▼書籍のご案内-序文

『針灸治療大全』

 


 針灸が中国に誕生してからすでに4,5千年の時が流れ,今では中国医学の貴重な財産として重要な位置を占めている。この40年余りというもの針灸学は空前の発展を遂げ,その臨床研究・実験研究・文献研究・針灸教育の深化・発展につれ,世界中の医学者の注目を集めている。おおまかな統計によれば,1975年から今に至るまで,120余カ国の千人単位の医師が相前後して中国を訪れ,針灸を学習しているという。そして彼らが帰国したのち,習得した理論・知識・操作技術を臨床実践することで,各国の医療保健事業におおいに寄与してきた。針灸医学は,これらの国の医学の一部としてすでに確立されているのである。
 1989年10月30日から11月3日まで,WHOはジュネーブにおいて国際標準針灸穴名科学組会議を招集したが,審議の結果WHOアジア地域の推薦する「標準針灸穴名方案」を「国際標準針灸穴名方案」として採択し,それによって針灸医学を全世界にさらに普及させ発展させるための道筋を示した。
 張文進先生は中医針灸の教学と臨床の第一線において長年活躍し,臨床に力を尽くし,適応症の範囲拡大に努力し,各分野における適応症の治療効果向上に努めてこられた。その適応症に関する厖大な治験例を収集整理したうえで編纂・出版された本書は,針灸に携わるものにとって,実践的な針灸処方を提供する貴重な参考書となるだろう。簡単ながら以上をもって序とさせていただきたいと思う。


1999年1月19日 中国中医研究院針灸研究所にて 王徳深





 内科・外科・婦人科・小児科・男性科・五官科などいずれの科の疾病に対しても,針灸治療の効果が迅速で良好であることは,歴代医学者の多くの貴重な経験によっても明らかである。
 ただ残念なことには,いくら治療効果が優れていても,古代から今に至るまでの医籍の中でその治療法が論じられたことはなかった。ある特定の著書がある特定の病症についての治療法を論じたとしても,弁証分型や補瀉法があいまいなのでは,追随のしようがないではないか。
 張文進先生は長年中医針灸の臨床と教学に携わってこられ,臨床経験が豊富で理論面でも卓越している。特に申し上げたいのは,先生が20年余りの間針灸の治療範囲を拡大するための研究に全精力を傾けてきたということである。どんな病症に対しても中薬治療と同じように厳密な弁証による選穴治療を施し,数多くの病人を治癒させることで,それまでの文献には記載されていなかった厖大な治療経験を蓄積してこられた。この『五百病症針灸弁証論治験方』は,歴代医学者の治療経験を先生が長年の臨床を通して検証・総括したうえで,針灸の治療範囲を拡大するために刻苦勉励してきた先生独自の研究の結晶を付け加えている。本書に収載された各科病症は合計で548種類あり,国内外を含めた書籍のなかでも現時点で最多となっており,空白となっていた2百余種の病症の針灸治療を補填している。各病症に対しては,病因病機,弁証,処方・手技,処方解説,治療効果の順に詳細かつ簡潔な説明が加えられている。
 すなわち本書は,学術的にも実用面でも非常に価値のある参考書であるといえ,本書が上梓されたことは,針灸の臨床・教学および科学研究に携わるものや,医学院の学生,自主学習する者達にとって,おおいに裨益するものである。


1999年7月 河南省中医研究院にて 畢福高




まえがき


 内科・外科・婦人科・小児科・男性科・五官科などのさまざまな病症に対する針灸治療の効果はきわめて高いが,歴代の針灸文献で論じられているのは,それらの病症のうちのほんの一部に過ぎない。現在,高等中医院校の針灸専門教材である『針灸治療学』に収載されている病症はわずか111種類のみであり,現時点で収載数が最も多い『中国針灸治療学』でさえもわずか270種類余りである。またある特定の文献がある特定の病症に対する選穴を論じていたとしても,弁証分型があいまいで補瀉法がはっきりしないのでは,あまり実用的とはいえないだろう。
 20世紀60年代末,辺鄙な農村だった筆者の故郷では,まだとても貧しく医師や医薬品にも事欠くありさまだったので,病気になってもお金がなくて治療を受けられなかったり治療が後手に回ったりしたものだった。筆者の母親は肺結核を患ったが,すぐに有効な治療を受けることができずに亡くなった。新婚間もない妻は慢性腎炎を患い,地方政府から救済の手をさしのべられたものの焼け石に水で,正規の薬物による治療を受けることができなかったために病状は日に日に悪化していった。当時の社会では「1本の銀針で百病を治療する」ということが提唱されていたので,筆者にはいくらか針灸についての理解があったうえに苦境に立たされたことから,自らも針灸の臨床研究に携わり針灸学を習得しようと決意した。費用がかからないかわずかの費用だけで病気を治すことができるこのような療法を用いて,多くの病人,特に貧困のために治療が受けられない病人の病苦を取り除こうと決意したのである。そして筆者は1969年から針灸の臨床に携わり,大衆の疾病を治療するための無料の奉仕治療を始めた。満足できる治療効果をあげ,できるだけ多くの病人の病苦を取り除くために,古今の中医・針灸書籍を渉猟して研究し,歴代医学者の優れた点を取り入れながら,歴代文献にすでに治療法が記載されている疾病を治療すると同時に,治療範囲を広げるための研究に没頭し,まだ治療法が記載されていないどのような病症に対しても,中薬治療と同じように厳密に弁証し,病因・病変部位・関連する臓腑および経絡などをもとにして選穴処方するとともに,最適の補瀉法や置針時間等の探究に力を注いだ。臨床研究の結果は,はたして意図していたとおりのものであった。歴代文献に記載されていない病症は非常に多かったが,真摯に診断し正確に弁証をしたうえで治療をすれば,有効率はほぼ100%であり,大多数の症例の治療効果は非常に高く,中薬や西洋薬で長年治らなかった難病でさえも治癒させることができた。無料のボランティア治療であるうえに治療効果も良かったために,訪れる病人は跡を絶たず,毎日延べ30人以上,ときには60人以上に達する日も多かった。1970~1992年の23年間で,治療を受けた病人は合計で延べ約30万人以上に及んだ。臨床においては,治療法が記載されていない病症について特に注意を払い,時宜を逃さず治療するとともに観察分析した。ゆえあって診療室に来られない患者には,治療および観察を中断させないために,たとえ仕事が深夜に及んだとしても,またときには自らが病気になったときでさえも,患家を訪れ治療を続けた……20年一日のごとくこのように針灸の臨床研究と治療範囲を拡大するための研究を重ねた結果,幾多の患者が治癒すると同時に,筆者自身も歴代文献に記載のない病症についての大量の治療経験と教訓を得ることができた。1992年8月の初めまでの統計では,筆者が治療した病症は560余種に達し,そのうち治療法が記載されていない病症は200余種に及んでおり,大量の針灸処方を蓄積することができた。
 このように,針灸で弁証論治治療をすれば優れた効果が得られるにもかかわらず,歴代文献には取り上げられていない病症は非常に多い。そのような状況下でも,針灸に携わる優秀な同僚たちは,「弁証論治」こそが中医の「神髄」であり,中薬治療においてもそうであり,針灸治療においても同様であることを知っており,治療法が記載されていない病症に遭遇したときには,中医の基準に従って厳密に弁証し,病因や病変部位の寒・熱・虚・実や関連臓腑・経絡をはっきりさせたうえで腧穴を選択し最適の方法で治療しているので,自然に高い効果が得られている。しかし大多数を占めるレベルのあまり高くない鍼灸師たちが治療法のない病症に出遭ったときには,打つ手がなく治療をあきらめているというのが現状である。これは,針灸によってできるだけ多くの患者の病苦を取り除きたいという目標を実現するうえでは,非常に大きな障害となっている。
 このような状況を目の当たりにした筆者は,多くの病人,特に貧困な病人の病苦を取り除くために,自らの浅学をも顧みず,30年近く行ってきた各種病症に対する針灸治療の経験を整理することにした。本書の上梓が一石を投じ,針灸に携わる多くの同僚たちが治療範囲を拡大し各科病症に対する針灸治療,特に歴代文献に治療法がない病症に対する治療効果をさらに向上させるためにともに奮闘努力せんことを希望するものである。
 本書は7つの章にわたって548種類の各科病症を収載しているが,そのうち内科は87種類,外科91種類,男性科17種類,婦人科152種類,小児科31種類,五官科166種類,その他が4種類である。各病症についてはまず主症を説明しているが,一部の病症についてはその西洋医学的病名や西洋医学のどの疾病に現れる病症かについても述べている。またごくまれには西洋医学的病名のみで収載されているものもある。主症のあとには,病因病機・弁証・処方・処方解説・治療効果を説明するとともに,症例を1~数例附記している。その他一部の病症については附注を加え,治療をする際の注意事項を述べている。
 掲載されている各病症の処方は高い確率で効果が認められたものであり,その中には一般的な選穴,弁証選穴,毫針による補瀉法・置針時間,灸法,三稜針による施術法などに関する記述が含まれている。毫針の補・瀉・平補平瀉の操作方法,三稜針などの操作方法については,通常の伝統的な方法に準拠した。毫針による補法の操作方法としては,通常刺入して得気を得たのち軽く雀啄・捻転するという弱刺激を採用しており,抜針はすみやかに行い,抜針後はすぐに比較的乾いた消毒綿で針孔を数秒間押える。瀉法の操作方法としては,刺入して得気を得たのち,患者が耐えられる範囲内でできるだけ大きく・速く雀啄・捻転するという強刺激を与え,抜針時は針を揺らして針孔を大きくするが押えず,アルコール綿で針孔をさっと拭いて消毒するだけである。平補平瀉法の操作としては,雀啄・捻転の振幅や速さが中程度であり,つまり中程度の刺激を与えるものである。補法は虚証の治療に適し,瀉法は実証の治療に適し,虚実が不明確な一般的な病症には,平補平瀉法を使用する。置針時間に関しては,『黄帝内経』の「熱すればすなわち疾くする」「寒なればすなわちこれを留む」という原則にしたがい,臨床においては次のように行っている。実熱証・虚熱証に対しては,病因をもとに選穴した腧穴に持続的な行針(間欠的な行針でもよい)を数分間─通常は5分間前後行い抜針する。寒実証・虚寒証に対しては,30分前後あるいはそれよりさらに長い時間置針し,間欠的に行針を行う。寒熱がはっきりしない一般的な病症の場合は,20分前後置針して間欠的に行針を行う。筆者の観察の結果では,置針時間を掌握するかどうかも治療効果を高めるためのポイントの1つである。その他の注意事項として,灸法は温熱刺激に属し温陽散寒などの作用があり寒証に対して効果を発揮するので,寒実証・虚寒証に対しては刺針法の説明の後に灸法(艾炷灸か艾条灸)を加えている。灸法を加えれば,寒実証や虚寒証への治療効果を高めるのに役立つことは確実である。ただし医師あるいは患者が望まなかったり,さまざまな理由で灸ができなかったりする場合は,毫針のみで長く置針(30分間あるいはそれよりもさらに長く)するとよい。
 本書は,針灸の臨床・教学・研究に従事する同僚たちに参考資料を提供するものであり,また医学院の学生や自主勉強する人びとが針灸治療学を勉強する際の参考になるだろう。
 本書の編集過程においては,河南省南陽張仲景国医学院の指導者や多くの教師の方々の励ましやご支持をいただき,また時興善・張長安・王倫・楊金鎖等同志の方々にはお忙しいなか原稿の抄写に協力していただいた。また原稿の完成後には,針灸界の重鎮である元中国中医研究院院長で第2回世界針灸聯合会主席であり,現在の世界針灸聯合会終生名誉主席である王雪苔先生や,中国中医研究院針灸研究所所長で,世界針灸聯合会第5回主席であり,元世界針灸聯合会秘書長である鄧良月先生に,ご多忙にもかかわらず原稿を考査いただくとともに,ご親切にも本書のために題辞をお寄せいただいた。また中国中医研究院針灸研究所文献資料研究室主任である王徳深研究員には,講演先から帰国したばかりで休息する暇もなく疲労困憊のなか,原稿の考査をしていただくとともに,序文をお寄せいただいた。元河南省針灸学会会長であり河南中医研究院研究員である畢福高先生には,お忙しいなか本書のために序文をお書きいただいたうえに,近頃では重病をおして序文を補足していただいた。ここに各位に対して,衷心よりの感謝を献げたいと思う。


2002年春 河南省南陽張仲景国医学院にて 張文進