序
本書は,あくまで東洋医学の考え方に立脚して,病気の見方・考え方をやさしく解説したものである。
とかく医学は1つだと思い込みやすい。これは,明治より西洋医学的思考に慣らされたためであろう。たとえば学問的には動物であるが,社会的には魚と思われているクジラや,西洋画と日本画のように,世の中にはさまざまな見方・考え方がある。これは常識的とさえいえる。じつは,西洋医学と東洋医学も同様である。つまり,この両者は,まったく異なった医学体系である。東洋医学の存在理由はそのためといえる。
幕末に,西洋医学が入ってきたとき,当時の漢方医たちは,まず漢方の考え方で西洋医学を理解しようとした。当時の漢方医にとって西洋医学の理論が難解であったことは想像に難くない。しかしそれでは非効率と気付き,すぐに西洋医学の考え方そのものを学習しようとした。日本で西洋医学が著しい発展を遂げたのは,よく知られるところである。西洋医学の考え方ではなく,東洋医学の考え方そのもので解説しようとしたのは,このためである。
さて,たとえば「虚」という漢字をわれわれ日本人は,「うつろな」「むなしい」「よわよわしい」というふうに感じてしまう。故に虚証と聞くと,弱々しい人と思ってしまうのではないだろうか。本来はそういう意味ではなく,「あるべきものがなくなった」という意味である。漢字が出来てから数千年が経つうちに,漢字の意味が少しずつ変化しているからであろう。つまり,東洋医学理論が難しいと思う一つの理由は漢字にある。私たちはなまじ漢字を知っているが故に,漢字の意味を限定して考えていることに気づかない。
そこで優しい言葉であったとしても,用語はその漢字の解説を施した。また,症例をなるべく多く入れ,東洋医学的な病態理論・方剤の解説を心がけた。
本書の出版にあたっては,新井悦子様をはじめ吉祥寺東方医院の職員の方々にたいへんお世話になった。心よりお礼を申し上げる。本書を父母,妻政子,清香,純香に捧げる。
平成30年2月 そのなるをことほぐ日に 三浦於菟