序にかえて― 問診から始めよう
中医学では四診合弁を重要視する。四診をフル活用し総合的に診断せよ,という意味である。総合的といっても,それぞれの診断法が同じ立ち位置にいるわけではない。また,同じ構造を有するわけでもない。
考えてみれば道理であるが,四診のうち問診のみ異なる特徴を有する。その特徴をひと言でいえば,言語往来の原則に尽きる。問いに対して相手が答えるという,いわばキャッチボール式の情報収集法である。
この相互性は,ほかの三診にみられない特徴である。問診以外の診断法,たとえば脈診や舌診などは,術者のもつ理論で相手の情報を汲み上げている。当然ながら,理論が稚拙だと情報を収集することができない。
その点,問診は術者自身の学識の高さを問われない。何とありがたいことか,初学者が主体とする情報収集法としてはうってつけではないか。もちろん,問診それ自体の作法や,相手への説明力などの諸問題が内在し,中医用語と日常用語との乖離を埋める力,言葉の行間を読む力,瞬時に相手の思いを察する力などは不可欠であろう。研修生や学生に接していると,カルテを取るという作業に没頭するあまり,患者の話を聞き漏らすという事象にたびたび遭遇する。
自らの努力で知り得た理論や知識が,問診の稚拙さゆえに活かされないケースを見るのは余りに忍びない。これが本書を手がけた動機である。
特に自覚症状・既往歴・家族歴などにおいては問診の独壇場であり,問診レベルの向上により,本人のもつ諸知識に統一感が生まれ,飛躍的に弁証力が上がることもまれではない。
『素問』徴四失論に「病を診るにその始め,憂患飲食の失節,起居の過度,あるいは毒に傷(やぶ)らるるを問はず,此を言ふを先にせず,卒(には)かに寸口を持つ,何(なん)ぞ病能く中(あた)らん」(病気を診断するのに,その発症時期,悩み苦しみ,飲食の状態,生活のリズム,あるいは中毒ではないかなどを聞かずに,問診に先んじて脈診をとる。こんなことで,どうして正しい診断ができるだろうか!)という下りがある。
本書はこの精神に即しながら,「いかにして問診レベルを上げるか」をテーマとした。これは人見知りで,頭の回転の遅い筆者の課題であった。
今回,過去に習ったこと,感じたことを思い出しながら整理した。幸いなことに,家内邱紅梅(きゅう こう ばい)から意見をもらう。第5章および第6章ジョイント問診の項では,本当にジョイント(共同執筆)してくれた。夫婦をやって20年以上経つが,はじめてのジョイントではないだろうか。愚鈍な筆者から見ると才女すぎて「歩く中医書」に見える家内であるが,義父邱徳錦(小児科医)から受け継いだ「常に何事にも全力を尽くしなさい」という言葉を大事に守っている姿勢には,人として頭を垂れるしかない。妊娠年齢の平均が40歳を優に超える臨床歴を多数もつ助っ人の参入は心強い。
全体を通してみると,中医用語にどこまで統一感をもたせるかに難儀した。極力,初学者がわかりやすいように平明な中医学用語を心がける。病理に関しては最も適当と思われる語句を選択し,証名に関しても気血津液弁証,経絡弁証,臓腑弁証,病邪弁証内にとどめ,六経弁証,衛気営血弁証などは後ろに括弧付けする。
最後に,頭の回転以上に筆の遅い筆者と飽きずにお付き合い下さった東洋学術出版社 井ノ上匠社長,編集に尽力下さった桑名恵以子様,校正に関するご助言をいただいた三旗塾前橋倶楽部代表 北上貴史先生,三旗塾 松浦由記絵先生,山口恵美先生および河本独生先生には,この序文をもって御礼の言葉に代えさせていただくこととする。
2014年3月
金子 朝彦