▼書籍のご案内-序文

『中国傷寒論講義』まえがき

 
 
まえがき
 
 
 中国教育部と中国中医薬管理局は中医教育推進のため,基礎諸科目の講義(各科目は約50分の講義で計80回前後から成る)の映像教材を作成した。各教科には中国全土からその道の第一人者が選ばれ,『傷寒論』は北京中医薬大学の郝万山教授が担当された。
 映像教材が完成して数年後,映像教材をもとに,講義者自身の加筆訂正などを経て,『講稿』シリーズと命名されて人民衛生出版社から発刊された。
 この度出版される本書は,上記の『郝万山傷寒論講稿』(人民衛生出版社,2008年)をもとに,日本の読者向けに大幅に加筆したものだ。収録の条文には,すべて訓読と現代語訳を付けた(多くは『現代語訳・宋本傷寒論』(東洋学術出版社,2000年)から引用したが,解釈が異なる場合は,これを反映させた)。また,郝先生講義の上記映像資料からも,参考資料として多くを引用した(本文中では「ビデオ教材より」と明記)。その他にも,興味ある資料を多く追加した。
 
本書の特徴:
1.そもそも『傷寒論』は,『傷寒雑病論』として張仲景によって著されたが,その伝承の過程で『傷寒論』へと,その名前と内容とを変化させた。『傷寒論』中になぜ「雑病」の内容も含まれているのか,その理由を詳述している。
2.全56条から成る「厥陰病篇」には,もともと条文はわずか4条しかなかった。残りの52条文は,その後に続く「厥利嘔噦篇」の条文である。現行の『傷寒
論』では,この「厥利嘔噦篇」の篇名が脱落し,元来ここにあった条文は前の
「厥陰病篇」に移行・編入された。このことが,厥陰病を理解困難にしている一因だと指摘している。
3.王叔和が張仲景の「直弟子」である説が紹介されている。
4.成無己が注釈した「項背強(こわば)ること𠘧𠘧(しゅ しゅ)」の誤りを指摘・修正している。
5.「蒸蒸と発熱」,「翕翕と発熱」,「淅淅と悪寒」など,『傷寒論』中に頻用される「連綿詞」は「音」だけを使用しており,字義とは関係ないことを説明している。
6.「満」の字について,「腹満」はそのままでよいが,「胸満」は「胸悶」と読み換える必要があることを指摘している。
7.仲景は『傷寒論』の中で,「中風」と「傷寒」をそれほど厳密に区別して使用しているわけではない。同様に本書において郝先生も,「風邪」「寒邪」
「風寒の邪」の区別もそれほど厳密ではない。
8.当時,白虎加人参湯に配合された人参は,現在の人参とは別物であった。50年前に絶滅した山西省上党地区に産した「上党人参」が,当時の人参に近いと考えられる,とのこと。
9.「煩躁」と「躁煩」とは,病機・症状が異なることを説明している。
10.少陽病の「往来寒熱」の病機について「分争」の点から説明している。これに関しては,郝先生の師である劉渡舟教授の見解を継承しているが,別の解釈に至っている。また,少陽病に現れる発熱は,「経証」で出現する往来寒熱だけでなく,「腑証」の場合は持続的な発熱が現れることを説明している。さらに「少陽腑実証」の概念を提起している。
11.『傷寒論』の傷寒は6日,中風は7日で治癒するという記載にもとづき,これを発展させ,動物の体内時計の問題に言及している。
12.従来は「太陽と少陽の合病」とみなされている柴胡桂枝湯証に対し,郝先生は「太陽・少陽・太陰の同病」との自説を紹介している。
13.太陽病に消化器症状が伴う場合の病機,「太陽と陽明の合病で下利する」場合の病機について,明解な説明がある。
 
 以上,本書に述べられた,従来の『傷寒論』解説書には見られない話題のいくつかを列挙した。『傷寒論』学習者にとって,興味津々の見解を満載した本書は,きっと読者の知的好奇心を満たすものと確信する。


生島 忍