『東方見聞録』で知られるイタリア人のマルコ・ポーロは,13世紀に中国各地を旅行した。彼は旅の途中で中医薬に興味をもち,生姜・茶・胡椒・大黄・肉桂・麝香などの中薬や,蘇州・杭州の医家のことを『東方見聞録』に記載した。こうした旅の記録から中医薬のことがイタリアの人々の間に伝えられた。
●針灸
現在,イタリアでは600名余りの中医針灸師がおり,その20%が針灸を専業にして,毎年のべ200万人の患者を治療している。またパラチェロッソ研究院がローマとベネチアに設置している診療所では毎週千人の患者が治療に訪れる。
18~19世紀,イタリアの数人の医師らが中国医学(針灸)に興味をもち,その実践と研究を始めた。いくつかの医学雑誌に針灸の臨床および実験の報告が発表されたが,なかでもパヴィア大学のバルトロメオ・パニッツィ主編の雑誌『Gazzetta Medca di Milano』が有名である。1769年,針灸の研究を精力的に行っていたゲディーニ医師が脈診に関する論文を発表し,西洋医学と中医理論の比較を行った。電気針は,1800年にアレッサンドロ・ヴォルタらが最初に使い始めたとみられる。1820年と1840年に,ボッツィ,ラロ,ダ・カミンらが針灸に関する冊子を出版し,針・灸・電気針による治療例を報告した。1932年と1934年,ベルターリが針灸術と交感神経理療学の起源に関する論文を発表した。1945年以降,イタリア各地で針灸の研究が行われ,イタリアで最初の針灸研究所も設立された。さらにトリノのマリア・ヴィクトリア医院では針灸の臨床治療が開始された。
パヴィア大学医学院はイタリアで最も歴史があり,医学水準も高く,教育経験も豊富な医学院の1つである。同大学では中国伝統の医療技術が特に重視されており,1984年,欧米ではじめてとなる針麻酔による心臓手術が行われている。
同年,針刺は医療行為であり,医師資格を有する者しか行えないことが最高法院によって公布された。
1993年,4年制の針灸学校が設立され,そこではEUの医薬指導方針とイタリア針灸連盟の計画に従って,毎年少なくとも112時間の教育を行っている。1~2年目は基礎理論を中心に,3年目は臨床実践,4年目に腧穴の分析・中薬・飲食・按摩・体位技術を学習する。
イタリアでは中医針灸は合法化されていないが,保健省は自国の医療体系に針灸を取り入れる法律案を政府に提出する予定をしている。
●中薬
イタリアでは正式には中薬が承認されていない。そのため EUで最も早く中医薬を承認し,多くの中薬が登録されているオランダから輸入されてきた。現在は中薬のほとんどがサンマリノから輸入されている。薬局で販売されている生薬は410種にのぼり,解表・清熱・温裏・理気・補益など,ほとんどの種類が置いてある。また六味地黄丸・補中益気丸・十全大補丸・竜胆瀉肝丸などの中成薬もある。しかし毒性のある硫黄・雄黄・水蛭・厚朴などは輸入が禁止されている。全国各地に20近くの中薬店があり(2003年),千種余りの生薬・中成薬が販売されているが,そのほとんどは健康食品として販売されている。価格も高く,10味の処方が10日間分で100ドル,その他に30ドルの診察費が必要になる。
1987年,イタリアと中国両国の専門家が北京に集まり,腫瘤に対する植物由来の新薬,中薬の治療・作用をテーマにシンポジウムが開催された。そのほか,エイズに対する人参酒・小柴胡湯・甘草などの中薬・方剤の予防・治療効果は,イタリアのみならず世界の医学界から注目されている。
さらに中薬は治療だけでなく,美容と健康にも独特な作用があることが認められており,中薬を原料として作られた化粧品がイタリアでも流行している。
(海洋)