▼書籍のご案内-序文

いかに弁証論治するか【続篇】――漢方エキス製剤の中医学的運用

 序文


 胡栄(菅沼栄)先生が東洋学術出版社より「いかに弁証論治するか」続篇を出版されるにあたり,序文をと求められました。胡先生のわかりやすい講義と的確な観察眼,そして謙虚かつたのしいお人柄に惹かれておりますので,僭越を承知の上で筆をとらせていただきました。
 私は西洋医学を標榜している開業医ですが,日常西洋医学のフイルターにかからない身体の不調を訴える患者さんが多くおられます。血液検査,CT,MRIをもってしても異常が見つからず,自覚症状は全く消えずという場合に,中医学が解決法を与えてくれた症例を何度も経験しました。その際に西洋医学的な診断法では治療の道筋が見えてきませんので,中医学の眼で弁証する必要があります。が,ネイテイブな中医学者でないものにとって,それはなかなか難しいことであり,私もついつい西洋医学の病名を元に漢方の処方を考えてしまいます。
 しかし,この本は「病名」または「症状」からいくつかの処方に絞りこみ,そこに中医学の簡単な中医の弁証を加えれば正しい処方にたどり着けるという誠に親切な造りになっております。
 つまり,最初西洋医学の頭でアプローチしてから,途中で中医学に自然に切り替えることができるわけです。また,日常の臨床で頻繁にお目にかかる疾患が前版同様に勢ぞろいしております。
 この「いかに弁証論治するか」続篇は,西洋医学を学んだ医師が正しく漢方薬を処方するのに必須の入門書となると確信しております。

2007年5月1日
本阿弥医院  本阿彌 妙子 

  序文


 この度,東洋学術出版社より『いかに弁証論治するか』続篇を出版されるにあたり,著者である胡栄先生から序文を求められ,浅学非才の身である私がとても序文を書くような立場ではなく迷いもしたが,先生と私は公私共々長いおつき合いをさせて頂いており,胡栄先生のひととなりを私なりに御紹介することで読者の皆様に少しでも役立てればと思い,お引き受けすることにした。
 そもそも私と胡栄先生との出会いは10数年前に遡る。当時私は母校である日本医科大学の学生で,大学のセミナーで現在同大学の微生物免疫学教室主任教授かつ東洋医学科の部長であられる高橋秀実先生から,東洋医学についての手ほどきを受けた。その際に中国医学が実際の医療としてどのように使われているのかを見学する機会を得たのだが,そこで初めて私は胡栄先生と出会ったのである。当時の胡栄先生はあちこちで講義をされ医師や薬剤師に処方のアドバイスをなさっていたが,患者さんの状態に応じて自由自在に処方を加減していく様子を拝見したときには思わず息をのんだものである。それからというもの,ことあるごとに私は胡栄先生の講義を拝聴し,医師になってからは実際の患者さんの相談をさせていただくようになり,その度に中国医学の奥深さに感銘を受け,この医学が現代の病にも十分に効果を期待できる医療であることを実感するようになったのである。また胡栄先生は西洋医学に対しても非常に理解を示され,東西の域を超えて柔軟性をもって一つの病態に取り組み,医療が患者本位のものであるべきことを示されてきた。このため私は胡栄先生から中国医学だけでなく医師としてのあるべき姿を学ばせて頂いたように思う。このように記すと,胡栄先生がなんだか学問一筋で生真面目な印象を与えてしまうかもしれないが,普段着の胡栄先生はユーモアたっぷりのおおらかな方であり,近視が進んだといってはりきって高額なコンタクトレンズを購入されても,めんどうくさいといって結局ほとんど装着することもなく,あいかわらず見えないまま歩かれるため道に迷うこともしばしばで,それを方向音痴の私のせいになさって笑ってすましておられるといった調子である。いずれにしても私の知っている胡栄先生は常に自らが学び,そして教えることに喜びを感じていらっしゃる御様子で,ご家庭をおもちの身でありながら全国津々浦々御講義に奔走される日々を送られ,中国医学を広めることを御自身の使命と考えていらっしゃるようである。もちろん今日までそのように御自身の仕事に使命と誇りをもち情熱を注ぎ続ける事ができるのは,2人3脚で歩んでおられる現在の夫君,菅沼伸先生の存在があることを,私は一種の羨望をもって証言させて頂きたいと思う。
 ところで胡栄先生は北京中医薬大学を優秀な成績で卒業され,その将来を嘱望された才媛であられるにもかかわらず,同学院に留学されていらした先述の菅沼伸先生と出会われ日本に来られたことは有名なエピソードである。そして来日後は異文化という壁にぶつかりながら数々の困難を乗り越えて,日本における中国医学の普及に励まれてこられた功績は,今日の日本の医療の中に確実に浸透しているように思われる。昨今,西洋医学一辺倒であった日本の医学教育の中に,東洋医学をカリキュラムの一部に組み込むことが国策として決定されたこともその良い例ではないかと思う。またこれからの医療実践者は,生体を科学的に細分化してとらえると同時に,想像力を駆使して統合的にとらえる力を養うことが大切ではないかと感じている。その結果,患者を生体として注意深く観察すると同時に,人として心を持って接することが医療においては必要不可欠であることに気付かされるのである。そしてこの統合的にとらえる力こそ中国医学の得意とするところであり,その陰陽五行学説に基づいた哲学は,肉体と精神は切り離されることがないことを示唆しているのではないかと思う。
 本書は私が中国医学の「いろは」もわからぬうちから愛読した書であり,医療に携わる今日においてさらに役立つ書の続篇である。一学徒として自信をもってお薦めする優れた臨床中医実践本である。幅広い層に読まれ,今後の総合的な医療の一助となること,そして病で苦しまれる多くの患者が一人でも多く苦しみから解放されることを願っている。
 最後に公私共々いつも温かく見守ってくださり,そしてこのような機会を与えて下さった胡栄先生に心から感謝の意を表し擱筆したい。

2007年5月10日
日本医科大学微生物学免疫学教室
  日本医科大学付属病院東洋医学科
  髙久 千鶴乃 

  まえがき


 日本に来て28年の歳月が過ぎました。来日にあたって母校の教授に「日本に行けば中医学の力を発揮する機会はほとんどないだろう。ましてや日本は男尊女卑の国だから,家に閉じこもってしまうことになるかもしれない。それでもいいのか?」と言われ,不安を感じていたことが今でも鮮明に思い起こされます。
 しかし,幸いにも,2回の産休(4カ月)を除き,多くの素晴らしい先生方に知遇を得て,中医学の講義,漢方相談に充実した毎日を過ごしてきました。

 健康への関心が高まる中で,自然界の薬物を使用した漢方は,安全度が高いとして年々注目を集めるようになり,利用者も増加傾向にあります。私も日々活動する中で,20年前に比べて,中医学に対する認識は確実に高まってきていると実感し,心から喜んでいます。

 中医学は『黄帝内経』『本草』『傷寒論』などの古典に基礎におき,その後の歴代医家達の臨床経験にもとづく学説を,理論的,系統的に集約した学問です。そして,これらの膨大な学説を学ぶために,老中医達が結集して,大学で学ぶための統一教材が作られました。統一教材は基礎部分を基準化し,難解な古典理論の理解を助けるうえでも大きな役割を果たしていますが,なんといっても中医学の真髄は臨床にあります。千差万別の臨床場面で,教科書どおりにいかないところは多く,試行錯誤するなかで,自分の応用力と決断が試される点が一番おもしろいところでもあります。

 今回の出版は,1996年に出版された『いかに弁証論治するか』の続篇であり,初回の本に入らなかった28疾患を選びました。疾患は極力,臨床で多く見られるものを優先して選び,日本で入手できるエキス剤や中医方剤を重点的に用いて,中医学の「弁証論治」の思考に沿って進行するように心掛けました。
 前回と同じく,日本の多くの先生方に,中医学を理解して頂きたいという一心で,できるだけ忠実に,わかりやすくをモットーに執筆いたしました。しかし,まだ不十分な箇所も多く散在していると思われます。どうか忌憚のないご批判,ご鞭撻を頂けたら幸いです。

 出版に際し,25年続いている東京中医学研究会の会長本阿彌妙子先生と日本医科大学の髙久千鶴乃先生に序文をお願いしました。お忙しい両先生に貴重な時間を割いて頂き,また貴重な助言をくださったことに,心から感謝を申し上げます。また出版の機会を与えていただいた東洋学術出版社と,原稿整理を手伝くださった坪田さんにお礼を申し上げます。

 最後に,来日後,常に私を温かく見守り励ましてくださり,日本の中医学普及のために多大なる貢献をされた,故菅井正朝先生,故永谷義文先生,故遠藤延三郎先生,故本阿彌省三先生にこの本を捧げ,喜んで頂きたいと思います。そして外科医であった父の墓前に報告できることを,嬉しく思います。

2007年春
     菅沼 栄(胡栄)