はじめに
私は1984年,中華人民共和国南京中医学院に留学しました。この本は,その際に受けた授業をもとに,「中医診断学」の内容をわかりやすく整理したものです。
「中医診断学」は,中医基礎理論を臨床に応用するための橋渡しを担う学科です。中医学における診断とは,四診と弁証の方法によって疾病を認識するものですが,そのためには当然,中医基礎理論を理解していなければなりません。また,中薬学,方剤学も学習する必要があります。本書は,すでにそれらを習得した人を対象としていますが,基礎理論に関しては,必要と思われる箇所に,簡単な説明を加えました。本文中に記載した方剤に関しては,その組成を巻末に紹介してあります。
授業について少し触れたいと思います。
中医学院での教学方法は,系統的に教えることに重点がおかれ,概念を明確にし,比較・対照によって理解を促すという方針にのっとったものでした。毎回の授業に対しては,復習課題が与えられ,それらは学生間の討論によって相互に検討され,教師がそれを総括します。その上で,理解を完璧なものにするため,補習の時間が組まれていました。これは他の課目についても同じです。
このような徹底した教学システムに加えて,指導する先生方の熱意はすさまじく,それを受ける学生の側もまた,極めて勤勉でした。まだ日の明けやらぬ早朝の校庭では,教科書を片手に,古典の条文やら,中薬,方剤の暗記に励む学生の姿が,あちこちに見うけられました。
留学生に対しては,特別に配慮された指導が行われ,授業の際は私たち1人1人の隣に選ばれた優秀な学生がついて,学習の手助けをしてくれました。また,留学生だけを対象にした補習の時間ももうけられ,各科とも担当の先生が直接指導して下さいました。
当時,日本人留学生は3人。それも,日本からは初めての留学生でした。私は,中医学の勉強を思いたつや,いきなり中国に渡ってしまったわけですが,このような恵まれた環境の中で勉強できたことは,とても幸運だったと思っています。
留学から帰って始めに考えたことは,何とか,この中国での素晴らしい授業を再現できないかということでした。幸いにも,東洋学術出版社社長,山本勝曠氏がその機会を与えて下さいました。心より感謝申し上げます。さらに,編集,レイアウト等を含めて,思いどおりの本をつくらせていただけたことも,重ねてお礼申し上げます。
中医学は,非常に実際的な学問だと思います。古い伝統医学が,より多くの人に実践できるよう体系づけられ,現在に活きていることに,私は敬服します。その意味で,この本も実際の応用に便利なように,複雑な内容をできるだけ整理したつもりですが,気持ちのみはやって,十分なものができたとは言えません。内容に関しても,理解不足の点がたくさんあると思います。今後の課題として,努力して勉強を続けていくつもりです。
帰国後すでに2年を越す月日が流れました。南京の街を緑でおおう街路樹の美しさを,今でも忘れることができません。
本書の出版にあたり,南京中医学院の諸先生方,特に,診断学の王魯芬先生,基礎理論の王新華先生,宋起先生,中薬学の陳松育先生,方剤学の恵紀元先生,張浩良先生,瞿融先生,共に学んだ83年級,84年級の同学たちに,深く感謝の意を表します。また,帰国後御指導いただく機会に恵まれました,胡栄先生,王昌恩先生にも,厚くお礼申し上げます。
日中間の医学交流が,今後益々盛んになることを願いつつ……。
内 山 恵 子
1988年 春
内 山 恵 子
●内容について