▼書籍のご案内-序文

[CD-ROMでマスターする]舌診の基礎

 「望而知之謂之神」(望診で病の因を知ることができるのが優秀な医者である)

 これは,私が中医学の道を歩み始めたときに真っ先に学んだ『黄帝内経』にある言葉です。その後,中医診断学を専門として,研究や臨床に携わり,ますますこの言葉の重みを感じてきました。
 古今東西の医学の淵源を探ってみると,最初の診断術は患部を含むからだ全体を観るものでした。ところが,近代科学技術の発展にともない,西洋医学はいつの間にか患者を観る代わりに,検査機械に頼って病を診ることが多くなりました。患者が「3分くらいの診療のあいだ,医師はパソコン画面のカルテを見ながら問診をしたり説明をしたりしたが,最後まで自分の顔をよく見ていなかった」と不満をこぼすことも少なくありません。確かに時間の限られた数分の診療では,じっくり患者を観察することは難しいかもしれません。しかし,患者の生の状態を自分の目でよく観察しなければ,機械的検査だけでは測れない病の真実を見落してしまうのではないかと思っています。
 中医学は,からだ全体の繋がりを非常に重視する医学です。ですから,病の診断は患者が診察室の戸を開けて入ってくる瞬間の望診から始まります。患者の体格,歩き方,姿勢,そして顔色,皮膚や毛髪の状態など。なかでも舌の色や状態をじっくり観察する舌診が望診術の基本となります。
 舌はその組織的構造の特徴から,敏速かつ忠実に体内の状況が反映されます。そのため昔から舌は「内臓の鏡」と呼ばれ,「健康のバロメーター」として知られています。正しく診断ができ,早く治療効果を得るためには,いかに舌を的確に観察し,病のサインを迅速かつ正確に読み取れるかが大切です。しかし,実際にその術をマスターすることは容易なことではありません。言葉で舌の様相や色調に対する指導を受けていても,実際の舌を見なければ理解できないところがあるうえ,臨床の場で舌診の経験を積み重ねなければ,舌に含まれる豊富な情報を的確に捉えることはできません。私はここ20年あまり,中医診断の講演を続けてきましたが,いつも舌の様相や色調などを説明する難しさを感じてきました。そのため舌の写真が豊富にあり,さらに症例も付加された教材が必要だと痛感していたのです。
 以前より,東洋学術出版社の山本勝曠社長から舌診の本を書いてみないかとお話しをいただいていました。数年をかけ,かなりの数の舌の症例写真が集まったので,このたびこれまでの自分の研究や講演の内容と合わせて,本書を作ることを決意しました。
 本書と付属のCD-ROMの制作・出版にあたっては,東洋学術出版社の山本社長の深いご理解と,井ノ上匠編集長のたいへんなご助力をいただきました。特に本書にCD-ROMを付けて,その中に多数の症例付きの舌の写真を収め,自由に検索,学習ができ,間違いやすい舌の区別や弁証論治のトレーニングもできるようにしようとの有益なご提案もいただきました。付属CD-ROMの制作ははじめての挑戦でしたが,井ノ上編集長のご尽力もあり,ようやく予想以上のすばらしい教材ができるに至りました。改めて東洋学術出版社の山本社長,井ノ上編集長には心より深く感謝申し上げます。また,中国や日本で舌の写真を快く撮らせてくださった多くの方々の協力なしには,本書は誕生しませんでした。本当にありがとうございました。さらに,公私にわたりさまざまな励ましとご助言を賜りました上海中医薬大学の費兆馥教授にも心より御礼を申し上げます。
みなさまが望診の最も重要な部分である舌診をマスターされる際に,本書と付属CD-ROMがお役に立てば何よりうれしく思います。
 最後にこの本を手にされたみなさまに,次の言葉を送らせていただきます。

    望―知―謂―神

高橋楊子 
2007年3月 
桜の満開を待つ季節に