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3)鍼灸 アーカイブ

2006年11月17日

[図でわかる] 中医針灸治療のプロセス


 
 本書との出会いはもう10年程前になる。はじめて手にしたときは,「こんな便利なテキストがあれば,もっと日本で中医鍼灸が普及するだろう!」と感動した。一般に中医学書は系統的にまとめられており,最初からきちんと学習するものにとっては非常にわかりやすい。しかし,いざ自分で勉強しようと思っても,どこからどう学んでよいか戸惑う場合が少なくない。そんなとき,本書では症状が最初に記述され,その中医学的病理,弁病または弁証,病証,配穴,手技等が簡明に表記されていた。本書に感動した理由は,これならば今まで中医学を勉強したことはないけれども,日常臨床のなかで中医学的な治療方法を参考・応用にする者にとっては,うってつけの書になると思われたからである。
 当初,教室内で担当を決めてゼミ生も含めて輪読を始め,それぞれの症候の日本語訳を行った。その結果をふまえて,できればテキストとして発刊してはどうかと考えて,東洋学術出版社の山本勝曠社長に相談したところ実施しようということになった。   ところで,本書に収録された症候は中国で一般的な愁訴を中心にまとめられたものであり,必ずしも日本の現状とはそぐわない面も多々ある。そこで,なるべく日本の現状に即した形で取捨選択させていただいた。したがって,原書と比較するときに若干の欠落があることをお断りしたい。
 訳については,できるだけ理解しやすいように配慮したつもりであるが,中医学の用語についてはすべてを訳すことはしていない。しかし,わかりにくいであろう用語については,注釈を巻末に付して便宜を図った。
 さらに,治療法や配穴等,実際の臨床経験をもとにして,独断と偏見になるかも知れないが,訳者の解説を加えたので参考にしていただければ幸いである。
 今や世界的に注目を集める鍼灸であるが,疼痛や運動器疾患が最適応というのではなく,あらゆる愁訴や疾患,また,治未病といった観点から今後ますますその真価が問われることになると思われる。そのときに求められるのは,圧痛点に対して鍼や灸治療を施す方法ではなく,心と身体を含む全身(人間全体)を東洋医学的な観点から捉え調整するという東洋医学本来の鍼灸治療のはずである。
 本書は,そういった素晴らしい世界に導くための導入書として役立てていただければ望外の幸せである。手技の問題や弁証の荒さ,弁病と弁証の混在など,改善すべき問題が多いことは事実である。しかし,中医学,なかでも最も特徴的な臓腑弁証の初歩の仕組みを学ぶには絶好の書と信じている。
 諸賢のご批判を乞いたい。

明治鍼灸大学東洋医学基礎教室
教授 篠原 昭二
平成18年4月

[症例から学ぶ]中医針灸治療

出版にあたって

 中医学は中華民族の至宝であり,広くかつ深い,悠久の歴史がある。中医教育は,数千年の時代の移り変わりを経て,新中国が成立してからは,新しい中医教育体制が確立され,絶えず完全であるように求められてきているので,いよいよ目をみはるような光を放っている。しかしながら,今日の中医教育は,講義内容や方法など多くの面で,時代の要求に合わなくなっている。なかでも,理論教育と臨床の現場とがかみ合わなくなっている点は,特に問題となっている。講義の質を高め,実践教育の環を強化し,理論と臨床現場との連係を促進し,中医教育における症例不足の現状を改善する必要がある。そこで湖南省中医薬学校を筆頭に,山東・安徽・江西・重慶・黒龍江・陝西・湖北・四川・河南など10カ所の全国重点中等中医薬学校および国家中医薬管理局中等中医薬学校からなる連合組織が,国家中医薬管理局科学教育部の関係指導部門と湖南中医学院および湖南科学技術出版社の協力を得て,この中医教育のための症例集を編纂することになったのである。
 症例研究というのは,間接的な臨床実践として,学習者が他人の診療経験をくみ取るのに役立つだけでなく,さらに重要なことは,学習者の臨床における弁証思考能力を培えるということである。本シリーズの症例は,おもに編者と関連する学校の附属医院の長年の臨床症例資料および出版物から選んできたものである。教育上の必要性から,症例の編纂は,中医の教育的特色を考慮し,書式を統一し,特に「考察」を加え,病因病機・疾病の診断および治療のみならず,さらに入念な分析を行い,学習者が書物の知識からの理解を深めることができるようにし,臨床の分析と問題解決の能力を高めることができるようにしてある。本書の症例内容は要点が簡潔で,書式も要領を得ており,実践教育を強化することと,中医理論と臨床実践との結びつきを促進することを目的としている。しかしながら,臨床の正式なカルテとしての書式に依拠してはいない。本書では,名老中医の症例を一部抜粋してあるが,これは,学習者が過去の簡潔な中医症例のなかから,名老中医の臨床経験の緻密な要点を直接くみ取ってもらいたいからである。ここに記載された症例の原作者に対して,心から感謝の意を表明したい。教育上の便宜のために,本書の病症名は原則的に教科書と一致させてあり,また同時に,現在普及が推進されている「中医臨床診療述語」ともできるかぎり統一するように考慮している。
 本シリーズは,中医類書部門の一連の学習指導資料であり,『中医基礎学教学症例精選』『中医内科学教学症例精選』『中医外科学教学症例精選』『中医傷科学教学症例精選』『中医婦人科学教学症例精選』『中医小児科学教学症例精選』『中医五官科学教学症例精選』『中医針灸学教学症例精選』『中医推拿学教学症例精選』の合計9冊からなっている。各書はそれぞれ1~2カ所の学校が中心になって編纂されており,編纂者はいずれも各校の教育現場における第一線の熟練教師があたっており,教育および臨床において豊富な経験をもっている。期間中に何度も稿を改め,できるだけ体裁を整え,内容を正確にし,文字を簡明にし,実際の臨床に合致しているように努めた。
 中医教学症例シリーズを編纂するということは,創造的な仕事であり,中医教育の質と量の充実をはかるうえで一定の役割を果たすであろう。しかしながら,教材をうまく組み合わせて教育のための補助資料として作り上げることは,長期にわたる非常に骨の折れる仕事である。われわれは全国の各中医学院や大学の幅広い教師や学生および本シリーズのすべての読者に対して,貴重な意見を寄せてくれるように心から期待する。そうすればわれわれの仕事の内容はいっそう改善され,中医教育事業にとってもさらに早くまた建設的に貢献することができるであろう。

「中医教学症例叢書」編集委員会
2000年3月


はじめに

  『中医針灸学教学症例精選』は,「中医教学症例叢書」の1つであり,中医の専門分野である針灸学が対応する各種疾病について,針灸学の臨床教育の特徴を考慮して,相応の症例を編纂したものである。針灸学の理論教育と臨床の現場との協調を促すことを目的とし,針灸学の教育上の重要な参考書籍として実用に供しようとするものである。
 症例は全部で127例。針灸が対応する臨床診療範囲が広く,また疾病の種類が多いという特徴から,内科疾病・婦人科疾病・小児科疾病・外科疾病・五官科〔鼻・眼・口唇・舌・耳の5つの器官〕疾病・急症の6種に分類した。その内容は,感冒・中暑・肺咳・哮病・アク逆・胃カン痛・嘔吐・腹痛・泄瀉・痢疾・便秘・脱肛・脇痛・胸痺・心動悸・不眠・癲病・癇病・リュウ閉〔排尿障害〕・遺精・頭痛・眩暈・中風・面風痛・痺病・痿病・腰痛・痛経〔月経痛〕・閉経〔無月経〕・崩漏・帯下・胎位不正・産後腹痛・欠乳・陰挺〔子宮脱〕・不妊・百日咳・疳病・小児驚風・嬰幼児腹瀉・サ腮〔流行性耳下腺炎〕・乳癰・乳癖・エイ気・痔病・腸癰・捻挫・風疹・円形脱毛症・乾癬・天行赤眼〔急性結膜炎〕・針眼〔麦粒腫〕・近視・暴盲〔突然視力が低下,失明する病症〕・聾唖・膿耳〔化膿性中耳炎〕・鼻淵〔副鼻腔炎〕・乳蛾〔扁桃炎〕・喉イン〔喉頭部疾患による失声〕・高熱・痙病・厥病〔突然失神する病症〕・脱病〔陰陽気血の消耗する危急の病症〕など63種類に及んでいる。
 本書の症例は,「臨床資料」と「考察」の2つの部分からなる。「臨床資料」は,患者の経歴・主訴・経過・検査・診断・治法・取穴・操作の順になっており,臨床の操作部分に重点が置かれている。「考察」は,病因・病機・診断・治法・処方解釈の面から,臨床資料に対して,1つ1つ分析を行っており,針灸処方用穴の理論的分析に重点を置いている。これによって,学習者が針灸学の理論に対して理解を深めることができるだけでなく,臨床分析と問題解決の能力を高めて,針灸学の理論的知識と実際の臨床とを結びつけて考えることができるようになる。また,本書ではできるだけ現在の中医針灸科の臨床で使われている用語と検査単位を用いており,学習者が理論的知識と臨床の実際をすみやかに結びつけられるように配慮している。
 本書は,分担して編纂し,全体で持ち寄ってつき合わせるという形で完成した。内科疾病部分は邵湘寧,徐偉輝,婦人科疾病部分は張志忠,小児科疾病部分および急症部分は陳善鑑,外科疾病部分は金暁東,五官科疾病部分は陳美仁がそれぞれ編纂した。編纂過程で,「中医教学病案叢書」編集委員会・湖南省中医薬学校・山東省中医薬学校・湖南科学技術出版社の関係専門家と指導部門の協力と支持を得ることができた。ここに謹んで心から感謝の意を表す。
 中医針灸学教学症例の編集は,今日なお検討段階にあり,編者の経験も不足しており,レベルにも限界がある。本書のなかにも欠点があるかもしれないが,同業の諸氏および読者の方々の貴重なご意見を提出していただいて,再版の折にはさらに完全なものにしたい所存である。

編者
2000年3月

針灸二穴の効能[増訂版]

日本語版序

 家父・呂景山は北京中医学院の第1期卒業生である。早くから北京四大名医の1人の施今墨氏について医学を学び,直接指導を受けた。また兄弟子にあたる名医・祝諶予氏の指導も受け,その理解はさらに深まった。施氏は臨床で処方をするとき,常に2つの生薬をセットで並べて書き,2薬の組み合わせとその応用を暗に示した。2薬を組み合わせることにより,互いに効果を高め合ったり,互いに副作用を抑えて有効な作用だけを残したり,相互作用により特殊な効果を現したりなど,有益な反応がみられる。このように2つの生薬を組み合わせ,何らかの効果を引き出すことを「対薬」という。呂氏は師の志を受け継ぎ,四十数年にわたる臨床経験のなかで,一意専心研究に務め,施氏の用薬の精髄を検証し,施氏の臨床用薬の組み合わせの経験を総括した。さらに,古今の文献を参照し,推敲,修正を繰り返し,『施今墨対薬』を書き上げたのである。
  「穴対」の説は,古にその理論が確立されて以来,各家の医籍では二言三言語られてきたに過ぎない。呂氏は「施氏対薬」の啓発を受けて,この理論を針灸の臨床に応用することを考えた。前人の経験を基礎に,自らの体験を重ね合わせ,本書を著述した。「穴対」は「対穴」ともいい,2つの穴位を配伍,使用する針灸学の一分野である。2穴の組み合わせには,一陰一陽・一臓一腑・一表一裏・一気一血・開闔相済・動静相随・昇降相因・正反相輔などの意味があり,治療効果を高めることを目的に応用される。用穴の基本原則は「精疎」である。つまり,証候にもとづき,精緻な選穴を行い,巧妙に配合することによって,選択的により高い効果を発揮させるのである。 ちっぽけな銀針は,四海を伝わり,国際学術交流の至宝となり,世界中の人々から歓迎されている。このほど,日本の友・東洋学術出版社社長山本勝曠氏の丁重なる要請を受け,翻訳書が貴国で出版されることとなった。本書が,日本の鍼灸師や鍼灸愛好者にとって,「良師たらざるも,益友たらん」ことを願うものである。

呂 玉 娥・呂 運 東・呂 運 権
1997年初秋


自序

 針灸学は中国医薬学の偉大なる宝庫を構成する重要な要素であり,中国人民が長期にわたり疾病と格闘した経験の総括である。祖国の医学遺産を継承・発展させ,針灸の臨床効果を高めるため,臨床常用シュ穴の配伍(組み合わせ)の経験を整理編集したものが本書『針灸対穴臨床経験集』である。
 本書には223対の対穴が収録されている。シュ穴の機能(穴性)および主治から23の大項目に分類し,それぞれの対穴については以下のような形式で説明している。
一.対穴:対穴の組み合わせ。本書で収録している対穴は,前賢がすでに使用したもの,現代において創出されたもの,筆者が臨床経験から体得したものを含む。
二.単穴作用:腧穴個々の意味,作用,主治病,主治証について(別項において説明があるものについてはこれを省略する)。
三.相互作用:中国医学の弁証理論の原則に則った,2つの腧穴を配伍することにより生じる機能,作用について。相輔相成,相反相成,開闔相済,動静相随,昇降相承,正反相輔などの作用がある。
四.主治:対穴の主治病および主治証。つまり,一組の対穴の適応範囲。
五.治療方法:腧穴の針刺方法,一部の腧穴では灸法。治療方法が明記されていないものについては,一般的な治療を行う。
六.経験:前人の経験を例示し,また筆者の経験も紹介する。
 本書は,編集過程において,山西省衛生庁長官および職員から多大なる支持と協力を得た。また,北京針灸学院設立事務所の王居易氏からは資料の提供,中国中医研究院の王雪苔副院長および中国北京国際針灸培訓センターの程農主任からは一部の原稿について教えを受け,また審査閲覧をお願いした。また,わが師である中国医学科学院北京協和医院中医科の祝諶予教授および北京中医学院の楊甲三教授に文章の斧正を請い,序文をお願いした。ここに謹んで感謝の意を表したい。

呂 景 山
1985年元旦




 針灸は中国医薬学の偉大なる宝庫を形成する重要な要素である。遠く6~7世紀,朝鮮,日本に伝わり,16世紀末には東欧にまで伝わり,現在では,ほとんど世界中に行きわたっている。中国医学には,「適用範囲が広い」「効果が速い」「使いやすい」「副作用がない」などの特徴があるため,世界各国で受け入れられたのである。今も多くの学者が,人類の健康により寄与するため,日々研究に取り組んでいる。
 中医の神髄は弁証論治にある。それは針灸も例外ではない。中医各科(内科・婦人科・小児科など)には,理・法・方・薬があり,針灸には,理・法・方・術がある。この原則から離れると,頭が痛ければ頭を治療し,脚が痛ければ脚を治療する「対症療法」に陥ってしまう。弁証論治なくして,期待できる治療効果を収め,医療の水準を絶えず高め,その治療法則を探求することは非常に困難なことである。
 呂景山氏は北京中医学院第一期卒業生である。在学中は,私の助手を務め,のちに施今墨先生について臨床にあたった。彼は勤勉な努力家で研鑽を怠ることはなかった。『施今墨対薬』の奥義に関しては特に理解が深く,施氏の学術思想の啓発のもとで,「一を聞いて十を知る」融通無碍な能力により,これを針灸臨床に応用し成果を収めた。さらに研究を重ね,針灸シュ穴配合の経験を一冊にまとめ上げたのが,まさしく本書『針灸対穴臨床経験集』なのである。
 「対穴」に関する論説は古代より散見されるものの,これまで明確に理論化されたことはなく,ただ,各家の医籍中に二言三言述べられているのみであった。呂景山同志の著作は,大胆な挑戦であり,中医界をもり立て,中国針灸医術の世界的な地位を保つための一臂の力となるであろう。本書が針灸界へ貢献することを祈って序としたい。

祝 諶 予
1985年2月1日北京




 針灸治療は一定の腧穴を通して行われる治療法である。穴を用いるのも中薬を用いるのも道理は同じである。複雑に変化する病状に合わせて,中医理論,特に経絡学説を駆使して弁証立法し,選穴処方するのである。薬物治療では単味薬から複数の薬を同時に用いるようになって方剤学という学問が生じた。もしこれを薬物治療の1つの進歩と捉えるならば,単穴治療が二穴に発展し,さらに系統的な配合原則が形成されるにいたったことも,まさしく針灸治療学の大躍進と捉えることができよう。穴位の配合を通じてこそ,多くの複雑な病証に対応でき,穴位の作用を協調,発揮させてこそ,治療効果を高められるのである。
 古人は穴位の組み合わせに関して工夫と研究を重ねてきた。厳格な規則性と柔軟性のある応用をバランスよく取り入れている。「対穴」とは,針灸臨床で習慣的に用いられてきた一種の配合形式である。『内経』にも少なからず記載がみられる。例えば,同肢本経配穴の魚際と太淵で肺心痛を治療し,同肢表裏経配穴の湧泉と崑崙で陰を治療し,腹背兪募配穴の日月と胆兪で胆虚を治療している。用穴は「精疎」が重要であるといわれる。『霊枢』の「先にその道を得,稀にしてこれを疎にし……」からきていると思われる。「対穴」の応用は,まさしく「先にその道を得」,シュ穴の主治効能に精通することが基礎になり,客観的な症状にもとづいて選穴を絞る必要がある。この方法によらなければ「稀にしてこれを疎に」した有効な治療が不可能となるのである。
 景山医師は優秀な成績で北京中医学院を卒業している。その後は臨床に携わり,研鑽に務め,現在にいたるも決して怠ることはない。臨床では主に針と薬を併用し,高い治療効果を上げている。「対穴」は岐黄(岐伯と黄帝)の時代に種が蒔かれ,現代において実を結ぶこととなった。本書の出版によりわれわれは針灸臨床配穴の専門書を手に入れた。本書は針灸処方の研究にも大いに参考価値がある。ここに謹んで衷心からの祝辞を述べたいと思う。

楊 甲 三
1985年3月16日

針灸二穴の効能[増訂版]

著者略歴

呂 景山(ろ・けいざん)(1934~)
 河南省洛陽偃師県人。1962年度北京中医学院第1期卒業生。北京四大名医・施今墨先生および祝諶予教授に師事した。40年あまり医業に携わり,高い学術水準,豊富な臨床経験を有している。その優れた業績により,1992年に政府より特別報奨金を授与されている。
 山西省中医薬研究院主任医師,山西中医学院教授,山西省針灸研究所所長を歴任。学術面では「施氏対薬」理論を受け継ぎ広め,「針灸穴対」を創始している。著書は『施今墨対薬』『施今墨対薬臨床経験集』(1982年度全国優秀科技図書1等)『針灸対穴臨床経験集』『単穴治病選萃』など10部(約100万字),論文は「従施氏対薬看相反相成之妙用〔施氏対薬より見た相反相成の妙用〕」「同歩行針,対穴配伍」など50余篇(約30万字)。内科,婦人科の治療を得意とし,強直性脊椎炎やアレルギー疾患など,治療や診断の困難な疾患に対しても,優れた手腕を発揮している。


訳者略歴

渡邊 賢一(わたなべ・けんいち)
1965年,大阪府生まれ。
1988年,明治鍼灸大学卒業。
1988年~1990年,北京語言学院に留学。
1990年~1992年,北京中医学院に留学。
帰国後,鍼灸・翻訳業務に従事する。
訳書:『風火痰論』(東洋学術出版社)ほか。

2006年11月18日

中国鍼灸各家学説

はじめに

 国家組織によって編纂・審査された高等中医院校の教材は初版以来すでに二十余年が経過した。その間数次にわたる改定と再版がおこなわれ、中医薬理論の系統的な整理や教育体系の整備、中医学教育の質を高める上で大きな効果をあげている。だが、中医学のたえまない発展によって、現在用いられている教材は現今の教育や臨床、科学研究の要求に答えられなくなっている。
 教材の質を高めて高等中医薬教育の発展を促すために、一九八二年十月に衛生部は南京で全国高等中医院校中医薬教材の編集審査会議を招集した。そこで最初の全国高等中医薬学教材編集審査委員会が成立し、三十二の学科にわたる教材編纂グループが組織された。各科の教学大綱は、新たに改正された中医学、中医薬学、鍼灸それぞれの専門分野ごとの教学計画にもとづいて改訂された。各学科の編纂グループは新たな教学大綱にもとづいて懸命に新教材の編纂を推し進めた。各学科の編纂過程には、衛生部が一九八二年に衡陽で開催した「全国中医学院並びに高等中医教育工作会議」で取り決められた精神が貫かれている。それは、それまでの数版の教材の長所を汲み取り、各地の教育関係者の意見をまとめること。新教材ではできる限り中医理論の科学性、系統性、包括性を保つようにつとめること。理論は実際と関連するという原則を守ること。継承と発展の関係を正しく処理すること。教材内容のレベルについては、それぞれ教育課程の性質と役割をまずおさえ、教育現場の要求に合致し、各専門教科の発展にふさわしいレベルであること。各教科の基礎理論、基本知識、基本技能についてはもれなく記述すること。さらにできるだけ各教科間に重複と食い違いが生じないようにすること、などである。編集委員すべての努力と全国の中医院校の協力によって新教材はつぎつぎと編纂されている。
 本シリーズは、医古文、中国医学史、中医基礎理論、中医診断学、中薬学、方剤学、内経講義、傷寒論講義、金匱要略講義、温病学、中医各家学説、中医内科学、中医外科学、中医小児科学、中医婦人科学、中医眼科学、中医耳鼻咽喉科学、中医傷科学、鍼灸学、経絡学、?穴学、刺灸学、鍼灸治療学、鍼灸医籍選、各家鍼灸学説、推拿学、薬用植物学、中薬鑑定学、中薬炮製学、中薬薬剤学、中薬化学、中薬薬理学など三十二部門にわたっている。そのうち、初めて編纂されるものも少しはあるが、多くの教材はもとの教材、とくに第二版の教材をもとにして内容を充実させ改訂して編纂されている。したがって、この新シリーズの教材にはこれ以前の版に携わった編纂者の成果も含まれているのである。
 教材は専門家を養成し、専門的知識を伝える重要な道具である。したがって教材の質のよしあしは人材の養成に直接影響する。教材の質を高めるためには、つねに内容に検討を加え、修正を施すことが不可欠である。本シリーズの教材にも、不十分なところがあるかもしれない。各地の教育関係者と多くの読者には、実際に使用されて貴重な意見を寄せられることを切に希望する。それらの声は、より高い科学性と、優れた教育効果を備えた教材づくりへの基礎となるであろう。このことは、中国社会主義四つの現代化と中医事業の発展に応える道でもある。

全国高等中医薬教材編纂審査委員会
一九八三年十二月


編纂にあたって

  『各家鍼灸学説』は高等中医院校鍼灸専門課程に新設された教科である。教学大綱が設けられたのも、また教材が作成されたのも初めてであるし、大綱が決定されて後にも教材の校訂が幾度かにわたっておこなわれたので、大綱と教材の内容とは完全に一致していないかもしれない。各院校が教育を進める中で必要に応じて調整されたい。
 本教材はもとの大綱の「附論」に収められていた陳延之、王惟一、許叔微、席弘、陳会、劉瑾、王国瑞、徐鳳、汪機、楊継洲、張介賓、呉亦鼎を「各論」に入れたほか、あらたに巣元方、荘綽、李、鄭宏綱、夏春農を付け加えた。教材には八大流派、四十家の学説とその医学史上の功績、および五部の古代医籍がもたらした鍼灸学上の成果が収載されている。
 本書の総論と附論は江西中医学院の魏稼が担当した。各論部分については、何若愚、竇黙、王国瑞らを上海中医学院の呉紹徳が、張従正らを河南中医学院の邵経明が、徐鳳、汪機、高武、呉亦鼎らを江西中医学院の彭榮が、王執中らを南京中医学院の李鋤が、巣元方、竇材、席弘、陳会、劉瑾、李、楊継洲、鄭宏網、夏春農らを魏稼がそれぞれ執筆した。このほか、湖北中医学院の孫国傑、北京中医学院の耿俊英、浙江嘉興市第一人民医院の盛燮が部分的に草稿を執筆した。各論の初稿が出来上がってから、彭榮がまず修正を加え、最後に魏稼と呉紹徳が全書にわたって修訂と文章の統一をおこない、邵経明および江西中医学院の王建新と謝興生がすべての引用文の校訂および訂正をおこなった。また、本書の完成に当っては中国中医研究院鍼灸研究所の鄭其偉のご支援を得た。
 本教材を審査し決定する会議には、上記の各氏の外に、全国高等医薬院校中医教材編集・校閲委員会副主任委員で南京中医学院教授の邱茂良、上海中医学院教授の裘沛然、上海中医学院副教授の李鼎、浙江中医学院副教授の高鎮伍、陜西中医薬研究院の陳克勤、北京中医学院の徐皖生、原の諸氏に加わっていただいた。
 本教材は、中央衛生部が一九八二年十月に南京で開催した全国高等中医院校教材編纂委員会で決定した精神に則って編集・執筆されたものである。三年余の時間をかけ、三度にわたる原稿審査会議をもち、そのあいだ何度も手直しを加えたが、いたらない点があることと思う。それぞれの学校で使用され、どうか御意見をお寄せいただきたい。今後の完全な教材つくりのための参考にさせていただきたい。

編 者
一九八六年十二月


序言

 各家鍼灸学説は鍼灸医学の新しい研究領域で、歴代の医家、鍼灸家の鍼灸学説やさまざまな流派の学問の研究をテーマとする。
 各家には、中医薬の分野において功績を残した歴代の中医専門家だけではなく、実績を残した鍼灸専門家も当然含まれる。
 学説とは学術的に体系づけられた主張、見解、理論のことである。流派とは、学術上の観点や思想、見解、あるいは主張や風格、傾向および臨床に対する方法が基本的に一致する学者が形成するグループのことである。この学説と流派との間には密接な関係があるので、鍼灸流派も研究テーマの一つとなるのである。
 各家鍼灸学説を学ぶ目的は、つぎの二点にまとめられる。
 一、歴代の医家はどのような鍼灸学術思想と理論を持っていたか、どんな功績を残したのか、その思想的な源はどこにあり、どんな影響を後世に残したのか、またどの流派に属していたのかなどを熟知することによって、学ぶべき理論的知識と基本的技能をよりいっそう豊かにすること。
 二、歴代の医家経験から教訓をくみ取り、それを教育、臨床、研究の参考として役立てること。過去の経験から学んで未来への展望を切り拓くために、先人の成果を今に役立てるという原則に徹することは、鍼灸医学の発展をいっそう加速させる効果があるだろう。
 教科過程で学生に教育しなければならないことは以下の諸点である。
 一、新学説が提唱され新流派が成立したことの持つ意義の重要性を理解すること。
 二、各家の生涯とその著作、学説、学術思想、学術成果などに関する知識を十分に身につけること。
 三、各家の鍼灸学説と流派の誕生、形成、発展や、それらが歴史上に占める地位、はたらき、相互の関係、影響について、全体的に把握し正しく評価すること。
 四、鍼灸医学の発展過程を系統的に理解すること。
 五、仕事に従事する中で多くの優れたものを広範囲に収集し、先人の経験から広く教訓を汲み取る能力を身につけること。
 六、古代の鍼灸文献を探して研究する初歩的な方法も習得すること。

全国高等中医薬教材編纂審査委員会
一九八三年十二月

針灸弁証論治の進め方

原著まえがき

 針灸学は中国伝統医学の宝庫の中の重要な一分野であり,炎黄の子孫が数千年にわたる疾病との闘争によって獲得した知慧の結晶である。長期にわたって中国人民の繁栄隆盛と保健事業にとって卓越した貢献をなしてきた。科学が飛躍的に発展した今日において,針灸医学は国内外の有識者の益々重視するところとなり,針灸の学習,研究および応用にたいする熱意は益々盛んになってきている。近年来,多数の針灸関係者の勤勉な努力を通じて,旧態依然であった古医学は生気を放つようになり,多大な喜ぶべき成果を収めている。
 針灸の学術を発展させ,中医学の特色を維持するために,編者は長年にわたって教学と医療実践,特に南京中医薬大学国際針灸養成センターにおける講義と臨床指導を行ってきたが,その経験から,針灸の臨床と研究においては,中医弁証施治の診療体系を堅持し,処方配穴の論理性と実践性を強調し,治療手技を重視する必要性を確信するにいたった。この認識に鑑みて,ここに『針灸弁証論治の進め方』(原著名:『常見病症的針灸弁証施治』)一書を編纂した。本書の編集にあたっては,全国の各種針灸教材の長所を踏まえ,先哲の経験の結実を取り入れつつ,理解するに容易で,簡にして要を得,実情に適合したものにすることに力点をおき,あわせて外国人学習者にとって興味ある問題や針灸臨床における疑問点に対しても要点を押さえて論述した。学習者には本書が示すところの,理論を通じて理解し,治法を通じて運用し,処方を通じてその意味を考察し,取穴を通じて臨床の実際の手掛かりとされることを期待する。
 本書は内科,産婦人科,外科,小児科,感覚器科などにおける常見病,合計58病症の弁証論治を論述したものである。各病症についてそれぞれ,概念,病因病機とその弁証施治について系統的に解説をすすめ,あわせて症例を選んで挙げ,読者の臨床実例への対処の便宜を図った。本書を通じて針灸学の知識を確たるものに深め,分析と解決の能力を養い,診療水準を高めていただきたい。
 本書は中国語,英語の2カ国語で出版され,国内外の多数の医療従事者および中医学に関心を寄せる読者の学習の参考に供している。
 編集に要する時間的制約や知識不足からくる内容の不十分な点については読者の批判と訂正を乞うものである。

編 者
南京中医薬大学
1987年5月

中医針灸学の治法と処方-弁証と論治をつなぐ

内容説明

 本書は数十年間,針灸の臨床と教育に携わった著者の経験の結晶である。本書には全編にわたって針灸処方学の系統性と実用性がいきいきと反映されている。
 総論では,針灸の立法処方,治療原則,処方配穴などを概述しているほか,針灸治療の大法に重きをおき,解表,和解,清熱,去寒,理気,理血……減肥,美容など20法に分けて,経典および各家学説を引証し,簡明に要点を押さえて,論述している。総論は,その次の各論の基礎となるものである。
 各論では,六淫病,痰飲病,気血病などの治法と処方を13章に分けて列記した。臨床実践の必要性に符合するように,各章ではまずその生理,病理,および弁証方法を述べ,その後に証をもって綱とし,治法処方を目とし,また処方用穴の意義を詳しく解釈して,理,法,方,穴の一貫性に努めた。
 本書は中西医高等院校[中国各地の中医薬大学などの総称]の針灸科,推拿科,傷科の教師と学生が,教学,臨床,科学研究のなかで参考にし応用するのに供すべきものである。




 中医学で疾病治療を行うには,理,法,方,薬のうちの1つでも欠けてはならない。理とは弁証分析を通じて疾病の本質を探り当て,発病のメカニズムを明らかにすることである。法とは発病のメカニズムにもとづいて,証に対する治療法則を確定することである。次に,法にしたがって方を選択し,方を根拠に薬が用いられる。つまり,法は理から導き出され,方は法にしたがって立てられ,薬は方に立脚して選ばれるのである。これら4者の間の相互関係は不可分であり,この相互関係性を運用してこそ臨床においてはじめて良好な効果を得ることができる。歴代の医家はこのことを非常に重要視して,不断に研究を積み重ね成果をあげてきた。理,法,方,薬とその間の密接な相互関係は中医学の特色をなすものであり,また中医学の真髄でもある。
 針灸は中医学を構成する要素の1つである。針灸の治療方法には投薬の治療方法と異なった独自性があるが,その基礎理論,弁証方法,治療原則においては,その他の中医学各科となんら異なった点はない。しかし,幾千年にわたって幾多の針灸書が書かれてきたにもかかわらず,なぜか治法と処方に関する専門書は存在しないのである。これはたいへん不思議なことではないだろうか。そこで,これに関連する『内経』の条文を精読して探索したところ,理,法だけでなく処方と用穴についても詳細が尽されており,多くの条文では,用穴の意味までもが明らかになっていることが認識できた(詳しくは本書の第一章「針灸治法と針灸処方概論」を参照のこと)。針灸の治法と処方は『内経』の各篇に散見されるために未整理のままであり,また後世では湯薬を重んじて針灸を軽視したために,重要視されることなく埋もれてしまった。それは現代に発掘されるのを待っていた宝物の如きものである。『内経』の経文を今一度精読して,治法と処方に関して新たな成果を得ることができ,喜びも一しおであった。そこで,私は針灸の治法と処方に関する書籍の編纂を提案し,また,1960年代には治法と処方に関して多くの特別講座を開き,多くの同学の士の賞賛を得た。
 1980年代になると,私は外国から次々に招聘されるようになった。アジア,西欧,北欧,北アメリカ,南アメリカの多くの国で講義を行い,針灸の国際的な影響力を拡大し,中医学が世界に認められるために微力を尽くしてきた。それらの講義の中で各国の諸先生からさまざまなご要望を承り,教材の不足を痛感させられた。そのため『中国針灸治療学』の編纂に着手し,臨床と教育の要求に答えようとした。その執筆編纂を通じて,安徽医科大学の孔昭遐教授と屠佑生教授の協力を得ることができ,百万字に及ぶ大部の書を完成させることができた。これによって,いままでの欠落を少しでも補うことができたかと思うと,いささか喜びを禁じえない。さらに針灸処方の専門書を編纂することを提案し,孔昭遐教授と邱仙霊医師から共著の快諾を得ることができた。しかし,本書の編纂過程では,私と邱仙霊医師は幾度となくイタリアに招かれて講義を行い,また孔昭遐教授も外国での医療援助に従事してきたために,断続的にしかその作業を行うことができず,完成までに5年の歳月を要してしまった。
 本書は約20万字,総論と各論の両部分からなる。総論では針灸の立法処方,治療原則,処方配穴などについて概述しているほか,針灸治療の大法に重きを置き,解表,和解,清熱,去寒,理気,理血,治風,去湿,開竅,安神,止痛,通便,消積,固渋,去痰,保健,減肥,美容,禁煙法・麻薬[薬物]中毒矯正法の20法に分けて検討を加えている。それらを論じるにさいしては,経典や各家の学説を引証して問題提起とし,それに自己の見解を付け加えて敷衍化し,その持つ意味を出来るかぎり簡潔にまとめることを心がけて,次の各論の基礎とした。各論は六淫病,痰飲病,気血病,精髄神志病,臓腑病,胞宮衝任病,胎産病,皮膚病,眼病,耳病,咽喉病,鼻病,口腔病の治法と処方の計13章に分かれている。各章ではまずその生理と病理および弁証方法を概述したあと,証を綱にし治法と処方を目とした構成で述べるとともに,処方と用穴の持つ意味も詳しく説明してある。各論は全部で178の証と254の治法と処方,226の病名を収録し,出来うるかぎり理,法,方,穴の完璧性を期すとともに,臨床実践の需要に役立つことに腐心した。こうして実用に供することができる専門書『針灸治法と針灸処方』は完成した。本書が前人の不足を補うことができることを心から願うものであるが,独善的な所やいたらない点を読者諸氏のご指教に仰ぐことができるならば幸甚である。
 40年来,針灸は飛躍的な発展を遂げるとともに,国内外の医学者や患者の要望も日増しに高まっている。研究の深化と不断に創造を行うことが,われわれ針灸の道に携わる者に課せられた当面の急務であり,また責任でもあることは言うまでもない。わたしはすでに老齢というべき年齢に達したが,このまたとない機会に,残ったエネルギ-を老人は老人なりに捧げ尽くすつもりでいる。葉師の詩に「老夫,喜びて黄昏の頌を作す。満目に青山の夕照,明らかなり」とある。これを読むたびに心が奮い立つ思いがする。願わくば心身を労して中医学の振興のために余生を捧げん。これをもって本書の序とする。

邱 茂 良
齢八十のとき 南京にて
1992年8月

針師のお守り 針灸よもやま話

まえがき

 本書は過去十数年にわたって、雑誌『中医臨床』に掲載してきた「針灸よもやま話」を『中医臨床』創刊二十周年を期して、一冊にまとめたものである。
 「針灸よもやま話」は『中医臨床』の埋草的なものとして、とかく理論的で堅くなりがちな誌面に対し、新聞の四コマ漫画のように一片の清涼剤にでもなればと思って書きはじめたものである。字数はなるべく一ページ(一五〇〇字前後)に納まる程度とし、その時々に思いついたテーマに対し、かなりくだけた表現と内容で論を展開している。
 文章自体は稚拙であっても、本書の内容は誰かの模倣ではなく、すべて筆者のオリジナリティであることを自負している。したがって、針灸理論の一般常識とはかけ離れた持論が展開されている部分もあるが、本書を一読していただければ、そこに筆者の針灸師としての視点をご理解いただけるものと推察する。
 本書の上梓にあたっては、内容別に分類する意見も寄せられたが、内容に分量がなく、系統だっているわけでもないので、筆者の意向で『中医臨床』の掲載順とした。読者諸氏が目次から面白そうな所を選んで、アトランダムに読んでいただければ、それで十分である。
 本書に登場する石山淳一先生と稲垣源四郎先生が筆者と同じ高校(市立一中=都立九段高校)の卒業生であることを後日、知った。不思議なご縁である。

浅 川 要
二〇〇〇年三月末日
東京白山にて

中国刺絡鍼法



 このたび,『中国刺絡療法』(原書名は『中国実用刺血療法』)が関係者の努力によって,翻訳出版される運びになったことは,鐵灸治療技術の幅を広げるためにも,また各種疾病の治療効果を拡大するためにも大きく役立つものと信じている。
 そもそも刺血,刺絡,瀉血療法は,名称は異っていても人類の発展過程において,津の東西を問わず古くから行なわれてきた治療である。
 中国の医学史をみても石携時代から尖った石の先で血を出す治療は行なわれてきた。これが「?石」といわれる鍼の基礎になった。
 鍼灸治療の原典とされる『黄帝内経』のなかにも,刺血,刺絡は重要な手段の1つとして「血を取る」言葉が頻繁にあらわれる。
 治療法は気血の補瀉には欠かせない治療法として,古くから行なわれてきたにもかかわらず,なぜか明治時代になって禁止されているかのようにうけとめられてきた。西洋医学崇拝の観念から,伝統のあるこの療法,特に鍼灸治療の一分野としての方法を無視されてしまったというしかない。
 本治療法は,中国の研究では,非常に広範囲な疾患に利用されていて,日本で今日まで見すごされてきたのが不思議な位である。消毒を完全に行い感染を予防する限り危険な治療でないことは明白である。
 この書が多くの鍼灸師の方々に読まれて,刺血治療が一般化されることを願って序と致します。

日本刺絡学会会長
森 秀太郎
平成11年5月30日

写真でみる脳血管障害の針灸治療

まえがき

 中風-脳血管障害の予防と治療は,中国のみならず世界の医学界で大きな課題とされています。本病は人類の健康を多大に脅かす疾病の1つであり,死亡率ならびに後遺症を残す確率は現在でも非常に高いものとなっています。地球上での本病の発症は1日数十万人とも言われており,本人およびその家族に極めて深刻な苦痛をもたらしています。
 したがって本病の予防ならびに治療に対する研究は,人類およびその家庭の切実な要望であり,また私ども医療スタッフの大きな課題でもあります。この点から出発して,私は1973年から中風病の臨床研究ならびに発症原理について20年にわたって研究を行い, 一定の独自の成果をおさめてきました。この治療法の大きな特徴は針灸を主な手段としたところにあり,治療研究およびそのメカニズムの研究において,驚くべき突破口を切り開くことができました。これは中風病の治療と予防という課題に対し,まったく新しくかつ有効な道を開くものであります。
 本書では,私どもが行ってきた「針による中風治療-醒脳開竅法」の全臨床研究過程とその内容,また実験データを紹介しております。数年来,私はこの独自の治療法を日本の医療専門家に紹介してきましたが,この治療法により日本国のより多くの中風患者に福音をもたらすことができれば,このうえもなく光栄であり,喜ばしいことであります。
 最後に,本書中には意図したところが十分にはたされなかった点が多々あろうかと存じますが,御一読の上,御批判,御教示をいただければ幸いです。

著者 石 学 敏
中国,天津にて 1991年3月15日

写真でみる脳血管障害の針灸治療

著者略歴

石学敏教授略歴
1937年 生まれ
1962年 中医学院大学卒業
1965年 大学院卒業
1968年 1968年から4年間,アルジェリアにて医療活動に従事。
 この30年来, カナダ,ドイツ,イタリア,フランス,ミャンマー,ブルガリア等,数十カ国で数十回にわたり教育講演を行い,各国との共同研究にもたずさわっている。
1980年 天津中医学院第1付属医院副院長に就任
1985年 同医院院長に就任, 併せて大学院博士課程の指導教授となる。
 石学敏教授の専門は,針灸学と内科学である。天津中医学院第1付属医院は,中国七大重点医院の1つであり,とりわけ針灸部門においては全国一の実力と規模を有している。中国針灸臨床研究センターも同医院に設置されている。同医院は石学敏教授の指導のもとに針灸部には13の科が設置されており,中国でも最大規模の針灸臨床および基礎研究基地となっている。
 著 書 『針灸配穴』主要著者,1978年出版,『実用針灸学』主編, 1982年出版,『霊枢経証状と臨床』,『針灸治療急証手冊』
 近年の著書 『中国針灸臨証精要』,『中国針灸治療学』,『石学敏針灸医案』
 論 文 この28年来, 発表論文は30余篇におよぶ。また中風治療のために開発された中薬「脳血栓片」は,中国では中風患者の不可欠の薬とされている。「醒脳開竅法治療における実験研究」,「脳血栓に対する針灸治療の原理研究」,「針刺手法量学研究」,「脳に対する針刺作用の形態学研究」,「針灸による中風後遺症治療の研究」等の研究成果は,国家および関係研究部門から非常に高い評価をうけている。

2006年11月19日

朱氏頭皮針

序文

 朱氏頭皮針はまたの名を頭穴透刺療法ともいい,頭部有髪部位にある特定の経穴透刺治療帯に針を刺すことによって全身の疾病を治療する専門療法のひとつである。いわゆる微刺療法〔特定の局所に刺針して全身の疾患を治療する刺針法〕の範疇に属している。
 この治療法は著者が中国伝統医学の理論をもとに,臓腑・経絡学説を基礎として,長期にわたる臨床実践と万を数える症例の治療経験を経てそれらを総括して作り上げたものである。
 著者は頭部有髪部位の経絡・経穴の分布と全身の肢体・臓腑・五官七竅とのあいだにある密接な関係に基づいて経穴透刺治療帯を確定した。また伝統的な刺針手法と『内経』にみえる手法の基礎の上に,「頭部の経穴には浅刺,透刺を行うべし」という原則を結びつけ,頭穴の透刺に独特な操作法を編み出して,用いている。これが「抽気法」と「進気法」である。さらに各病症に応じて適切な導引法,吐納法などを組み合わせ患者に行わせることで,ほぼ完璧な治療法となり,疾病の予防と治療という目的にかなうものとなった。こうして独自の性格を備えた「朱氏頭皮針」が形成されたのである。
 本治療法は適応範囲が広く,安全かつ有効で,しかも効果が早くて確実に現れるにもかかわらず副作用がないのを特徴とする。治療帯はかなり覚えやすいし,刺針及び操作は時間や場所,気候,環境,さらに体位による影響を受けない。また重篤症,急性症,マヒ,疼痛症に対して著効が現れるが,臨床所見に悪影響を与えることがないので,患者を危険な状態から救って延命の手助けをすることができる。このため医師と患者から非常に歓迎されている。つまりこの治療法は,中国医薬学の宝庫のなかの貴重な遺産のひとつであるとともに,従来の針灸医術には登場しなかったまったく新しい創造ということができると考えている。
 本書の内容は大きく総論と各論の二つによって構成されている。まず総論では頭皮針療法の起源とその発展について簡単に述べたあと,朱氏頭皮針の治療帯の位置とその主治および臨床治療を説明する。さらに治療帯と伝統的な経穴との関係,また朱氏頭皮針法の基礎についても述べる。各論では特に急性症と系統別疾患の治療を紹介する。最後に症例を付して参考に供することにした。
 頭皮針療法は今まさに発展段階にあり,始まったばかりであって,その作用原理や臨床治療などの面で,今後一層の探索と研究がなされなければならない。したがって本書の出版が引き金となって西洋医,中医,中西医結合医及び医療・教育・科学研究にたずさわる人々が臨床や教育の現場でこれを参考とし,また応用してくださるようになれば幸いである。さらには今後それぞれが協力しあって頭皮針療法を研究し,これをしっかりとした体系をもった確固とした専門療法として確立させて,人類のための医療事業として役立てることができるようになることを,心から願っている次第である。

朱 明 清・彭 芝 芸
1989年1月 中国・北京にて

針灸手技学

王 序

 悠久の歴史を有する針灸療法は,中国医薬学の中で重要な位置を占めており,古くから国内で隆盛を極めたばかりでなく,海外にも広く伝播しているものである。癰を破るのには必ず大小のヘン石を必要とし,金針で病を治すには必ず調気治神をはからなければならない。『黄帝内経』では何よりもまず刺針補瀉の理を論じており,そこには徐疾,迎隨,開闔,呼吸などの補瀉法に関する諸文字がすでに登場する。宋・金代以降,刺針治療における手技が重要視されるようになり,席弘,張元素,陳会,凌雲,徐鳳,汪機,高武,李梃,呉昆といった優れた針灸家が陸続として世に現れ,それぞれ,その手技には長ずる所が見られた。明代の万暦年間,浙東の楊継洲は『衛生針灸玄機秘要』を撰し,楊氏家伝の手技の秘奥をすべて明らかにしたが,さらに後にそれを拡充し歴代の刺針補瀉法を広く集めるとともに,問答の体裁を借りて経絡迎随の是非得失を論じ,刺針手技に関する大作『針灸大成』一書を書きあげている。
 刺針手技は非常に重要なものであるにもかかわらず,各家の手技が一致せず,さまざまな流派が輩出して互いに自己の正当性を唱えて争ったので,人々の目には刺針手技を学ぶことが何か空漠としてなかなか手の出しにくいものに映じてしまった。そのため,今日に至るまでその分野の研究者がほとんど存在していないのが現状である。
 清代の李守先は針灸の難しさを論じたところで「難しさはツボにあるのではなく手技にこそあるのだ」と指摘したが,実に至言というべきである。
 私は多年にわたって針灸の研究にかかわってきたが,刺針手技を継承発展させなければならないと常々,考えていた。それゆえ,私の妻陳克彦副主任医師が刺針手技の研究に専門的にとりくむことを支持したのである。彼女の研究は初歩的成果をおさめたが,さらに研究が進む過程で,惜むらくは急逝してしまった。
 今日,陸寿康,胡伯虎両先生が刺針手技の古今の文献を系統的に整理し,『針灸手技学』一書を編纂した。本書は詳細で確実な資料にもとづく豊富な内容を簡単明瞭で要点をつかんだ文章表現で示し,さし絵も優れており,針灸の臨床家・教育者・科学研究者にとって貴重な参考書となるであろう。
 本書の出版が刺針手技の学習と研究に与える有益性に鑑み,広範な読者諸氏に本書を推挙し,これをもって序とする次第である。

王 雪 苔
1988年12月 北京にて


黄 序

 針灸医学は中華民族の貴重な文化遺産の1つである。『霊枢』9針12原には,「病を治すのに,単に薬やセン石を用いるだけでなく,毫針を用いて滞った経脈を通じさせ,血気の調和をはかり,経脈における気血の正常な運行を回復させたいと思う。同時にこの治療法を後世に伝えるためには,刺針の方法を明らかにしなければならない……」と記されている。『黄帝内経』の時代から始まり形成されてきたわが国の医学の中にあって,針灸医学は外に治を施して内を調える独特の治療法である。刺針手技とはとりもなおさず刺針治療における操作技術である。私が針灸の臨床にたずさわってすでに50年がたつが,その中で刺針手技は治療効果を高める上で重要な要素であることを深く体得してきた。
 病の深浅に伴い刺法には浮沈があり,症の虚実にしたがって補瀉に手技が分かれるように刺針手技の運用は,臨床における弁証と密接な関連性をもっている。金元代から明代にかけて刺法に対する幾多の流派が輩出し,簡単な操作から複雑な操作まで種々の名称が付せられたが,それぞれ一長一短でなかなか後学の規範となりえないものであった。
 陸寿康・胡伯虎両先生は古今の各家針法を集約するために,文献資料を広範に捜し求め,各種の刺針手技の理論的源流,具体的方法,臨床応用,注意事項に対して1つ1つ整理を行い,本書を執筆編纂した。発刊の暁には必ずや臨床,教学,科学研究の参考に供し,針灸医学の継承と新たな創造のために貢献するであろう。
 それゆえ,序をもって同道の士に本書を推挙するものである。

黄 羨 明
1988年12月 上海中医学院にて


邱 序

 針灸は,わが国がその発祥の地であり,秦漢以降,現代に至るまでの2000年余りの歴代の医家の絶ゆまぬ努力によって,今や全世界に公認された医学の一角を占めるまでになっている。『黄帝内経』から始まった刺針手技の追求は,現在,100種余りの手技を生みだすまでに至った。刺針手技が良好な治療効果を得る上で果たす役割は臨床上,衆知のことであるが,現代の実験研究を通じて,その科学的根拠も今日,明らかにされている。
 しかし,刺針手技はこれまで歴代の各家の著作の中に未整理の状態で散在したままで,手技を学ぶ者にとって不便この上なかった。そこで中国中医研究院の陸寿康・胡伯虎両先生はこうした状況に鑑み,辛苦をいとわず,仕事の余暇を使って『針灸手技学』一書をしたためた。本書は古今の医学著作の中から刺針手技に関する内容を部門別に分類し,各手技を詳細に述べるとともに,単なる手技の解釈にとどまらず,古きを今に役立てる必要から臨床と結びつけてそれを紹介しており,後学に大きな恵みを与えるものとなっている。私は50有余年にわたって針灸の研究にたずさわり,刺針手技に対しても多大の関心を注いできたので,今,本書を閲読できたことは大いに喜ばしいことであり心が安んずる思いである。
 本書は針灸学術の高揚のために真に寄与しうるに足るものであり,広範な読者諸氏に本書を心から推挙する次第である。

邱 茂 良
1988年12月 南京中医学院にて

針灸経穴辞典

訳者まえがき

 本書は,山西医学院の李丁著『十四経穴図解』と天津中医学院編『ユ穴学』を訳出し,編纂したものである。
 本書では経穴361穴,経外奇穴61穴,計422穴にすべて,〔穴名の由来〕〔出典〕〔別名〕〔位置〕〔解剖〕〔作用〕〔主治〕〔操作〕〔針感〕〔配穴〕〔備考〕の項目を設けて,ツボに関する必要な知識をほぼ完全に網羅し,なぜその名称がつけられたのかから,針を刺した時の感覚まで,読者諸氏のツボに対する全面的理解に役立つようにした。
 現在,中国では中医学院にこれまで包括されていた針灸科が針灸学部として独立し,近い将来には,針灸大学へと発展する趨勢にあり,高次の教学を保証しうる体系的針灸理論の必要性が叫ばれている。そうした中で国家的事業として,過去の針灸文献の整理と,これまでの実験研究・臨床実践の全面的総括が行なわれ,全国統一教材を作る基礎作業が各地の中医学院で進められている。本書に用いられた天津中医学院編『ユ穴学』はそうした統一教材を目指した同学院の『経絡学』『ユ穴学』『針法灸法学』『針灸治療学』『実験針灸学』の5試用教材の1冊であり,とくに同書の各穴につけた「作用」は天津中医学院が自らの長年の臨床経験と中国各地の研究文献・資料および過去の資料をふまえてまとめあげたツボの性質・効能である。全経穴に「作用」がつけられたことによって,針灸ははじめて「理法方穴」という句で言いあらわせる,理論から実際の治療まで一貫した体系をもったことにより,「針灸学」と呼ぶにふさわしい内容にまで高められたのである。すなわち「作用」は針灸理論にもとづいて証を決定し,治則をたて,治則にみあった処方を導き出し,ツボを選択するうえで不可欠なものであり,今後の中国針灸の弁証施治で処方選穴における中心的役割をはたすものである。
 したがって,本書は今後,日本に登場してくるであろう中国の針灸学体系(経絡学,針灸治療学,実験針灸学,針灸医学史等)の一構成部分であり,中国針灸を全面的に理解する端緒となるものである。
 今日,数多くの経穴辞典の類が日本で出版されているが,中国針灸の真髄ともいうべき臓腑経絡の弁証施治に立脚して書かれた経穴学書は皆無であり,針灸治療家が中国針灸を試みる上で,本書は必ず座右におくべき書となりうるものである。
 本書の前半部分(第1章~第2章第7節)を浅川要と生田智恵子が担当し,後半部分(第2章第8節~第3章第5節)を木田洋と横山瑞生が担当したが,全篇にわたり4人が共同でその責を負う。また附1の「穴位作用の分類表」と附2の「配穴分類表」は兵頭明(東京衛生学園)が訳出作成したものである。
 本書を手にした読者諸氏の御批判,御指教を仰ぐとともに,日本の針灸治療の今後の発展にいささかでも寄与できれば幸いである。
 最後に本書の刊行に際し,日本での翻訳出版を快諾下さいました李丁先生はじめ,中国側の御好意にお礼申しあげます。また出版に御尽力下さいました東洋学術出版社の山本勝曠氏及び編集の青木久二男氏に深く感謝いたします。

訳 者
1986年3月

中医鍼灸臨床発揮

日本の鍼灸医療に従事している皆さんへ

 孔子は「三人で行けば,その中に必ず師となる者がいる」と述べている。『常用腧穴臨床発揮』(日本語版:『臨床経穴学』)に継いで,『鍼灸臨床弁証論治』(日本語版:『中医鍼灸臨床発揮』)の日本語版が出版されることとなった。日本における多くの鍼灸医療に従事している先生方から本書に対する貴重な意見を賜り,相互に経験交流を行うことによって長をとって短を補いあい,一緒になって鍼灸医学を広め,人類に幸福をもたらすことができることを,ここに衷心より希望する。
 鍼灸の発展史からみると,内経や難経から甲乙経,鍼灸大成にいたるまで,また標幽賦から勝玉歌にいたるまで,鍼灸医学は徐々に系統化,理論化をすすめてきた。しかしそのなかには「一症一方」,つまり某経穴が某病を治すとか,某病には某経穴を取るといったものが多々ある。さらに後世においては鍼灸に従事する医家が歌賦の影響をかなり受けたことによって,臨床経験の総括を重視するあまり,基礎理論の研究を軽視する傾向にあった。このため鍼灸医学はたえず低い水準を徘徊することとなったのである。
 1950年代初めの頃であったが,中南衛生部の主催する鍼灸教師班において,私はいくつかの経穴の効能や弁証論治について紹介したことがある。合谷に鍼で補法を施すと補気をはかることができ,復溜に鍼で補法を施すと滋陰をはかることができるといった内容や,合谷と三陰交を配穴して鍼で補法を施すと八珍湯に類似した効果を得ることができるといった内容を紹介すると,会場の専門家たちは驚きをおぼえるとともに非常に新鮮に感じたということだった。その後,何度も全国各地の鍼灸界の諸先輩方,専門家たちと家伝である諸穴の効能,経穴の効能と薬効との関係,弁証取穴,全体治療といった経験について交流を行い,専門家たちから非常に高い賞賛を得ることができた。整体弁治,経穴効能研究の先駆けとして認められたのである。とりわけ『常用?穴臨床発揮』の出版は,鍼灸界から鍼灸発展史の上における新たな一里塚となるものであると誉め称えられた。
 2冊目の『鍼灸臨床弁証論治』を出版したこの3年の間に,中国国内ではまた1つの小さな高まりが巻き起こっている。中国各地からの研修希望者が絶えないばかりか,国外の留学生も日増しに増えるようになった。南京中医薬大学鍼灸推拿学院は,本書を同学院の大学院生の必修書として指定し,同学院の院長である王玲玲教授はさらに本書に対して「中医理論研究を運用した近代まれにみるまことに得がたい鍼灸専門書であり,また鍼灸臨床の指導を可能にしたすばらしい専門書である。本書の貴ぶべきところは,五世代にわたる精華を集積し,理論と臨床の実際を結びつけているところにある。つまり実践経験を理論に昇華させ,さらにその理論により臨床実践を指導していることが重要なのである。本書は臨床に則した実用書であるとともに,さらに重要な点は本書が科学研究と教育面において極めて高い価値をもっていることにある。」と書評を記してくれている。
 私はすでに古稀を迎え,臨床および教育に従事して50幾年になるが,上述の2つの著書のためにほとんどすべての心血を注いできた。しかしながら「老驥伏櫪,壮心不已」[老いても志が衰えないこと]の気概をもち,現在さらに『鍼灸配穴処方学』を執筆中である。この書は家伝経験の重要な構成部分をなしている。これらの3部書が一体化することによって,先祖伝来5世代にわたる鍼灸経験の全貌を示すことができるのであり,一体化した鍼灸弁証論治の理論体系を構成することができるのである。
 私の弟子たちがあいついで育ち私の有力な助手となりえていること,家伝鍼灸事業に後継者がいることは,私にとってこれ以上の喜びはない。
 最後に『鍼灸臨床弁証論治』が日本で出版され,これが中日医薬文化交流の契機となり,鍼灸医学が人類医薬学のなかでいっそうの役割を発揮することを希望する。

李 世 珍
1999年

臨床経穴学

前言

  『常用腧穴臨床発揮』は,4代100余年の家伝である針灸実践経験を世に伝えるために著したものである。最初は1962年に上梓された。執筆にあたっては,寝食を忘れてすべての時間をこれにあて,全精力を注ぎ込んだ。今ようやく世に出すことができ,至上の喜びを感じている。
 亡父である李心田は,50年にわたり針灸医術の臨床と研究に専念した。亡父は自身の臨床実践と祖父の指導にもとづき,経穴の効能,経穴の配穴,経穴と薬物の効果の比較,針(灸)による薬の代用,針灸弁証施治を中心に検討をくわえ,『針薬匯通』を著した。この書には前人が触れておらず,古書にも記載されていない独自の体得が整然と述べられている。1945年にこの書の初稿が脱稿すると,多くの同業者や学者たちがこの書稿を回覧しあい転写した。そして実際に臨床に応用して意外なほどの効果が得られたため,多くの専門家たちから称賛を得るにいたった。亡父は後学の啓迪のため,晩年身体が弱く多病であったにもかかわらず,さらに10余年をかけて改訂・増補に没頭し,本書をより完全なものとした。しかし遺憾なことに,脱稿をまじかにひかえて亡父は世を去り,生前にこれを刊行するにはいたらなかった。
 私は亡父の遺志をついで,『針薬匯通』を基礎とし,私自身の30年の臨床経験(数千の典型症例を集め,のべ1万余回にわたる追跡調査を行った)を加えて『針灸医案集』(釣30万字)を著したが,これが実践的にも理論的にも『常用腧穴臨床発揮』の基礎となったのである。
 本書は16章,89節からなる。14経経穴と経外奇穴から常用穴86穴を選んでいる。第1章総論の3節を除くと,他の章は各経絡ごとに章をすすめている。各経絡は,まず概論として経脈・絡脈・経別・経筋の分布と病候,その経絡に対応する臓腑の生理と病理,経穴の分布,経穴の治療範囲および特徴を述べ,その後に節に分けて常用穴を論述している。各常用穴は概説,治療範囲,効能 主治,臨床応用,症例,経穴の効能鑑別,配穴,参考という9つの内容に分けて説明した。
 各常用穴の[概説]では,経穴の特徴,主治範囲を述べた。[効能]では,補・瀉・灸・瀉血等により生じる経穴の作用を述べるとともに,経穴の効能に類似した作用をもつ中薬処方を紹介した。[主治]では,当該穴の治しうる病証を列挙した。[臨床応用]では,[主治]の病証のなかからいくつかの代表的な病証をあげ,その経穴がどのような病証を治療するか,どのような作用が生じるか,どのような禁忌があるか,配穴によりどのような治療効果が生じるかを述べた。[症例]では,当該穴を用いて治療した2ないし6つの典型症例を提示し,治療効果を示した。[経穴の効能鑑別]では,効能が類似する経穴について,それぞれの特徴の比較鑑別を行った。[配穴]では,ある経穴またはいくつかの経穴の配穴によってどのような治則になるかを述べ,あわせて経穴の配穴に相当する湯液の処方名をあげた。[参考]では,針感の走行,古典考察,臨床見聞,注意事項,歴代医家の経験等を述べた。また問題点の検討および異なる見解についても触れておいた。
 本書は亡父の教えである「針灸に精通するためには,臓腑経絡を熟知し,経典経旨を広く深く読み,経穴の効能に通暁し,弁証取穴を重視し,『少にして精』という用穴方法を学びとる必要がある。これができれば,臨床にあたってどのような変化にも対応でき,融通無碣に対処することができるようになる」という原則をよりどころとしている。この観点にたって臓腑・経絡の生理・病理および経絡と臓腑のあいだの関係,経穴の所在部位および所在部位と臓腑・経絡との関係,臨床実践という角度から,経穴の分析と考察をおこない臨床に応用しているわけである。けっして経穴をある病証に教条的にあてはめて経穴が本来もっている作用を発揮できないようにしてはならない。治療面においては,局部と全体との関係,経絡と臓腑,臓腑と臓腑,経穴と臓腑経絡,疾病と臓腑経絡との関係に注意をくばり,全体的視野に立った弁証取穴,同病異治,異病同治,病を治すには必ずその本を求むという治療法則を重視する必要がある。
 前述した内容から,本書を『常用ユ穴臨床発揮』と名づけた。この書で,経穴の効能と治療範囲について述べた部分,経穴の効果が湯液の薬効と同じであり,針をもって薬に代えうることについて述べた部分,弁証取穴について述べた部分,そして古典と歴代医家の経験について行った考察--これらの内容こそ本書の精髄といえるものである。これらは針灸学科の内容を豊富にしており,針灸医療,科学研究,教学のために参考となる資料を提供したものといえる。
 本書は4代にわたる100余年の実践経験を基礎としているが,個人の医学知識と臨床経験には限界があり,とりわけ書籍として著す初歩的な試みであることから,誤謬あるいはいたらぬところは避けがたい。読者からのご指摘ならびにご鞭撻を切に乞い,今後の改訂において向上をはかる所存である。
 本書は編集,改訂,校正,転写の過程にあって,王暁風,李春生,呉林鵬,李伝岐,および本院針灸科一同から大きな協力と貴重な意見を賜ったことに対し,ここに謹んで謝意を表す。

李 世 珍
1983年中秋 豫苑にて

2006年11月20日

針灸学[基礎篇]【序文】

改訂版のための序文

 1991年5月に出版された『針灸学』[基礎編]が増刷を重ねて,今回,さらに読みやすく配慮されて改版されることとなった。多くの方々に読んでいただけたことは関係者一同望外の喜びであるとともに,責任の重さを感じている。
 初版の序で,現代中医学弁証論治の意義について,「直観的思考形態である伝統医学の神髄を学ぶためにも,論理的思考,つまり科学的思考形態が必要であり,その試みの1つである」と述べた。
 病そのものだけを診るのではなく,「病」と「病になっている人間」との関わり,病がその人にどんな変化を与えているのかに注目をして病態把握を行い,自然の原理にそった方法論を用いて,人間が本来持っている治癒力を発揮させて病を治すと考える中国伝統医学は,本質的に全人的な視点が必要となる。また,感情ある生体を対象とするゆえに,ダイナミックな視点も不可欠である。教条的な論理的思考に陥ることなく,常に動いている人間を的確に把握するためには,本書で述べている基礎的理論の常に臨床現場からのフィードバックを心がけるべきであると思う。その際,大切なことは「自ら考える」ということ,そして「自ら観察する」こと,つまり五感をフルに活用して対象である人間を徹底的に観察し,現象をしっかりとらえることではないかと思う。
 社会が求める医療へのニーズが変化してきている今日,多くの可能性を秘めた中国伝統医学の神髄を,日常臨床の中で大いに発揮されることを心から願うものです。

学校法人後藤学園学園長
後 藤 修 司



初版の序文 

 今,保健医療は大きな転換点にさしかかっている。はりきゅうに関しても,昭和63年の法律改正に合わせ,平成2年度から新カリキュラムが施行され,国民の保健医療福祉の向上のためにより一層貢献できる,より資質の高いはりきゅう師の誕生が期待されている。それは,専門家として,一定レベルの知識・技能とふさわしい態度をもち,それらを常に自主的に高める意欲をもった者といえるであろう。具体的には,学んだ現代医学並びに伝統医学の知識を,診断・治療という技能を発揮する中で統合し,人間学の実践として臨床にあたりうる専門家が望まれているということである。そして,これからはさらに,はりきゅう師がぜひとも備えるべき態度として,「科学的」にものを考えることが重要になると思われる。
 東洋的といわれる直感的思考形態によって組み立てられた伝統医学の真髄を学ぶためには,自分の直感を養うことが大変に重要であるが,そのことにのみとらわれてしまうと,いつまでたっても臨床ができないという落とし穴に落ち込んでしまう恐れもある。その直感をしっかり養うためにも,科学的思考つまり論理的思考をもつ必要がある。
 ともすると,伝統医学を学ぶとき,科学技術へのアンチテーゼから,科学的思考形態をも捨て去ってしまうことがある。悪しき科学アレルギーといわざるをえない。
 一方,伝統医学が使う言葉(記号),あるいは表現しているもの(例えば気血等)が,現代科学的言葉(記号)ではないか,または,現代医学的に実証されていないということだけで,その認識論をも非科学的と片づけてしまう考え方もある。現象論レベルの科学をわきまえない悪しき科学教条主義といわざるをえない。
 この2つの科学への悪しき態度が,臨床現場に時として混乱を与え,迷いをもたらすことがある。はりきゅうの専門家として「科学的」態度を養わなければならない所以である。
 例えば,簡単なことで言えば,ある症状,ある脈状の変化が現れているときに,それが身体の中のどういう変化によって起こっているのかについて,常に考えられること,また,自分の行なう治療行為がそのことに対してどのように働くのかについて,推論できることが重要なことではないだろうか。そして,それが,我田引水でなく一定の「科学的」理論性をもつ必要があるということである。
 現代中医学における弁証論治はまさしく,そうした試みの1つであると思われる。本書は,そのことをさらに深めるために,中国天津中医学院と後藤学園との共同作業によって新たに制作したものであり,いわゆる翻訳本とは趣を異にしている。いかにして適切に病態を把握し,いかに有効な臨床を行うかという立場から書かれた本書が,自分で観察し,自分で考え,自分で臨床に取り組む多くのはりきゅう臨床家のために役立つことを願うものである。

天津中医学院副院長
高 金 亮
学校法人後藤学園学園長
後藤 修司

針灸学[臨床篇]【序文】【本書を学ぶにあたって】

まえがき

 臨床にたずさわる者には,常に心しなければならないことがある。それは,臨床評価学の導入と臨床判断学の導入である。
 臨床評価学とは,確実に効果をあげ,何故効果があったのかを常に考えること,あるいは,何故効果が無かったのかを考えることである。
 臨床判断学とは,常に,もっと安全で効果のある,また患者への負担の少ない治療方法はないものかと模索し続け,現時点で最良の方法を選ぶことである。
 確実な「技術」と「考える」習慣とをいつも持ち続けていることが重要となる。実際の患者の様子や病態は千差万別であり,この「考える」力がないと,臨床能力はある一定の所で停滞してしまう。そして,さらに重要なことは,独善ではなく理論的な「科学的」思考で考える習慣を身につけなければならないということである。ともすると,伝統医学的取り組みによって,臨床にあたろうとする時,独善的思考に陥ってしまうことが多々ある。それは,現代医学的臨床アプローチと異なり,共通的評価基準を設定しにくいことがその要因と思われる。
 もう1つの落とし穴は,論理にふりまわされ,実際の現象よりも論理性に力をそそぎすぎてしまうことによる教条的な姿勢である。細心の患者観察が大切な所以である。
 本書は,これらのことに対して1つの解決策を提案している。
 伝統医学の原点に帰り,実際の臨床を通して整理体系化しようとしている現代中国の弁証論治を取り入れ,翻訳ではない新たな書きおこしをを,天津中医学院と後藤学園とで,日本のはりきゅう治療に役立つよう編集したものである。
 本書は,臨床の際の「考える」基礎の助けとなるものである。臨床の実際をどう解釈し,どう対応したらよいかを考えるための羅針盤の役割を十分に果たすことができるものと確信している。細心の患者観察とあいまって,本書を有効に活用し,伝統医学として培われてきた「大いなる遺産」に,臨床家を志す多くの皆様の努力によって,新たなる光を与えて戴くことを願うものである。

天津中医学院院長
戴 錫 孟
学校法人後藤学園・学園長
後藤 修司
1993年8月


本書を学ぶにあたって

1.本教材の位置づけ
 ここに日中共同執筆という形で,『針灸学』[基礎篇]に続いて針灸のための中医学臨床テキストが完成した。本書は,日本での新しい東洋医学教育の課題と目標を踏まえながら,中国の協力を得て,日中共同で編集したものである。これは針灸のための東洋医学テキスト・シリーズの第2部であり,『針灸学』[基礎篇]で学んだ東洋医学の生理観,疾病観,診断論,治療論にもとづいて,これら東洋医学独自の考え方をどのように具体的に臨床に応用していくかを呈示したものである。  この東洋医学テキスト・シリーズは,東洋医学的なより適切な病態把握,より有効な臨床応用,そして自分の頭で東洋医学的に考えられる針灸臨床家を育成する目的で企画されたものである。第3部として現在,『針灸学』[経穴篇]の製作を行っているが,その具体的な応用は,本書[臨床篇]の総論にある針灸処方学,さらに処方例,方解,古今処方例から,その片鱗をかいま見ることができる。[基礎篇],[経穴篇]は,[臨床篇]のためにあり,したがってこれらを統合したものが[臨床篇]である。本書は『内経』から今日にいたる歴代の多数の医学書,医家の説を参考にし,今日の針灸教育と針灸臨床にスムーズに適応できるよう,要領よく,かつ理論的に整理してあり,いわば伝統医学の精髄を継承したものといえる。

2.本書の組み立て,内容,学習の方法
 本書の組み立ては,日常よく見られる92の主要症候について,まず「概略」を述べ,ついでその「病因病機」,「証分類」,「治療」,「古今処方例」,「その他の療法」,「参考事項」について述べている。本書の内容は,『針灸学』[基礎篇]で学び,そして培ってきた東洋医学独自の生理観,病因論,病理観,病証論,診断論,治療論をトレーニングできるように組み立てられている。  「病因病機」の部分は,『針灸学』[基礎篇]で学んだ生理観,病因論,病理論を応用したものであり,これを通じて[基礎篇]の内容をトレーニングすることができる。また「証分類」の部分では,[基礎篇]の病証論,診断論を応用したものであり,ここではそれぞれの主症の特徴,それぞれの随伴症の特徴,それぞれの舌脈象の特徴を相互に比較しながら学びやすいように配列してある。弁証は病因病機をふまえた鑑別学であり,ここでは主として病理論,診断論のトレーニングができるように,それぞれに証候分析を付した。  「治療」における処方例については,その治法にもとづき例示したものであり,けっして固定した処方ではない。ここではこの処方を暗記するのではなく,この処方がどのような考えにもとづいて構成されており,これによりどのような治療目的を果たそうとしているのかを学習トレーニングすることにポイントがある。また病態の変化に応じて,どのように処方構成も変化させていかなければならないかを学習する必要がある。方解を参考にしていただきたい。  また「古今処方例」は,現在にいたるまでの東洋医学継承の連続性をはかる目的で,『内経』の時代から今日にいたるまでの歴代医家の多くの臨床経験を例示したが,読者の臨床にも役立てていただきたい。  「その他の療法」では,主として耳針と中薬による治療を例示した。最後に「参考事項」においては,主として注意事項,養生などについて述べ,参考に付した。  本書の学習にあたって重要なのは,本書を読んでいくのではなく,本書を自分の基礎,臨床トレーニングにどのように活用していくかにあると思われる。この習慣と態度が培われていけば,そして自己トレーニングができれば,教条的に本書に書かれてあるとおりに臨床を行うのではなく,「自分の頭で東洋医学的に考えられる針灸臨床家の育成」,そして「有効な臨床応用」という本企画の主目的を達成することができると思われる。東洋医学的に自分で観察し,自分で考え,自分で臨床に取り組み,自分で解決することができる針灸臨床家になるために,本書が役立つことを願うものである。

天津中医学院副教授
劉 公望
学校法人後藤学園中医学研究室室長
兵頭 明

針灸学[経穴篇]【序文】

序にかえて

 臨床における,五感のフル活用による細心の患者観察の重要性については,これまでのシリーズ(『針灸学』[基礎編](初版2版)と[臨床編]の序文で度々指摘してきました。
 「経穴」とは,まさしくこのような先人による細心の患者観察の集積が基礎となり体系化されてきたものであろう。体の中の変化,それも器質的なものはもちろん,機能的変化をも投影していると思われる体表面の微妙な変化を的確に捉えた,その観察とひらめきの鋭さ,及びそれらを体系化した理論性には,ただ脱帽するものです。
 鍼灸治療の基本ともいうべき経穴に関する類書は沢山ありますが,この度の出版はこうした先人の経験に加えて,さらに現代中国における臨床成果の枠をも盛り込んだものです。また,前述の先行出版と同じく,日本の臨床現場で役に立つように,中国と日本が共同編集したものであり,いわゆる翻訳本とは違う読みやすさを持っています。
 ただ,生きている人間を対象とする「臨床」は,ダイナミックなものです。
 人間の生命・生存・健康を考える時,大切なことは,現象との遊離をした理論のための理論は必要ないということです。本書を教条的に使うことなく,常に,現象からのフィードバックと基礎理論との関連から,何故この経穴を使うのか? 何故この経穴に意味があるのか?という疑問を持ちつづけ,自ら考えるという医療人としての姿勢が大事かと思います。
 世界的規模で期待が広がっている鍼灸臨床の可能性を,さらに確実にするために,本書がお役にたてればこの上ない喜びです。大いに活用していただきたいと思うものです。

学校法人 後藤学園 (東京・神奈川衛生学園専門学校) 学校長
後 藤 修 司

針灸学[手技篇]【序文】

自序

 針灸学は中国医薬学の貴重な遺産の1つであり,その源は上古の時代にさかのぼることができ,悠久の歴史を有している。針灸はその適応症が広く,効果は顕著であり,また操作が簡便で容易に習得でき,経済的かつ安全性が高いという特徴があり,非常に多くの人から歓迎されている。
 この中医伝統針灸医学の継承と発揚を行い,またより多くの医療従事者が針灸医術を習得して健康事業に寄与するならば,人類に大きな幸福をもたらすことができる。
 私は先父毓琳公の気功,針灸真伝および先父の中国中医研究院針灸研究所第3研究室主任時の遺作,私自身の40年にわたる針灸臨床,研究,教育の経験にもとづき,さらに前人の針灸各家手法や先進的な経験を吸収し,1978年と1983年にそれぞれ『針灸集錦』と『子午流注と霊亀八法』を著し,中国甘粛人民出版社から出版した。これらは1984年8月に北京で開催された中国針灸学会第2回針灸針麻酔学術討論会において,国内外の専門家から重視された。
 このたび,学校法人・後藤学園学園長である後藤修司先生および東洋学術出版社社長山本勝曠先生の温かい友好協力および御提案にもとづき,手技に関する本著を日本において出版するはこびとなった。ここでは主として伝統的な針灸手法,とりわけ焼山火,透天涼をはじめとする伝統的手法の具体的操作を写真と図説により紹介し,さらにその適応症について紹介した。臨床において多くの針灸従事者の参考にしていただきたい。
 なお執筆,編集にあたっては兵頭明先生および厲暢女史の熱心な協力があった。ここに心より感謝の意を表す。

鄭 魁 山
1989年9月 甘粛中医学院にて



序文

 中国は針灸の発祥地である。2000年以上も前に中国の古代医学家は,『黄帝内経』,『黄帝三部針灸甲乙経』を世に著し,中国医薬学,針灸学の理論的基礎とその基本的方法を確立した。これは針灸の伝播,研究の典籍とされている。針灸は今日世界人民に受け入れられており,世界医学の構成部分となることにより,いっそうの発展をとげている。
 数千年来にわたる歴代の医学家の長期にわたる医療実践により,豊富な臨床経験と理論知識が蓄積されている。針灸学術の発展につれて,その理論と経験は,系統的に整理,発掘,向上がはかられなければならない。甘粛中医学院の鄭魁山教授は,曾祖父から4代にわたり伝承・伝授されてきた針灸医療の貴重な経験と自身の多年にわたる経験にもとづいて,手技に関する本著を著している。その内容は非常に豊富であり,資料は詳細で確実であり,さらに図説を加えている。また家伝手法の密なるものをも紹介している。本著の出版は針灸学術の発展および針灸による臨床効果の向上,さらには医学における国際交流の促進のすべての面において,必ずや大きな影響をもたらすことであろう。とりわけ本著の内容は臨床教育ならびに科学研究にとっても参考となり,中国伝統針灸の大いなる発揚に貢献するものである。
 中医針灸は,今日まで中華民族の健康ならびにその繁栄に対して重要な作用を果たしてきたが,今こそ針灸が世界人民の健康ならびに幸福のために貢献することを心より希望する。

胡 煕 明
1989年12月12日

2006年11月22日

中医鍼灸臨床発揮

凡例

 1.本書で用いられている補瀉法は,明代の陳会が著した『神応経』のなかにある捻転補瀉法と同じものである。捻転補瀉の時間,角度,速さは,患者の病状および感受性にもとづいて決定されている。
 一般的にいうと,瀉法の場合は施術者の判断にもとづいた深さまで刺入して,鍼感が生じた後に捻瀉を行い,5~10分に1回,30秒~3分間の捻瀉(局所取穴の場合は捻瀉時間は短くする)を行う。この捻瀉を2~3回行い,15~30分置鍼して抜鍼するものとする。局所取穴による局部療法では,瀉法と強刺激を配合する場合もある。
 補法の場合は,やはり施術者の判断にもとづいた深さまで刺入して,鍼感が生じたのちに連続的に捻補を3~5分間行い,抜鍼する。場合によっては捻補を10分間行い(重症の虚証または虚脱患者には,捻補時間を長くする)抜鍼するものとする。補法と弱刺激を配合する場合もある。
 文中の(補)と(瀉)は刺鍼による補法と瀉法を意味する。施灸による補法と瀉法の場合は,それぞれ(灸補)(灸瀉)とした。これらの( )付きの文字および(点刺出血)(透天涼)などの( )付きの文字は,その前に列記された複数の経穴名の全部にかかり,それらの経穴に対して同じ手法を施すことを示している。
 2.本書で紹介している「焼山火」「透天涼」の両手法は,明代の徐鳳が『鍼灸大全』金鍼賦で述べているような複雑なものではない。本書中の焼山火手法は,適切な深さに刺入して鍼感が生じた後,刺し手の母指と示指の2指を補の方向に向けて捻転し,その後鍼柄をしっかり捻り(局部の肌肉を緊張させることにより鍼が深く入るのを防ぐ)下に向けて適度に按圧し,次第に熱感を生じさせるというものである。
 また透天涼手法は,適切な深さに刺入して鍼感が生じた後,刺し手の母指と示指の2指を瀉の方向に向けて捻転し,その後鍼柄をしっかり捻り(局部の肌肉を緊張させることにより鍼が抜けるのを防ぐ)上に向けて適度に提鍼し,次第に涼感を生じさせるというものである。この種の操作方法は比較的簡単であり,マスターしやすい。
 3.本書の「補法を用い焼山火を配す」(補,焼山火を配す)とは,捻転補瀉法の補法を用いて捻補したのちに,さらに焼山火を施すことである。これにより温補の効果をうることができる。「瀉法を用い透天涼を配す」(瀉,透天涼を配す)とは,捻転補瀉法の瀉法を用いて捻瀉したのちに,さらに透天涼を施すことである。これにより熱邪を清散させる効果を得ることができる。
 4.本書における取穴は,患部取穴と循経近刺の場合,一側の経穴を取穴することが多い。この場合は左を取穴するか右を取穴するかを明記した。循経取穴と弁証取穴に関しては,すべて両側の経穴を取穴するものとしているので,「両側」の表記は省略することとした。
 5.施灸に関して「灸瀉」「灸補」とある。その方法は灸頭鍼あるいは直接灸を用い,一般的に施灸時間は10~30分間とし,施灸時に瀉法または補法を配すこととした。
 6.ある配穴処方が某湯液の薬効に相当,あるいは類似との表記があるが,これはその湯液全体としての薬効を指したものである。
 7.ほとんどの医案に対して考察を加えたが,考察の中では選穴理由,用途,処方中における各治療穴の作用,配穴と湯液の効能との関係といった説明は,できるだけ簡略化した。あるいはこういった説明を加えていない医案もある。それは『臨床経穴学』に詳細に論述されているからである。
 8.使用している鍼具は,1948年までは自家製の25号,24号の毫鍼を用いていたが,1949年以降は一般に市販されている26号の毫鍼を用いている。肩・膝・股関節部や肌肉が豊満な部位に灸頭鍼を施す場合は,24号の毫鍼を用いることが多い。
 9.鍼治療は多くの場合が2~3日に1回としている。

2008年01月17日

【図解】経筋学-基礎と臨床-

 
●はじめに
 
 針灸治療を行うためには,経絡の知識が必要である。経絡には十二経脈・十二経別をはじめ,奇経八脈・絡脈・経筋・皮部などが含まれる。なかでも十二経脈と奇経八脈が,実際の治療に際しては常用されている。
 しかし,治療にある程度習熟すると,針灸治療を行うためには,十二経脈と奇経八脈だけでは不十分であることに気づくに違いない。身体の大部分を占めている筋肉の異常を治療するためには,経脈の及ばない領域があるからである。
 『黄帝内経』に記載されている経筋の存在を,実際の臨床上で追試し確認したところ,驚いたことに,筋肉は現代解剖学でいう死んだ筋肉の切れ端ではなく,先人の述べているように,筋肉のつながりとして機能している。
 『黄帝内経』でいう経筋は,現代的な表現をすれば「経筋ネットワーク」「経筋システム」と呼ぶにふさわしい大事な領域である。
 本書は,この驚きを著者の臨床経験をふまえて理論的にまとめたものである。
 
1│哺乳動物は大部分が筋肉でできている
 狩猟民族であった原始人に戻ってみたとしよう。そして,やっとの思いで鹿を捕まえたとする。ついで肉の饗宴のために,解体を始める。まず皮を全部剝ぎ取ってしまうと肉の塊が出てくる。動物は肉の塊でできているのである。次に骨格筋を取り除いてしまうと,骨と内臓,そして頭が残る。このように動物を解体してみると,その大部分は筋肉で占められていることがわかる。筋肉には,筋膜や腱・靱帯が付着し,関節周囲でしっかりと骨にくっ付いている。
 西洋医学では,筋肉は1つひとつ分離した別個のものと考えている。しかし,東洋医学の経絡の考え方では,人間は生きたもの,機能しているものと考えており,筋肉は一連のつながりをもち,経脈とほぼ似た分布をして機能している存在だと考えている。その証拠に,経筋の「経」には「織もののたて糸」「すじを引くこと」などの意味がある。経筋とは一連のつながりをもった筋肉を意味する。
 したがって,現代医学の筋肉生理学と東洋医学の経筋学との違いは,筋肉同士がつながって機能しているのか,別々に動いているのかの違いである。
 このように,筋肉は日常生活において重要な存在であるにもかかわらず,針灸治療では十二経脈のみが重視され,筋肉学である十二経筋は今まであまり重要視されてこなかったように思う。
 
2│経筋は身近な存在
 2000年以上前に書かれたと思われる『黄帝内経』には,すでに筋肉の走行が大まかではあるが明確に記載されている。
 経筋学は,東洋医学における筋肉と関節に関する分野であり,われわれの日常生活にきわめて身近な存在である。
 毎日,重い体重を支え,そのうえ重いものを持ち歩いたりするので,経筋システムにはいつもたいへんな負担がかかっている。そのため,毎日来院する患者の大部分が「首が痛い」「肩がこる」「腰が重だるい」「腕があがらない」「膝が痛い」「下肢が引きつる」などの筋肉の異常を訴える。このような症状の治療は現代医学の盲点であり,著者のこれまでの臨床経験では,経筋療法を用いることで治療の幅が広がった。
 
3│「経筋学」は古代の『霊枢』経筋篇を基礎に進歩してきた
 身体のあらゆる動きは,筋肉の働きによってなされている。上肢や下肢・体幹などの筋肉は,骨格に付着し,それを動かすので骨格筋と呼ばれ,骨とともに姿勢の保持,移動や手作業を可能にしてくれている。特に上肢や下肢の筋肉は,関節を跨いで骨と骨をつなぎ合わせており,その収縮と伸展によって関節を動かしている。われわれが毎日歩行したり,手を使ったりできるのは筋肉がスムーズに動くからである。もしこれらに異常を来すと,肩こり・腰痛など全身のあらゆる筋肉痛や運動障害が起こる。
 これらの痛みや障害は,東洋医学の立場からみると,経筋の異常によって起こる筋肉の異常反応である。古代の東洋ではすでに人体解剖が行われており,筋肉や腱・靱帯,さらにその周囲の関節について詳細に観察した記録が残されている(『素問』骨空篇,『霊枢』骨度篇など)。
 『霊枢』経筋篇に,十二経筋の走行や,十二経筋が病んだときの症状,治療法が詳しく示されているが,そのほかにも『素問』『霊枢』のなかには経筋についての知識が散見される。
 現代の経筋の概念は,当時よりさらに幅広いものと理解されるようになっている。経筋は,筋肉だけではなく,靱帯や筋膜,骨を除いた関節,つまり骨と骨をつないでいる組織も包含するものと認識されるようになってきた。
 現代の針灸治療では,経脈学や臓腑学を重んじるあまり,身体全体を支えている筋肉や関節を含めた「経筋系統」の存在がおろそかにされてきた傾向がある。現在出版されている針灸関係の書物の大部分は,十二経脈や奇経八脈・臓腑などについて述べられている。確かに,経脈や奇経は日常の治療において大事な存在である。しかし,ある程度臨床経験を積むと,これらだけでは治せない領域があることに気づくはずである。それは経脈や奇経もまた経絡の一部分でしかないからである。先人はこの不備を補うために経筋上の治療点を「経外奇穴」として多用してきた。
 経筋学は,現代医学の「筋肉学と関節学」であると考えてよいと思う。
 一般には,針灸治療をするとき,どの経脈に異常があるのか,いわゆる「経脈の目」で人体を見ることが多い。しかし「経筋の目」を通して人体を観察すると,意外に新しい発見があり,また治療効果も高まると思う。
 
4│現代医学の筋肉解剖学の理解も必要
 『素問』『霊枢』はいつ頃,誰によって書かれたものであるかは明らかでない。しかし,当時としては経験豊かな医師たちによって書かれたものであることは確かである。
 十二経筋が存在するという発想は,非常に特異であり,これまでも進歩発展し,人々の健康のために役立ってきた。しかし,現代に生きるわれわれにとっては,現代医学の解剖学の知識もまた必要である。
 古代の『黄帝内経』に記されている治療法と現代医学の解剖学の知識を融合させ,現代に適応した経筋学を発展させるためには,筋肉のみならず神経・骨構造・各関節部の解剖学的知識も必要である。そこで,今後説明を進めて行くうえで理解を容易にするために,できるだけ筋肉解剖所見のイラストを多用することにした。
 
5│経筋学には特異な発想と治療法があり,新しい治療分野が開ける可能性がある
 経筋学の生理や病理理論,特に治療法には,現代医学がもっていない特異な発想と治療手段(刺針はもちろん,刺絡や火針など)がある。それだけに,現代人を驚かせるような治療効果を発揮することができる。
 事実,患者は「いろいろな治療を受けたが,治らないから」と,最後に針灸治療を求めて来院することが多い。このとき,経筋療法の考え方で治療すると患者も驚くような効果を得られるときがある。
 経筋学は,ユニークな理論をもった治療法であるがゆえに,現代医学もこれら経筋学の発想から新しいヒントを得ることができ,応用分野が開ける可能性があるように思えてならない。経筋学は,古くて新しい分野であるが,時代とともに経筋についての考え方は進歩発展している。
 今まで「経脈学」はあっても,人が歩行し運動する「経筋学」が顧みられることがあまりなかったことは,著者には不思議でならない。
 
6│現代医学もその不備を補うために,経筋病について研究し始めている
 現在,筋肉の異常に関しては主に現代医学の整形外科が治療を受けもっている。しかし,現代医学では,著者が毎日遭遇する肩こりや腰痛,そのほかの関節疾患を治せない。そのため,その不備を補うために「運動器疾患」についての学会が作られ,研究され始めている。
 このような現状からも,経筋学はきわめて身近な存在であり,現代医学の不備を補う有効な治療手段であることがわかる。今後も研究に値する分野であると思われる。
 
 本書の読者対象は,経筋学にはじめて接する鍼灸専門学校の学生や,卒業後間もない鍼灸師,針灸に興味をもつ医師の方々などである。できるだけわかりやすくするために現代口語を用い,イラストや写真を多く用いた。実用的でただちに臨床に役立つように心がけたつもりである。
 誤りもあり,ご批判もあると思われるが,この本を読まれて「経筋学」に少しでも興味をもち,さらにこれを深めてみようと向学心を燃やしてくれる同好の士の方々の刺激になれば,これ以上のよろこびはないと思っている。





●内容説明
 
 本書は,経筋学の「基礎」と「臨床」について述べた。
 「経筋学の基礎」については,「基礎篇」として,①経筋の概略,②経筋学はなぜ必要か,③経筋と経脈の相違点,④経筋の基礎的知識の4つに分けた。
 また「経筋学の臨床応用」については,「臨床篇」として,①診断法,②治療方法,③常見される経筋の異常による疾患について説明した。
 
[基礎篇]
 
1)経筋の概略
 経筋とは,どんなものかを簡単に述べた。
 
2)経筋学はなぜ必要か
経脈上の経穴だけでは治せない領域がある。そのため数多くの経外奇穴が臨床に用いられているが,それらの多くは経験的に病むことの多い部位が集約された「経筋病巣」である。また,経筋療法の1つとして特異な効果をもつものに「火針」がある。経筋学の必要性を説明する。
 
3)経筋と経脈の相違点
 十二経筋と十二経脈との相違点について説明する。
 
4)経筋の基礎的知識
①経筋系統(経筋システム)とは
 経筋は,筋肉が互いにつながった存在である。また,筋肉を取り巻く筋膜・腱・関節組織との関連性をもった「経筋系統」は,全身に分布している。経絡における経筋システムの位置を説明する。
②経筋システムの生理作用
 経筋システムは,どのような働きをしているのかを説明する。
③経筋に影響を及ぼすもの
 経筋システムは,さまざまな条件に影響され機能している。経脈・経別・皮部・臓腑・骨との関係を説明する。
④経筋病症の病因と病理のメカニズム
 経筋病巣は,どのようにして発生するのかを説明する。
⑤経筋病の症状
 経筋病の主な症状は「痛み」である。そのほかに筋肉や関節が障害される運動障害・関節痛や筋肉痛・全身倦怠感などがある。また,興味深いことに経筋病巣の異常が精神症状となって現れることがある。線維筋痛症はその代表例である。
⑥『霊枢』経筋篇による十二経筋の走行のイラスト化とそれらの病状
 『霊枢』経筋篇の十二経筋の走行を,一見して理解できるようにイラスト化して説明し,それらの病状も解説した。
⑦「十二経筋の走行」についての考察とその臨床応用
 十二経筋の走行上で,臨床に役立つと思われる部位について説明した。その際に現代人の認識に合致するよう必要な筋肉やイラストを挿入し,理解しやすいように試みた。
 また,『霊枢』経筋篇をけっしてうのみにすることなく,「十二経筋は実際に機能しているのか」も臨床的に追試し,考察を加えた。
 
[臨床篇]
 
1)診断法
 患者の訴えを聞き,触診・指圧することによって経筋病巣を触知することができる。
 『霊枢』経筋篇では,「以痛為輸」(痛いところが治療点である)といっているが,治療点は必ずしも痛いところだけではない。
 また,阿是穴と関連する「筋肉の起始部と終止部」に牽引による負荷がかかり経筋病巣が生じやすくなるので,これを「尽筋点」と呼んでいる。また,筋肉自体にも経筋病巣ができやすく,圧痛硬結となって現れることが多い。経筋病巣を作りやすい「筋肉の起始部と終止部」を理解するためには,解剖学の知識が必要である。
 
2)治療方法
 『霊枢』経筋篇では,十二経筋についてすべて「燔針(火針)せよ」と指示している。しかし実際の臨床の場では,推拿・皮内針・刺針・灸頭針・刺絡・火針などが用いられる。火針は痺症に対するラストチョイスと考えているが,火針は「陽気」を動かすのですばらしい速効効果を発揮する。
 
3)常見される経筋の異常による疾患
 関節や筋肉疾患のみならず,精神神経疾患・線維筋痛症・全身倦怠感(慢性疲労症候群)・冷え症・脳血管障害による片麻痺・筋肉の異常による原因不明の疾患など,応用範囲は広い。それぞれの治療法を具体的に説明する。
 
 

2008年11月26日

『針灸一穴療法』

 
前言
 
 古人曰く,「医における用薬は用兵の如く,病を治すは敵をおさめるが如し」。また曰く,「方は病状に応じざれば方にあらず,剤は疾病を取り除けざれば剤にあらざるなり」。針灸もまたかくの如し。針に長ずるものは,ある病症とある腧穴を対応させ,一針一穴で穴数を少なくしてその効能を集中させ,さらに手法が巧みであることから,「一針霊」の美称がある。そのため,臨床において多くの患者から心からの歓迎を受けるのである。
 私は祖国医学のなかのこの一塊の宝物をさらに深く探り出し,整理するために,先人と現代の治療家の経験を汲み取ることに全力を尽くしてきた。そして自身の臨床経験を結びつけ,ようやく特別な効能を具える腧穴による単針療法としてまとめることができた。針灸を愛好する多くの方々に本書を献呈し,さらに広い範囲で活用されることを切望している。そして祖国の針灸医学の継承・向上・発展に寄与することを願っている。
 とはいえ,レベルには限界があり,本書のなかにも遺漏や誤りがあるかもしれない。読者の方々や専門家のご斧正を乞いたい。

趙振景







はじめの言葉
 
 毎日の多忙な診療のなかで,なんとか即効性のある,できれば一針で治せるツボはないものかと,わが国や中国の針灸書を探していた。「一針霊」とか「百病一穴霊」「針灸秘穴・治百病」など,多くの針灸書が出版されている。一般に針灸書は「○○病には△△穴が効く」などと説明し,そのツボがどのような理由で効果があるのかを説明してある書物は少ない。そんななかにあって,趙振景編著『一針一穴の妙用』だけは,疾患の治療法に「主治・取穴・穴位・按語」と順次説明が施され,「按語」ではなぜこの一穴を選んだのか,著者の説明が付け加えられていた。
 
 原書の内容は簡明に書かれているが,残念ながらわが国ではほとんど見られない疾患や,使用できない治療法が説明されており,編集するにあたりこうした点については割愛した。また趙氏のあげた治療法以外にも,私が経験的に,もっと効果があると思われる治療法のある疾患については補足し,読者の日常の診療により役立つよう付け加えた。
 これらの治療法で,まずは患者の症状を和らげられるものと思われる。しかし,病気によっては根深い病因を抱えている場合もあるので,一針で解決できない場合もある。そのときは東洋医学の診断原則にのっとって判断し,より完全な治療法を見出していただきたい。読者の臨床に少しでも役立つことを願っている。

西田順天堂内科 西田皓一


 
 

2009年10月20日

『針灸三通法』


 
「賀氏三通法」というのは,『黄帝内経』を理論上の基礎として,歴代医家の思想の精髄を取り入れ,さらに著者自身の学術上の見解を融合させて,80年代に提起した針灸治療理論の学説である。著者は,50年以上にわたって医療活動に従事してきたが,岐黄宝典〔『黄帝内経』〕および歴代の医籍を研究しながら,終始一貫して臨床の実践と結びつけており,針灸理論は実践と結びついてはじめてその作用を具現化することができると考えてきた。そして,数十年の実践過程を通して,常にその成果を高め,数多くの針灸療法のなかからその精髄を取り出して,「三通法」と名づけた。すなわち,毫針を用いて刺針する「微通法」,火針・灸療法を用いる「温通法」,三稜針を用いて刺絡を行い出血させる「強通法」の3つである。
近年,この方法はますます針灸同道の方々から重視され,賛同を得るようになってきている。さらに,針灸三通法を継承・発揚し,普及させ押し広げるべく,1991年11月,「賀氏針灸三通法研究会」を発足させた。このような基礎があって,「三通法」の学術的基盤はいっそう完全なものとなった。
針灸学の貴重な遺産をいっそう発展・発揚させるために,中医の豊富な臨床経験をさらに継承し総括するために,そして臨床医師に対して,よりよく針灸の治療効果を上げられるよう指導するために,著者は『針灸三通法操作模範図説』を編纂したが,これを編纂する過程で,すでに出版されている『針灸治痛』『針具針法』『灸具灸法』などいくつかの専門書および関連する雑誌を参考にした。これは針灸教育・技術関係者・臨床各科の医師および針灸愛好者にとって重要な参考書となるであろう。

賀 普 仁

 

2010年06月04日

[チャート付]実践針灸の入門ガイド

日本語版序


 私は1980年代中頃より,北京中医薬大学において針灸の教鞭を執り,教育者として学生に対し針灸の理論および技術手順の講義を行ってきた。さらに,学生が教室における講義から現場での臨床へと,すみやかに移行できるようサポートし,患者の診察・治療という実際の業務において,彼らが中医学の針灸理論を的確かつ柔軟に運用できるよう指導してきた。
 そのなかで,針灸臨床における私自身の実践のなかから比較的有効な病例を取り上げて,教室での討論に用いることを試みてきた。各病例の弁証的思考の分析を通じ,学生が中医学における思考方法を理解・修得するためである。彼らの中医学の弁証論治および針灸治療プラン設定のレベルアップをはかることができればと願ってきた。
 この試みの結果,学生らの成長はめざましく,この指導方法は彼らからも好評であった。野口創氏(奈良・登美ヶ丘治療院 院長)は,この指導を受けた学生の1人である。さらに多くの学生がこの指導方法の恩恵を受けることができるよう,私と朱文宏氏らが共同で本書を執筆した。
 2004年から2005年の期間,私と私の同学の仲間によって,北京市など14都市99名の針灸科主治医師以上のスタッフに対し,「針灸臨床人材市場の需要に関するアンケート」を実施した。このアンケートのなかで,「針灸医師はどのような職業的資質を備えているべきか」という質問を加えたが,調査の結果,7つの職業的資質のうち「針灸の技術的能力を備えているべきである」が最も多く,「中医学的思考を備えているべきである」が2番目であることがわかった。ここからも,針灸医師にとって「針灸の技術的能力」と「中医学的思考」がたいへん重要なものであることがわかる。
 このたび,野口創氏が翻訳を担当して,『実用針灸医案表解』の日本語版が出版されることになった。私は,本書が日本の鍼灸師をめざす方々の学習をサポートするものとなることを心より願っている。と同時に,日本の多くの患者さんが彼らの針灸治療による恩恵を受けることができるよう願っている。
 最後に,読者の方々が本書を利用するにあたり,一般的な読み物としてご覧いただくほか,自己研修のための学習書として利用されることをお薦めしたい。例えば,病例に対して,中医学針灸理論の知識を応用し,まず自身で病例分析を行ったうえで,われわれが提供した病例分析の内容を参考にするという方法や,いくつかの個別の病例を先に読んだ後,再度,自身で病例分析を実施するという方法である。すでに中医学の弁証法と針灸の診察・治療について基本的な知識を備えた学生であれば,10から20の病例の分析トレーニングを行うことで,比較的正確な分析を行うことができるようになるだろう。

朱 江
  2010年1月26日 北京にて

 

2010年12月14日

中医鍼灸、そこが知りたい

 はじめに
 
 十三年前、東洋学術出版社社長・山本勝曠氏に新宿の喫茶店に呼び出され、季刊誌『中医臨床』への連載依頼を受ける。
 表裏ふたつのお題を頂戴する。表の顔は「初級者のレベルアップ」であり、裏の課題として「教科書中医学の打破」が与えられる。
 汗をかきながら真剣に語る山本社長の顔が非常に遠くに見えたことを鮮明に記憶する。
 他誌に連載をもっていたとはいえ、三十代の半ばの奴がやる仕事としてはいささか荷が重く、他に適任者がごまんといるだろうにという思いが強くある。まだまだ顔じゃない私で大丈夫なのだろうか? という心境であった。
 当時、編集部にいた戴昭宇氏(現・東京有明医療大学助教授)の強い推薦もあり、引ける状況にはなく渋々承諾はする。ただ「教科書中医学の打破」という難問は、器を超えた課題と自覚するため、不安が先行する形でのスタートとなった。
 当時は中医鍼灸の定着期である。導入期ではないにせよ、まだまだ中医鍼灸と他流派の比較論が花盛りで、色々な場所に出向いては言語規定の明確さや中医の論理性の高さなどを伝えなければならない。端から喧嘩を仕掛けてくる者もいる。二、三度攻撃されれば、鈍い筆者であっても相手の意図が読めてくる。
 そんななかで生まれたのが「教科書中医学」という造語である。誰が言い出したかは定かではないが、理屈ばかりで腹の上で臨床をしていないという批判を端的に言い表した言葉がこの「教科書中医学」であった。
 自身、教科書中医学といわれても、患者のからだに聞かない臨床などあるわけがないと思っており、どうしてそう言われるのかな? と不思議で、せいぜい論理性が高いぶん、技術ウェートが低くても成り立ちやすいというくらいの認識でしかない。これでは打破するための戦略・戦術など立てようがない。
 連載途中で、定着期の常である初級レベルの者が圧倒的多数を占め、中級以上あるいは教育者が極めて少ないことに由来する一時現象であると気づく。過渡期という言葉が最も適当といえようか。人口比率に喩えれば、若者が多く、中年以降は少ないのと同じであり、時間とともに死語になるだろうと予測し、気持ちがずいぶん楽になる。
 新しい学問は導入、定着、発展、継承という順で進む。近代で伝統医学の断絶がある以上、現代中医学は新しい学問として導入されることになる。個人としては入門、初級、中級、上級の道を歩む。
 当時、初級を三歩出て、中級に片手が届くかどうかという時期にあるという明確な自覚を持つ。
 ならば自身がやってきたことを整理し伝え、皆で中級に行きましょうという姿勢に立てば、表裏両課題が一挙に解決すると考えた。
 もちろん個の力はたかが知れている。そういう意識をもった仲間を増やせば加速度が増すとも考え、七人の志を同じくする者と三旗塾を立ち上げる。
 折しも立ち上げて十年の節目を迎えた今年、現編集長・井ノ上匠氏から修正を加え出版するという話しをいただく。忘れずに読み返してくださったことに感謝の意の表す次第である。
 
   二〇一〇年十一月 

2012年05月15日

『運動器疾患の針灸治療』

はじめに


  下記の事項を伝えるために本書を記した。


1.運動器とは,東洋医学でいう「経筋」のことである
  現代医学でいう運動器とは,骨・関節・筋・靱帯・神経といった人間の身体を支え,動かす役割をする組織・器官のことである。運動器とは東洋医学における経筋のことであり,経筋のラインと病変・治療法については,すでに紀元前に『霊枢』経筋篇のなかに書かれている。
  経筋とは,人体に十二ある縦の筋のことである。「経」とは,たて糸のことであり,縦につながっているという意味がある。東洋医学では,十二経筋は機能的につながっていると考えられており,この経筋ラインを利用して治療に応用してみると実際に機能していることがわかる。


2.運動器疾患には針灸治療が最も効果がある
  運動器疾患は被患頻度が高く,日常診療で遭遇することが最も多い。現代医学の鎮痛薬や局所注射より針灸治療のほうが効果がある。その証拠に,多くの患者は「整形外科や外科で,いろいろな検査や治療を受けたが治らないから……」と,内科の筆者のところに針灸治療を求めて来院する。


3.針灸治療で運動器症候群による「寝たきり」を予防できる
  運動器が障害されると,腰痛や膝関節痛などを引き起こし日常の動作が障害されることが多い。その結果,運動器疾患を起こし,運動器症候群(locomotive syndrome)と呼ばれる状態になる。つまり,足腰の痛みのために運動障害を来し,ついには寝たきり(図1)になるのである。
  現在,わが国は高齢社会を迎えた。多くの人々がなんらかの運動器疾患を抱えそれぞれの生涯を終えてゆく。加齢に伴う運動器疾患は針灸治療によって治療することができる。だからこそ,すべての人々のために針灸治療は役立つのである。


4.早期の針灸治療によって治療費を削減できるので,医療経済効果は高い
  厚生労働省の調査(図2)によれば,日本国民のなかで最も多い症状は,腰痛・肩こり・関節痛である。これらはすべて運動器疾患である。つまり,わが国の多くの人々は,運動器の病気(=経筋病)で最も悩んでいるということである。
  針灸治療によって,患者の抱える苦痛を早く取り去ることができれば,患者のドクターショッピングを防ぎ,治療費の削減につながる。運動器疾患に針灸治療を取り入れると,医療経済効果は高い。


5.針灸治療は,あらゆる部位の捻挫・打撲・筋肉痛などのスポーツ傷害にも効果がある
  本書は,現代医の観点からみた東洋医学の説明である。医師にとっては目新しい言葉が出てくるかもしれないが,治療に際しては,現代医学の病名にこだわることなく,東洋医学から得られた情報に従って治療していただきたい。
  医師にとっては,東洋医学の診断方法や経絡,特に十二経脈についての知識を学ぶことが必要である。
  最初は,経絡の構造や穴位の位置などに当惑するかもしれないが,東洋医学の解説書(参考文献1,2など)を参考にすると理解しやすいと思われる。


  東洋医学の教育を受けている鍼灸師にとっては,すでにご承知の知識かもしれないが,本書に示すのが現代医からみた東洋医学の特徴である。
  本書では刺絡についても記載している。鍼灸師は,下記の根拠により法的にも刺絡を行える。


●鍼灸師の行う刺絡療法は合法的である
  「日本刺絡学会」発足のきっかけになった出来事がある(参考文献3)。それは,昭和62年8月,栃木県鍼灸師会会長・福島慎氏が,「三稜針による瀉血治療は医師法違反である」として宇都宮中央警察署に家宅捜査を受けたことに始まる。しかし福島氏は,「刺絡は鍼灸師の業務範囲であり,医師法違反ではない」と反論主張した。
  その結果,昭和63年11月,検察側が「公訴を提起しない」,すなわち「裁判を止める」と決定したことから,「刺絡療法の正当性」が示された。つまり,鍼灸師が刺絡を行うことは合法的であるとみなされたのである。
  最初は「全国刺絡問題懇活会」として平成4年3月に発足し,平成6年に「日本刺絡学会」と改名した(参考文献3)。現在,日本刺絡学会は,東京と大阪で交互に定期的に学術大会を開催しており,その間,刺絡の講習会も定期的に実施している。こうした活動は,鍼灸師が刺絡の技術力を向上させるために役立っている。
  なお現在では,針灸の一部の教育機関においても刺絡は講義されている(参考文献4)。

2013年03月11日

『[詳解]針灸要穴辞典』 推薦の序

推薦の序


 臨床の幅を広げたい臨床家,臨床力を向上させたい臨床家にとって待望の書,必見の書がここに出版されることとなった。治療目的に応じて要穴をいかに臨機応変に使いこなすかが,臨床効果をあげるうえでは大きな鍵の1つとなる。つまり要穴について深く理解し応用する力を身につけることが,臨床力の向上に直接つながるのである。
 本書の大きな特徴は,五兪穴・五要穴・八会穴・下合穴・八脈交会穴・交会穴について,それぞれの理論的基礎と臨床応用が紹介され,さらに要穴の各論として一つひとつの要穴について効能・主治症・配穴応用・手技の操作法・注意事項・古典抜粋・現代研究の内容が詳細に紹介されていることにある。文字通り,要穴についてここまで詳しく解説している専門書は,日本では皆無であろう。
 弁証選穴による効能,循経選穴による効能,局所選穴による効能をそれぞれ提示することにより,各要穴の主治症との関連性をみて取ることができるのも本書の大きな特徴であり,これらは日々の臨床に大いに役立つことであろう。また日本ではあまり臨床で用いられていない八脈交会穴を使った臨床応用,とりわけ交会穴を使った臨床応用を身につけることができれば,誰でもいっそう臨床の幅を広げられることは非常に魅力的である。ここまで詳細に交会穴の臨床応用について紹介している類似書はおそらく中国でもないであろう。
 本書は針灸を学ぶ学生たちにとっても待望の書ということができる。学校ではカリキュラム上,どうしても時間的な制約があるため,要穴についてはガイダンス的な紹介となっているケースが多くみられる。自分たちの学んでいる「要穴表」がたんなる暗記のためのものではなく,臨床上どのように役立つのかを知りたがっている学生を私は全国で多く見てきたが,これは中国の学生たちにとっても同様である。
 本書の著者である趙吉平先生は,北京中医薬大学附属病院という臨床現場の第一線で責任者の一人として活躍されているだけでなく,これまで臨床教育の分野でも長年にわたって非常に情熱を捧げてこられた先生である。学生たちのこういった臨床的な問題意識に応えるためにも本書の必要性を最も痛感されていたのは,他でもない趙吉平先生自身であろう。
 本書は中国の臨床家・学生のニーズに応えるために著されたものであるが,日本の臨床家・学生のニーズにも十分に応えてくれることであろう。それは24年前に後藤学園に教員交流という形で1年間留学をされ,その後も日本と中国の針灸学術交流に携わることによって,日本の針灸教育事情や臨床事情にも精通されている趙吉平先生だからこそ成し得たことだと思われる。共通の恩師である故・楊甲三教授の教えを継承し,また多くの老中医を師とあおぎ,さらにご自身の臨床経験と臨床教育経験を体系的にまとめあげた趙吉平先生を心より敬服いたします。
 中国の先人たちが中国伝統医学の継承をベースとして発展させてきた針灸弁証論治システムの充実化をはかるうえでは,今日にいたるまで臨床サイドでの結果が非常に重視されてきた。その臨床結果をふまえて著された本書が,中国針灸学の体系的な飛躍の礎とならんことを心より期待する。また臨床の幅を広げ臨床力を向上させたい諸先生方,要穴学習のレベルアップをはかりたい多くの学生たちが,本書を座右の書として活用されんことを心より期待する。最後に,本書を推薦できる機会を与えていただいた東洋学術出版社の井ノ上匠社長に,心より感謝を申し上げる。

学校法人後藤学園中医学研究所所長

兵頭 明

2013年03月21日

『[詳解]針灸要穴辞典』日本語版序

日本語版序


 針灸治療を行うには,理・法・方・穴・術が一体となって完備されていなければならない。なかでも「穴」は理・法・方・術のすべてを左右するので,最も重要であると思われる。腧穴の帰経・位置・解剖学的構造を把握し,その生理的特性・治療作用を理解しなければ,針灸理論の柔軟な応用,治療における法の活用,合理的な選穴による処方の組み立て,針灸器具の適切な選択による施術などを行うことはできない。したがって,腧穴理論に習熟することは,針灸による診断治療にとって不可欠である。
 要穴は,十四経穴の中軸でありすべての腧穴の真髄であり,その理論は深淵で主治作用が独特なので,古来より研究する者が多く,臨床における応用範囲も極めて広い。
 著者である趙吉平は,1983年に大学を卒業すると,北京中医薬大学東直門医院針灸科に勤務した。そこでの30年間に及ぶ学習・業務・成長の過程で,幸運にも楊甲三,姜揖君,李鳳萍,李学武,張国瑞,耿恩広,何樹槐ら,科内の恩師たちの薫陶を受け,また北京内外の賀普仁,張世傑,周徳安,盛若燦,高維濱らに教えを受け,さらには李鼎,邱茂良,李世珍,于書庄ら大家の針灸専門書や,王楽亭,承淡安ら大家による関連する学術経験書などを読みあさって深く啓発されたことで,各針灸大家がいかに要穴を重視しているかを痛感することができた。なかでも,楊甲三,姜揖君老先生には,数年間診察に立ち会わせていただいたが,楊先生の腧穴に関する造詣の深さは国中に名を馳せ,姜先生の八脈交会穴の活用法は大いに称賛されており,趙吉平自身の要穴使用に強い影響を与えている。
 もう一人の著者である王燕平博士は,耿恩広教授の教えを受け,卒業後は北京中医薬大学針灸推拿学院針灸臨床系で教鞭を執るとともに,要穴の研究と応用に没頭した。


 長年にわたる鋭意学習とその臨床における治験とを通し,私たちはしだいに知識を蓄積していった。趙吉平がかつて執筆した「要穴解説」が,1991~1993年に日本の雑誌『中医臨床』に連載され好評を博したが,その後内容を大幅に補足・整理して,『針灸特定穴的理論与臨床』として編集された。これが1998年科学技術文献出版社から第1版として出版されたのだが,購入するのは針灸関係者が多く,大学の針灸科の教師,研究生,臨床医がほとんどであった。その後改訂を経て2005年に再版(第2版)され,広範な読者からの評価に励まされ,2006年『針灸特定穴詳解』として「国家科学技術学術著作出版基金」プロジェクトに申請したところ,幸運にも援助を受けることができた。このプロジェクトは,1997年以降毎年1回全国規模で選考が行われ,自然科学や技術科学分野の優秀かつ重要な学術著作を出版するための援助に用いられる。その年援助を獲得した64冊の著作のうち,医学関係の書籍は16冊だったが,中薬の専門書以外では,中医関係の書籍は『針灸特定穴詳解』のみであった。いかに高い評価を受けたかがわかる。私たちは過分な評価に戸惑ったものの,寸暇を惜しんで内容と形式とをさらに補充・完成させたうえで,2009年に出版する運びとなった。
 30余万字に及ぶ本書は,10種類の要穴を9章にわたって叙述しているが,各章はさらに総論と各論の2つのパートに分かれている。総論は,おもに概説・理論的根拠・臨床応用・現代研究などからなっているが,そのなかでも各種要穴の理論に関する説明と,臨床応用に関する概説が本書のポイントである。各論では,各要穴を別名・出典・穴名解説・分類・位置・解剖・効能・主治症・配穴・手技・注意事項・古典抜粋・現代研究などの13項目に分けて詳細に説明している。そのなかでも,腧穴の効能・主治症・配穴が本書のポイントであり,その目的は,各要穴の主治作用上の特徴を明らかにすることにある。効能については,その腧穴と臓腑経絡との関係や穴性の特徴から分析を進め,主治症については系統的に帰納しており,理論性を重視するとともに臨床に則したものになっている。また他に,各腧穴の刺針法・施灸法についても紹介している。
 編集にあたっては,内容の充実,詳細かつ簡潔な説明,優先度の明確化,わかりやすい表現,学習の利便性を追求し,理論と実践の融合を重視したが,腧穴理論は深淵かつ豊富であり,筆者の力では至らぬ点も多いと思われるので,読者諸氏のご批判を待つものである。
 また本書では,出版および公開された数多くの書籍・文章を参考にさせていただいており,針灸に携わる各賢人たちにここに謹んで心よりの謝意を表したい。

趙吉平  王燕平

2012年12月 北京中医薬大学にて

『[詳解]針灸要穴辞典』本書を読むにあたって

本書を読むにあたって


 本書は,趙吉平・王燕平編著『針灸特定穴詳解』(科学技術文献出版社,2009年刊)を底本として翻訳したものである。

 要穴とは,十二経脈や奇経八脈に属する,特有の作用をもつ腧穴のことである。中国では「特定穴」と呼ばれる。古来よりその応用が重視されており,歴代針灸医家によって研究され,応用拡大がなされてきた。要穴の理解を深め,臨機応変に活用することは,針灸の臨床効果をあげるうえでは欠かせない。
 本書では,10種類ある要穴を9つの章に分け,さらに各章を「総論」と「各論」に分けて詳説している。
・「総論」は,概説・理論的根拠・臨床応用・現代研究に分かれるが,そのうち各要穴に関する理論的説明と臨床応用とが本書の重点項目である。
・「各論」は,別名・出典・穴名解説・分類・位置・解剖・効能・主治症・配穴・手技・注意事項・古典抜粋・現代研究の項目に分けて解説しているが,そのうち効能と主治症が本書の重点項目である。効能は,各腧穴と臓腑との関係,各腧穴の穴性などから分析し,主治作用の特徴を明確にしている。主治症は,臨床に活用しやすいよう系統的に分類している。


 なお,以下に本書の表記について補足しておく。


・『各論』の「主治症」で,と記されているものは西洋病名を指している。


・経脈の国際表記の略字は,東洋療法学校協会編『経絡経穴概論』の記述に合わせて,下記の経脈の記載を変更した。
  手の少陽三焦経 SJ → TE
  任脈 RN → CV
  督脈 DU → GV


・本文中( )で表記しているものは原文注であり,〔 〕で表記しているものおよびアステリスク(*)を付けて巻末にまとめているものは訳者注である。

(編集部)

2013年05月09日

『朱氏頭皮針[改訂版]』

改訂版 まえがき


 宇宙のあらゆる生物には生存と種繁栄の本能がある。そのため自己治癒力と環境に適応する能力を備えており,人間はその能力が特に強い。このことは古代中国の「天人合一」の全体観のなかにすでに把握されていた。
 世界には,西洋医学と中国医学の2つの大きな医学があり,その発祥と発展の違いによって,それぞれ異なる特徴と長所がある。しかし,近年情報の迅速化が急速に進み,すべての物事の交流と融合により単一で純粋な文化は打ち破られ,医学もその例外ではなくなった。中国医学は早くから西洋医学の知識や診断をとりいれ,西洋医学も中国医学の深い経験を受け入れるようになった。今後,現代医学の検査や治療を拒否する中医学,また物理的な検査や治療だけにこだわる西洋医学は完全な医学とは認められず,中西医結合の医学がますます求められていく時代になることは間違いない。
 「朱氏頭皮針」は中医学を核心とし,西洋医学の補佐により開発された優れた治療法である。その特徴は,疼痛全般,慢性疾患や麻痺のみならず,救急,急性の症状,重症,難治性の病気などにも適応し,即効性があり,また針と消毒さえあれば,どのような時,どのような場所でも行える治療法である。
 1987年の世界針灸連合学術大会で,筆者は頭皮針を使い,歩行困難な急性脳卒中患者を車イスから立ち上がらせ,歩かせた。その頭皮針効果の驚きは世界を駆け巡り,アメリカ,日本,香港,台湾,シンガポール,フィリピンなどから講演と治療を求められ,朱氏頭皮針は「針灸医学の第二次革命」「朱明清旋風」と称されるほど話題になった。
 「朱氏頭皮針」の初稿は1984年に書き始め,当時は浙江省の頭皮針学習教書として用いた。その後も臨床実践と研究により補充を続け,1987年に第一稿が完成した。しかし,当時の中国国内事情により出版できず,1989年9月に日本の東洋学術出版社の熱誠により「朱氏頭皮針」がはじめて出版されることになり,世界に朱氏頭皮針を広める先駆けとなった。
 しかし,初版「朱氏頭皮針」からすでに23年が経過し,その間も臨床経験と研究を積み重ねた結果,朱氏頭皮針はさらに大きく進化している。その最大の変化は治療帯を治療区に変えたことである。これにより,刺針場所がより選定しやすくなり,複雑な操作手技も行いやすくなり,また中医弁証による選区も明確になった。この改訂版は筆者の針灸臨床50年の経験を総括したものであり,総論も大幅に書き換えた。治療区の定位,効能を詳細に記し,また治療のメカニズムについて論考し,治療効果を高める導引については今までになく具体的に論述して「朱氏頭皮針」をより完全なものに紹介できたと確信している。
 針灸は今や人類にとって重要な治療の一部である。針灸は臨床効果が魂であり,これは朱氏頭皮針の魂でもある。本書で紹介した内容は,すべて臨床の実践証明を通しており,これに針灸の発展向上をめざす人々が自らの臨床経験を加えてさらに朱氏頭皮針を発展させ,世の中の多くの人々に幸福をもたらしていくことを切に祈っている。

  2013年3月
 朱明清  


初版 まえがき


 朱氏頭皮針はまたの名を頭穴透刺療法ともいい,頭部有髪部位にある特定の経穴透刺治療帯に針を刺すことによって全身の疾病を治療する専門療法のひとつである。いわゆる微刺療法〔特定の局所に刺針して全身の疾患を治療する刺針法〕の範疇に属している。
 この治療法は著者が中国伝統医学の理論をもとに,臓腑・経絡学説を基礎として,長期にわたる臨床実践と万を数える症例の治療経験を経て,それらを総括して作り上げたものである。
 著者は頭部有髪部位の経絡・経穴の分布と全身の肢体・臓腑・五官七竅とのあいだにある密接な関係に基づいて経穴透刺治療帯を確定した。また伝統的な刺針手法と『内経』にみえる手法の基礎の上に,「頭部の経穴には浅利,透刺を行うべし」という原則を結びつけ,頭穴の透刺に独特な操作法を編み出して用いている。これが「抽気法」と「進気法」である。さらに各病症に応じて適切な導引法,吐納法などを組み合わせ患者に行わせることで,ほぼ完璧な治療法となり,疾病の予防と治療という目的にかなうものとなった。こうして独自の風格を備えた「朱氏頭皮針」が形成されたのである。
 本治療法は適応範囲が広く,安全かつ有効で,しかも効果が早くて確実に現れるにもかかわらず副作用がないのを特徴とする。治療帯はかなり覚えやすいし,刺針及び操作は時間や場所,気候,環境,さらに体位による影響を受けない。また重篤症,急性症,マヒ,疼痛症に対して著効が現れるが,臨床所見に悪影響を与えることがないので,患者を危険な状態から救って延命の手助けをすることができる。このため医師と患者から非常に歓迎されている。つまりこの治療法は,中国医薬学の宝庫のなかの貴重な遺産のひとつであるとともに,従来の針灸医術には登場しなかったまったく新しい創造ということができると考えている。
 本書の内容は大きく総論と各論の二つによって構成されている。まず総論では頭皮針療法の起源とその発展について簡単に述べたあと,朱氏頭皮針の治療帯の位置とその主治および臨床治療を説明する。さらに治療帯と伝統的な経穴との関係,また朱氏頭皮針療法の基礎についても述べる。各論では特に急性症と系統別疾患の治療を紹介する。最後に症例を付して参考に供することにした。
 頭皮針療法は今まさに発展段階にあり,始まったばかりであって,その作用原理や臨床治療などの面で,今後一層の探索と研究がなされなければならない。したがって本書の出版が引き金となって西洋医,中医,中西医結合医及び医療・教育・科学研究にたずさわる人々が臨床や教育の現場でこれを参考とし,また応用してくださるようになれば幸いである。さらには今後それぞれが協力しあって頭皮針療法を研究し,これをしっかりとした体系をもった確固とした専門療法として確立させて,人類のための医療事業として役立てることができるようになることを,心から願っている次第である。

朱明清・彭芝芸 
   1989年1月 中国・北京にて  

2013年09月02日

『絵で見る経筋治療』

 
程 序
 
 私が『霊枢』『素問』を閲読するたびに強く思うのは,古代から9種の針法があるが,現代ではその多くが不完全な状態であるということだ。幸い,薜立功氏は温故知新の精神から『霊枢』『素問』の研究・読書を重ね,九針法の意義を唱え,長針や円針を規定し,また『中国経筋学』を著して,「解結針法」〔経絡の圧迫を弛緩させる針法〕に再び光りを当てた。天宝7載(748年)以降,経筋理論に中国伝統の精神を深く取り入れて海外に伝播させ,その理論を駆使してどのような頑固な痛みに対しても多くの効果をもたらしている。現在,経筋の研究は盛んになり,その研究者たちも優秀になってきている。その精華を汲み上げ糟粕を捨て去り,規範や基準を創造することを期待したい。
 そしていま,劉春山先生は中国医学の継承・発揚・整理・向上を目的として,『黄帝内経』の原書を掘り起こし,臨床実践を出発点として,縦軸を中医学の経筋学に,横軸を現代医学の解剖学として中医学と西洋医学を結合した『人体経筋地図』を著した。
 本書は図表が豊富で,理論と実践が融合している。学ぶ者にとっては「按図索駿」〔手がかりを頼りに駿馬を探す〕の基準となる。たいへん喜ばしいことであることを序文の言葉に代えたい。
 

中国工程院院士
中国針灸学会副会長
程辛農







呉 序
 
 本書は著者の20余年に及ぶ針灸・針刀・微創医療〔マイクロサポートサイエンティフィック〕・推拿の経験に,『黄帝内経』の理論を加えたものである。経筋と関係の深い「横絡」「筋結点」等に対する見方の突破をはかり,実践における体得から,経筋の循行と局所解剖の考えを提示している。特に称賛に価するのは著者が経筋理論と,現代医学の神経・血管・筋肉・骨格などの関連知識を密接に融合し,伝統的な経筋理論を視覚的・直感的・具体的・科学的なものへと引きあげていることである。
 本書の著作方法は斬新で,図や説明文に重きをおいている。図が豊富であるだけでなく,言葉によって図を解説しているため言葉と図が相互に影響しあい,抽象的な経筋理論を具体的で生き生きとした表現方法で描写しており,読者にとって理解しやすいものとなっている。
 なお本書は,中医針灸・推拿・針刀・微創医療・骨傷などの専門家や,中医臨床学科の学習,参考に活用できるだけでなく,さらに多くの中医愛好者にとっても臨床的に価値ある一冊となっている。この本は実用的な辞典として収蔵すべきである。
 この本の出版によって,中医針灸学における経筋病の臨床応用と研究にとって有益な一助になると信じている。
 

中国中医科学院教授,主任医師,博士生指導教員
中央保健会診療専門家
中国針灸学会経筋分会副主任委員
中国針灸学会針灸灸法分会副主任委員
呉中韓
丑年の冬,中国中医研究院


 
 

2014年03月04日

問診のすすめ―中医診断力を高める

序にかえて― 問診から始めよう


 中医学では四診合弁を重要視する。四診をフル活用し総合的に診断せよ,という意味である。総合的といっても,それぞれの診断法が同じ立ち位置にいるわけではない。また,同じ構造を有するわけでもない。
 考えてみれば道理であるが,四診のうち問診のみ異なる特徴を有する。その特徴をひと言でいえば,言語往来の原則に尽きる。問いに対して相手が答えるという,いわばキャッチボール式の情報収集法である。
 この相互性は,ほかの三診にみられない特徴である。問診以外の診断法,たとえば脈診や舌診などは,術者のもつ理論で相手の情報を汲み上げている。当然ながら,理論が稚拙だと情報を収集することができない。
 その点,問診は術者自身の学識の高さを問われない。何とありがたいことか,初学者が主体とする情報収集法としてはうってつけではないか。もちろん,問診それ自体の作法や,相手への説明力などの諸問題が内在し,中医用語と日常用語との乖離を埋める力,言葉の行間を読む力,瞬時に相手の思いを察する力などは不可欠であろう。研修生や学生に接していると,カルテを取るという作業に没頭するあまり,患者の話を聞き漏らすという事象にたびたび遭遇する。
 自らの努力で知り得た理論や知識が,問診の稚拙さゆえに活かされないケースを見るのは余りに忍びない。これが本書を手がけた動機である。
 特に自覚症状・既往歴・家族歴などにおいては問診の独壇場であり,問診レベルの向上により,本人のもつ諸知識に統一感が生まれ,飛躍的に弁証力が上がることもまれではない。
 『素問』徴四失論に「病を診るにその始め,憂患飲食の失節,起居の過度,あるいは毒に傷(やぶ)らるるを問はず,此を言ふを先にせず,卒(には)かに寸口を持つ,何(なん)ぞ病能く中(あた)らん」(病気を診断するのに,その発症時期,悩み苦しみ,飲食の状態,生活のリズム,あるいは中毒ではないかなどを聞かずに,問診に先んじて脈診をとる。こんなことで,どうして正しい診断ができるだろうか!)という下りがある。
 本書はこの精神に即しながら,「いかにして問診レベルを上げるか」をテーマとした。これは人見知りで,頭の回転の遅い筆者の課題であった。
 今回,過去に習ったこと,感じたことを思い出しながら整理した。幸いなことに,家内邱紅梅(きゅう こう ばい)から意見をもらう。第5章および第6章ジョイント問診の項では,本当にジョイント(共同執筆)してくれた。夫婦をやって20年以上経つが,はじめてのジョイントではないだろうか。愚鈍な筆者から見ると才女すぎて「歩く中医書」に見える家内であるが,義父邱徳錦(小児科医)から受け継いだ「常に何事にも全力を尽くしなさい」という言葉を大事に守っている姿勢には,人として頭を垂れるしかない。妊娠年齢の平均が40歳を優に超える臨床歴を多数もつ助っ人の参入は心強い。
 全体を通してみると,中医用語にどこまで統一感をもたせるかに難儀した。極力,初学者がわかりやすいように平明な中医学用語を心がける。病理に関しては最も適当と思われる語句を選択し,証名に関しても気血津液弁証,経絡弁証,臓腑弁証,病邪弁証内にとどめ,六経弁証,衛気営血弁証などは後ろに括弧付けする。
 最後に,頭の回転以上に筆の遅い筆者と飽きずにお付き合い下さった東洋学術出版社 井ノ上匠社長,編集に尽力下さった桑名恵以子様,校正に関するご助言をいただいた三旗塾前橋倶楽部代表 北上貴史先生,三旗塾 松浦由記絵先生,山口恵美先生および河本独生先生には,この序文をもって御礼の言葉に代えさせていただくこととする。

2014年3月
金子 朝彦

2014年05月08日

『針灸治療大全』

 


 針灸が中国に誕生してからすでに4,5千年の時が流れ,今では中国医学の貴重な財産として重要な位置を占めている。この40年余りというもの針灸学は空前の発展を遂げ,その臨床研究・実験研究・文献研究・針灸教育の深化・発展につれ,世界中の医学者の注目を集めている。おおまかな統計によれば,1975年から今に至るまで,120余カ国の千人単位の医師が相前後して中国を訪れ,針灸を学習しているという。そして彼らが帰国したのち,習得した理論・知識・操作技術を臨床実践することで,各国の医療保健事業におおいに寄与してきた。針灸医学は,これらの国の医学の一部としてすでに確立されているのである。
 1989年10月30日から11月3日まで,WHOはジュネーブにおいて国際標準針灸穴名科学組会議を招集したが,審議の結果WHOアジア地域の推薦する「標準針灸穴名方案」を「国際標準針灸穴名方案」として採択し,それによって針灸医学を全世界にさらに普及させ発展させるための道筋を示した。
 張文進先生は中医針灸の教学と臨床の第一線において長年活躍し,臨床に力を尽くし,適応症の範囲拡大に努力し,各分野における適応症の治療効果向上に努めてこられた。その適応症に関する厖大な治験例を収集整理したうえで編纂・出版された本書は,針灸に携わるものにとって,実践的な針灸処方を提供する貴重な参考書となるだろう。簡単ながら以上をもって序とさせていただきたいと思う。


1999年1月19日 中国中医研究院針灸研究所にて 王徳深





 内科・外科・婦人科・小児科・男性科・五官科などいずれの科の疾病に対しても,針灸治療の効果が迅速で良好であることは,歴代医学者の多くの貴重な経験によっても明らかである。
 ただ残念なことには,いくら治療効果が優れていても,古代から今に至るまでの医籍の中でその治療法が論じられたことはなかった。ある特定の著書がある特定の病症についての治療法を論じたとしても,弁証分型や補瀉法があいまいなのでは,追随のしようがないではないか。
 張文進先生は長年中医針灸の臨床と教学に携わってこられ,臨床経験が豊富で理論面でも卓越している。特に申し上げたいのは,先生が20年余りの間針灸の治療範囲を拡大するための研究に全精力を傾けてきたということである。どんな病症に対しても中薬治療と同じように厳密な弁証による選穴治療を施し,数多くの病人を治癒させることで,それまでの文献には記載されていなかった厖大な治療経験を蓄積してこられた。この『五百病症針灸弁証論治験方』は,歴代医学者の治療経験を先生が長年の臨床を通して検証・総括したうえで,針灸の治療範囲を拡大するために刻苦勉励してきた先生独自の研究の結晶を付け加えている。本書に収載された各科病症は合計で548種類あり,国内外を含めた書籍のなかでも現時点で最多となっており,空白となっていた2百余種の病症の針灸治療を補填している。各病症に対しては,病因病機,弁証,処方・手技,処方解説,治療効果の順に詳細かつ簡潔な説明が加えられている。
 すなわち本書は,学術的にも実用面でも非常に価値のある参考書であるといえ,本書が上梓されたことは,針灸の臨床・教学および科学研究に携わるものや,医学院の学生,自主学習する者達にとって,おおいに裨益するものである。


1999年7月 河南省中医研究院にて 畢福高




まえがき


 内科・外科・婦人科・小児科・男性科・五官科などのさまざまな病症に対する針灸治療の効果はきわめて高いが,歴代の針灸文献で論じられているのは,それらの病症のうちのほんの一部に過ぎない。現在,高等中医院校の針灸専門教材である『針灸治療学』に収載されている病症はわずか111種類のみであり,現時点で収載数が最も多い『中国針灸治療学』でさえもわずか270種類余りである。またある特定の文献がある特定の病症に対する選穴を論じていたとしても,弁証分型があいまいで補瀉法がはっきりしないのでは,あまり実用的とはいえないだろう。
 20世紀60年代末,辺鄙な農村だった筆者の故郷では,まだとても貧しく医師や医薬品にも事欠くありさまだったので,病気になってもお金がなくて治療を受けられなかったり治療が後手に回ったりしたものだった。筆者の母親は肺結核を患ったが,すぐに有効な治療を受けることができずに亡くなった。新婚間もない妻は慢性腎炎を患い,地方政府から救済の手をさしのべられたものの焼け石に水で,正規の薬物による治療を受けることができなかったために病状は日に日に悪化していった。当時の社会では「1本の銀針で百病を治療する」ということが提唱されていたので,筆者にはいくらか針灸についての理解があったうえに苦境に立たされたことから,自らも針灸の臨床研究に携わり針灸学を習得しようと決意した。費用がかからないかわずかの費用だけで病気を治すことができるこのような療法を用いて,多くの病人,特に貧困のために治療が受けられない病人の病苦を取り除こうと決意したのである。そして筆者は1969年から針灸の臨床に携わり,大衆の疾病を治療するための無料の奉仕治療を始めた。満足できる治療効果をあげ,できるだけ多くの病人の病苦を取り除くために,古今の中医・針灸書籍を渉猟して研究し,歴代医学者の優れた点を取り入れながら,歴代文献にすでに治療法が記載されている疾病を治療すると同時に,治療範囲を広げるための研究に没頭し,まだ治療法が記載されていないどのような病症に対しても,中薬治療と同じように厳密に弁証し,病因・病変部位・関連する臓腑および経絡などをもとにして選穴処方するとともに,最適の補瀉法や置針時間等の探究に力を注いだ。臨床研究の結果は,はたして意図していたとおりのものであった。歴代文献に記載されていない病症は非常に多かったが,真摯に診断し正確に弁証をしたうえで治療をすれば,有効率はほぼ100%であり,大多数の症例の治療効果は非常に高く,中薬や西洋薬で長年治らなかった難病でさえも治癒させることができた。無料のボランティア治療であるうえに治療効果も良かったために,訪れる病人は跡を絶たず,毎日延べ30人以上,ときには60人以上に達する日も多かった。1970~1992年の23年間で,治療を受けた病人は合計で延べ約30万人以上に及んだ。臨床においては,治療法が記載されていない病症について特に注意を払い,時宜を逃さず治療するとともに観察分析した。ゆえあって診療室に来られない患者には,治療および観察を中断させないために,たとえ仕事が深夜に及んだとしても,またときには自らが病気になったときでさえも,患家を訪れ治療を続けた……20年一日のごとくこのように針灸の臨床研究と治療範囲を拡大するための研究を重ねた結果,幾多の患者が治癒すると同時に,筆者自身も歴代文献に記載のない病症についての大量の治療経験と教訓を得ることができた。1992年8月の初めまでの統計では,筆者が治療した病症は560余種に達し,そのうち治療法が記載されていない病症は200余種に及んでおり,大量の針灸処方を蓄積することができた。
 このように,針灸で弁証論治治療をすれば優れた効果が得られるにもかかわらず,歴代文献には取り上げられていない病症は非常に多い。そのような状況下でも,針灸に携わる優秀な同僚たちは,「弁証論治」こそが中医の「神髄」であり,中薬治療においてもそうであり,針灸治療においても同様であることを知っており,治療法が記載されていない病症に遭遇したときには,中医の基準に従って厳密に弁証し,病因や病変部位の寒・熱・虚・実や関連臓腑・経絡をはっきりさせたうえで腧穴を選択し最適の方法で治療しているので,自然に高い効果が得られている。しかし大多数を占めるレベルのあまり高くない鍼灸師たちが治療法のない病症に出遭ったときには,打つ手がなく治療をあきらめているというのが現状である。これは,針灸によってできるだけ多くの患者の病苦を取り除きたいという目標を実現するうえでは,非常に大きな障害となっている。
 このような状況を目の当たりにした筆者は,多くの病人,特に貧困な病人の病苦を取り除くために,自らの浅学をも顧みず,30年近く行ってきた各種病症に対する針灸治療の経験を整理することにした。本書の上梓が一石を投じ,針灸に携わる多くの同僚たちが治療範囲を拡大し各科病症に対する針灸治療,特に歴代文献に治療法がない病症に対する治療効果をさらに向上させるためにともに奮闘努力せんことを希望するものである。
 本書は7つの章にわたって548種類の各科病症を収載しているが,そのうち内科は87種類,外科91種類,男性科17種類,婦人科152種類,小児科31種類,五官科166種類,その他が4種類である。各病症についてはまず主症を説明しているが,一部の病症についてはその西洋医学的病名や西洋医学のどの疾病に現れる病症かについても述べている。またごくまれには西洋医学的病名のみで収載されているものもある。主症のあとには,病因病機・弁証・処方・処方解説・治療効果を説明するとともに,症例を1~数例附記している。その他一部の病症については附注を加え,治療をする際の注意事項を述べている。
 掲載されている各病症の処方は高い確率で効果が認められたものであり,その中には一般的な選穴,弁証選穴,毫針による補瀉法・置針時間,灸法,三稜針による施術法などに関する記述が含まれている。毫針の補・瀉・平補平瀉の操作方法,三稜針などの操作方法については,通常の伝統的な方法に準拠した。毫針による補法の操作方法としては,通常刺入して得気を得たのち軽く雀啄・捻転するという弱刺激を採用しており,抜針はすみやかに行い,抜針後はすぐに比較的乾いた消毒綿で針孔を数秒間押える。瀉法の操作方法としては,刺入して得気を得たのち,患者が耐えられる範囲内でできるだけ大きく・速く雀啄・捻転するという強刺激を与え,抜針時は針を揺らして針孔を大きくするが押えず,アルコール綿で針孔をさっと拭いて消毒するだけである。平補平瀉法の操作としては,雀啄・捻転の振幅や速さが中程度であり,つまり中程度の刺激を与えるものである。補法は虚証の治療に適し,瀉法は実証の治療に適し,虚実が不明確な一般的な病症には,平補平瀉法を使用する。置針時間に関しては,『黄帝内経』の「熱すればすなわち疾くする」「寒なればすなわちこれを留む」という原則にしたがい,臨床においては次のように行っている。実熱証・虚熱証に対しては,病因をもとに選穴した腧穴に持続的な行針(間欠的な行針でもよい)を数分間─通常は5分間前後行い抜針する。寒実証・虚寒証に対しては,30分前後あるいはそれよりさらに長い時間置針し,間欠的に行針を行う。寒熱がはっきりしない一般的な病症の場合は,20分前後置針して間欠的に行針を行う。筆者の観察の結果では,置針時間を掌握するかどうかも治療効果を高めるためのポイントの1つである。その他の注意事項として,灸法は温熱刺激に属し温陽散寒などの作用があり寒証に対して効果を発揮するので,寒実証・虚寒証に対しては刺針法の説明の後に灸法(艾炷灸か艾条灸)を加えている。灸法を加えれば,寒実証や虚寒証への治療効果を高めるのに役立つことは確実である。ただし医師あるいは患者が望まなかったり,さまざまな理由で灸ができなかったりする場合は,毫針のみで長く置針(30分間あるいはそれよりもさらに長く)するとよい。
 本書は,針灸の臨床・教学・研究に従事する同僚たちに参考資料を提供するものであり,また医学院の学生や自主勉強する人びとが針灸治療学を勉強する際の参考になるだろう。
 本書の編集過程においては,河南省南陽張仲景国医学院の指導者や多くの教師の方々の励ましやご支持をいただき,また時興善・張長安・王倫・楊金鎖等同志の方々にはお忙しいなか原稿の抄写に協力していただいた。また原稿の完成後には,針灸界の重鎮である元中国中医研究院院長で第2回世界針灸聯合会主席であり,現在の世界針灸聯合会終生名誉主席である王雪苔先生や,中国中医研究院針灸研究所所長で,世界針灸聯合会第5回主席であり,元世界針灸聯合会秘書長である鄧良月先生に,ご多忙にもかかわらず原稿を考査いただくとともに,ご親切にも本書のために題辞をお寄せいただいた。また中国中医研究院針灸研究所文献資料研究室主任である王徳深研究員には,講演先から帰国したばかりで休息する暇もなく疲労困憊のなか,原稿の考査をしていただくとともに,序文をお寄せいただいた。元河南省針灸学会会長であり河南中医研究院研究員である畢福高先生には,お忙しいなか本書のために序文をお書きいただいたうえに,近頃では重病をおして序文を補足していただいた。ここに各位に対して,衷心よりの感謝を献げたいと思う。


2002年春 河南省南陽張仲景国医学院にて 張文進

『経穴の臨床実践』

まえがき  ~なぜ経穴を取り上げるのか~


経穴を臨床に活かす
 私は北里大学東洋医学総合研究所の招きにより,1988年1月に来日した。来日後,医師,薬剤師,鍼灸師の関連団体が主催するある講演会に呼ばれ,シンポジウムに参加したことがある。
 そこに参加していたある鍼灸師は,「鍼灸師の多くは経穴名を知っているが,経穴の使い方をわかっていない」「経穴の効きめを把握していない」「複数のツボを一緒に使うと,どのような効果が出るのかまったくわからないので,局所の取穴しかできず,運動器系の局所の痛みや凝りの治療しかできない」と,困ったように言った。
 また,ある婦人科医は,「鍼灸治療に興味をもっているが,三陰交くらいしかわからないので,もっとたくさんのツボの作用や効きめを知りたい」と,切望するように言った。
 彼らはいったい,鍼灸の何を知りたがっているのだろうか。
 彼らは,単に経穴の名称だけでなく,経穴のもつ性質・作用・効きめといったことを知りたいと思っているのである。つまり,それは経穴の本質を知りたいということなのであろう。この経穴をいつ使うと効果が出やすいのか。この経穴にどのような施術をすれば(あるいは手技を加えれば)効果を高めることができるのか,といったことである。さらにいえば,あるツボとあるツボを組み合わせることによって,一穴一穴にはないどのような新たな効果が生み出されるのか,ということも含んだ経穴の全体像だろう。
 本書では,このような興味深いさまざまな疑問に答えていきたい。


鍼灸師の願い
 毎年,全国で大勢の鍼灸学校の卒業生が国家試験をパスし,鍼灸師の資格を取得する。資格を取得できたことは確かにうれしいのだけれども,じつは,彼らは多くの不安も抱えている。
 「鍼灸の免許は取ったが,鍼灸師としての技が足りない」「鍼灸治療の基礎は取穴と刺鍼の技だが,学校で習った知識と技が果たして通用するのだろうか」といった不安を抱くことが多いのである。
 それはそうだろう。一人前の優れた鍼灸師になるためには,身につけなくてはならない鍼灸師としての基本的な知識と技があるが,学校で習う内容だけでは不十分だからである。特に,経穴の基本的な知識(名称や位置だけでなく,経穴の全体像)をしっかり熟知したうえで,臨床現場でそれをどのように活かすのか,ということが大事なのである。だからこそ,臨床実践を前にして不安に思っている鍼灸師が少なくないのである。
 一人前の優れた鍼灸師になるために,鍼灸治療の基礎から始め,経穴の知識をもう一度しっかりと勉強し直したい。そんな鍼灸師の要望に応えるために,本書を記すことにした。


著 者

2015年01月19日

『続・針師のお守り―針灸よもやま話―』

  まえがき


 本書は二〇〇〇年に刊行された新書版『針師のお守り』の続編である。
 前作の『針師のお守り』は『中医臨床』八〇号までに掲載された「針灸よもやま話」を『中医臨床』創刊二〇周年を期して一冊にまとめたものであるが、本書ではその後を受け、二〇〇〇年以降の『中医臨床』に掲載された「鍼灸論壇」「エッセイ」「近況雑感」を一冊にまとめている。
 巻末に各篇の『中医臨床』掲載号の一覧を付してあるが、その表をみてもわかるように、本書の目次は『中医臨床』の掲載順とした。
 針灸療法はいうまでもなく、単なる金属製の針と蓬を乾燥して晒した艾を使って治療するもので、針や艾それ自体にはほとんどなんらの治療効果もない。針灸の治療効果とはそうした道具を使う鍼灸師の技量とさらには鍼灸師の人間性に大きくかかわっている。
 日本でも数多くの針灸書が世に出されてきた。しかし、その圧倒的多数は針灸の基礎知識や、技量に関するものや、鍼灸師の心構えといった類で、鍼灸師としての立ち位置から日本の医療なり、社会を見てきた素の姿はなかなか見えてこない。
 本書は、四十年間、針灸治療に携わってきた筆者が、様々な場面で心に浮かんだ針灸に関連する事象を、自分の言葉で語ったものであり、できるだけ自分の素直な考えをさらけ出してきたつもりである。
 本書には、個人的な狭隘な視点や、誤った理論展開がなされている部分も多々、含まれているかもしれないが、それはそれで良しと思っている。本書を読まれた方が、本書の内容に対し、肯定するにしろ否定するにしろ、なんらかの興味を針灸に持っていただければ、筆者の思いは十分である。


二〇一五年一月 東京猿楽町の地にて

浅川 要

2017年08月01日

『古典から学ぶ経絡の流れ』 まえがき

まえがき


 鍼灸配穴原則の基本の1つに「循経取穴法」がある。『霊枢』終始篇に「病の上に在る者は下に之を取り,病の下に在る者は高きに之を取り,病の頭に在る者は之を足に取り,病の腰に在る者は之を膕に取る」とあるように,『黄帝内経』には経脈の循行にもとづくこの取穴法が数多く見受けられる。
 ところで『鍼灸甲乙経』『銅人腧穴鍼灸図経』『鍼灸大成』など歴代の鍼灸書には,各経穴に「主治」と「刺灸手技」が記載されている。そして,その主治の多くは「経脈の通じる所は,主治の及ぶ所」という慣用句で言い表されているように,経穴が所属する経絡の循行部位における病症である。たとえば手陽明大腸経の合谷穴は,『四総穴歌』(明代の『乾坤生意』出)に「面口合谷これを収む」とあるように,顔面の様々な病症を主治できるが,これは大腸経が手指から前腕,上腕を通って顔面部まで循行しているからにほかならない。
 しかし,大腸経各穴の主治を1つひとつ見てみると,たとえば同経の商陽穴では,「耳鳴,耳聾」が主治にあげられている。常識的には,大腸経は「上りて鼻孔を挟む」ところで終わっていて,大腸経の循行には耳とのかかわりが出てこないのだが,商陽穴はなぜ,耳の病症を治すことができるのだろうか。
 これは要するに,「其の別なる者,耳に入りて,宗脈に合す」と『霊枢』経脈篇にあるように,大腸経の絡脈が耳に入っているからである。したがって大腸経には,耳に関係する経穴が存在するのである。同様に,足三里穴の主治に「目不明」があるが,これは,胃経の経別(別行する正経)が目系につながっているからにほかならない。
 こうして見てみると,各経穴の主治を各経脈の循行を視野に入れて考える際には,本経のみではなく,絡脈や経別までを含めて,体系的に経絡をとらえなければならないのであろう。
 翻って,日本の鍼灸学校における現行の教科書『新編 経絡経穴概論』は,経穴の解剖学的位置については詳細に述べられているが,歴代の鍼灸書に登場する「主治」や「手技」がまったく示されていない。これは,道具の説明書において,その道具がなにに使うものなのか,どのように使うのかを記していないに等しいことである。さらに,各経穴が「主治」を欠くことによって,十四経の各経ごとに冒頭に書かれている経脈流注は,その後に続く所属の経穴と結びつかず,流注説明は単なる飾り物でしかなくなってしまっている。さらに流注説明も絡脈や経別を省くことによって,学生が経絡流注の全貌を知るには程遠いものとなっている。
 もし東洋医学にもとづく鍼灸治療を志すならば,経穴の主治に依拠するだけでなく,その経穴が所属する経絡の流注に着目しなければならず,さらには,その経絡循行の理解は絡脈や経別も含めた全体的なものでなければならないであろう。
 そうして見てみると,経穴についての書籍は巷にあふれる簡単な「ツボ療法」本から,鍼灸師向けの「経穴主治」書まで様々なものが世に出されているが,「経穴主治」の根底をなす経絡流注の全体像をとらえようとする書は,日本ではほとんど見受けられない。
 本書では読者が経脈循行の理解を深められるよう,『黄帝内経』まで遡り『素問』『霊枢』から,経絡の循行に関する部分を経別や絡脈,経筋など経脈ごとに取り出してまとめた。さらに『類経』(明代・張介賓著)から『霊枢』経脈篇の各経脈流注に関連する部分をそれに附し,日本語訳を施した。そのうえで,経別や絡脈までも含めて各経脈の循行をまとめた『経脈病候弁証與針灸論治』(張吉主編,人民衛生出版社2006年6月刊,日本語版を東洋学術出版社より刊行予定)を一部,手直しして訳出し,「××経の循行についてのまとめ」として,各経の末尾に記した。
 人体の全体像を経絡の体系でとらえようとするとき,本書がその一助になれば幸甚である。とりわけ,鍼灸学校の学生諸君が,教科書『新編 経絡経穴概論』のサブテキストとして,本書を用いていただければ本望である。


2017年7月
浅川 要



『古典から学ぶ経絡の流れ』 凡例

凡 例


 主篇
  1.『素問』原文は明・顧従徳本(日本経絡学会影印本1992年版)を使用した。
  2.『霊枢』原文は『霊枢』明・無名氏本(底本は日本経絡学会影印本1992年版)を使用した。
  3.『素問』『霊枢』の書き下し文は東洋学術出版社刊『現代語訳・黄帝内経素問』『現代語訳・黄帝内経霊枢』におおむね,準拠した。
  4.引用した『類経』(明代・張介賓)の文中,半切などで示された漢字の発音に関する記載は,本書の目的と直接,関係がないため省略した。たとえば,「臑,儒,軟二音,又奴刀,奴到二切」や「系音係」などである。また,引用文中,「此下十二経為病,見疾病類第十,與此本出同篇,所当互考」や「詳見後十六」などの一文も本書が『類経』の訳書ではないため,割愛してある。さらに『類経』に登場する経穴の位置は,混乱を避けるため,『新版 経絡経穴概論』のそれをそのまま掲載した。
  5.奇経八脈の任脈と督脈は,『素問』『霊枢』に散在していて,まとまった記載がないため,「その他の関連資料」として,『難経』や後世の『銅人腧穴鍼灸図経』(宋代・王惟一編),『奇経八脈考』(明代・李時珍著)からも引用した。
  6.馬王堆帛書の『足臂十一脈灸経』と『陰陽十一脈灸経』の循行に関しては,『経脈病候弁証與針灸論治』(張吉主編,人民衛生出版社2006年6月刊)を用いた。
  7.本書のなかで書かれている十四経脈の循行に関する「まとめ」は,主に『経脈病候弁証與針灸論治』(張吉主編 人民衛生出版社2006年6月刊)をおおむね訳出したものであるが,一部,手直しした部分がある。


 付篇(参考資料)
  1.「資料2 十四経循行図」の各経脈図は,『針灸学』(上海中医学院編,人民衛生出版社1974年刊行,浅川要ほか3名による同名の邦訳は刊々堂刊)をリライトしたものである。また「十四経循行図」に付した各経脈流注の書き下し文は刊々堂刊『針灸学』のそれをそのまま掲載した。
  2.「資料5 経絡の循行に関する基本的字句」は,『針灸学』(上海中医学院編,人民衛生出版社1974年刊行,同名の邦訳は刊々堂刊)にもとづいている。
  3.「資料7 経別の循行経路と六合表」の「六合表」は『針灸学』(上海中医学院編,人民衛生出版社1974年刊行,同名の邦訳は刊々堂刊)を参考にした。
  4.「資料14  鍼灸学校『経絡経穴概論』の経絡流注」では,経絡流注の参考資料として,日本理療科教員連盟と東洋療法学校協会が作成した現行の経絡経穴教科書『新版 経絡経穴概論』の記載をそのまま掲載した。

2019年02月06日

『新・針師のお守り―針灸よもやま話―』

 
  まえがき


 『中医臨床』誌二〇一五年三月号(一四〇号)から二〇一八年十二月号(一五五号)まで掲載した「近況雑感」が本書に収録されている内容である。
 本書は章篇としては十五篇で、『針師のお守り』の四十一篇、『続・針師のお守り』の二十六篇に比べるといささか少ないのだが、表を多用した篇がいくつもあり、また個々の篇の文字数も前二冊に比べるとかなり増えており、分量的には前二冊とさして変わらないので、このへんで一冊にまとめておこうと思い立ったものである。
 各篇の表には長いものも多く、各篇の文中や文末に入れると読者が読みにくいのではと考え、一部を除き、附表として、巻末に横組みですべてまとめた。
 したがって、本文は縦書き、表は横組みとなり、巻末の附表は後ろから前に向かって見ていく形になっている。
 本書の特色は「東京中医鍼灸センター」、「お腹の治療」、「ビワの葉灸」、「肩の散鍼(単刺)」、「下の法」などの篇が盛り込まれている点であろう。なぜなら、これらの篇には、自分自身が長年多くの病気と向き合ってきたなかから創り出した鍼灸療法の考え方とその実際の治療内容が、具体的に示されているからである。
 ここで書かれた通りの鍼灸治療が、東京中医鍼灸センターでは現在、日々行われているので、本書を手に取られた鍼灸師、とりわけ鍼灸学校を卒業されて日の浅い方々が、ご自分の鍼灸治療において何らかのヒントを本書から得られるならば、本書を出版した目的はなかば達成されたといっていいであろう。
 なお誤解されないように一言、付け加えておくが、「近況雑感」もしくはそれと同様の雑文は、何らかの理由で筆を折らざるを得なくなるまでは、これからも『中医臨床』誌上に書き続けるつもりでいる。そして、もし筆を下した時点でそれがある程度のまとまった文量になっていれば、『完・針師のお守り』とでも題して、世に出そうと考えている。
 本書の出版に際しては、附表が多いことを理由に、東洋学術出版社の井ノ上編集長にかなり強引に成書化をお願いしてしまった。この紙面を借りて改めてお礼申し上げる。
 
 

二〇一八年十二月 東京猿楽町の地にて

浅川 要

2019年03月22日

『「証」の診方・治し方2 -実例によるトレーニングと解説-』この本の使い方



この本の使い方



 前書『「証」の診方・治し方 ―実例によるトレーニングと解説―』およびその続篇となる本書は,呈示された患者情報から自分で証を導いて処方・配穴を考え,その後解説を読むという流れで弁証論治のトレーニングを行うことをおもな目的としている。
 また,症例は実際の臨床例であり,初診から治癒までの経過が記されているため,弁証論治のトレーニング用としてだけでなく,症例集としての活用もできる。


 序章では,弁証論治のなかの特に「論治」の部分について,高橋楊子先生(湯液治療)と呉澤森先生(鍼灸治療)によるポイントが述べられている。弁証論治を行ううえでの基本となるものが示されているため,症例を解く前にぜひ一読してほしい。


 第1章から第6章は,部位別の症例とその解説である。便宜上,症例は章を分けて通し番号をつけているが,どこから読み進めてもよい。
 症例はそれぞれ最初の頁に弁証に必要な情報が示されている。次頁からは鍼灸および湯液の弁証論治解説部分になっているため,まずは頁をめくらずに自分で症例を分析し,弁証を立てることをおすすめしたい。続く解説部分では鍼灸・湯液2つの面からの治療法・考え方の解説がある。特に弁証については鍼灸・湯液の枠にとらわれず両方の解説を参考にできる。また,弁証過程において陥りやすい間違いなどが示されており,多くのヒントが詰まっている。


 それぞれの症例は以下のような構成になっている。
◆症例呈示―年齢・性別・主訴・既往歴・現病歴・現症・四診の結果など,証を導くために必要な患者情報の呈示。
◆治療へのアプローチ―呉先生(鍼灸)と高橋先生(湯液)による解説。まず症例を呈示した先生による解説があり,引き続き補完する形でもう一方の先生による解説がある。
弁証:弁証,治法,具体的な処方あるいは選穴・手技,解説など。
治療経過:実際の治療の経過説明。
症例分析:症例を分析する際の考え方や,チャート式の病因病機図,最後には「弁証のポイント」がある。
アドバイス:弁証する際に陥りやすい間違いの鑑別点や,実践的で臨床に役立つアドバイスなど。


*本書は,『中医臨床』の連載コーナー「弁証論治トレーニング」の一部を単行本化したものである。
 誌上では出題・読者回答・解説の形であったが,単行本化にあたって読者回答は割愛した。

2019年06月11日

『疾患・症状別 漢方治療 慢性疼痛』巻頭言



巻頭言




渕野辺総合病院 病院長
世良田 和幸
 
 
 「痛み」は,古来より人間にとって辛く,切ない症状の1つであったと考えられます。身体のどこかの痛みで苦しんだ経験のない人は皆無といってよいでしょう。西洋でも,東洋でも,痛みの緩和を目的とした治療法は,古くから考えられてきました。エジプト時代にはすでにケシの実の鎮痛効果は知られており,中国で紀元前3世紀に書かれたといわれている『黄帝内経(こうていだいけい)』にも,すでに「痛み」に対する記載があります。その『素問(そもん)』挙痛論篇の中に,「痛み」に対する病因,病機,病位,証候,予後などが記載されており,「痛み」はその当時から治療の優先事項だったことがうかがわれます。また,3世紀頃に著されたといわれる『傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)』に記載されている113処方のうち35処方が,「痛み」に関するものであることからも,医学は「痛み」との戦いの歴史であったといっても過言ではありません。
 西洋医学は,東洋医学とは基本的に「痛み」に対する考え方が異なっており,病理学的な視点にも相違が見られます。例えば,東洋医学では主として,気・血・水の流れを「痛み」治療の根幹とするのに対し,西洋医学的治療法では,組織や神経の病理学的な見地から,消炎鎮痛薬の開発や手術療法,ペインクリニックなどを主体として治療を行っています。また,急性期の痛みの治療として,東洋医学には鍼灸があるものの,近年の西洋医学では,さまざまな新しい治療法が確立するなど飛躍的な進歩を遂げました。
 しかし,現代西洋医学は,急性の「痛み」を有する器質的疾患の治療には対処できますが,「痛み」が慢性的に持続し,その病因が明らかでない「痛み」に対しては,治療に難渋することがしばしばあります。また,鎮痛薬は痛みそのものを緩和する作用はあっても痛みの原因を治療する薬ではありません。一方,漢方治療は,西洋医学の弱点を補う意味でも意義のある治療法です。漢方治療は,人間のホメオスターシスを改善し,QOLを向上させることで疼痛閾値を上昇させる働きがあると考えられており,痛みの原因となる身体の
中の病態を是正し,結果的に痛みを楽にする作用があるのです。もちろん,漢方はオールマイティーではありませんが,慢性疼痛に対する治療に関しては,西洋医学よりも分があると思っています。
 今回の企画は,慢性疼痛に対する症状・疾患別の漢方治療について,現在日本において「痛み」の治療を実践されている各診療科の先生方に,中医学・日本漢方・鍼灸の立場から,総論と症例提示をしていただきました。日本の疼痛漢方治療の第一人者である平田道彦先生へのインタビューでは,漢方薬との出会いから今日までの苦労話,漢方による疼痛治療に始まり,今では「痛み」以外の患者も漢方治療を求めて来院される話など漢方の妙味を話されています。一方,滋賀医科大学の福井 聖先生のインタビューでは,学内の学際
的痛み治療センターでの慢性疼痛の臨床と研究について言及されています。難治性の「痛み」の西洋医学的治療には,医師以外にも看護師や理学療法士,臨床心理士など多職種が連携し,個々に合わせたオーダーメイド的な治療法を検討する必要があると説いています。そして,慢性疼痛治療には,西洋医学的な治療法とともに,漢方や鍼灸を活用した補完・代替療法を加えた統合医療の必要性を強調されています。
 また,今回は平田先生が師と仰ぐ,日本の漢方治療の第一人者である織部和宏先生に,古典や口訣の解説をしていただきました。中医学の立場からは,入江祥史先生に漢方・中医学における「痛み」の病態とそれぞれの病態における治療法を解説いただきました。そして,がん治療の日本の草分け的医師の一人である帯津良一先生にもご登場いただき,ご自身が実践されている「攻めの養生」について綴っていただきました。
 個々の先生方の内容は紙面の都合で割愛させていただきますが,ご登場いただいた先生方の「痛み」,とくに慢性疼痛の治療に対する経験と心意気が満ちあふれた内容となっています。本書が,臨床現場はもちろん,慢性疼痛に悩む先生方の座右の書となり,バイブル的存在になればと心から願っています。そして,慢性疼痛治療における「漢方ライフ」を実践していただけければ幸いです。
 
 

2020年02月13日

『経脈病候の針灸治療』推薦の辞

 
推薦の辞
 
 
 張吉主編,人民衛生出版社刊『経脈病候弁証与針灸論治』の邦訳書『経脈病候の針灸治療』(鈴木達也訳)がこのたび,東洋学術出版社からようやく出版された。
 日本の鍼灸界は経穴を帰属させている経絡理論に対し,経脈流注も経絡の病候もこれまでほとんど無視してきた。もし,日本の鍼灸師が中国医学に則った鍼灸治療を志すならば,経絡流注の全貌を明らかにし,十二経脈と奇経八脈に投影され同時に経脈によって概括される人体の全臓腑・器官・組織の病候を学ばなければならないのだが,日本で唯一中国医学を教えているとされる鍼灸学校には「経絡学」の講座がなく,またその講座の教科書とすべき経絡流注書も経絡病候書も存在しないのが実情である。したがって当然,鍼灸師になっても経穴主治を特化させた特効穴にしがみつくほかになく,巷で目にする東洋医学にもとづく鍼灸書と称するものも,ほとんどはツボ療法の類である。
 日本で「経絡学」を確立するためには,なによりもまずテキストとなる経絡流注と経絡病候の書を必要とする。十四経の経絡流注に関しては,『古典から学ぶ経絡の流れ』(拙著)が2017年8月,東洋学術出版社から出版され,十四経流注の全貌を学べるようになったが,中国歴代の鍼灸治療経験を集約した経絡の病候書に関しては,その内容が膨大なこともあり,適当な書がなかなか見つからなかった。
 2006年6月に出版された『経脈病候弁証与針灸論治』を一読すると,経絡の病候に対する記述の系統性と全体性に目を見張った。同書は十二正経と奇経八脈に対し①経脈の経気の変動が臓腑に及ぼす臓腑の病証,②経脈の体表循行部位の病候,③その経脈と関連する臓腑・組織・器官の病候,④その経脈の経筋と絡脈の病候,に項目分類し,それぞれの分類項目にカテゴライズされた病症に対し,寒熱虚実の四綱などで弁証を行っている(奇経八脈は①を欠く)。例えば心経の変動が臓腑に及んだ①の場合,心痛・神志病・血症の3病症を挙げ,心痛と血症では,虚実寒熱で証を分け,神志病では癲狂と痴呆の2つの病症に分け,癲狂はさらに陰証と陽証の2証で,それぞれに【証候分析】【治法】【選穴】【選穴解説】を行っている。
 同書の筆者は,『内経』『鍼灸甲乙経』や『千金要方』『鍼灸大成』などは言うに及ばず,『百症賦』といった数多くの鍼灸歌賦にまで目を通し,歴代の医学文献に散在する種々の臓腑経絡病候や経穴主治を渉猟し,おびただしい資料にもとづき同書を書き上げている。
 同書は日本で「経絡学」を確立するうえで必要な書と考え,その邦訳を東洋学術出版社に強く求めた。しかし,多岐にわたる医学古典を引用して書かれた膨大な内容を正確に翻訳するには,中医鍼灸学に精通し,優れた中国語の翻訳能力を有する人物が,相当の時間と労力を傾けなければ完成しないことは必定である。
 幸い鍼灸師で中医師の資格を有する鈴木達也先生がお引き受けくださり,長い年月をかけて本書の翻訳に取り組み,今日,ようやく出版の運びとなったのはうれしい限りである。鈴木先生の翻訳の精度と完成度は,原書が引用した歴代の医学文献の扱い方に如実に示されている。例えば原書では引用文の後にその文献名を示しているだけのことが多いのだが,訳書では引用文献の引用箇所の章篇を付記している。さらに各経脈の文末の訳注では,原書が引用した古典の一文に対し,単にその語句説明に留まらず,必ず原典に当たって原書の引用に誤記が有ればその誤記を正して翻訳したことを説明している。
 われわれは日本において,「経絡の流注」「経絡の病候」「経絡の作用」「経絡の科学的分析」などから成る「経絡学」を確立し,湯液の弁証論治とは異なる鍼灸独自の経絡に根ざした弁証施治の体系を新たに構築していかなければならない。本書もそのための必須の一書となるであろう。
 

東京中医鍼灸センター
浅川 要

 

2020年10月21日

『臨床に役立つ 奇経八脈の使い方』推薦のことば

 
推薦のことば
 
 
 このたび,本書『臨床に役立つ 奇経八脈の使い方』が刊行されますことは,たいへん意義深いものであると同時に,著者である高野耕造先生の永年のご努力の大いなる成果であると思料します。
 一般に,中医学や経絡治療は,現代医学的方法論では説明しにくい分野であります。しかしながら,長い歴史のなかで伝承され,時には新たな発見とともに仮説が論じられるなかで,多くの臨床家が自身の治療に応用されてきたものと考えられます。それだけにこれらの治療体系や理論は,論述しづらいものであり先達の優れた論証が,正確に伝わるとは限らないものであったと感じております。
 著者の高野先生は,この難解かつ情報の少ない分野にずっと挑み続けた方であります。おそらくは弛まなく推論を続け,そして何より重要である臨床のなかで経験を積み重ねることによって一つの理論体系を作り上げたものと思われます。少なくとも30年以上に及ぶご努力は,いくつもの成果を生み出し,それは彼自身の臨床の幅を大きく広げてきたことに繋がったものと思われます。今回,その高野先生が日々の臨床で用いられている中医学,そしてライフワークともされている奇経治療(学)について臨床家の視点で解説されている本書は,初学者からベテランの治療家に至るまで大いに参考になるものであり,また,次代の学術研究者にとっても必ずや役立つものと思われます。本書は,特に基礎的内容の解説から臨床に結び付けられている構成になっており,一つの学問書であると同時に臨床マニュアルの体裁となっております。また,奇経脈を用いた治療の基本から応用に至るまで論述されているあたりは,過去に類を見ない内容であると思料します。
 飽くなき探求心は強い好奇心から生まれます。そしてさまざまな経験や実践のなかで更なる好奇心が増幅し,それがまた探求心に繋がるものであり,いわば思考と実践はサイクルしながら学問体系に繋がっていくのではないでしょうか。このことは,われわれ人類が悠久の歴史のなかで常に続けてきた理論構築の手段であると考えます。アルベルト・アインシュタインは,常に好奇心をもって推論を重ね,さまざまな理論構築をしたといわれており,それが理論物理学者といわれる所以でもあります。そして,この偉大な物理学者が提唱した理論は,現在でも実践的研究のなかで証明され続けています。これらのことは,科学分野に限らずさまざまな分野においても当てはまるものと思われます。一方で医療における科学的根拠を見出すためには,臨床研究に代表されるある種の研究方法論を必要とします。いわゆる東洋医学,特に鍼灸のような物理療法をこの研究方法によって証明することは残念ながら困難なことが多いと思われますが,西洋医学的研究の第一歩も,たった一つの症例の検証から始まります。この積み重ねがなければ臨床研究には至らないわけでありますし,事例を通じた好奇心,探求心が必要となると考えます。それだけに著者が行ってきた,「思考と実践」については,大いに共感するものであります。
 最後に,本書が多くの鍼灸臨床を続ける方々に活用され,大いに成果を上げられるとともに更なる発見を通じて,次代に残す業績を積まれることを祈念申し上げます。
 
 

学校法人 呉竹学園
理事長 坂本 歩

『臨床に役立つ 奇経八脈の使い方』はじめに

 
はじめに
 
 
私と奇経治療との出合いと現在
 私が初めて奇経治療と出合ったのは,昭和61年の東京医療専門学校の教員養成科時代のことで,恩師である山下詢先生の授業において奇経学を学びました。当時,正経十二経脈については卒前の教育において学んでいたのですが,奇経八脈については何も知らないといってよい程度の知識で,知っていることといえば奇経脈の名称と八脈交会穴が治療に用いられるということぐらいでした。これは私に限ったことではなく,教員養成科の優秀なクラスメイトにしても同じようなものでした。
 このような素人同然のわれわれに,奇経脈の流注から講義をしていただいた山下先生には,今でも感謝し続けています。山下先生の奇経治療は,正経十二経脈と奇経八脈を統合して臨床に役立てるというものでした。先生から初めて同名経治療などの治療システムを学んだ時の,背筋に鳥肌が立つような感激は昨日のことのように覚えています。
 以来30数年間,私は臨床を行い続けていますが,奇経治療はしっかり私の臨床システムのなかに織り込まれています。臨床を始めた当初は八脈交会穴を中心とした治療でしたが,次第に独自の発想によるオリジナルの治療を行うようになりました。また,上海中医薬大学で学んだ知識を活用し,「奇経脈とは何か」という疑問に対する答えを探究してきました。
 現在は,嬉しいことに奇経治療と出合った東京医療専門学校教員養成科において,私の奇経脈に対する考え方や,婦人科疾患に対する奇経脈を用いた施術についての講義をさせていただいています。教員というのはありがたい仕事です。自分の頭の中でまとめ上げた奇経の理論を学生の皆さんの前で話すことで,新たな問題点に気付かされたりします。それを何年も繰り返すことで,本書を執筆することができるようになりました。私の授業を受けた学生の方のなかから,奇経治療を受け継ぎ発展させる逸材が出ることを期待しています。
 
本書において皆さんに伝えたい内容
 私にとって,奇経学の研究はライフワークの一環になっています。しかし,奇経学を研究することはとても困難なものです。その原因の一つとして,奇経学についての情報が圧倒的に少ないことがあげられます。明代の李時珍はその著書である『奇経八脈考』において,「八脈散在群書者,略而不悉」(奇経八脈についての記述は,多数の本に散在しているが,いずれも簡略であって仔細に述べているものはない)と述べています。この記述からもわかるように,当時から奇経八脈に関する文献には簡略な記載しかなかったようです。もともと古典と呼ばれるものには奇経に対する記載が少なく,そのことを反映してか,現代においても奇経に対する論文や著作はあまり見かけません。また,奇経治療を知らなくとも,臨床上は正経十二経脈による施術で十分に事足りるという考えもあります。これらの理由から,奇経学の理論的な進展がなされていないと考えられます。
 少ない情報からどのように理論を発展させるか,方法は一つしかないと思います。それは「一心に思考を重ね,臨床において試行を繰り返す」ことです。
 東洋医学の長い歴史のなかで,優れた臨床家は長年の経験知から導き出した推論によって治療法を確立してきました。今後も,東洋医学においては「論理的推測」によって新しい基礎理論や治効理論を確立してゆかなければならない時代が続くと考えられます。現在,東洋医学に従事する臨床家で,臨床試験や実験などを通じて学術研究を行うことができる環境にいる人はごく少数です。しかし,ものは考えようで,科学的実証に囚われない分,大胆な発想による仮説を立てることができるのです。
 本書において皆さんにお伝えしたいことは,
 ①奇経八脈の存在意義と生理作用における奇経八脈の関与について
 ②奇経八脈の流注の特性や奇経八脈の新しい形の認識(奇経脈を経線として捉えるのではなく領域として認識する)
 ③奇経脈同士の相関関係
 ④八脈交会穴について(その選穴の理由)
 ⑤奇経八脈上の経穴を用いた新しい治療システム
 ⑥奇経八脈を用いた婦人科治療
 ⑦「奇経脈経筋」について
などです。すべて私が約30年の間に考え続け,臨床で応用してきたものです。かなり大胆な発想のものもあり,知的欲求を満足させることができる内容になっていると思います。
 
私が中医学で目指す学術と臨床について
 本書を理解していただくため,私の中医学的な立ち位置について述べさせていただきます。私は,昭和58年に鍼灸師の免許を取得しました。当時は,「中医学」という言葉さえ知らずに,経絡治療の習得に邁進していました。出席していた経絡治療の勉強会で,講師の方が「中医学の八綱弁証」と言われた時には,正直なところ,何を言っているのか解らずに,途方に暮れたことを今でも覚えています。
 その後,教員養成科課程で奇経治療や現代鍼灸(この呼び名が正しいかわかりませんが)を学びました。しかし当時は,中医学の授業はありませんでした。平成に入り,東京医療専門学校で専任教員をしている時に,授業のカリキュラムに中医学が新たに導入されることになり,新人教員であった私が授業を担当することになりました。これが私と中医学との出合いです。そのため,中医学を学んだことがない私(当時の学校教員のほとんどが同じ状況でした)が,上海中医薬大学の通信教育で学習しながら学校で授業をするという,自転車操業のような状態を2年ほど続けました。中医学を学び始めた当初は,それまで学んできた東洋医学の知識との擦り合わせがうまくゆかず,歯がゆい思いを繰り返していました。この行き詰まり感を払拭してくれたのが,北京中医薬大学の劉渡舟教授の『中国傷寒論解説』(東洋学術出版刊)でした。私が学んできた古典のなかで『傷寒論』は身近なものだったのですが,その『傷寒論』が弁証によって解説されるなどとは思ってもみないことでした。この書籍を読んで,それまでの頭の混乱が整理されました。そして,中医学はとても面白い学問であると認識したのです。これをきっかけに,通信課程の3年時に1年間行われる上海での臨床実習を,どうしても受講したくなってしまいました。私は,優遇されていた職を辞して留学することを決意しました。
 30歳を過ぎてから職を辞し,上海中医薬大学へ留学しました。そのため,何としてでも中医学を習得して帰国する,と意気込んでいました。病院研修の後は自室に籠もり,闇雲に知識を詰め込むための勉強と,教員として復帰した時のための資料作りを続けました。そのような私に,同室の友人が「ノイローゼになるから,ほどほどに勉強しろ」と忠告もしてくれましたが,当時の私は友人の声を聞く耳を持っていませんでした。このような生活を続けていた時に,日本から来られた故・張瓏英先生が日本人留学生達を食事に招待してくださいました。そしてわれわれに,中医学を学ぶためのアドバイスをしてくださったのです。それは「これからの中医学は暗記する学問ではなく,考える学問でなくてはならない」というものでした。劉教授の『中国傷寒論解説』を読んで中医学に目覚めた私には,このアドバイスは啓示のようにも受け取れました。学生時代には基礎を学ぶため,暗記は必要です。しかしその暗記は,道理を理解するためのものではなくてはなりません。単なる事物の暗記は,暗記そのものが苦痛となり,学習意欲を削ぐものとなってしまいます。そのことは,教員となった時に理解していたはずなのに,1年間の留学という規制から我欲に走って,本来の学問の姿を見失ってしまっていたのです。
 張先生のアドバイスが転機となり,それ以後「考える中医学」を目指すようになりました。これが現在の私の中医学に対する姿勢です。この抽象的な言い方では理解されにくいと思いますので,私の専門分野を明確にしたいと思います。
 中国からの帰国後,中医基礎理論を自分の専門分野として後進の育成に努めてきました。「考える中医学」が,なぜ中医基礎理論なのか。中医学を学んでいる皆さんならば理解していただけると思いますが,臨床で何気なく使用している語句の定義や弁証分類の内容が明確でない,と感じたことはないでしょうか。たとえば,陰気という語句です。陽気を説明しなさいと言われれば,「気の温煦作用を意味する語句」と即答できると思いますが,陰気についてはどうでしょうか。「陰気とは津液の冷却作用を意味する語句」と答えられるでしょうか。この定義は,私が「考える中医学」を行って導き出したものです。私が所有する中医学の書籍には,このような定義は見当たりません。次の例として,腎不納気証を取り上げてみます。腎不納気証は腎陽虚に分類されますが,腎の病証であるのに,なぜ呼吸器の症状を呈するのでしょうか。私の知る限り,明確な答えを提示した書籍には出合っていません。この病証について簡単に解説してみます。腎不納気証は腎陽虚であり,上焦の水源である肺から下降してきた津液を受け取ることができなくなった状態です。不納気とは,腎まで津液を運んで来た衛気が腎内への侵入を拒まれてしまった状態を表しています。そのため,肺には下降するべき津液が停滞し,痰を伴う肺気逆(喘息様症状)を呈するようになるのです。このような解説は,現代中医学の生理学を用いれば明確となります。中医学の歴史は長く,また現在中国で出版されている中医書は数が多いため,自分が唱えた「新説」と思っていても,誰かが同じことを述べていることも多いです。しかし,中医基礎理論の分野は,思考を重ねて(これが「考える中医学」です)導き出さなければならない問題が多く,私にはこれ以上の魅力的な分野はなかったのです。
 そのようなわけで,15年間は中医基礎理論を自分の専門分野としてきました。そして,この分野においてある程度満足のゆく資料を作り上げ,教員養成科の後進に渡すことができました。現在は,臨床における治法と治効理論を研究の課題としています。中医基礎理論を実践臨床でどのように用いるかを研究するために,治法を研究対象とすることにしたのです。本書は,これらの研鑚のうえに執筆したものです。
 また,私の鍼灸臨床では,診断と病態把握そして治法については当然ながら中医学を用いています。しかし,治療に用いている鍼は大半が日本の細い鍼です。その意味でいえば,良いところはなんでも採り入れる,折衷派といえるかもしれません。
 以上が,私の中医学における学術研究と臨床の立ち位置です。中国伝統医学は,その長い歴史のなかで,新しいものであっても良いものは貪欲に吸収し同化させてきた医学であると認識しています。したがって,私は「考える中医学」を通じて,日本から新しい知見を数多く発信してゆき,中医学の発展に寄与してゆきたいと望んでいます。
 
奇経治療の現状と今後
 上海の婦人科疾患を専門とする中医師たちのなかには奇経を重視する学派があり,私もその影響を強く受けています。奇経脈の生理的機能を考慮すると,特に婦人科系疾患においてその効果は著しいといえます。そのため,中国において婦人科系に特化した奇経治療が行われているのも理解できます。
 奇経治療といえば婦人科疾患と考えられがちですが,奇経脈は男性にも存在するものであり,男性の泌尿生殖器系疾患にも活用してしかるべきものです。このように,奇経治療は婦人科疾患に非常に有効であるものの,それだけに限定されるものではありません。日本で行われている奇経治療では,奇経脈は正経との関連が深く,独立した治療システムとして認識されています。また,奇経八脈は正経十二経脈と同様に身体の広範囲を網羅する経絡であり,たとえば陽維脈や陰維脈などは正経脈を維絡する長大な絡脈の様相を呈しています。そのため,これらの経脈は感染症や不定愁訴症候群などにみられる全身性の症状にも有効性を発揮するとされています。
 現在の日本では,湯液や鍼灸治療に対し認知症・緩和ケアや不妊治療などの面で,社会的な期待が高まっています。不妊治療には,奇経治療が最も適応します。また,広範囲の症状を少数穴で治療することのできる奇経治療は,緩和ケアにおいても非常に重宝なものとなります。そして,緩和ケアと関係の深い認知症には,任脈・督脈・陰陽蹻脈の応用が期待されます。
 しかし,重篤な主訴や広範囲の愁訴を抱えた患者さんに,従来どおりの奇経治療を行うことで,十分な対応ができるでしょうか。奇経治療も時代の要請に沿うものとして進化してゆかなければなりません。また,不安を抱えた患者に治療の根拠を説明できない施術を行うことは,患者だけでなく治療者にとってもつらいことです。
 西洋医学と違い,東洋医学の理論は科学的には証明されていないものばかりです。しかし,少なくとも中医学のなかにおいては,治療の理論は明確であるべきです。その一助となるように,本書では奇経八脈の基礎理論とその応用について,中医学の立場から論述しています。したがって,本書に書かれている奇経治療は「中医奇経治療」と呼べるものです。
 
読者の皆さんへ
 本書には,私が「考える中医学」を続けてきた歳月と,山下詢先生に学んだ奇経治療との結晶が綴られています。したがって,本書の内容はベテランの臨床家にも有益といえるものばかりです。日本では奇経治療に関する書籍や講習会は,あまり見受けられません。そのため多くの治療家は,奇経治療に興味はあるが臨床には採り入れていない,というのが現状だと思います。また学校教育においても,奇経脈に関しては旧態以前のカリキュラムのようです。これらのことを踏まえ,本書は鍼灸学生あるいは新米臨床家などの初学の方からベテラン臨床家の方までを読者対象として想定し,できるだけわかりやすいものになるように心掛けて書いています。
 
 

『臨床に役立つ 奇経八脈の使い方』本書について

 
本書について
 
 
 本書は,「第1章 奇経八脈についての基本的な解説と考察」「第2章 生理作用における奇経八脈の役割」「第3章 奇経八脈を用いた治療システム」「第4章 奇経八脈治療のバリエーションを考える」「第5章 奇経八脈による婦人科疾患の治療」「第6章 中医学の治法から考える奇経治療」「第7章 奇経八脈と姿勢バランスについて」の,7つの章から構成されています。
 第1章における奇経脈の流注は『奇経八脈考』にもとづいて解説していますが,経脈の流注というと読者的にはあまり面白みのない項目であると思いますので,臨床的な見地から解説しています。
 第2章の奇経脈の生理作用は,本書の根幹をなす部分です。これまでの奇経学に最も足りなかったのは,生理作用に対する考察だと考えています。奇経脈の生理作用を明らかにすることで,奇経脈の存在理由を明確に示すことができたと自負しています。
 第3章では,奇経脈を用いた治療システムに言及しています。特に八脈交会穴が選穴された理由は,未だ誰にも解明されていません。私も25年考え続けて,その答えが子午流注理論によって解決しました。また按時配穴法についても,解明されていなかった事柄を子午流注理論によって解明することができました。
 第4章では,八脈交会穴治療以外の奇経治療を提示しています。奇経脈に対するアプローチの仕方が増えれば,臨床におけるさまざまなケースに対応することができるようになります。このことは,患者にとっても治療家にとっても有益であることはいうまでもありません。
 第5章では,婦人科における奇経治療について論述しています。既存の中医婦人科学に拠る弁証分類・病因病機や治法について,新しい見解を多数述べさせていただきました。中医基礎理論にのっとり,論理的に見解を構築したつもりです。ここでは,弁証にもとづいた正経治療と奇経治療をともに記述しています。
 第6章では,婦人科疾患以外に奇経治療を行う場合に基本となる治法について述べています。また,治法にもとづいた奇経治療の例として,睡眠異常・哮喘・アトピー性皮膚炎をあげて解説しています。
 第7章では,奇経脈経筋という新しい認識を提唱させていただき,身体の姿勢バランスを調整する方法に言及しています。
 近年,鍼灸学の書籍における奇経脈に関する記述の現状は,まったく同じ内容のものが多く見受けられます。または,出来合いのものに多少手を加えただけのものが多いようです。私も恩師の山下詢先生の研究をさらに発展するべく努力してきましたが,私なりのオリジナルな理論に到達できたと考えています。第2章と第3章は,他では読むことができない,斬新で濃密な内容であることを読者の皆さんにお約束します。
 
 

2021年04月05日

『針灸学[経穴篇](改訂版)』序にかえて

 
序にかえて
 
 臨床における,五感のフル活用による細心の患者観察の重要性については,これまでのシリーズ(『針灸学』[基礎篇](初版2版)と[臨床篇]の序文で度々指摘してきました。
 「経穴」とは,まさしくこのような先人による細心の患者観察の集積が基礎となり体系化されてきたものであろう。体の中の変化,それも器質的なものはもちろん,機能的変化をも投影していると思われる体表面の微妙な変化を的確に捉えた,その観察とひらめきの鋭さ,及びそれらを体系化した理論性には,ただ脱帽するものです。
 鍼灸治療の基本ともいうべき経穴に関する類書は沢山ありますが,この度の出版はこうした先人の経験に加えて,さらに現代中国における臨床成果の枠をも盛り込んだものです。また,前述の先行出版と同じく,日本の臨床現場で役に立つように,中国と日本が共同編集したものであり,いわゆる翻訳本とは違う読みやすさを持っています。
 ただ,生きている人間を対象とする「臨床」は,ダイナミックなものです。
 人間の生命・生存・健康を考える時,大切なことは,現象との遊離をした理論のための理論は必要ないということです。本書を教条的に使うことなく,常に,現象からのフィードバックと基礎理論との関連から,何故この経穴を使うのか? 何故この経穴に意味があるのか? という疑問を持ちつづけ,自ら考えるという医療人としての姿勢が大事かと思います。
 世界的規模で期待が広がっている鍼灸臨床の可能性を,さらに確実にするために,本書がお役に立てればこの上ない喜びです。大いに活用していただきたいと思うものです。
 

学校法人 後藤学園(東京・神奈川衛生学園専門学校)
学校長  後藤 修司



『針灸学[経穴篇](改訂版)』本書を学ぶにあたって

 
本書を学ぶにあたって
  
1.本教材の位置づけ
 1987年3月に学校法人後藤学園と天津中医学院とが共同編集による針灸教材の開発や具体的な学術交流に関する協議書を交わしてから10年の歳月が過ぎた。その間,両校の執筆陣はこの教材開発計画にもとづき,1991年5月には日本における針灸のための東洋医学テキスト・シリーズ第1部として『針灸学』[基礎篇]を出版し,1993年10月には第2部として『針灸学』[臨床篇]を出版してきた。そして今日,第3部として『針灸学』[経穴篇]を世に出す運びとなった。この三部の教材は密接に関連させるよう配慮されたものである。
 この10年間で世界の医療情勢,教育環境も大きく変化してきている。近年,オーストラリア,イギリスでは大学における正規の中医学教育が正式に導入されている。アメリカの一部の州でも針灸学教育に中医学を正式導入している。また他の多くの国においても,いろいろな形で中医学の採用そして実践が,医療のなかで教育のなかで行われるようになっているのである。
 本教材シリーズは1994年に[基礎篇]英語版として『FUNDAMENTALS OF ACUPUNCTURE & MOXIBUSTION』が出版されており,1996年に[臨床篇]英語版として『CLINICAL ACUPUNCTURE & MOXIBUSTION』がそれぞれ天津科技翻訳出版公司から出版され世界に向けて発行されている。[経穴篇]英語版も今秋には出版される予定となっている。この教材シリーズが日本のみならず世界における中医学教育そして医療のために少しでも貢献できることを期待してやまない。
 また本教材シリーズは新しいスタイルの教材として中国でも高く評価されており,今秋には中国でも[基礎篇][臨床篇][経穴篇]を合冊にした中国語版が出版される予定となっている。1989年に両校で交わした学術交流協議書には,「しかるべき時期」に本教材シリーズの英語版と中国語版を両校で出版することが約束されているが,まさに今日,この「しかるべき時期」,すなわち中医学の国際化時代が到来したと言えるであろう。
 
2.本書の組み立て,内容,学習方法
 本書は[基礎篇]とともに日々の針灸臨床のために理論的根拠を提供するものである。[基礎篇]が東洋医学独自の哲学観,生理観,疾病観,診断論,治療論を提供しているのに対して,本書は針灸臨床で経穴を用いる場合,どのような考えにもとづいて治療穴を選穴するのか,その根拠を提供するものである。
 治療穴を決定するためには,経絡と臓腑との絡属関係,経絡と経絡の関係,経絡の循行と身体各部位との関係,経絡の主治法則,経絡と経穴との関係,経穴の主治法則・主治範囲,要穴の治療範囲などの一般法則をまず学習する必要がある。
 本書ではまず総論で経脈・絡脈・経別・経筋の循行,皮部の分布について述べた。これにより経絡と臓腑との関係,経絡と経絡の関係,経絡の循行と身体各部位との関係がわかるであろう。また経脈・絡脈・経筋の病候を提示したが,これにより『内径』時代の疾病観を理解することができる。
 経穴緒論においては経穴名称の分類について述べたが,これは経穴各論の経穴命名の[由来]を学習するときに参考にすることができる。経絡定位の方法は,取穴を行うときの基準となるものである。
 経絡の主治法則,経穴の主治法則を把握しておくと,経穴各論の[主治]を学習するときに大いに参考にすることができる。[主治]を学習するときは,各経穴の主治症を1つ1つ覚えるよりは,これら経絡・経穴の主治法則にもとづき,分類しながら把握したほうが実用的である。たとえば主治症のうち本経の循行部位の病症は,経絡の主治法則や分部主治法則を知っていれば,容易に把握することができるし,主治症のうちの臓腑の病症は経穴の主治法則,および臓腑と臓腑の諸関係などを知っていれば,これも比較的容易に把握することができる。
 また経穴の特殊作用については,各経絡の要穴を例とすると,これにも一定の法則があることがわかる。各経絡の井滎兪経合,原穴,絡穴,郄穴,募穴,背兪穴は,その所属する経絡と関連させてその作用を見ると, それぞれが所属する経絡上では要穴として特殊な作用をもち,それによる主治症があることがわかる。また原穴グループや郄穴グループとして見ると,原穴に共通する作用,郄穴に共通する作用といったものもあるわけである。これらの法則を意識しながら各経穴の主治症を見ていくと,各経穴の主治症がより理解しやすくなると思われる。さらに本書の特徴として,本書では経穴の[作用機序]を加えた。特に重要と思われる項目に対しては,経穴と主治症との関係が一定程度わかるように作用機序として提示している。
 [定位]と[取穴法]は,1990年6月7日に中国国家技術監督局が発布し,1991年1月1日から中国で実施されている中華人民共和国国家基準[経穴部位]に準拠している。なお日本と中国では,ある部位の骨度法の違いや,出典の違いなどにより取穴した部位が明らかに異なる経穴がある。それらについては対照表として巻末に付した。
 [刺灸法]では一般的な刺法と灸法を紹介した。臨床的にはいろいろな工夫が可能なので,あくまでも参考にしていただきたい。また[配穴例]については,古今の医書から代表的なものを引用して参考に付した。配穴例は処方として使えるものもあり,古今の経験を病症サイドから検索できるように巻末に別に索引を設けた。
 本書は『針灸学』[臨床篇]で紹介した各病証に対する処方例の方解と関連させながら学習すると,より効果的な学習ができる。選穴理由や配穴理由を自分で考えることにより臨床的な処方トレーニングも可能になると思われる。針灸治療に経穴を役立てるためには,各種針灸医書の取穴法の比較整理とともに,東洋医学的な角度からの経穴の認識,応用の仕方を学ぶことが今後いっそう重要になるであろう。本書を大いに活用していただきたい。
 

平成9年7月吉日
学校法人後藤学園中医学研究室長
兵頭 明


 
 

『針灸学[経穴篇](改訂版)』改訂版について

 
改訂版について
 
 今回の改訂ではおもに以下の2点の変更を加えた。
 
1.各論の各経穴にある[定位][取穴法]のうち,わが国の鍼灸師養成施設で用いられているテキスト(『新版 経絡経穴概論』[第2版]・医道の日本社刊)と大きく異なり,教育上問題になりそうな経穴を選び,*を付して日本の記載を追記した。
さらに,巻末に本書と日本の記載の違いを対照できるよう一覧表(付録2「日本の教科書と部位が異なる経穴一覧」,付録3「日本の教科書と取穴法が大きく異なる経穴一覧」)を付した。そのため,改訂版では旧版の付録2「日中経穴部位対照表」を割愛した。
 なお経穴の選別にあたっては,東京衛生学園専門学校の髙橋大希先生にご協力いただいた。
 
2.各論の各経穴の解説に[効能]の項目を新たに追加した。
 効能の出典は,天津中医学院編『腧穴学』(1983年刊)。経穴の効能の表記は中国でも定まっていないが,『腧穴学』は天津中医学院(現・天津中医薬大学)が編集したものであり,天津中医薬大学と学校法人衛生学園が共同で編纂した本書に付け加えても一貫性を保てるとして採用した。これによって,[定位][取穴法][効能][主治][作用機序][刺灸法][配穴例]が齟齬なく一貫したものになったと考える。
 
 その他,経穴名の漢字表記をWHO標準に合わせたほか,改訂作業中に見つかった誤字等を修正した。
 
 本書は,経穴の[主治]を,本経の循行部の病症や臓腑の病症等で分類して表記し,さらに経穴と主治との関係を理解するうえで役立つ[作用機序]を詳しく解説している点に大きな特徴がある。この点に関して旧版から変更はない。本書では,治療穴の選穴や配穴を自ら考える際に必要となる根拠を十分に提供しているので,大いに活用して欲しい。

(編集部)


 
 

2022年08月10日

『中国医学の身体論――古典から紐解く形体』まえがき

 
 
まえがき
 
 
 鍼灸師が実際の治療において遭遇するのは,それこそ頭のてっぺんから足の先までの各組織・器官の無数の症状である。それらの症状のほとんどは,さまざまな現代医学的治療が効を奏さず,鍼灸治療までたどり着いたものである。筆者自身も長い鍼灸治療の経験のなかで,数多くの症状と向き合ってきた。たとえば,毎日同じ時刻になると起こる頭皮痛,声帯には異常がないのに裏声になって会話ができない,足の爪は大丈夫なのだが手の爪だけがどれも数週間の間に爪床から剝がれてくる,何年も続くしゃっくりなどなど,例を挙げればそれこそ枚挙に暇がないほどである。
 こうした経験は鍼灸治療に携わる鍼灸師ならば多かれ少なかれ誰でももっているものである。
 どのような症状の場合も,当然,四診合参による弁証診断を行い,臓腑・気血・経絡の変動をとらえてその治療を本治とするのだが,「標本同治」の原則に立つならば,同時に各組織器官の側から症状を把握することも必要なのではないだろうか?
 たとえば,「よく物が見えない」「目がかすむ」といった眼の「目内障」の症状を扱う場合,「肝は目に開竅している」から肝の病変ととらえるのは,いささか乱暴すぎる。眼は目系を介して脳と繋がり,目系には肝経・心経・胃経が流注しているので,物がよく見えるためには,腎精から変化した髄が脳に充分に蓄えられ,また肝血・心血・胃気がおのおのの経脈を通して目系に滞りなく注がれていることが必須だからである。したがって「目内障」の場合,腎・肝・心・胃もしくはそれらの臓腑に内属している各経脈の,いずれかの臓腑もしくは何経に変動があるのかを分析しなければ,治療は成り立たない。
 結論として,各組織・器官はどのような経絡が流注し,経絡を通じてどの臓腑と関係が深いのかを各組織・器官の側からとらえる視点が必要である。
 ところが,日本で出版されている既存の中国医学書や東洋医学書のほとんどは,一般的に陰陽五行説から始まり,五臓六腑を中心に身体論を展開し,「五官」「五主」「五華」といった身体の諸組織・器官を「肝は五官では目,五主では筋,五華では爪」といった五臓六腑との関連で説明するだけであり,まして,それ以外の咽喉・前後陰・乳房など全身のさまざまな組織・器官に対してはほとんど触れることもない。これでは筆者を含め鍼灸の現場での必要性を十分に満たすことはできない。
 本書のベースになっているのは,東京医療福祉専門学校 教員養成科での筆者の授業である。これまで毎年,養成科1年生に対し,1年間をかけて「中国医学の身体論」の授業を続けてきた。鍼灸師の国家試験に向け各鍼灸学校の「東洋医学概論」が陰陽五行論でこま切れにした身体の棒暗記に終始する現状では,鍼灸師になっても中国医学にもとづいた総体的身体認識がまったくできていない。そこで教員養成科では,改めて「中国医学の身体論」を学び直してもらっている。
 本書はその授業で毎回配布してきた膨大な資料から,「気血学説」「経絡学説」「精神論」を省き,その代わりに中国医学の古典にもとづいた諸組織・器官を数多く盛り込み,引用した古典に対してはすべて現代語訳を付けた。
 本書が鍼灸の治療現場で中国医学の立場から日々治療に携わる鍼灸師・医師の方々に,いささかでも益するものがあるならば執筆の労は報われるであろう。


2021年11月
浅川 要



『中国医学の身体論――古典から紐解く形体』凡例

 
 
凡例
 
 
1.「第Ⅰ部 臓腑」の各論「五臓」の記述順は,五臓の位置の高低に従った。したがって「肺,心,肝,脾,腎」の順になっている。
2.「第Ⅰ部 臓腑」の各論「六腑」の記述は,『素問』五蔵別論篇にもとづき「胃,大腸,小腸,三焦,膀胱」の順とし,五蔵別論篇に記載されていない「胆」を最後とした。
3.「第Ⅰ部 臓腑」の各論「奇恒の腑」の記述順は,『素問』五蔵別論篇の「脳,髄,骨,脈,胆,女子胞」にもとづくが,「胆」は六腑で扱っているので,「奇恒の腑」では省略してある。
4.総論や各論のすべての末尾に「参考資料」として,中国医学古典からの引用文を付けた。
5.「参考資料」の引用文は,原文・書き下し文・現代語訳・一部語句に対する語釈からなる。
6.引用文の文末に,引用文の書名・引用した章篇を( )の中に記した。
7.「参考資料」の『素問』原文は,明・顧従徳本(底本は日本経絡学会影印本1992年版)を使用した。
8.「参考資料」の『霊枢』原文は,『霊枢』明・無名氏本(底本は日本経絡学会影印本1992年版)を使用した。
9.「参考資料」の『難経』原文は,江戸時代の多紀元胤著『黄帝八十一難経疏証』(底本は国立国会図書館所蔵139函65号)からのものを使用した。
10.「参考資料」として引用した『素問』『霊枢』『難経』以外の中国医学書の漢字表記は,常用漢字にない一部の漢字を除き,常用漢字を用いた。
11.『素問』『霊枢』『難経』の書き下し文は,東洋学術出版社刊『現代語訳◉黄帝内経素問』『現代語訳◉黄帝内経霊枢』『難経解説』におおむね準拠したが,個人的判断で一部を変えている。
12.『素問』『霊枢』『難経』以外の引用文献の書き下し文は,筆者の判断に照らして付した個人的なものである。
13.『素問』『霊枢』からの引用文の現代語訳では,『素問白話解』(山東省中医研究所研究班
篇,1963年刊)と『霊枢白話解』(陳璧琉・鄭卓人 合編,人民衛生出版社1962年刊)の中国語現代語訳をかなり踏まえている。
14.総論や各論の「参考資料」で,一部同じ引用文を使った部分があるが,総論や各論を説明するうえで必要と考え,同一の文章を引用している。
15.「参考資料」として引用した古典の語句に対する語釈などを,「語釈一覧」として本書の巻末に掲載した。配列は音読五十音順である。
16.「参考資料」として引用した文献の「引用文献目録」を,本書の巻末に掲載し,書名・書名の読み方・王朝名・西暦の刊行年・著者名・著者名の読み方を付した。配列は発行年代の古い順である。
 

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