▼書籍のご案内-序文

『[新装版]中医臨床のための中薬学』

はじめに


 中医学の弁証論治は日常の臨床において不可欠であり,学習を深め経験を重ねるにつれて重要性がよくわかり,認識が深まるとともに治療効果も高まっていくことは,紛れもない事実である。病因・病機を把握したうえで当面の病態を明確に弁明し,弁証にもとづき予後もふまえたうえで的確な論治を行うことが理想であり,確実かつ十分な治療効果をあげるには,適切な薬物を選択して治法に則した適確な処方を組むことがとくに大切である。そのためには,薬性理論を把握したうえで,個々の薬物の効能と適用を十分に知っておく必要がある。
 中医学は西洋医学とはまったく系統の異なる医学であり,臨床という具体的な場から抽出され,数千年の歴史的な検証を通じて取捨選択を受け,抽象することにより体系化された「治療医学」とみなすことができる。進歩した現在の西洋医学であっても包括しきれない巨大な内容をもち,実際から出発して抽象を重ねた体系であるために,医学的認識としては西洋医学よりもはるかにすぐれた「将来の医学」といえる姿を備えており,「偉大なる宝庫」と呼ばれるゆえんである。このような中医薬学を,単に西洋医学的に解釈し評価して使用しても,新たな治療手段が加わるだけで,中医学のもつ本来の内容や価値は利用されないままであり,大きな意味は持ち得ない。中医学を真摯に研究し学習して正しく把握し,臨床を通じて十分な成果をあげることが,新たな観点に立脚した医学としての新展開をもたらし,新しい医学の創造につながると考えられる。
 1979年に神戸中医学研究会が翻訳上梓した中国・中山医学院編『漢薬の臨床応用』は,その当時の日本においては非常にすぐれた画期的な漢薬(中薬)の解説書であり,熱狂的に迎えられて版を重ねてきた。中医薬学の初学者にとっては現在でも十分に価値があり,当書によって目を開き中医学の研鑽を積んでこられた諸氏も多いと聞く。ただし,中医学の学習がある水準にまで達すると,当書が西洋医学的にかなり咀嚼されているために,かえって日常の中医臨床と結びつけ難く,困惑することに気づく。中医学の理論にのっとった中薬の解説書が望まれるゆえんである。


 本書は,『中薬学』(周鳳梧主編,山東科学技術出版社,1981年),『臨床実用中薬学』(顔正華主編,人民衛生出版社,1984年),『中草薬学』(上海中医学院編,商務印書館,1975年),『中医方薬学』(広州中医学院編,広東人民出版社,1976年)の記載を主体に,他の中薬関係の書籍を参考にして編集している。内容は以下のようである。
 総論では,中薬の簡潔な歴史から始まり,薬物の治療効果と密接に関わる薬性理論(四気五味・昇降浮沈・帰経・有毒と無毒・配合・禁忌)を述べ,薬材の加工と薬効の改変に関連する炮製・剤型の具体的内容と意義を示し,さらに用量と用法を解説している。
 各論では,薬物を主な効能にもとづいて章節に分類し,各章節に概説を付すとともに,それぞれの薬物について,さし絵を付し,[処方用名][基原][性味][帰経][効能と応用][用量][使用上の注意]を述べ,適宜に関連する方剤例を示している。なお,中薬の効能と適用については,経験にもとづいた独特の薬効理論と特殊な中医病名が総括されており,的確な解説や解釈ができなかったり,誤った解説をしたり,応用の記載が欠落している可能性があるので,とくに[臨床使用の要点]の項目を設け,中医学特有の理論を示している。これが本書の特色であり,最も重要な部分であるところから,とくに点線で囲み強調している。
 なお,薬物の[基原]については金沢大学薬学部・御影雅幸教授の参加をいただき,現在の日中両国の現況をふまえたうえで,従来には見られない斬新な解説を行っている。さし絵は和漢薬研究所・橋本竹二郎氏の労作である。


 本書の主な内容は,1992年の出版以来,幸いにして多くの読者を得て版を重ねており,われわれのめざした方向は正しかったと考えている。しかしながら今なおわれわれの経験や水準に限りがあるために,誤りや未熟な点が混入していると思われる。読者諸氏の御批判・御訂正をいただければ幸甚である。


神戸中医学研究会