まえがき
現代の日本人が中医を学ぶとき,大きな問題が2つあります。
それは……
①中医学は,大昔の人が作ったものである
―→ だから「時代の壁」を越えなくてはならない。
②中医学は,中国の人が作ったものである
―→ だから「文化の壁」を越えなくてはならない。
という問題です。
この2つの壁を意識せずに進むと,ものの見事に「ずっとまじめに勉強しているのに,いつまでたっても分からない」という状態に突入します。
実際,そういう人は少なくありません。
この「壁」の問題については,第1巻・第1章の冒頭でも取りあげています。
そして第1章にとどまらず,この叢書を読んでくださる皆さんが,なるべくスムーズに2つの壁を越えられるよう,全体に渡ってハシゴをかけつづけました。
それが私の仕事であり,本書の価値だと思うからです。
入門書というものは,本来,その領域を極めた大先生が書くものです。
私はもちろん,大先生ではありません。でも私は「中医学という,広く深い世界のガイド」としては,それなりに有能なガイドの一人であると思っています。
ですから「少しでも登りやすいハシゴ」を「できるだけたくさん掛ける」ために,能力の限り,努力したつもりです。
それでもまだ,わかりにくい所はたくさんあるでしょう。将来中医を学び始める皆さんの後輩たちのためにも,ご意見・ご批判をいただければ幸いです。
そして,いま日本人が中医を学ぶ時,もう1つ別の壁もあります。
それは「中医を学ぶ人の多くが,医師や薬剤師である」,つまり「すでに西洋医学的な認識が固まっている」という問題です。これも一種の「文化の壁」ですね。
この「文化の壁」を越えるために,お伝えしたいことはただ1つ,「自分のモノサシを他人に当てないでほしい」ということだけです。
中医学は異文化です。そして異文化と付きあうときに,これ以上,大切なことはないと思います。
たとえば外国人と付きあうときも,または異性と付きあうときも,この一点が守られていなければ,なかなか上手くいかないのではないでしょうか。
それは,中医学との付き合いも同じです。
「自分の常識とちがう。なんだこりゃ。中医ってヘンだぞ」ではなく,「相手の語法や感覚を,ありのまま理解しよう」という気持ちで,付きあってみてください。
2007年7月20日
小金井 信宏