▼書籍のご案内-序文

『[簡明]皮膚疾患の中医治療』 徐序

 
 
自序
 
 
 14歳頃から内科・婦人科を専門とする有名な老中医であった伯父の傍で中医学を学び始めました。大学卒業後,同大学の『黄帝内経』研究室に4年間在籍し(一定の時間を割いて内科外来もやってきました),そこでは主に古典研究と学生教育を行い,文献学的な仕事をすることが多かったです。しかし,仕事を続けるなかで,実用科学である医学は実践と理論の確認を繰り返すことによって深めていくべきだと考えるようになり,どうしても臨床をやりたくなったので,中医外科に属する皮膚科専門医に転向しました。
 当時は稀な存在であった中医皮膚科の名老中医で,皮膚科初代主任教授の劉復興先生に師事しました。しかし,皮膚科に転向して,厳しい現実を突き付けられました。患者が目の前に来ても,皮膚症状がわからず,診断・弁証ができなかったのです。
その時,劉復興教授から「皮膚科の医師は職人であり,臨床経験が重要です。いくら皮膚科学理論を覚えても,いくら内科の臨床経験があったとしても,皮膚の発疹を実際に見ないとわからないし,弁証もできません。何人もの患者の症状をよく見て,目を慣らしていくことでしか上達できないのです」と教えていただきました。
 さらに,「中医皮膚科は割に新しい分野ですが,診断・治療の方法は,現代医学の皮膚科の方法とは異なるので,両方の知識を用いてアプローチしたほうがよい」と指導されました。
 「理論をしっかり覚えたうえで,臨床を一所懸命に続けて目を慣れさせ,診断ができるようになってからさらに症例を積み重ねて自分のものにしていく」という教えは,心の底にまで刻まれました。
 その後,日本に留学に来たとき,博士課程の指導教官の池田重雄教授からも「医師の最大の任務は目の前の患者の病気を治すこと,他は二の次です」と,臨床の重要性をさらに叩き込まれました。
 27年前,留学のために来日したばかりの頃に気づいたことがありました。それは,日本ではアトピー性皮膚炎をはじめ,アレルギー性皮膚疾患の発病率が非常に高いこと。そして中医学の「温病学説」(中医皮膚科学の診療において重要な指導性を持つ理論)があまり普及していない,ということです。
 そのため,日本漢方には皮膚病専門の教科書が少なく,治療する処方も少ない現状になっているのではないかと感じました。時には中医学の処方があればよいのにと思うこともありました。そうした思いがつながり,会社ではさまざまな商品や中医美容コスメの開発を実現しました。
 そしてこの度,中国の中医皮膚病の診療方法を日本に紹介したいという思いは,東洋医学出版社の井ノ上匠社長のご理解を得て,本書の出版という形で実現することができました。
 できるだけ詳細な中医皮膚病治療の経験を書き留めていきたいという思いはありますが,中医学は何千年もの歴史を持つ伝統医学であり,数え切れないほどの臨床経験にもとづいた治療理論と処方が伝承されています。そのため,中医治療経験という大海原から取れるのは,たとえ有名な先生であってもわずかひとすくいにすぎません。
 さらに,中医学と現代医学の方法論は異なります。使用される用語,概念の内包と外延は現代医学とは異なります。たとえ同じ言葉を使っていても意味が違います。そのため,中医皮膚科の治療理論をしっかりと伝えていなければならないと思っています。
 本書の編集にあたって,どうすれば中医皮膚病治療学をわかりやすく伝えることができるのか,その方法を次のように考えました。
 
 1.中医学における皮膚病への取り組みの考えを中心に紹介し,中医皮膚病の臨床経験と中医の弁証方法を示す本にしたい。
 2.すべての皮膚病疾患を網羅するのではなく,臨床においてよくみられる疾患を集約したい。
 3.ポイントを箇条書きにして,中医皮膚病の診断・弁証の方式を,図・表の形で示し,読みやすいようにしたい。
 4.同じ分類の皮膚病を中医学の総説にまとめ,主な中医学治療の理・法・方・薬の方向性を示したい。
 5.①内服,②外用とスキンケア,③養生の中医皮膚病治療の三本柱の総合的アプローチの方法を示したい。
 6.中医学の典型的な弁証論治と治療方薬を示す以外に,日本において使用可能な製剤も併記したほうがよい(ただし,方向性は類似していますが,まったく同じ効果を保証するものではありません,ご容赦願いたいです)。
 
 本書を通して,中医皮膚病の弁証・治療などの考え方をご理解いただき,少しでもみなさまの皮膚病の臨床に役立てば幸いです。
 最後に,出版にあたって中国の著名な中医皮膚科専門医である徐宜厚(じょ ぎこう)教授の励ましと,関係者のみなさまのご協力に深謝致します。


編著者 楊達 記
2020年8月吉日