ブラジルは人口1億8千万人余りで,国土は世界で5番目の広さをもつ。おもに熱帯に位置しており中南米最大の国として,薬草資源も豊富だ。さらに,ブラジルは移民の国であり各民族が良好な関係をもち,多元文化が尊重されてきたことから,中医薬の導入,発展にとってよい環境が整っているといえる。
ブラジルにおける中医針灸療法は,1981年,中国からアルゼンチンにやってきた鍼灸師が中医針灸学の教育をはじめ,その影響がブラジルに伝わり,徐々に展開されてきた。その後,多くの難治性疾患の治療で成績を上げたことから,1989年,リオデジャネイロ州は衛生局民間伝統医療機構を設置し,州内の国立・州立・市立の病院に漢方・中草薬・自然食・導引など中医針灸療法と各種民間療法を推薦し,普及・指導すると同時に,針灸治療の活動に協力することを表明した。こうした動きは,ブラジルにおける中医学の合法化を促すことになった。
1990年,ブラジルの衛生部長が針灸を公共衛生体制に取り入れる提案を出したが,サンパウロ医学委員会の猛烈な反対にあった。しかし,1996年,ブラジル連邦医学委員会の十数年に及ぶ観察と考察の結果,中医針灸は疼痛を減軽,炎症を抑える効果のあることが認められ,中医針灸の合法性が承認された。衛生局の支持のもと,ブラジル中西医学協会やサンパウロ針灸協会などの学術団体が成立。サンパウロ医科大学では針灸を中心とした中医学課程が設置され,臨床経験のある医師を選んで教育している。ブラジリア大学付属病院に針灸教育が開設。リオデジャネイロ州連邦大学医学院,サンタ・カタリーナ州連邦大学にも針灸課程が設置された。同年10月,第1回南米針灸学会連合大会がブラジルで開かれ,南米各国から200名近くの参加者が出席した。
現在,ブラジルには2万人余りの針灸師がおり,そのうち中国系は1千人余りを占めている(2006年4月)。市立伝統療法病院も開設され,針灸や推拿などの療法を行っている。個人の診療所以外に,病院にも針灸科が設置され,疼痛・関節炎・顔面神経麻痺・血小板減少・精神不安定症を治療し,よい効果を収めている。さらに針麻酔による歯の手術も行われている。
発展中のブラジルでは,費用の高い西洋医学より,簡単で安い中医学に脚光が浴び,薬草,美容,気功,温浴などの治療方法が注目されている。2006年,ブラジルPVC(Projecto Vamos A China)は60名の医師を連れて,北京に本部がある世界中医薬学会連合会主催の中医薬美容課程に参加した。
2006年5月,ブラジル衛生省は971法案を公表し,針灸,薬草,順勢,温浴などの自然療法を全国唯一である医療システム(SUS)に組み入れ,この4つの自然療法を公立病院に正式に取り入れた。
ところが,政府の中医学政策に不満をもつ一部の西洋医が,「医生権職医学行為規範」法案(新法案と省略)を提出。その中身は,①針灸は西洋医学の一部分である。②針灸は身体に侵入する治療手段であるので,西洋医学の手術治療の1つとして,西洋医だけが実施できる。③ブラジル医師免許がある者のみ針灸ができる。
2006年末,ブラジルの参議院でこの新法案が通過し,2007年3月,衆議院に提出,表決される予定になっていた。もしこの新法案が通過してしまうとブラジルの多くの針灸診療所が閉鎖され,大勢の針灸師が失業してしまう。
こうした状況に対し,ブラジル中医針灸学会は関連学会と密接に連絡を取り,中国大使館が関与し,世界針灸学会連合会の支持などにより,政府の関係部門と直接連絡を取り,事情を説明し,WHOの関連文件を提供すると同時に,テレビに演出し,針灸・草薬・食療について詳しく紹介した。こうした努力により,新法案は衆議院で否決され,ブラジルにおける中医針灸学・中医学は守られた。
(海洋)