序
健康寿命が取りざたされている昨今,食と健康に対する関心はますます高まっているように思われるが,食によって病気を予防し,健康を維持するためには,食材効能に関する豊富な知識と適切な運用が不可欠であることはいうまでもない。中国における「食治」の実践は周代に遡るといわれ,永い年月を通して食材効能に関する知識と運用の経験が数多くの本草書の中に蓄積されてきた。中華人民共和国建国後も『食物中薬与便方』などの良書が多数出版され,「食治」に関する豊富な知識が提供されている。これらはわれわれにとっても有意義なものであり,そのいくつかは日本語に翻訳されてすでに出版されているが,そこに掲載されている食材はごく限られたものであって,今日の多彩な食事情に対応してはいなかった。「食治」を日本に根付かせるためには,われわれ日本人が日常食している食材を網羅する総合的な事典がどうしても必要である。そのように思い立って参考資料を集め始めたのだが,十数年を経てここにようやく本書を上梓することができ感慨深い。
われわれ日本人が常食としている食材は,植物類470種,魚介類250種,畜禽類他120種余りであり,そのうち本書は,植物類455種,魚介類156種,畜禽類他102種を収録する。植物は『中薬大辞典』を,動物は『動物本草』を基礎資料とし,これらに記載されないものはさまざまな文献を渉猟して補い,効能や用例を多数補塡した。植物類や畜禽類に関してはほぼ満足できるものとなったが,海産魚介類はかなりの品目を欠く結果となった。これは四方を海に囲まれた日本と大陸を領有する中国との相違であり,海洋生物に関する研究の進展を今後に待つしかあるまい。
巻末の参考文献一覧にある通り,本書は主に中国文献に基づいたものであるが,中国文献の多くは,食材が有する効能と適応例を個々に一括表記しており,内服と外用の区別も曖昧であった。そこで本書は効能と適応例を対応させて記載し,内服と外用の違いを明らかにすべく努めたが,異なる見解も多々あろうかと思う。忌憚のないご意見がいただければ幸いである。
最後に,東洋学術出版社の井ノ上匠氏,ならびに度重なる改変作業にお付き合いくださった編集部の皆さまに衷心よりの謝意を申し述べ,菌類に関して助言をいただいた松井英幸,石垣芳久両氏に御礼申し上げて序文としたい。