■第5回日本中医学交流会大会
去る8月5日(日),御茶ノ水の東京ガーデンパレス(東京都文京区)にて,第5回日本中医学交流会大会が開催された。参加したのは医師・薬剤師・鍼灸師・学生など約270名。参加者の半数を医師および医学生が占め,これまでの中医学交流大会になかった点として,今大会を特徴付けた。
編集部
今大会の会長は,日本医科大学の
高橋秀実先生が務められた。高橋先生は微生物学・免疫学の専門家であり,大会の内容もそのご専門が十分に反映されたものだった。
大会のテーマは「感染症に対する温病治療―SARSは攻略できるか―」。
数年前に世界を震撼させたSARS(重症急性呼吸器症候群)を取り上げ,感染症に対する温病治療の意義について再認識しようというのが今大会のねらいだ。
SARSの流行と温病学・免疫学
午前のシンポジウムは「感染症と免疫―温病治療によるSARSの制圧」をテーマに3題の講演が行われた。いずれもたいへん興味深い内容で,参加者に深い感銘を与えた。
岡部信彦先生は,わが国の感染症疫学研究の第一人者である。4年前に発生したSARSは,すでに過去のこととして認識されているが,新型インフルエンザの脅威が叫ばれる現在,かつてのSARSの経験に学ぶ意義は深い。講演では,4年前のSARS発生の状況とその対応を振り返り,その経験が今日の感染症対策にどのように結びついたのかを話された。SARSの経験は,国家を越えた感染症サーベイランスの強化,情報の共有化ならびに透明性が重要であることを示した。これまで後手に回っていた感染症対策に対して,パンデミックが発生する前からの対策が世界規模で行われるようになったのもSARSの教訓によるという。
林琳先生は,SARSが蔓延した際に,広州と香港において治療の第一線で活躍した中医師である。今日の香港医療界で中医学がその地位を築くことができたのも,このときの林琳先生らの実績が認められたからに他ならない。講演では,林琳先生が治療にあたった広東省中医病院に入院した103例に及ぶSARS患者の治療経験をもとに,SARSの病態分析・病期に応じた具体的な治療方法・治療効果について説明された。この未知の疾患を当初から温病と捉え,患者の症候を集積しデータベース化して,病態の特徴と病状の進行の規則性を見出したのである
(表)。そして,林琳先生は必要に応じ酸素投与や人工呼吸器,ステロイド剤(103例中,ステロイド剤使用は69例)などを併用し,中西医結合治療の有効性を示した。確たる実績に裏打ちされているためであろうか,林琳先生の自信に溢れた表情と,会場からの質問にも丁寧に答えられるその人柄が印象的であった。林琳先生は中国の次代を担う医学界の至宝であり,今大会への招聘をきっかけに日本の医師らとの交流が深まることを期待したい。
表 SARS治療方針
病期 | 病態の特徴 | 弁証 | 治法 | 処方 |
早期 | 湿熱邪盛 (ウイルス増殖期) | 表寒裏熱夾湿 | 辛涼解表・宣肺化湿 | 銀翹散 麻杏甘石湯合昇降散加減 |
湿熱阻遏肺衛 | 宣化湿熱・透邪外達 | 三仁湯合昇降散加減 |
中期 | 湿熱化毒 (免疫反応亢進期) | 湿遏熱鬱 | 清泄三焦・分消湿熱 | 蒿芩清胆湯加減 |
邪伏膜原 | 湿濁の除去 | 達原飲加減 |
湿熱毒壅肺 | 清熱化湿解毒 | 甘露消毒丹加減 |
極期 | 湿熱毒瘀壅肺 正気不足 (免疫応答力低下期) | 湿熱毒瘀閉肺 気陰両傷 | 清熱化湿・宣肺理気・除壅 | 五虎湯 葶藶大棗瀉肺湯合連朴飲加減 |
逆伝心包熱入営血 | 清営解毒・益気養陰 | 清営湯合生脈散加減 |
回復期 |
正虚邪恋 (免疫応答回復期) | 気陰両傷 | 益気養陰 | 参麦散 沙参麦冬湯加減 |
気虚夾湿夾瘀 | 益気化湿・活血通絡 | 李氏清暑益気湯 参苓白朮散 血府逐瘀湯加減 |
大会長の
高橋秀実先生は,現代免疫学的な視点からSARSに対して温病学的治療がどのような意義を有するのかについて話された。先生はウイルス罹患後に現れるさまざまな症候を,生体による過剰な反応によるものとみられており,これらの過剰な生体反応をいかに制御するかが治療のポイントになると考えられている。現代医学では一般にステロイド剤や免疫抑制剤によってこの応答を抑制しようとするが,ここで注目されるのが温病治療による生体反応制御法であるという。講演では,ウイルス感染を防御するための生体反応は,細胞膜上に形成された脂質の局在化・固定化に起因していると指摘したうえで,この局在化した脂質群の再分配を速やかに誘発するのが,温病治療で衛分証に用いられる辛涼解表剤の作用ではないかと述べられた。免疫学と中医学を融合させた斬新な発想で,非常に興味深い見解を示された。
温病の基礎から臨床まで
午後からは,湯液治療と鍼灸治療に分かれてのセッションとなった。湯液治療のセッションでは,温病の基礎・診断・症例検討といった講演が組まれた。
まず
平馬直樹先生が,傷寒と温病の基礎知識として,その概要を解説された。感染治療学に対しては傷寒論と温病学が2本柱である。傷寒論が風寒の邪による疾病を対象として,六経弁証により治療するのに対して,温病学は傷寒論を基礎としながら温熱の邪による感染症に対して,衛気営血弁証と三焦弁証によって治療する。講演では,両者を比較しながら,弁証の進め方,用薬法の特徴,主要方剤の構成について説明された。
引き続き,
高橋秀実先生が温病における舌診の意義について話された。進入したウイルスは粘膜局所において制御されるとともに,一部は小腸の脂質吸収を担う乳び管に集められ,そこでウイルスに対する最終的な制圧部隊への提示・活性化が行われると推察される。どうも人体はウイルス粒子を脂肪粒と考え反応している感じがするとの独自の見解を示された。一方,陰陽五行論によれば,舌は小腸の状態を反映するとされる。小腸における免疫系とウイルス粒子との闘いの状況が舌に反映されるならば,一種の脂肪粒とも考えられるウイルスの増殖・停滞は舌苔として映し出され,脂質の局在化に伴う血流の障害は舌質の状況として現れるであろうと推論された。
さらに
寇華勝先生が,風寒表実症を湿温病と考え誤治した症例,辛涼解表剤を用いて誤治した少陰頭痛の症例,表虚の状態に清熱解表剤を用いて誤治した症例を報告された。
胡栄先生は,症例を提示しながら温熱病の禁忌例(温熱病に対する辛温解表剤・淡滲利尿剤・膩補剤・苦寒剤などの使用例),湿熱病の禁忌例(湿熱病に対する大汗法・大下法・滋補法などを用いた症例)について紹介された。お二人とも誤治例を紹介することで傷寒方と温病処方の使い分けを明解に示された。
終末期医療と鍼灸
鍼灸治療のセッションでは,
兵頭明先生が座長となり,「鍼灸と免疫」「終末期医療における鍼灸の役割」と題したシンポジウムが行われた。
鈴木春子先生は,末期がん患者に対する豊富な臨床経験を通して,鍼灸治療がモルヒネの効きにくい痛み・便秘・長期臥床による筋肉痛・抗がん剤の副作用による痺れや吐き気といった身体症状を緩和し,病期のどの時点でも安全に治療可能で,副作用もほとんどなく,どんな治療法とも併用可能であることを強調された。
篠原昭二先生は,がんの進行とともに変化する病態に応じて鍼治療を行わなければならないことを強調された。また,担がん患者を初期・進行期・末期に分類し,鍼治療前後の免疫能をみたところ,末期では免疫能が低下したという。そのことから,初期では積極的に鍼治療を行うべきであるが,進行期では正気と邪気の状態をよくみて慎重に行うべきで,末期では刺鍼を行うことで,かえって危険性があることを指摘された。
関隆志先生は,世界の伝統医学の現状を紹介し,世界の鍼灸治療に関する文献を調べたところ,十分なエビデンスを得られたものがないことを指摘された。さらに,本セッションのテーマである免疫関連疾患のエビデンスを紹介するとともに,重症筋無力症に対する治療を紹介し,鍼灸が患者のQOL・ADL向上に寄与することを示された。
アメリカの鍼灸事情
次に,
浅川要先生が座長となり,アメリカ医師鍼灸学会会長の中澤弘先生を招いて「最新のアメリカ鍼灸事情」と題したセッションが行われた。
まず
高橋秀則先生がアメリカにおける鍼灸の歴史を概説された。アメリカの鍼灸はニクソン訪中の際に紹介された鍼麻酔に始まり,その後中国系アメリカ人を中心に発展してきた。その間,鍼灸は現代医学との激しい競争に曝されるが,その医学的基盤を支えた一人がジョゼフ・ヘルムスであるという。
引き続いて講演された
中澤弘先生が,このヘルムスの手法を詳しく解説された。中澤先生はUCLA(カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校)医学部でヘルムス氏に出会い,その手法を学ばれた。臨床はこのヘルムス法を中心に行われているという。
現在,アメリカでは中医学を筆頭に,五行,神経解剖鍼学,マイクロシステム(耳・頭皮・手),各種局所療法といった鍼灸が行われているが,ヘルムス法もアメリカで実践される鍼法の一つで,フランス式の鍼エネルギー手法である。ヘルムス氏はフランスへ渡り生体エネルギーを鍼治療に活用して効果を出すシステムを開発し,その後,1989年にアメリカ医師鍼灸学会を発足させ,医師のための鍼灸医学講座を設立するなどアメリカにおける鍼灸の基礎を固めたといわれる。
アメリカのNIHやFDAの動向は鍼灸を含む世界の代替医療に強烈なインパクトを与えている。そのアメリカの医療界で鍼灸がどのように位置付けられているのか,医師の間でどのように認識されているのかを知ることは重要である。その意味でも,中医鍼灸とは異なる手法であるが,アメリカの鍼灸界で一定の評価を得ているヘルムス法を学べる機会は貴重であった。ただ時間の都合で実技を見る機会を得られなかったことは残念であった。
*
今大会の参加申し込みでは,開催日の数週間前に定員がいっぱいとなり,受付が締め切られたという。中医学に対する関心の高さを示すとともに,今大会のプログラム自体が多くの方々の注目を集めたものと思われる。本会は当初,中国留学経験者と在日中国人科学者の人的交流を目的として発足した。回を重ねるごとに学術的色彩が濃くなり,5回目を迎えた本年は学術交流を目的とした新たな段階に入ったことを感じさせた。来年は自治医科大学の瀬尾憲正先生が会頭を務められるという。今大会に引き続き多くの医師・医学生の参加があるとともに,鍼灸師らにとっても注目を集める企画が組まれることを期待したい。
一 問 一 答
午前のシンポジウムの最後に,大会長の高橋秀実先生が司会を務められ,林琳先生に対する質疑応答が行われた。
未知の疾患に対して
高橋:SARS患者を診察する際に,恐怖感はありませんでしたか?
林:感染性に気付いていない段階では,恐怖感もなく普通に診察していました。しかし私たちの病院でも医師や看護士が感染しましたし,人工呼吸器を使ったり,気管切開を行うようなケースが起こってきました。もちろん私たち医療関係者も注意しなければならないと考えました。しかし私たちは患者を治療するという責務を負っているのですから,自分たちの防御に注意を払いながらも,同時に患者の症状の情報集積を行い,治療方針を探っていきました。
高橋:非常に伝染性の強い病気が蔓延すると患者さんも不安になります。患者さんとの信頼関係はどうでしたか。
林:何とか病気を治してほしいとの願いから,私たちの指示に対してもたいへんよく従ってくれました。また,私たちが治療方針を定めていくうえでも非常に協力的でした。特に私たちが重視したのは,投与後の患者の経過を観察することでした。中医学的に,あるいは現代医学的にどういった変化がみられるのか非常に細かく観察しました。そして治療によって症状が好転すれば,そのデータを蓄積していきました。
高橋:すごいですね。自分でこの病気は温病だろうと判断して,たとえSARSコロナウイルスで亡くなる患者がでてきても必ず治るという気持ちをもって治療にあたっていたのですね。
林:発症初期から私たちはこの病態をみて温病だと感じました。しかし,これまでに中医学的に温病と診断された病態とは少し違っていました。X線上は肺炎の所見が認められましたが,経過は肺炎とは異なっていましたし,たんなる風温でないことはわかりましたが,転帰を予測することができませんでした。ですから,おおよその経過を把握するため,できるだけ多くの症例を集積しました。
高橋:教科書を見てもほとんど何も書いていない,そのような病態に対して自ら観察し治療を組み立てていったのですね。
林:そうです。湿温,暑温に帰属するような経過もある程度認められましたし,類似していると感じましたが,経過はそれらとも少し異なりました。ですから,新しい病気に対しては,経過観察を集積し分析していくことが重要だと思います。
SARS患者への生薬の投与方法
高橋:人工呼吸器を付けているような患者にどのようにして湯液を投与したのですか?
林:患者も非常に協力的でしたから,自分で服用できる患者には,1日通常1剤のところを2剤,3剤と2~3日分の量を1日で服用してもらいました。重篤で人工呼吸器を付けているような患者に対しては,経管栄養の形で湯液を投与しました。
西医の認識の変化
高橋:中医の治療法について西医は協力的でしたか?
林:少なくとも広東の西医は非常に協力的に対応してくれました。広州では共同で治療方針を模索していました。それまで中国でも西医は中医の治療についてよく知らず,見向きもしなかったのですが,私たちの治療を見ていくうちに,中医学で効果があることを知り,協力してくれるようになりました。例えば,消化器系の症状などに対して中医でかなり改善されていく状況がありましたし,患者も中薬を服用したことで症状が軽減したり,好転して,引き続き中薬を服用したいと言ってくるのを見ていたのです。
高橋:SARSを経験して中国政府の中医学や中西医結合に対する見解も変化してきたのでしょうか?
林:そのとおりです。実際ここ数年,中国政府も中西医結合や中医学を重視するようになってきています。
引き続き行われたフロアからの質問に対して林琳先生は次のように答えられた。
①清熱化痰の際の用薬心得
熱か痰のいずれが主であるのかをみて,さらに熱の程度の差によって加減することが大事。特に初期・中期・極期・回復期と分類した場合,中期・極期には熱毒が顕著に現れているため,大量の清熱・解毒・涼血の薬を用いる。それに対して,初期の段階や回復期の段階には熱はそれほどないため,熱に対する薬をある程度減らしていく。
②ステロイド剤の薬性と投与時期
ステロイド剤は温熱性の薬と考えて治療を行う。ただし,ステロイド剤は短期では陰分を損傷するが,長期にわたると陽気の産生を抑制し,陽気も損傷する。ステロイド剤をいつ投与するのがよいかについては,中国国内でも議論があり定まった見解はない。SARS治療に関しては高熱が下がらないときに使うことが多く,気分の段階で用いるのがよい。
大会のプログラム
メインテーマ「感染症に対する温病治療~SARSは攻略できるか~」
◆午前の部◆
開会の辞
平馬直樹 日本中医学交流会会長
座長解説
高橋秀実 第5回日本中医学交流会大会長
講演1 「SARSの流行と病態」
岡部信彦 (国立感染症研究所感染症情報センター長)
講演2 「SARSに対する温病学的アプローチとその症例呈示」
林琳 (広州中医薬大学呼吸器科教授)
講演3 「免疫学的な視点から見たSARSに対する温病学的治療の意義」
高橋秀実 (日本医科大学微生物学免疫学教室・日本医科大学付属病院東洋医学科部長)
◆午後の部◆
■湯液治療■
「感染症と傷寒・温病」
①傷寒と温病に関する基礎知識
平馬直樹 (日本医科大学東洋医学科)
②温病における舌診の意義
高橋秀実 (日本医科大学東洋医学科)
③傷寒症と温病の症例呈示
寇華勝 (中医科学院客員教授)
胡栄 (日本医科大学東洋医学科)
■鍼灸治療■
座談A 「鍼灸と免疫」「終末期医療における鍼灸の役割」
【座長】兵頭明 (後藤学園中医学研究部部長)
【演者】篠原昭二 (明治鍼灸大学東洋医学基礎研究室教授)
関隆志 (東北大学医学系研究科先進漢方治療医学講座講師)
鈴木春子 (国立がんセンター中央病院麻酔科緩和ケアチーム)
座談B 「最新のアメリカ鍼灸事情」
【座長】浅川要 (東京中医鍼灸センター院長)
【演者】中澤弘 (アメリカ医師鍼灸学会会長)
高橋秀則 (帝京大学医学部付属病院麻酔科教授)
(文責:編集部)
■TCMN夏大会10周年記念大会
2007年8月19日~21日の3日間にわたり,愛知県労働研修センター・サンパレア瀬戸(愛知県瀬戸市)で,中医学を学びたいと熱い思いをもった学生らが集い,「2007 TCMN夏大会」が開催された。瀬戸市は,数日前に日本最高気温40.9度を記録した多治見市(岐阜県)に隣接しているが,当日の会場はその暑さにも負けない熱気に包まれた。
今年はTCMNの創立10周年を記念する大会であり,3年目を迎えた関西TCMNと合同で行われ,全国40の鍼灸学校から250名が参加した。
今年のメインテーマは「総合医療としての中医学」。欧米を中心に西洋医学とそれ以外の医療との融合を目指した「統合医療」がとなえられて久しい。そのなかで「総合医療」である中医学こそが大きな力を発揮する。中医学の特徴を改めて振り返り,統合医療としての中医学の可能性を探った。
編集部
メイン会場となった講堂の様子
TCMNが発足して今年で10年目を迎える。TCMNでは,この10年間一貫して,中医学という「共通言語」をもつことを目標にしてきた。中医学の特徴は体系化した理論をもつことにあるが,この理論を共通言語とすることで,さまざまな分野の人たちと意見交換ができるだけでなく,共同研究を行ったり,チーム医療を実践することが可能だ。
今大会もこの共通言語たる中医学を徹底的に学ぶためのスケジュールが組まれた。なかでも今大会では,分科会の数の多さが目を引いた。TCMNでは各学年の学生を中心に卒業生を含むさまざまなレベルの参加者が一同に会する。さらに中医学を教育に導入する学校も増えてきているが,学校間の導入の度合いに差があるため,参加者の中医学の習得具合にはバラツキがある。そのため,それぞれのレベル・興味に応じた講座が開かれることが望ましい。その意味で,分科会の豊富さは参加者の満足度を高めることとなり,本当に力のつくイベントとなったようだ。
さて,大会の内容であるが,初日の午前と夜は,今大会のメインテーマに即した講演であった。1つは,TCMN事務局長・瀬尾港二先生の「総合医療としての中医学」で,もう1つは,兵頭明先生の「統合医療としての中医学―これからの10年」。
瀬尾先生は,CAMの歴史や問題点を述べた後,日本で中医学と西洋医学を対等に融和させるには,統一的,体系的な基礎理論を構築する必要があると述べられた。さらに中医学の新しい分野として,介護予防などで役立つ中医リハビリテーションや医療按摩,医療気功への広がりを説明された。
兵頭先生は,統合医療からみた中医学の未来像を示された。そのなかで中医学は大きく①医療と,②健康産業のなかでその役割を発揮することができることを示し,具体的にどういったことが可能なのか一緒に考えてみようと提案された。医療のなかでは,①中医学の統一体観をベースにした専門領域の開拓と,②緩和医療や介護医療など医療連携において中医学の果たせる役割がある。健康産業のなかでは,「70歳現役社会」を目指すとする国の健康政策(イノベーション戦略25)に対して,中医学や鍼灸で何ができるのかを考えようと呼びかけられた。鍼灸の新しい可能性を指摘し,鍼灸業界にこれほどまでに明るい未来像があることを示されたことはたいへん勇気付けられる。
さらに2日目午前には,王財源先生の「中医診断学」と兵頭明先生の「中医学をいかに伝えるか」,夜には,鎌田剛先生の「ナイトセミナー」が行われた。とりわけ兵頭先生の講演は教育者を対象に中医学をどのように教えればよいのか,その指導方法のコツについて,兵頭先生の教育者としての経験を余すところなく語ったもので,意義深い試みであった。すでに教育を行っている方やこれから教員になろうとめざしているすべての方々にぜひとも聞いてほしい内容であった。「生理・病理病証はできるだけ簡潔に,症状・所見から病理病証の判断は反復して」「東洋医学臨床論は基本病理をしっかり把握していれば主要症候を一つひとつやる必要がない,ケーススタディを導入しよう」といった指摘が印象に残った。その他にもケーススタディの長所と短所,グループワークをうまく機能させるコツなど随所に,効率よく,再現性のある教育をするためのヒントがちりばめられていた。
今大会の特徴ともなった分科会は,初日・2日目とも,午後から6つの部屋に分かれて開かれた。「五音と言霊」「中医占穴学」「鍉鍼技術」(関真亮先生),「中医基礎理論」(中吉隆之先生),「薬茶と薬湯」「推拿と気功」(瀬尾港二先生),「症例検討」(関口善太先生),「抜罐法」(池田弘明先生),「曼荼羅配穴法」(鎌田剛先生),「中医美容」(北川毅先生),「中国鍼刺鍼」「灸筒づくり・棒灸術」(齋藤隆裕先生),「中国刺針手技」(王財源先生)と,内容は基礎から症例検討まで多岐にわたり,さらに刺鍼技術から気功や薬茶など豊富であった。
TCMNの特色は,他校の学生との交流を通して,中医学に対するモチベーションを高められることであり,講師らを交えた対話も夜を徹してできることである。今年も施設のあちこちでいくつもの輪ができ,各校の垣根を越えた交流が深まったようである。
*
節目となった今大会に250名もの参加者があったことに,TCMNがこの10年間,非常にうまく発展してきたことが現れていると思われた。意欲溢れる熱心な講師の先生方の存在も大きい。これからの10年,TCMNがどう展開してゆき,日本の鍼灸業界にインパクトを与えていくのか,楽しみになる大会であった。
会場へのアクセスポイントJR定光寺駅。
庄内川の渓谷のなかにある。
今大会の会場となったサンパレア瀬戸
(文責:編集部)