日本中医学交流会2006年鍼灸分科会学術大会
5人の臨床家が見せる中医弁証論治の実際
編集部
2006年8月27日(日),東京都北区王子の「北とぴあ」で,日本中医学交流会2006年鍼灸分科会学術大会が開催された。今年で4回目を迎える日本中医学交流会,今回は鍼灸分科会単独での開催であったが,130名余りの参加者が集まり,熱気に溢れた大会となった。大会では,5人の臨床家が中医学をベースに臨床実践で培ってきた技術と知識を披露した。
鍼灸分科会会長の浅川要先生は,開会挨拶のなかで,「われわれは中医学という共通の認識をもっているが,それは固定的なものではなく,気候風土や医療環境の違いから,各人に独自の中医の臨床があるのではないか」「中国で行われているものとは異なる日本の環境にあった中医の針灸があるのではないか」と語り,今年の大会に日本で活躍する5人の中医針灸の臨床家を招聘した理由を述べられた。中医学をベースに臨床実践によって培ってこられた日本の臨床家の経験に学ぶことが目的である。
治療実践で獲得してきた技術と知識を語る
午前のシンポジウム「臨床から弁証論治を語る」では,5人の臨床家が,それぞれの臨床でどのように患者を診察し,治療を組み立てているのかをシンポジウム形式で語った。 牧田中医クリニック(東京都大田区)の植松秀彰先生は,天津中医薬大学の石学敏先生が開発した醒脳開竅法を中心に紹介された。左右の視床出血の患者に醒脳開竅法で効果のあった自験例をあげて醒脳開竅法のめざましい効果を説明。さらに手技について,刺針の方向・刺針の深度・手技の速度・手技の時間がポイントであると語られ,臨床にあたっては,めやすとして規範化された手技を行い,微調整(さじ加減)することが必要だと述べられた。また,牧田中医クリニックの特徴として,客観性・再現性を重視していることを強調し,客観性を高めるために,瘀血度合いをスケール化した瘀血シートを活用したり,得気の感覚を施術者と患者の双方で確認しているという。
植松秀彰先生の分科会。醒脳開竅法を体験。人中への刺激は強烈だ。
本誌「弁証論治トレーニング」でおなじみの呉迎上海第一治療院(東京都渋谷区)の呉澤森先生は,中医針灸の大きな特徴である「針のひびき」について,ご自身の臨床体験を交えてわかりやすく説明された。ひびきは治療効果を高めるためのポイントとなるが,「気至而有効」「気速至即効」という言葉を引用しながらその重要性を強調された。さらに,ひびきの感覚について,術者が受ける手の感覚と,患者が受ける感覚がどういうものであるかが説明された。
呉澤森先生の分科会。四診のコツを伝授された。
大久保ハリ灸治療センター(東京都新宿区)の服部米子先生は,中国瀋陽市で耳鼻咽喉科医師として20年以上の臨床経験をもち,日本に帰国後は鍼灸師として20年以上,臨床を続けておられる。服部先生は聾啞の針治療を中心に,さらに多くの難病に対処してきたご経験を紹介された。豊富な臨床実践に裏打ちされているためであろう,その語り口は自信に溢れていた。もともと西洋医であったご経験から,治療にあたっては経穴のもつ意味や生理作用を重視し,西洋医学に立脚した中医学を実践しているという。さらにどのツボを選択するかと同じくらいに,どのくらい刺激を与えるかが大切であることを強調された。
服部米子先生の分科会。舌下の金津・玉液への刺針もあった。
鍼灸しゃんてぃ治療院(東京都大田区)の伴尚志先生は,ご自身が実践している一元流鍼灸術の特徴と臨床の実際について解説された。一元流鍼灸術とは,東洋医学的観点から人間を理解する方法論をまとめたものである。一元流鍼灸術の特色は,気一元の観点から観ることにある。その基本姿勢は,自信をもってはっきりとわかる情報を統合していくことにあり,けっして辻褄合わせのこじつけをせず,矛盾を矛盾として置いておくことであるという。また,一元流の人間観として,人は中心をもつ気一元の統一体とみていることが説明された。
伴尚志先生の分科会。ていねいに体表を観察していく。
結(ゆい)針灸整骨院(大阪府吹田市)の藤井正道先生は,「因地制宜」の重要性を語られ,ご自身の診療所がある大阪を例に,湿邪の多い風土に合わせて,臨床においては灸法を多用することを述べられた。また,李氏家伝針灸の配穴に,日本の風土に合わせて,ツボをプラスしたり灸法を用いることを提案。「祛湿や温陽化湿を強めに」「化熱化火は李世珍先生ほど警戒しない(湿邪が陽を阻むと考えるため)」「瀉法は多くの場合,平補平瀉にとどめる(湿邪が陽を阻むので瀉熱の必要性は自ずと減っていくと考えるため)」「補法はできるなら温陽など灸の補法に替えていく」などの例をあげて説明された。
藤井正道先生の分科会。灸法を駆使して治療を行う。
弁証論治の実際を披瀝
午後の公開実技では,分科会形式で,講師がそれぞれ1人の患者さんを診察・治療して一連の弁証論治の過程を披露した。各会でのテーマは以下のとおり。
分科会「公開実技」一覧
①植松秀彰先生 「脳血管障害後遺症」
②呉 澤森先生 「動悸と浮腫」
③服部米子先生 「難聴」
④伴 尚志先生 「糖尿病」
⑤藤井正道先生 「神経性嘔吐」
植松秀彰先生の分科会では醒脳開竅法の講習が行われ,さらに参加者に対しても施術が行われ,自らの身体でこの刺針法を体験することができた。呉澤森先生の分科会では四診のコツがていねいに説明された。服部米子先生の分科会では難聴に対する刺針が公開され,参加者は間近でその技に接することができた。伴尚志先生の分科会では,弁証論治を問診や体表観察を通してどのようにまとめていくのかが示され,糖尿病の模擬患者に対する治療が公開された。藤井正道先生の分科会では,灸法をうまく組み合わせた治療例が紹介された。灸法を学びたいという声はけっこう多く,貴重な機会となったようである。
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中医学が日本に入ってから30年近くになり,中医学の基礎理論的な議論は,すでにそうとう定着してきた感がある。一方で,日本の実情に即した中医針灸の臨床を取り上げる機会はまだまだ少ない。今年の学術大会では,中医針灸を実践する5人の臨床家が一堂に会して各人の知識と技が披露された。大会を通して,いよいよ日本における中医針灸の臨床について語れる環境が整ってきたことが感じられ,画期的な大会であった。
本年度は鍼灸分科会のみの単独開催であったが,来年度は中医学交流会の本会も開催されるようである。湯液の分野でも,今回の針灸分野と同様に,より実践的な内容で臨床家に役立つ大会となることを期待したい。
日本中医学交流会ホームページhttp://www. jtcma. com/