覚えた」と語った。彼女は,「海外の研究があれほど深く進んでいるからには,私たち中国人も,祖先から伝えられたこの貴重な技術をきちんと伝承し,広く世界に推し広めるという責任がある」と感じている。
無形文化遺産登録は何をもたらすのか?
「墻内開花墻外香」〔塀の中で花が咲けば塀の外にも香る〕という言葉がある。鍼灸界は近年来,後継者不足という難題に直面している。無形文化遺産登録ははたして,鍼灸の発展をしっかりと支持するものなのであろうか? 今後は,どのように国際的公約を履行し,鍼灸を保護・伝承するべきなのであろうか?
趙京生氏は,「政府は今後,鍼灸の伝承人に対する保護および支持という措置をとり,これにより,青少年が中医鍼灸に積極的に従事するようになるだろう」と推測している。
また鍼灸教育に従事する教師たちは,鍼灸の無形文化遺産登録は,鍼灸専門の学生の就業に直接的または間接的に影響すると考えている。長春中医薬大学の李磊氏は,「無形文化遺産への登録により,国際的な影響力と知名度はさらにアップし,国内外の学生間の交流の機会が確実に増えることになるだろう。これは,鍼灸を学ぶ学生たちの国外進出や,中医薬文化伝播の手助けとなる」と話している。
北京中医薬大学の2007年級鍼灸専攻の学生である黄琳婷さんは,無形文化遺産登録後は,より多くの人が鍼灸を理解するようになり,鍼灸治療を選択・支持するようになるだろうと考えている。黄さんは,「以前鍼灸科で実習しているときは,鍼灸を理解せず,鍼を刺すことに恐怖を覚える若者が多かった。今後は,もっと多くの人が鍼灸を理解し,鍼灸治療を受けるように願っている」と話した。
取材を通じ,業界内の専門家は,無形文化遺産に登録されたという事実よりも,今後の課題に対する考えや責任を語る人が多いことに気づいた。
劉保延氏は,今後の仕事がとても重要であると考え,「まずは,鍼灸の臨床応用を強化し,鍼灸の人材養成を行って,鍼灸が,人類の健康に影響を及ぼす疾患をさらに多く治療できるようにする。第二には,鍼灸の標準化・規範化作業をしっかりと行う。これにより,臨床における安全性と治療効果が向上し,鍼灸を,有効的かつ安全で合理的に使用できる。第三は,鍼灸の科学的意義を示し,鍼灸作用のメカニズムを研究して,臨床応用を導く。第四は,世界各国における鍼灸の合法化作業を推進する。さらに,鍼灸教育および科学普及活動を強化し,無形文化遺産への登録が,人々が鍼灸という医療技術をさらに深く理解するための手助けとなるようにする」と今後の展望を語った。
黄龍祥氏は,「無形文化遺産への登録によって,鍼灸は土壌改良のチャンスを与えられた。鍼灸関係者は,鍼灸の根本的価値は何か,どのような外部環境の支えが必要かをよく考えてから,その環境の構築に力を注ぎ,鍼灸の発展を促進するべきである」と強調した。
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