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『中国医学の身体論――古典から紐解く形体』あとがき

 
あとがき
 
 
 本書の力点は第Ⅱ部にある。第Ⅰ部の「臓腑学説」は,第Ⅱ部を導く必要から附されたものであるといっても過言ではない。
 2017年に『古典から学ぶ経絡の流れ』を上梓した。同書では『素問』『霊枢』『難経』などに見られる経脈・絡脈・経別・経筋の種々の記載を十四経の各経脈ごとに分類し,さらに各経脈の末尾に,本経だけでなく,絡脈・経別のすべてを合わせた十四経の流注を付記した。
 同書の目的は,十四経経穴の主治原則の一つである「経絡が通じる所は主治が及ぶ所」にもとづく遠隔作用に根拠を与えることであった。たとえば胃経の足三里穴がなぜ「目内障」の「目不明」に効果があるのかを考えたとき,胃経は絡脈と経別(別行する正経)の両脈が目系に流注していることで首肯できる。したがって同書の目的はそれぞれの経穴をもつ十四経で,そのすべての流注を明らかにしようとすることであった。
 本書は,それとは逆に,各臓腑・組織・器官に視点を向け,それらの組織や器官が,どの経絡・どの臓腑と関連しているのかを明らかにしたものである。
 したがって本書と前著『古典から学ぶ経絡の流れ』は,表裏一体を為すものであると考える。
 本書の執筆は前著が刊行されてから,ほとんど間を置かず始まったが,ある程度の完成を見て,今回出版する運びとなるまで5年の年数がかかってしまった。
 勿論,不十分な点が随所に見られるのは承知のうえだが,本書が礎となって,さらに掘り下げた形体論が将来,書かれることを期待している。
 5年前,簡単な企画書と目次をご覧になっただけで,出版を約束された東洋学術出版社の井ノ上社長,また,編集者の立場で執筆者の拙稿に辛抱強く,お付き合いくださった編集部の森由紀さんに深く謝意を申し上げる。
 

2022年6月
浅川 要


 
 

『中医鍼灸 鍼灸処方学』監訳者あとがき

 
監訳者あとがき
 
 
 本書の出版により,ついに『中医鍼灸 臨床経穴学』『中医鍼灸 臨床発揮』『中医鍼灸 鍼灸処方学』)(原著:それぞれ『常用腧穴臨床発揮』『鍼灸臨床弁証論治』『祖伝鍼灸常用処方』)からなる中医鍼灸3部作がここにすべて揃うこととなった。これらの3部作が揃い,そして3部作が一体化することによって,李氏先祖伝来5世代にわたる鍼灸臨床経験の全貌とその真髄を見ることができるようになったのである。
 その最大の特徴は,中医鍼灸における理・法・方・穴・術の一体性・一貫性・系統性,そして実用性・有用性である。じつは,このことについて李世珍先生は,『中医鍼灸 臨床発揮』の序文において,「これらの3部書が一体化することによって,先祖伝来5世代にわたる鍼灸経験の全貌を示すことができるものであり,一体化した鍼灸弁証論治の理論体系を構成することができるのである」と,鍼灸弁証論治に対する3部作一体化の重要な役割について述べられていたのである。
 臓腑と体表・組織・器官を有機的に連絡させているのが経絡系統であり,鍼灸医学は,『内経』の時代からこの経絡学説を理論的基礎として,診断においては経絡弁証を主として活用し,また治療においては循経取穴・原絡配穴,兪募配穴などを運用することによって,鍼灸医学の特色を体現してきた。
 また内傷・雑病に対する弁証論治においては,主として「臓腑の虚実・寒熱を弁別する」という弁証システムのもとで,関連する原穴・背部兪穴・募穴・五兪穴・子穴・母穴などを選穴し,実証には瀉法を施し,虚証には補法を施すという鍼灸治療の弁証論治システムを構築し,現在においてもこの弁証論治システムは有効に臨床活用がなされている。ただし,この弁証論治システムには蔵象学説や気血津液学説による,生理・病理が反映されていないことに課題があった。
 これらの歴史的な課題を踏まえて,後世の医家や李氏の祖先達は,「鍼灸医学をいかに発展させるか,中医理論の蔵象学説・気血津液学説などを鍼灸の臨床に応用できないか,また臨床実践を指導するにあたり,いかに理・法・方・穴を一体化させて鍼灸医学の弁証論治に応用していくか,そのために解決すべき問題は何か」といった研究テーマに対して,幾世代にもわたり臨床の現場で絶えず探求し研究を行ってきたのである。
 これらの遠大な研究テーマに対して李氏一族は5代にわたって膨大な量の探求・実践・検証を繰り返し,内傷・雑病を治療する際に,経絡学説だけでは足りない部分を,蔵象学説・気血津液学説などを導入することにより,その不十分な部分を解決するための探求に取り組み,ついにこの3部作を一体化させることによって独自の鍼灸弁証論治の理論体系を構築したのである。
 「どの臓腑で,気・血・津液・精・陰・陽のバランスが,どのように失調しているか」を弁証するレベルになると,湯液治療がそうであったように蔵象学説・気血津液学説などを基礎とした病機学説の臨床応用が必要となってくるのは必然的なことであったであろう。そして当然,その弁証結果に対する鍼灸治療のシステム構築が必要となったのである。多くの複雑な内傷・雑病に対しては,しっかりとその病機と証型を解明する必要があり,そしてその病機と証型に対する鍼灸治療の実践を通じて,経穴の効能について5世代にわたって数万症例を通じた探求が行われ,その成果の集大成がこの3部作として一体化されたのである。
 張兼維氏は本書の「序」において,「李氏鍼灸学が提唱している理・法・方・穴のうち,理と法は中医学の基礎理論にもとづいている。また『方』は,中医の病因・病理・病位・病機・病勢・病程に対する理論や,八綱弁証・臓腑弁証・衛気営血弁証を応用し,経絡と経穴の効能・主治を結合させて,鍼灸独自の『方』としている。李氏鍼灸学は,中医学の弁証論治の思想を鍼灸学のなかで具体的に表現したものであり,李氏鍼灸学が提唱している理・法・方・穴と伝統的な中医学の理・法・方・薬は,同源・同体・同功なのである」と非常に的を射た高い概括と評価を行っている。
 読者は本書で紹介されている以下の内容に留意しながら,中医鍼灸3部作を関連させて学習すると,いっそう高い学習効果を得ることができるであろう。また,3部作では合計1,200以上もの症例が紹介されている。特に,『中医鍼灸 臨床発揮』『中医鍼灸 鍼灸処方学』における症例報告の【考察】を精読しながら,以下の内容が症例のなかにどのように反映されているか,また理・法・方・穴・術の一体性・一貫性・系統性について,症例を通じてしっかりと探求していただきたい。必ずや読者諸氏のいっそうの臨床力の向上につながることであろう。
◇3部作のなかで紹介されている鍼灸常用処方は,経穴の効能と配穴後の協同作用を踏まえて創製されたものであり,同時に病機と証型を結びつけることによって全身治療と弁証取穴を行うことができる。
◇経穴にはそれぞれに効能があるが,この効能は静止的なものである。臨床上,経穴の効能を発揮させたい場合は,補瀉などの手技を施すことにより完成される。すなわち,補瀉法が経穴の効能の実現を決定しているのである。そして鍼灸処方の効能は,補瀉などの手技の操作のもとで配穴後の経穴の協同作用が発揮された結果として出現するものである。
◇経穴および経穴の配穴後に起こる双方向性の調整・治療作用は,生体の内在的な機能が健在であるかどうか,生体自身の調節系統が発揮する能力があるかどうかにかかっている。
◇経穴を選穴して処方を組むときは,経穴と処方・処方と証を有機的に結びつけなければならず,各経穴の効能の長所を導き出し,協同作用や補瀉法などによって,しっかりと病機に対応させ,治療効果をあげるようにしなければならない。
◇疾患は,多くの要素が複雑に絡み合い,無数に変化するものである。処方と病機を完全に符合させるためには,法則を明確に理解し,「法を守り,方にこだわってはならない」といわれているように,臨機応変に対応することが重要である。
 李伝岐氏は,鍼灸処方を臨床応用する際には,「鍼灸処方のなかのそれぞれの経穴の効能と,配穴後の協同作用を把握し,同処方の意義・効能・治証および対応する病機と治則を明確に把握していれば,自由自在に鍼灸処方を臨床応用することができるようになる。それぞれの経穴には多くの効能があり,異なる処方において異なる効能と効用を発揮するので,経穴の効能を全面的に把握しておくことは,臨床にあたっては非常に重要となる」と重要なアドバイスを提示している。
 最後に本書のみでなく,この中医鍼灸3部作を座右の書として読者諸氏が日々の臨床に励まれ,そして日々の臨床で高い成果をあげられることを心より期待し監訳者のあとがきとする。
 

兵頭 明
2021年8月吉日


 
 

『臨床に役立つ 奇経八脈の使い方』おわりに

 
おわりに
 
 
 私には,日本の鍼灸界に4人の恩師がいます。4人とも,名前を挙げれば皆さんが知っている鍼灸の大家の方たちです。4人の恩師に共通しているのは,臨床家ではあるが学究肌でいつも勉強をなさっていたということと,とても優しい方たちであったということです。
 鍼灸の初手を教えてくださった恩師の勉強会で,恩師が「私の勉強会に参加した人は,1冊は鍼灸の本を書き上げてください」と言われました。その言葉を胸に40年近く,鍼灸の臨床と教育に携わってきました。幸いにも,この恩師との約束は,私のオリジナル治療である『火龍筒連続吸角療法』(緑書房,2015年)を書籍として出版することで果たせました。当時,自分の書籍が出版される喜びと同時に思い至ったのが,他の恩師にも執筆した本を1冊ずつ捧げようということでした。
 そしてようやく,東京医療専門学校教員養成科時代に奇経治療を教えてくださった,故・山下詢先生の御霊にこの書籍を捧げることができます。「はじめに」でも書きましたが,山下詢先生が,何も知らない私を奇経治療の世界へ導いてくださったのです。そのお優しい人柄と口調は,今でも私の人生の規範となっています。その先生への恩返しとして,先生の奇経学の研究成果を中医学的観点より発展させたこの書籍が出版されることは,このうえない喜びです。
 最初に執筆した書籍では,文章を書く喜びと方法を学ばせていただきました。本を執筆するということは,一般的な論文の何十倍もの文字数を書かなくてはならないということで,とてもたいへんな作業でした。幸い,私は脚本家になりたかった母からの遺伝子を受け継いでいるようで,文章を書き慣れてくると苦痛ではなく,逆に喜びを感じるほどになりました。
 今回,東洋学術出版社で出版していただけるこの書籍では,本作りのたいへんさを学ばせていただきました。私の頭の中には,原稿を完成させることがイコール出版というような素人考えがあったのです。しかし,書籍を作るということは原稿が完成したところからがスタートなのだと,今回は学習いたしました。書籍ができるまでには,原稿の修正と加筆・校正・図版のチェックなど,行わなければならない作業がたくさんあると知りました。それも何度も繰り返すたいへんな作業なのです。この作業のなかでとても驚かされたのは,原稿を書いた私でさえ気付かない間違いを,編集者の方が指摘してくださるということでした。よく「編集者が最初の読者」といわれていますが,これは本当のことなのだと実感しました。また,私は涙が出るほど(もともと涙腺が弱いため,実際に泣いたのですが)嬉しかったです。これまで,中医学の資料をたくさん作って後進に配布してきましたが,資料を喜んではくれるのですが,資料に対する質問やディスカッションをしてくる学生がとても少なく,残念な気持でいっぱいだったからです。
 書籍というものは編集者の方と一緒に作り上げるものだと学びました。今回,私を担当してくださった森由紀さんの力により,この書籍は数段優れたものとなりました。森さんは絶えず読者の立場から,文章をわかりやすく修正するように導いてくれました。また,加筆する私に気を遣い,優しい言葉をかけ続けてくださいました。本当に感謝しています。
 最後に,紙媒体の出版物の売り上げが伸びずに出版不況といわれる今日,持ち込んだ原稿を出版すると英断していただいた井ノ上匠編集長に感謝を申し上げます。近年,鍼灸に関する出版物は,写真集かと思われるような内容の薄いものや出来合いの内容を貼り付けたようなオリジナル性に乏しい本ばかりです。これでは,初学者ならいざ知らず,ベテランの治療家になればなるほど購買意欲はなくなってしまいます。井ノ上編集長と面談した際,「この書籍を起爆剤に奇経治療の高波を起こしましょう」と言ってくださいました。井ノ上編集長の志の高さに心打たれるとともに,私は自分の本の出版のことしか考えていなかったので,赤面したことを覚えています。売れるものしか出版しないという出版社もあるなかで,井ノ上編集長は中医学や鍼灸の発展のことを念頭に私の原稿を採用してくれたのです。
 この書籍は山下詢先生と私の研鑚努力の結晶に,東洋学術出版社の編集長と編集者の皆さんの高邁な精神が宿って生まれたものです。この書籍を読まれた方々により,日本の鍼灸界に奇経治療の高波が起こることを切に願ってやみません。
 

2020年8月吉日
高野耕造


 
 

『経脈病候の針灸治療』訳者あとがき

 
訳者あとがき
 
 
 あとがきの執筆に際し,本書の翻訳執筆の契約書を確認したところ,2013年2月であった。丸7年かかったことになる。執筆した本人でさえ,時間がかかり過ぎたという思いが強い。もし,量・内容的に同様のものを,今から新しく翻訳するとしたら,おそらく1年半ぐらいでできるのではないだろうか。それぐらい,ずいぶんと回り道をした。
 本書では大量の古典引用がなされている。その引用文の扱いに手間取ってしまったことが7年もかかってしまったことの最大の要因であろうかと思う。古典書の扱いに関して訳者はあまりにも無知であった。訳者が本書の翻訳を始めた時期に,中国へ出張する機会があり,現地で段ボール2箱分の書籍を買い込み,船便で日本へ送った。この時,書店で目についた書籍や有名どころのシリーズ本などを,多く考えもせずに購入してしまったのが間違いの始まりであった。もともとは古典原文も現代語訳にするつもりであったので,中国で購入した書籍が簡体字表記であることは,気にしてはいなかった。ところが,訳者のレベルではとても世に出せるような現代語訳にはならないという思いが,執筆を進めるごとに強くなっていったのである。現代語訳をあきらめ,書き下し文にすることにしたものの,今度は古典が書かれた時代とは異なる簡体字表記や現代に出版された古典文献の誤字・脱字などに悩まされることになる。加えて,訳者は中国で中医学を学んだ自分が古典中国語を日本語の書き下し文にする機会があるなどとは,それまで夢にも思ったことがなかった。今回の翻訳に際し,鍼灸学校時代にあった漢文の授業にもっと真剣に取り組むべきだったと後悔することしきりであった。四苦八苦して書いた書き下し文にはご指摘を受けるようなところも少なくないかと思われる。読者の皆様からのご教示をいただければ幸甚である。
 さて,本書に関してである。「経脈弁証」という言葉自体はけっして新しいものではない。訳者が学んだ1990年代~2000年代初頭の中国の鍼灸の教科書にも経脈弁証の記載はあった。しかしながら,その内容はといえば,鍼灸学の歴史の長さから考えると,ほぼないに等しいものであった。当時は中医鍼灸においても湯液ベースの弁証論治が盛んであり,それぞれのツボの穴性をもとに治療を行うのが中医鍼灸であるというのが,臨床においても教場においても大方の共通認識であったかと思う。そして,その流れは今日の日本においても続いている。
 訳者は以前,ある機会があり,数十人の鍼灸師・学生の方々に対し「中医鍼灸の特徴とは?」と尋ねてみたことがある。返ってきた答えの多くは「弁証論治」や「鍼が太い」といった予想通りのもので,期待したようなものではなかった。おそらくそれは,訳者の期待した答えが,あまりにも当たり前のものとして認識されているからであろう。訳者は,中医鍼灸の最大の特徴は「経絡の存在」であると思っている。中国古代の医家達が経絡というシステムを見出したことこそが,今日われわれが学ぶ鍼灸医学の最大の特徴ではないだろうか。アルプスで見つかった5000年以上前のミイラ,通称「アイスマン」にツボの位置を示すと思われるタトゥーがあったというニュースは記憶に新しいが,世界中に存在したかもしれない同じようなツボ刺激の治療方法と,中国古代の鍼灸との最大の違いは,「経絡」の有無ではないだろうか。点と点を繋ぎ,線として体全体を包括するシステムによって,単なる経験医学にとどまらない,予測や推断を可能とする系統立った学問としての鍼灸医学が成り立ち,現在のわれわれに脈々と受け継がれているのである。では,われわれはこの「経脈」を十分に活用しているであろうか。
 訳者は,かれこれ16年ほど前,鍼灸学校の受験の際に,面接官の先生にある質問を受けた。それは「中国は八鋼弁証がメインであろうか」という質問とも確認とも受け取れるようなものであったのだが,中国から帰国したばかりの訳者にとって「八綱弁証」というものは,弁証方法に入れるまでもないと思えるほどに,弁証をするうえで欠かせない内容であったため,正直なところ,質問の意味が理解できなかった。今になって思うのは,それは「中国の弁証はあくまで湯液ベースの弁証ではないか」という意味であり,「経絡を無視した弁証ではないか」という意味であったのではないかということである。
 現在,中国では鍼灸医学における弁証方法の見直しが行われていると聞く。特に臨床に際し,経絡の存在が改めて脚光を浴びているということである。かつて老中医と呼ばれた医師たちが見せてくれたような,目を見張るような効果というものが,湯液ベースの鍼灸治療では,なかなか得られないことに,臨床に携わる鍼灸医師たちが気付き始めたということであろう。
 本書には大きな特徴が2つある。1つは経脈弁証に関する本であるということ。もう1つは大量の古典引用を行っているということである。中医鍼灸学に関する現代の書籍で,これほどの古典引用が行われているものはおそらくないのではないだろうか。「古典へ帰れ」と言われたものの,どの古典を読めばよいのか悩んでいる方々が,この本をきっかけに,さまざまな古典に触れ,それを鍼灸臨床に応用されることで,鍼灸界全体のさらなる発展に繋がることを切に希望するところである。
 古典引用文の多さは,本書の大きな特徴の一つである一方で,多くの読者の方々にとっては,難解で敷居の高さを感じさせるものとなるかもしれない。いくらかでも緩和できればと思い,時間の許す限り注釈や用語解説の作成などを行った。これも本書の翻訳に時間がかかった理由の一つではある。1つの単語を調べるのに,どこから調べ,何を根拠とすれば,より信頼度の高い説明ができるのかということに関しても,コツを掴むのに随分と時間がかかった。そのため不十分な内容もあるかと思う。ここでお詫び申し上げると同時に,やはり読者の皆様からのご教示を頂戴したく思う次第である。用語解説に入れた単語には,一般的な中医用語も多く含まれ,あまり中医学に親しみのない読者も想定しての内容となっている。また,注釈やルビの多さは普段から古典文献に慣れ親しんだハイレベルな読者の方々には,いささか邪魔に感じられるものであるかもしれない。古典医学の普及の一端にご協力いただくということで,御寛恕いただければ幸いである。
 本書の翻訳にあたり,7年も待ってくださった東洋学術出版社には感謝の念を禁じ得ない。特に編集の森由紀さんには,翻訳・校正のサポートのみならず,何度も途中で挫折しそうになったところを上手におだてていただき,おかげでなんとか最後までやりきることができた。心からお礼を申し上げたい。
 

2020年1月
鈴木 達也


 

『「証」の診方・治し方2 -実例によるトレーニングと解説-』あとがき

 
 
あとがき
 


 中医弁証論治の臨床専門書である前書『「証」の診方・治し方』第1巻が,発行以来多くの読者にご愛読いただいていることに感謝しています。そして,読者の期待に応えるべく,私たちは第2巻を発行する運びとなりました。第2巻をこれほど早く順調に出版できることについて,まずは執筆者の立場から,熱心な読者と東洋学術出版社の山本勝司会長,井ノ上匠編集長,編集者の森由紀様およびそのほかの協力者の皆さまに心より感謝を述べたい。
 30年前,私は北里東洋医学総合研究所の招待で来日しました。当時も,医師・鍼灸師・薬剤師で中医学に関心のある人は居たものの,今ほど増えるとは予想できませんでした。最近では,中医学の日本への導入・普及が進んでいることを実感しています。
 中医学の学習は,まず中医学の基本理論を深く理解することが重要です。中医学の書籍は漢字が多く,日本の漢字と似ていることも多いですが,中医学理論の勉強を軽くみてはいけません。しっかりと中医学の基礎理論を勉強したうえで,次のステップとして臨床実践があるのです。臨床実践を積み重ねるうちに,中医学の基礎理論の奥深さに感心し,それを体得できるようになることでしょう。『「証」の診方・治し方』で紹介した症例は,日常的に遭遇する病気ですから,皆さんの診療にも参考価値があるのではないでしょうか。同じ病気でも,個人の体質や病状によって,違う証が立てられる可能性があります。中医弁証は,初診日の第1回目の弁証が,病気を治すための弁証のスタートですが,病状の変化・体質の変化に伴い,また新たな証が立てられることがよくあります。病気を治す全過程において,弁証論治は継続しているのです。
 『中医臨床』誌では,弁証論治の専門コーナーである「弁証論治トレーニング」が読者の熱心な応援により順調に続いています。これからもよろしくお願いします。また,本書の不十分な所については,ご批判・ご鞭撻をいただければ幸いです。


 

2019年春 呉澤森


  
 
 このたび,『「証」の診方・治し方』の第2巻が発刊される運びとなりました。
 本書は,『「証」の診方・治し方』第1巻(2012年12月発行)と同じく,季刊『中医臨床』の「弁証論治トレーニング」のコーナーに長い間掲載されてきた多くの症例から,新たに30の症例を厳選しました。各症例に対して,症状分析にもとづき病因病機を推理しながら弁証する方法,治療方法と経過,そして迷いやすい点についてのアドバイスをまとめ,さらに弁証ポイントと病因病機図を加筆しました。
 中医治療の素晴らしさは,弁証論治により疾患を根本から治療できることです。病の原因を取り除き,目の前の患者が一刻も早く苦痛から解放されることは,臨床家の一番の願いでしょう。しかし,授業や本から学び得た知識だけでは,良い臨床家になるまでの道のりは長く,その距離を縮めるためには常に実践的な訓練をしながら臨床経験を積むしかありません。
 その意味でも,本書と第1巻に紹介された症例は,皆さまに実践的な訓練の場を提供しているといえるでしょう。本書に書かれた弁証論治の手順・経過などを見ながら勉強してもよいし,また症例をもとに自分なりの分析・弁証・治療(中薬・方剤・配穴・手技など)を考えてから,その解説と比較してもよいと思います。たくさんの症例トレーニングを繰り返すことによって,皆さまの中医学の臨床力は着実に進歩することでしょう。
 おかげさまで,2018年12月に本書の元となる『中医臨床』の「弁証論治トレーニング」は第100回を迎えました。これも皆さまのご愛読・ご支持の賜物と深く感謝致しております。振り返ってみれば,私の力不足で,また拙いところもありましたが,皆さまに何らかのヒントを示すことができたのであれば幸いです。
 最後に,本書の発刊にあたりまして,東洋学術出版社社長の井ノ上匠様のご助言と,編集者の森由紀様に多大なご尽力をいただきましたことに,心より感謝申し上げます。


 

2019年春 高橋楊子

『経穴の臨床実践』

あとがき


 経穴の学習は一人前の鍼灸師になるためには必須の課目である。しかし現実には,鍼灸師の資格を得ても,経穴にはどんな効きめがあるのか? いつ,どんな場面で使うのか? どの経穴と組み合わせれば相乗効果が得られるのか? といったことがわからず,悩んでいる鍼灸師が少なくないだろう。そのため,局所取穴の治療しか行わない者も多いかも知れない。
 筆者らは毎月1回,中医鍼灸の講習会を主催しているが,全国から大勢の医師や鍼灸師が学習しに来てくれている。そんなとき,彼らから「呉先生の経穴の使い方をまとめた本を作って欲しい」と,求められることが多かった。その声に応えるため,データを整理し,経験症例を集積して,本書の草稿を完成させた。その後,東洋学術出版社の井ノ上匠社長のご指導とご支援をいただいて,このたび本書が出版されることになった。改めて東洋学術出版社の山本勝司会長,井ノ上匠社長,さらに出版社の編集部の皆さまに心より御礼申し上げたい。また,鍼灸師の小沼静香さん,片寄結子さんの協力にも合わせて御礼申し上げたい。
 本書は大きく2部構成になっている。
 第1部では,経穴の基本的知識を紹介した。まず経穴のもつ共通性と個性を概説したうえで,各経穴の特徴に応じた活用法について,具体的な症例を提示して中医基礎理論にもとづいて解説を加えた。特に経穴の位置が近かったり,経穴の作用や適応症が似ている「相関経穴」の区別とその使い方に頁を割いた。臨床において「相関経穴」の使い分けに迷うことが多いと思われるからである。またそれぞれの経穴を活かすコツについても随所にちりばめた。最後に臨床効果を左右する選穴と配穴について具体例を示しながら解説した。第1部では,筆者らの経験にもとづき経穴の表面から裏面まであらゆる角度からその実体に迫った。基本的知識の紹介とはいえ,従来の教科書の枠を超え臨床実践を前提に記載したので,鍼灸教育の場でも臨床の場でも大いに役立つ内容と自負している。
 第2部では,臨床でよく使う40の経穴・奇穴を取り上げ,それぞれのツボについて[穴名の由来][解剖位置][取穴法][作用][主治][刺法][注意事項][臨床配穴][症例]を記した。[穴名の由来]は,経穴のイメージを理解するうえで役立つだろう。[取穴法]は正式な方法を重点的に説明したが,同時に簡便な取穴法も紹介しておいたので参考にしてほしい。[作用]の解説を通じて,その経穴が効く理由を全面的に理解できるはずである。[主治]では諸経穴が効く古今の病症をあげており,その経穴がどの範囲まで治療できるかをイメージするうえで役立つだろう。[刺法]では多彩な鍼法・灸法・補瀉法などについて応用しやすいようできるだけ具体的に記した。[注意事項]は鍼灸事故を避けるためのほか,最適な刺法・灸法についても紹介している。[臨床配穴]では代表的な配穴によって効果のある病症を表にしてお示しした。さらに[症例]では,筆者らの30年余りの臨床経験のなかから,自ら治療した印象深い症例を数多く収録した。ここでは,中医学的な病態の理解と,取穴の理由に重点をおいて詳しく解説した。
 本書は中医理論と鍼灸の臨床とを融合したものであり,中医学を学んだ鍼灸師が,日常の臨床においてどの経穴を取って治療すればよいかを考えるうえで,参考になるはずである。鍼灸学校の在校生にとっては,経穴の知識を深く学ぶことができるうえ,鍼灸の世界に入門するうえで最適の一冊になると思う。
 本書の出版によって,経穴に対する関心が高まり,中医鍼灸の魅力がさらに広がっていくことを心より祈っている。


2014年春
呉澤森
孫 迎

問診のすすめ―中医診断力を高める

総括およびあとがき―問診から四診を構築する


 師匠である梁哲周先生がお亡くなりになる。私にとって恩人であり,未だ鍼灸界の末席に居られるのは師匠のお陰だと思っている。
 その師匠が生前教えてくれたことの1つに「問診から三診を規定する」という臨床上達法がある。
 日本は中国の臨床現場と比べ,指導教官が手取り足取り教えてくれるという環境にない。あれば幸運と言わざるをえない。きわめて少ないのが現実である。薬剤師や鍼灸師ならなおさらそうだろう。本を読み,勉強会や講習会に参加しながら,現場ではひとり,悪戦苦闘する姿が目に浮かぶ。
 脈や舌のどこまでの範囲をその概念に収めるかは,なかなかに難儀な作業といえる。舌質紅や脈細の切れ目をどことするのか?
 師匠は,その指導教官の役割を問診にもたせろと言われた。
 まず問診の精度を高める。その問診で仮説の証を立てる。その仮説の証とほかの三診を比べてみる。そこに整合性を見いだす。その実際を通した思考訓練の集積から,脈舌などの範囲規定が見えてくる。舌紅かどうかの微妙な境界線でも,問診で熱証という解が確実に得られるなら紅としてみよ,ということであり,問診を論拠にほかの三診の精度を上げる学習法である。それを繰り返せば,短期間のうちに三診が上達し,老中医のように脈診から入る診察法も可能になる。つまり本書は,常に湯液・鍼灸を含めた漢方界のレベル向上を意識しておられた師匠の意に沿ったものであり,ひとりで悪戦苦闘する臨床家のサブテキストとして,机の片隅に置いてもらえれば本望である。
 弟子として,この書を師匠の霊前に捧げたい。

『絵で見る経筋治療』

あとがき


 経筋理論は,針灸学における重要な構成要素であり,経筋病は,臨床でも多発する病症である。特に中高年以上で常見され,治りにくい痛みやしびれの多くは,経筋に蓄積した損傷が原因である。さらに経絡や内臓の疾病の多くも,経筋病が影響して引き起こされる場合がある。
 経筋の作用は,「骨格を束ね,関節を滑らかにすること」である。現代医学の解剖学や生理学による分析から,「十二経筋」とは,古代医家が示した12本の運動力線の観点から検証した,人体筋肉学・靱帯学およびその付属組織が分布する法則を総括したものであることがわかる。筋肉や靱帯の起始点およびその付属組織は,人体が活動するときに力を受ける点であり,通常の活動以外でも容易に損傷する部位である。とくにもともと保護する役割をもつ付属組織,たとえば,滑液包・腱鞘・脂肪層・滑車・子骨・副支持帯・骨性線維管や神経の出入りしている筋肉,あるいは筋膜固有の神経孔などは,まず最初に非生理的な損傷を受けやすい組織である。慢性化して治癒しにくい痛みやしびれは,経筋が何度も損傷と修復を繰り返す過程で形成された,癒着や瘢痕がおもな原因である。つまり「横絡」する経絡が機械的に圧迫されたために,気血阻滞が改善しにくくなり,長期的に津液が滲出して,凝聚,浸潤した結果である。十二経筋が関係する上記組織の分布を,臨床での検証に照らし合わせて具体的に分析して, 200余りの常見される「筋結点」としてまとめ,これを経筋弁証論治から導き出された思索方法によって,分布の法則をまとめあげたのが本書である。治療の鍵となるのは「解結針法」を用いて「横絡」の圧迫を弛緩させることである。すなわち「一経が上実下虚で不通のものは,これ必ず横絡が大経に盛加して之を不通にさせ,視して之を泄する。これを解結といわれるなり」である。
 明の張介賓は「十二経脈の外にある経筋とは何か? 経脈を覆うように営気が表裏をめぐる。そのため臓腑を出入りし次を以て相伝する。経脈は百骸と連携を取っており,そのため全身の維絡には定位置がある」と指摘している。本書は「筋結点」と解剖学の関係を直接観察して表現したため,多くの経筋愛好家が理解することに適しており,臨床上の操作の参考としてもさらに使いやすくなっている。われわれは,『黄帝内経』『経筋理論と臨床疼痛診療学』を参考に本書の基礎として,筋結点と神経・血管・筋肉・骨格の関係を図譜として編纂し,系統的に200以上の筋結点の解剖位置・効能・主治および注意事項を紹介している。本書を多くの経筋愛好家に手に取っていただき,経筋理論発展の一助になれば幸いである。

編者


『朱氏頭皮針[改訂版]』

あとがき


 今年3月,日本中国伝統医学研究院とリー針灸治療院創立20周年の際,本書の著者である朱明清先生を日本にお招きし,「朱氏頭皮針講演会」を挙行した。約120余名の中日の専門家,学者などが朱明清先生の精彩な講演を聴いた。参加者の方々から,近年得がたい盛会と称され,興奮をさそう衝撃的でユニークな講演会となった。
 私と朱先生は20数年前,ともに北京の国立中国中医研究院で臨床と教育にあたっていた。
 私はかつて中国中医研究院大学院の方薬中教授ら多くの名家について長年学習し,多くを学んだ。各家の長所を学んだ後,朱氏頭皮針には独自の境地があることを感じとった。朱先生から頭皮針を学び,その極意を会得し,臨床で良好な治療効果をおさめることができた。
 朱明清先生は,アメリカ籍の中国人で「朱氏頭皮針」の創始者である。
 1987年11月,中国の北京で,第1回「世界針灸連合会成立大会」で,朱明清先生は頭皮針をデモンストレーションされた。2名の北京軍区総合病院神経内科から,急性期(回復期)中風患者が担ぎ込まれた。1名は40日前に脳梗塞にかかった患者で,当時は左片麻痺で,筋力が1から2。15分針灸した後,ひとりで立ち上がると同時に,前へゆっくりと歩くことができた。もう1人は脳溢血になり1カ月余りの患者で,右片麻痺,筋力0。30分刺針後,軽く支えられて立ち上がると同時に,足を動かし動くことができた。これは参加した56カ国の600余名の代表を震撼させ,「神針の朱」と称賛された。
 私は1988年に来日し,1989年,後藤学園に朱先生を紹介し,講演会が催された。さらに東洋学術出版社に「朱氏頭皮針」を推薦し,出版の協力も行った。同時に,この神秘的で針麻酔後の第二次針灸革命の意義をもつ朱氏頭皮針医学を日本に紹介した。
 1989年,朱先生は台湾において,高い医術により各界を震撼させ,朱明清旋風を巻き起こした。この後,彼は1本の針をたよりに,ヨーロッパ,アメリカ,アジア,オセアニア諸国を歴訪し,畢生の力で中国針灸医術が,最も古く,最も現代的で,最も科学的な全科医学であり,現在最も偉大な医学でもあることを証明した。
 1990年,朱先生はアメリカのカリフォルニア州に定住した。現在,アメリカ朱氏頭皮針医学教育基金会の会長,「朱氏針灸神経医学センター」の首席顧問および主任医師,「朱氏頭皮針研究教育基金会」の主席などの職務についている。
 23年来,私は日本の各地で頭皮針療法を指導し,臨床各科の応用に重きをおき,いつも満足する効果を上げてきた。
 20余年の時が流れ,再び朱教授を東京にお招きし,朱氏頭皮針医学の新たな進展を教えていただいた。ここに再び,朱氏頭皮針医学の,救急,急性,重症,麻痺治療における精華のありかを知ることができた。
 「刺針に導引を加える」のが,朱氏頭皮針医学である。治療では針到,意到,気到,導引到,効果到の域に達するのを不二の教えとする。この新刊『朱氏頭皮針・改訂版』の出版は,朱先生の50年にわたる臨床の精髄を十分に表している。
 このたび,朱先生から新刊の序を書くよういわれたが,身の丈を越えており,この針の学習,教育,臨床応用や,「朱氏頭皮針」医学からの体得を少しだけお話して,あとがきにかえさせていただきたい。
 私は朱先生より,日本での「朱氏頭皮針」の講義,研究などを委託され,その責任は非常に重いと痛感している。皆さんとともに「朱氏頭皮針」が日本,人類の医学実践に貢献できることを願い努力したい。
 最後に,長年にわたり私への支持と協力,信頼を寄せていただいた後藤修司先生,兵頭明先生,山本勝司先生,井ノ上匠先生,および各界の友人に心からの感謝を申し上げたい。

日本中国伝統医学研究院院長
  リー針灸治療院
日本朱氏頭皮針研究会会長
厲 暢(リー・チョウ)
2013年4月10日東京にて

「証」の診方・治し方-実例によるトレーニングと解説-

あとがき


 この本の元となった『中医臨床』誌の「弁証論治トレーニング」コーナーはもう75回になりました。この間,大勢の読者に深い関心をもって愛していただいたこと,東洋学術出版社が重要なコーナーとして全面的に支援してくれたこと,そして私たち執筆者もそれに応えて努力したことから,順調に回を重ねることができました。まず執筆者の立場より,熱心な読者と,出版社の山本会長,井ノ上社長,編集者の森由紀さんおよびその他の協力者に心より感謝します。
 弁証論治は中医学の歴史と発展の結晶であり,中医治療学の精髄です。長年の弁証論治の実践は中医学の存在意義と価値を表しています。その意義と価値は次のとおりです。まず,弁証論治は中医学の全人観によって人間の疾病を観ます。そして,望・問・聞・切の四診および耳診・爪甲診・人中診などの特殊診察法により,病気のすべての情報を把握し,確実な疾病の情報によって証を立て,それに対する治療を行います。これは「頭痛医頭」「足痛治足」の局所療法から脱却し,患者の体質改善と病気の治療を含んだ,全面的かつ根本的な治療ともいえます。特に生活習慣病が多発している現代の高齢社会に対して,弁証論治は重要かつ現実的な意義があります。これに対して,西洋医学の診療は病気の原因を細胞・DNAのレベルまで追求し,異常があれば治療します。しかし,異常がみつからない場合,ほとんどが「要観察」のまま放置されることが多いです。そのような半健康者(症状はあるが,検査すると異常が認められない)に対し,弁証論治では積極的に治療することができます。このような西洋医学的治療の不足を補完できる中医弁証論治の治療価値は今後ますます証明されていくことでしょう。
 本書で紹介している症例は75回分の「弁証論治トレーニング」コーナーからの抜粋です。紙面には限りがあるため,一部の症例は割愛せざるをえませんでしたが,これについては続篇に期待していただきたい。本書は症例を中心にして,臨床応用・病因病機・弁証理由・治療原則・中薬・方剤・経絡・経穴・手技など多岐にわたってわかりやすく解説をしているので,読者の理解と学習の一助になることと思います。中医弁証論治のトレーニングはこの本から始まります。これからもより多くの読者が弁証論治を熱心に学んでいかれることを心より祈っています。そうすることで日本における本格的な中医弁証論治は深く根付き,きれいな花を咲かせ,大きな実を結ぶことでしょう。

2012年夏 呉澤森


 季刊『中医臨床』「弁証論治トレーニング」コーナーは1994年からスタートして,今年で75回を超えました。
 私はコメンテーターのひとりとして,1995年の第6回目からこのコーナーを担当させていただきましたが,正直にいえばこれほど長く続くとは想像さえしていませんでした。この間,日本語の微妙な表現の難しさに悪戦苦闘することもありましたし,日本と中国の事情の違いを深く考えなければならないこともありました。しかしながら,日本全国の多くの読者の方々の中医学を学ぼうとする情熱に励まされ,また支えられて今日まで続けてこられました。全国の読者の皆さま,特に忙しい仕事の合間を縫って,一つ一つの出題症例に対して,真剣に分析しながら「弁証」と「治療」へのアプローチをしてくださった方々には,感謝の思いでいっぱいです。皆さまの貴重な投稿により,一つの病案に対してさまざまな観点からのアプローチができ,コーナー自体もよりダイナミックに展開することができました。心より感謝しています。また,長年の間,中医アドバイザーの場所をご提供くださり,コーナーへ症例提示のご協力をしてくださった日本漢方大家の桑木崇秀先生,菅谷クリニック院長の菅谷繁年先生,吉永医院院長の吉永和恵先生をはじめ,多くの諸先生方にもこの場をお借りして心より感謝を申し上げます。
 医学書で得た知識を自らの臨床経験に変えていくには,絶えず訓練や実践を繰り返さなければなりません。その点からいえば,このコーナーは「畳の上の水練」かもしれませんが,一つの練習の場として深い意味があります。しかし,実際の臨床では,症状の真偽もあり,証の挟雑や変化などもあるので,弁証と治療は,一筋縄ではいきません。過去にまとめた症例を振り返ってみると,まだまだ私の経験不足のために弁証も治療も十分でなかったと反省するところがいくつもありました。ゆえに症例に書かれた弁証と治療は,絶対のものとはいえません。あくまでも,実際の現場ではどのように弁証論治を進めればよいか,どのように臨床力を高めればよいかと思い悩む方々に,少しでも思考のヒントになってくれればと思っています。
 今回,東洋学術出版社の井ノ上匠社長と編集の森由紀さんのお力により,「弁証論治トレーニング」で発表した症例のなかから臨床でよくみられる30症例を選び,若干の修正とわかりやすい図表を加えて,新たに本として上梓することになりました。皆さまの臨床の参考としてご活用くだされば幸いです。まだ不十分なところに対して,ご批判,ご鞭撻をいただければ幸いです。

2012年夏 高橋楊子

中医鍼灸、そこが知りたい

 おわりに
 
 臨床に携わり二十数年が経過する。あっという間に時が流れた。
 この間、ふたつの柱を行動の指針とする。
 「患者に益する臨床家を目指す」ことと「先人の教えを次世代へ伝承する」のふたつである。
 まず臨床で感じたこと、出会った事実を極力言語化し再現性を高めるよう努めた。患者の表現する多種多様なオノマトペを中医用語に変化する作業は思いのほか難儀する。言語化しにくい技術的感覚は、そこにたどり着くまでの過程を方法論という形で補うようにした。脈舌のあらわす意味と現状との乖離にも論理の整合性をもって解釈する。
 伝承に関しては、発展過程の人間として、自身の力量から鑑み、主に初級者を中級レベルまで引き上げることを目標にする。
 前半の十年は師匠梁哲周先生の教えを嚙み砕き伝えることに重点を置く。性格上、軽いトーク口調になりやすいため、心の中で師匠と会話し、相手の認識レベルに合わせ、慎重に言葉を選びながら対話する。命門会会長時代の十年であり、自身よく考えた時代でもあった。
 比べて後半から現在までは三旗塾塾長としての顔である。先の経験を理論のなかに埋め、キーワードを作り発信するように努めた。思ったこと、感じたことを解放的に語る姿勢に変化する。感じた時代であったように思う。
 考え、感じ、そして悟る。
 今後は悟りの時代に入りたいが、そうたやすいものではないだろう。まだまだ感じる時代が続きそうだ。
 将来を見据えるも、真実は今の一瞬にしかないのではなかろうか? 日々の臨床の一瞬に精魂を傾ける臨床家として生を全うしたい。六味丸合補中益気湯合足三里の灸合太谿の鍼の日々はまだまだ続く。
 
     二〇一〇年十一月

著 者   

[チャート付]実践針灸の入門ガイド

あとがき


 1995年,残暑厳しい北京の9月。当時,私は,中国・大連で1年間の中国語研修を終え,北京に移って来たばかりであった。北京中医薬大学で中医学を学ぶためである。
 北京中医薬大学の教室には,日本語,英語,韓国語,スペイン語などの様々な言語が飛び交っていた。私には,まだ国際針灸班の私と同じ立場の留学生はもちろん,北京に知人もなく,不安と期待,希望が交差するなかで,最初の講義となる「針灸学」の先生が教壇に到着されるのを待っていた。
 私は,2年目にしてようやく中医学の勉強を本格的にスタートできる嬉しさも感じていたが,正直なところは,専門用語の多い中医学の講義を中国語で受けて,講義についていけるのかと不安のほうが大きかった。
 ガチャッとドアが開き,教室に入ってこられた「針灸学」の先生が,本書の原著者・朱江先生だった。朱江先生は,簡単に自己紹介をされたあと,自分が以前日本に滞在されていたときの経験,日本語が話せることなども話され,日本人である私は非常に親近感を覚えたのを鮮明に記憶している。
 その後の北京留学期間中,朱江先生には,中医針灸について多くのことを教示していただいた。なかでも北京留学2年目からは,週に一度,個人的に特別講義を受けさせていただいた。ふだんは講義のない時間に,朱江先生の研究室で補講していただくものだったが,夏期休暇や冬期休暇には,先生のご自宅にまで押しかけ個人講義を続けていただいた。
 個人講義では,「弁証実践練習」という目的で,主訴・年齢・性別症状・病状経緯などが4~5行にまとめられた病案を渡された。私は,その場で患者に対しているつもりで,分析・診断し弁証を組み立て,導き出された弁証にもとづき治療法則を定め,治療法則にもとづき治療に用いる経穴を選択し,さらに経穴に対しどのような手技を行うかをレポート用紙にまとめていった。ここで一番難しかったのは,すべての症状を1つひとつ中医学的な角度から病因病機を考え,図で表し説明することだった。私なりの弁証,治療法則,選択した経穴や病因病機図を記した答案を作成し,朱江先生が赤ペンで訂正しながら,解説してくださる形式の個人講義であった。この講義は,1年近く続き,当初はほとんど書けなかった病因病機図も徐々に正確に書けるようになり,それに比例して私の弁証する力,正確性がともに向上していった。ここで学んだ図解による繊細な弁証方法は,今日,私の臨床の礎になっている。
 本書の原著『実用針灸医案表解』は,2000年9月に中国で中医古籍出版社から出版されたものだ。じつは,私の「弁証実践練習」講義の際に使われていた教材資料が,当時,朱江先生が執筆中であった『実用針灸医案表解』の原稿であったという経緯もあり,私個人としてもたいへん思い入れのある本である。東洋医学全般,特に針灸に携わる者にとって,中医針灸の基本的な弁証論治法がシステマティックに図解された本書は,日々の臨床上での弁証論治の実践に非常に参考になり,とても心強い。
 20世紀なかばまでの中国では,現在の日本のように,針灸や漢方薬を使う医師にも多くの派閥や流派のようなものがあった。しかし中医学が大学教育に組み込まれるにあたり,多くの中医師が専門用語などの統一に努め,中薬の名称,経穴の名称と位置,弁証論治,治療法則など中医学全体の基礎が統一され,中医学を体系的に学ぶシステムが作られたのだという。日本でも同じように,針灸学の基礎や基本の部分はしっかり統一し,横のつながりが生まれるようになることを私は願う。
 
 「病因病機の解説」図のなかの中医学用語については,細かく文章化してしまうと,図解のもつシンプルなわかり易さを損なう恐れがあるので,あえて翻訳していない。しかし,わからない中医学用語に対して1つひとつ読者が中医学辞典で調べていると膨大な時間を費やしてしまう。そこで,原著にない「図の説明」の項目を設け私なりの図解の解釈を執筆し,さらに本書に出てくる内容に限った中医用語辞典として活用していただけるよう,巻末に「訳者注釈」をつけた。

 最後に本書の翻訳にあたり,お世話になった山本勝司会長をはじめ,編集部の方々,快く私に翻訳させてくださった朱江先生に感謝します。

訳者 野口 創 

『針灸三通法』

あとがき

近年,中国針灸の国際化,標準化が進み,世界各国からたくさんの人が中国に来て中国針灸を習うようになった。さらに,ヨーロッパやアメリカでは針灸の治療効果に対して高く評価されるまでになってきている。日本でも,中国針灸を用いて難病を治療するなど,中国針灸に対する理解が深まり,普及しつつある。
ちょうど4年前,私はある学会の講演会で東洋学術出版社の山本勝曠社長とお会いし,中国科学技術文献出版社から出版された父・賀普仁の著作『針具針法』を翻訳出版しないかと相談を受けた。じつは十数年前から,私は『針具針法』の日本語版を考えていた。しかし,当時の日本では中国針灸に対する認識がまだまだ足りず,中国針灸の理論を身につけなければ中国針灸の有効性を充分に発揮できないだろうと思い,『針具針法』を日本で出版するのは時期尚早と,断念していた。しかし,今なら大丈夫だろうと思い,翻訳出版の打診を受けてすぐに,著者である父・賀普仁に連絡をした。父は,「日本の鍼灸師が,この本を通じて中国針灸の多種多様な針具,針法の活用を理解し,中国針灸の真髄を認識して,臨床効果を引き上げることができ,日本の患者さんのために役立てば幸いだ」と述べて,快く日本語版の出版を許可してくれた。

針灸療法は中国伝統医学のなかで重要な部分を占めている。そして,針具針法は針灸療法の根幹である。賀普仁は大量の古典文献や現代資料,60年にわたる臨床経験をもとに,『針具針法』を書き上げた。本書では,針具・針法および手法の臨床応用,内功・指功の基本練習法を紹介している。中国針灸に対して,賀普仁が果たした最大の貢献は,「病には気滞が多く,法は三通を用いる」という中医病機学説を打ち立てたことと,「賀氏針灸三通法」という針灸治療体系を創立したことである。
「賀氏三通法」とは,配穴と経絡の関係や,気血運行の調節原理にもとづき,臨床上の「滞」と「通」に注目し,異なった疑難雑病の治療方法を総合した学術思想と方法学の体系である。それは,たんに3種類の治療方法という意味ではなく,賀普仁は,中医薬学・針灸医学に対して深く理解し認識する,ということも含めていたと思う。「賀氏三通法」は,針灸理論の研究,治療手段,操作手法および針具など,多方面において新機軸を打ち出し,多くの臨床経験を重ね,確実に成果をあげて成し遂げられた針灸医学の結晶である。なかでも,伝承が絶えた火針療法を発掘して,中医理論と古典文献の記録より自ら針具を製作し,研究と実践に身を投じて検討したことは特筆される。そしていまでは,火針療法は臨床において幅広く運用され,大きな成果をあげている。
中国政府は,中国針灸に対する賀普仁の貢献を高く評価して,2007年,中国初の非物質文化遺産針灸伝承人(日本の人間国宝に相当)に認定し,2009年には中国国医大師にも選定した。著者・賀普仁は私の父であり,偉大な大先輩であり,そして師匠でもある。師弟として,師匠の業績を受け継ぎ,向上させていくためには大きなプレッシャーがかかっているが,私は臨床経験を通して,「賀氏針灸三通法」以上に,便利で,即効性があり,効果の高いものはないと確信している。そのなかでも,特に切皮の重要性を知り,ツボの大切さを深く学んで十分に活用されることを願っている。今後,熱心に中国針灸を探索し,虚心に学問を研究する針灸同志の協力を得ながら,本書が日本における賀氏三通法の普及や発展を更に推進する一助となるように心から希望している。
末筆ながら,この本の翻訳のために尽力してくださった,鍼灸師であり,優秀な翻訳家でもある名越礼子氏に,感謝の意を表します。また,出版にあたってお世話になった東洋学術出版社の山本勝曠会長はじめ井ノ上匠新社長,出版に関わってくださった関係者のみなさまに,心から厚くお礼を申し上げます。

精誠堂針灸治療院院長  賀 偉

【図解】経筋学-基礎と臨床-

経筋学を志す
 数年前から,現代の針灸学には「経筋学」の考え方が欠けているのに気づき,経筋について調べ始め,臨床でも経筋療法を試みてきた。
 まず,『黄帝内経』を調べてみて,十二経筋は,先人が人体解剖を行い,筋肉は機能しているものと考えて記述されたものであることを知った。
 その後,経筋について調べているうちに,わが国よりも中国で「経筋学」がはるかに進歩しているのに気づいた。原書で読むためには中国語の語学力が必要である。そこで当地に留学中の中国医師・崔泰林氏に1年間,医学中国語を学んだ。しかし,やはり言葉は喋ることが大事である。当地に住む李今丹女史(翻訳家,日本人と結婚)に中国語会話を習い始めてもう4年半になる。経筋について,より深く知るために中国語を学び始めたが,これは正に「盗人を捕らえて縄を編む」きらいがある。
 この間,臨床的にも経筋療法を応用して,いろいろな症例を経験してきた。
 「経筋学」の必要性について確信が得られたので,東洋学術出版社の山本勝曠社長に「『経筋学』を本にまとめてみたいのですが……」と,電話で相談してみた。
 すると驚いたことに,即座に「わかりました。引き受けましょう」と答えてくださった。私はこのことを非常に感謝している。
 もっと早くまとまると思っていたが,『[図解]経筋学』として原稿をまとめ始めてからすでに5年が経過した。
 書名を「図解」としたのは,イラストや写真をできるだけ多く掲載して理解を容易にし,日常の臨床にただちに役立つようにしたかったためである。

現代社会は「経筋学」を要求している
 「経筋理論」は立派な学問であり,「針灸学」とともに重要な存在であるので,書名を「経筋学」とした。これは,本書にも多くの経筋理論を引用し参考にさせていただいた『経筋療法』の著者・黄敬偉氏にも相談して,「学」と呼ぶに相応しい領域であるとのご意見であった。
 治療学は,ただ理論のみに走って臨床に役立たなければ存在価値はない。そのため,本書では読者の理解を容易にするために,東洋医学の用語はできるだけ平易な言葉で表現することにした。
 本書をまとめるにあたり,本当に経筋療法で効果があるのかを確認するために専門書の治療方法を追試したり,自分でもいろいろと治療方法を考案してみた。気がつくと,今では「経筋学」を学ぶことによって,現代医学では治すことができないさまざまな病気を治療できるようになっていた。また,私の住む周囲の人々も,経筋療法を含めた針灸治療を,「現代医学で治らない病気を治せる治療法」として認めてくれるようになっていた。
 大部分の患者は,整形外科・外科・精神科などに転々と治療を求めたが,「治らない」と訴えて来院する。例えば,線維筋痛症は精神的な緊張が原因となって全身,特に頸背部の筋肉に緊張を来す。筋肉痛はさらに進行し,ついには全身の筋肉に異常をもたらすようになる。一方,不安やうつ状態など精神的異常も進行していく疾患である。経筋病巣を治療すれば,精神的異常も改善される。線維筋痛症は,現代医学では原因不明で決定的な治療方法はないが,経筋療法で短期間に治療できる。

経筋病は筋肉だけの病気ではなく,精神的な異常など全身的に及ぶ
 一般に,経筋病は筋肉や関節に関係した領域だけだと思われがちであるが,実際には精神神経的な異常などを伴うことも多い。経筋病巣を治療すると精神的な異常が改善されていく。脳やあらゆる臓腑は,経絡(十二経脈や十二経筋など)を通じて,全身とつながっており,けっして個別に存在するものではない。これらの臨床例を本書のなかにも具体的に挿入した。「心身一如」といわれるが,精神状態(心)と筋肉組織(身)とも相互に強く影響し合っている。
 「経筋学」を学問として学ぶことによって,ほかの臨床家が治せない病気を治すことができるという臨床家として強力な武器を手に入れることができたと思っている。これらの治療法をできるだけ多くの臨床家に利用していただきたいと願っている。

多くの方々の協力に感謝する
 本書の編集にあたり,東洋学術出版社の山本勝曠社長に,また直接編集の労をとっていただいた井ノ上匠氏の特別のご配慮に感謝したい。
 医学中国語を教えていただいた崔泰林先生と李今丹女史,また古典に詳しい小松一先生にもさまざまな助言をいただいた。これら多くの方々の援助のもとに本書ができあがったことに感謝している。
 本書には,足らないところや誤りがあるかも知れないが,ご叱責をいただき,より正しいものにしたいと思っている。本書が少しでも実際の治療に役立つことを願っている。

西田皓一
2007年12月

針灸学[手技篇]

訳者あとがき

 中医針灸学が日本に紹介されてすでに久しいが,このたび,ついにその真髄ともいえる伝統手技に関する書籍を日本で出版するはこびとなった。周知のように中医針灸では,「理・法・方・穴・術」という診断と治療が一体化したシステムが確立している。正確な証決定と,それにもとづく処方を含む治療法の決定,そして最後に治療効果を決定するのがこの手技である。
 今日,多くの針灸師が中医針灸を学んでいるが,この伝統的な手技を習得することは,臨床面でいっそうの自信をもたらすとともに,治療効果の向上につながることであろう。書籍の記載にもとづいて自分なりに手技を模索していた人,伝統手技と聞くと何か神秘的または複雑なものと考えていた人,伝統手技を習得しようとしてもその練習の仕方がわからなかった人,これらの人々にとってついに待望の書籍が出版されるわけである。本書ではより理解しやすくするために写真と図説により詳しく紹介を行った。針灸に関する臨床や研究では,今までは主として「刺激の量」サイドからアプローチする傾向があったが,より多くの針灸師が伝統手技をマスターすることにより,臨床面においてだけでなく,また科学研究においても「刺激の量」の世界から「刺激の質」の世界へと発展することであろう。
 このたび,甘粛中医学院の鄭魁山教授に伝統手技について詳しく紹介していただいた。鄭魁山教授はその略歴からもわかるように,中国における伝統手技研究,針灸臨床の第一人者であり,日本に中国伝統手技を紹介するにあたり,その最適任者と考えられる。本書の出版により,本年は日本における中医針灸の「手技元年」を迎えることになる。本年はいろいろな意味でちょうどその機が熟した年でもある。本書においては,針灸学術の発展,臨床効果の向上,さらに針灸の国際交流の促進という先進的な観点から,一般的な伝統手技にとどまらず,さらに家伝をも紹介していただいている。本書はまさに「手技元年」を迎えるにあたり,鄭教授の最大限の心血を注いでいただいた名著ということができる。中医針灸を学習している日本の多くの針灸師は,この鄭教授の精神をうけついで手技習得に研鑽していただきたい。
 最後に,この中医針灸の真髄である伝統手技を無にしないためにも,単に技術の習得に走るのではなく,その運用の前提である正確な証の決定,処方の決定ができるよう,中医学基礎理論の研鑽にもいっそうの努力をはらっていただきたい。

学校法人・後藤学園中医学研究部長
兵 頭 明
1991年1月

臨床経穴学

訳者あとがき

  『常用腧穴臨床発揮』として,4代100余年にわたる針灸の貴重な家伝が,実に系統的にまとめられて,中国で出版されたのが1985年のことであった。本書の出版に対する反響は非常に大きく,特に針灸臨床家の本書への評価は高かった。比較的容易に内容が把握でき,さらに実用性に富んでいることがその理由である。中国国内では再版されるたびに直ちに売り切れとなって入手が困難であったことからも,その高い評価がうかがえる。
 私も読後に深い感銘を覚えた1人であるが,その感動を1人でも多くの日本の仲間に伝え,共に臨床に活用していきたいと考え,いくつかの研究会で連続講座を設け,2年にわたり本書の内容,特徴を紹介した。研究会用の資料づくりから計算すると8年余の歳月を費やしたことになるが,ここに本書の全貌を日本語訳によって紹介することができる運びとなった。
 著者の前言では「経穴の効能と治療範囲について述べた部分,経穴の効能が湯液の薬効と同じであり,針をもって薬に代えうることについて述べた部分,弁証取穴の部分,そして古典と歴代の経験について行った考察」,これらの内容が本書の精髄であるとしているが,その精髄が[臨床応用]のなかに実にうまく反映されていることに感銘を受けた。本書は臨床家の手引書としての価値が高く,弁証治療の妙味が少数穴(処方)のなかに実にたくみに反映されている。
 本書の内容は膨大であり,ページ数もかなりある。どこからどのように読めばいいのか,臨床の手引書として活用するには,どのように活用すればよいのかを,読者自身で考えていただきたい。まず前言にある本書の組み立ておよびそれぞれの位置づけを参考にするとよい。学生および初学者は,まず総論を熟読し,各章の概論を読み,ついで全穴について[本穴の特性]の項を読むと,中医学の生理観,病理観,および病理と経穴効能との関係を把握することができる。生理観,病理観,弁証論治の学習ができている人は,これらを前提として[配穴]の項を参考にしながら,[臨床応用]の項を学習することができる。病証と処方構成との関係を意識しながら考察すると,本書で紹介されている処方を暗記することなく,自分で処方を構成する力が養われる。ただし本書で紹介されている湯液処方の効能に類似する針灸処方ぐらいは,処方構成意義を比較し熟考したのち,頭に入れておくことをお薦めする。
 針灸治療と湯液治療とは,その生理観と病理観,弁証は共通しており,治療手段として外治法,内治法の違いがあるだけである。またそれぞれの特徴および優位性がある。本書の特徴の1つとして,この前提のもとに,針灸治療の可能性について針灸サイドと湯液サイドの両サイドを比較しながら臨床的,文献的な研究を行い,針灸医師として薬を用いないでどこまで多くの疾患や病証の治療が可能なのかを提示している。そのため本書では湯液の経典の1つである『傷寒論』の条文に対して,深い考察が行なわれており,またこれらに対する針灸サイドからのアプローチを紹介している。「穴は薬効のごとく針をもって薬に代える」というテーマに対する検討が,本書の精髄の1つとされていることもうなづける。 
 また本書では[症例]を多数紹介しているが,この多くの症例を検討することにより中医針灸学の理・法・方・穴・術という一連の流れを把握し,4代100余年にわたる李家家伝の学術思想の一端をうかがうことができる。さらに本書の各所で述べられている臨床的な見解が,どのように症例報告中に反映されているかを考えていただきたい。
 本書で用いている手技に関しては,まず冒頭の[説明]の項をしっかり把握しておくとよい。著者の指摘にもあるように,本書で提示している補潟手技はけっして複雑なものではなく,比較的容易に再現することができる。ただし最終的には熟練を要する。
 訳者にとってとくに興味をひいたのは,[古典考察]の項であった。日ごろ時間がないことを口実に,つい古典研究にあまり時間をさけなかったが,本書の訳を通じて私自身多少なりとも古典の学習ができたつもりである。特に著者に敬服するのは,古典研究の目的が臨床のためとはっきりしており,また臨床を通して古典を再考察し,自身の見解を明確に提示していることである。古典研究の1つのありかたを実践により示してくれている。
 以上,本書の組み立てと感想を述べたが,なんども本書を学習・研究・応用することによって本書がもつ系統性,一貫性,実用性を読者にも感じていただきたい。
 現在,中国では針灸処方学という新しい領域を構築するために,非常に多くの古典文献の整理が行なわれている。これは古典臨床書のなかに散在している針灸処方を整理し,古人がどのような病証に対して,どのような角度から,どのような治療目的で,どのような経穴を選穴配穴して処方を構成しているのかを研究する領域である。この研究を通して,それぞれの経穴がもつ効能およびその臨床応用の可能性はいっそう明確になることであろう。本書はこのことを研究テーマとし,さらに家伝を公開していることも含めて,先駆的役割をもつ専門書であるということができる。本書では[歴代医家の経験]という項を設け,古人の経穴に対する臨床的な認識・経験を広く紹介していることからも,このことがうかがえる。本書の学習を通じて,古典臨床書を解読する力がつけば,大いに古人の臨床経験を学ぶことができる。最後に多くの針灸臨床家が本書を座右の書として活用し,臨床に励まれんことを希望してやまない。

兵頭 明
1995年1月吉日


中医鍼灸臨床発揮

本書と『臨床経穴学』(東洋学術出版社刊)の位置づけ

 ここに『臨床経穴学』につぐ第2弾として,李世珍先生の『中医鍼灸臨床発揮』を紹介できることとなった。本書の特徴は,『臨床経穴学』が治療穴を中心テーマとしながら,常用穴の臨床応用の仕方を提示しているのに対し,弁証論治の仕方を中心テーマとし,膨大な症例を提示しながら臨床証治の法則を述べた点にある。つまり学習した基礎理論と弁証論治を,臨床の実際のなかでどのように応用できるのかを,数多くの実例をもとに紹介している。また治療経過のなかで,病状の変化に応じてどのように対処すべきかを学ぶことができるようにもなっている。
 著者は400症例以上の医案を提示するだけでなく,医案に対して詳細な検討を加えている。そして,各症例を比較することにより,臨床証治の法則をも提示している。これは我々に臨床に際しての心構えと方法論を示唆したものといえる。


医案と教科書の役割分担と関連性

 医案と教科書,臨床医学書にはそれぞれに役割分担がある。一般の教科書や臨床医学書では,1つ1つの病(あるいは証)についての明確な病理分析,典型的な証候,主証の紹介がなされ,鑑別がしやすく,また論治の面においても方穴(薬)には法則をもたせて紹介がなされている。つまり典型的なものが選択され,読者に綱領を提示する役割を担うものが教科書なのである。一方,医案は,常あり変あり,動あり静あり,共通性あり個別性あり,経験あり教訓ありといった具合に,内容は非常に多彩となる。著者によれば,「中医基礎理論は尺度となるものであり,臨床応用はこの尺度にしたがった技能である。そして,医案は基礎理論という尺度にしたがって臨床応用した技能の総括である。」としている。したがって,医案は基礎理論と臨床をつなぐ重要な役割を担うだけでなく,医案を学ぶことによって臨床応用力を身につけることが可能となるのである。

誤治を招く原因

 本書のもう1つの大きな特徴は,誤治による症例が紹介されていることである。誤治を招く原因として,四診の不備,弁証の誤り,選穴の誤りという3つの原因を指摘し,それぞれについて実例をあげながら考察を加えている。ここで紹介されている内容は我々にとっても教訓,戒めとしてくみ取ることができるものばかりである。このようなスタイルの医案は中国においても珍しく,したがって非常に貴重なものということができる。

「中医医案学」の構築

 南京中医薬大学の王玲玲院長が指摘しているように,本書はまさに臨床に即した実用書であるばかりでなく,さらに科学研究と教育面において極めて高い価値をもっている。李世珍先生は医案を中医医案学として中医学教育の必修科目にすべきだと提唱されているが,私もその早期実現を切望する1人である。
 李世珍先生は,医案から学ぶ重要性を強調するのみならず,さらに我々が治療した患者の医案を蓄積し,たえず探究しながら経験の総括を行うことが,我々自身のみならず後学の士にとっても価値があるだけでなく,さらなる法則の発見,法則の説明,そして法則の運用といった面でいっそう価値あるものとなると指摘している。まさにこれこそ中国伝統医学が歴代にわたって歩んできた道程であり,その継承の上に今日があり,そして今日のたゆまぬ努力によって未来を切り開くことが可能となるのである。
 今日まで歴代の医案が果たしてきた役割,そして今後において医案が果たすであろう役割を考えると,まさに著者が提唱しているように,医案が中医医案学として中医学教育の必修科目として導入されるのも,さほど遠い将来のことではないであろう。我々はその実現を待つまでもなく,今ここに『中医鍼灸臨床発揮』を中医医案学として位置づけ,さっそく学習することができるのである。今一度,本書の学習を通じて中医鍼灸学のもつ系統性,一貫性,実用性,再現性を体験習得しながら,本書を各人の臨床の必携書として活用し,臨床に励まれんことを切に希望し,訳者の後書きとする。

兵 頭  明
2002年5月吉日

写真でみる脳血管障害の針灸治療

あとがき

 脳血管障害に対する針灸治療に初めてのシステム化がなされた。それが本書にて紹介した「醒脳開竅法」である。この治療法は,脳血管障害に対する積極的治療法であり,発症直後からこの治療法を採用すると,死亡率の低下,ADLの向上,合併症の治療等に有効である。また,慢性期の治療にも応用することができる。この画期的な治療法は,1987年11月に北京で開催された世界針灸連合学会で初めて発表され, 多数の参加国の代表から特に注目をあび高い評価が与えられた。とかく脳血管障害に対する針灸治療は,後遺症期の症状改善に適しているとされてきたが,本治療法の開発により針灸治療は,脳血管障害治療の最前線に登場することとなった。
 「醒脳開竅法」は,その治療におけるシステム化がはかられたことにより,多くの針灸師が実践できるものとなっている。開発者の石学敏教授がいつも言われていることであるが,針灸においてはその治療効果に再現性をもたせることが必要である。それはまた臨床サイドにおける針灸の科学化につながるものである。本治療法は,約3000症例にわたってその治療効果の再現性を実証している。
 ところで,この治療システムのなかには,手技も含まれている。針灸においては正確な証の決定(診断)とそれにもとづく処方の決定が重要であるが,さらに治療効果を決定づける重要な要素として手技の問題がある。ここでは付録1として「基本補瀉手技」を紹介しておいた。この基本補瀉手技は,どの疾患の治療にも応用することができる。
 また付録2として「醒脳開竅法に用いる経穴と刺針技術」を紹介しておいた。これは天津中医学院付属第1医院の王崇秀助教授が,医療法人財団仁医会牧田総合病院で行った「醒脳開竅法」の技術指導内容を,学校法人後藤学園講師である似田敦氏が整理したものである。多くの臨床的ノウハウが,この付録ではうまく整理されているので,実際の臨床に活用していただきたい。
 針灸療法は現代医学,リハビリテーション医学等との連携により,今後いっそう重要な医療的役割を担うものと思われる。とくにここで紹介した「醒脳開竅法」は,これらの分野との協力が必要であり,そうすることによりQOLのいっそうの拡大が可能となり,本治療法もその真価を発揮することができるのである。多くの針灸師がここで紹介した補瀉手技に熟練し,この治療システムを活用されんことを心より期待する。

学校法人 後藤学園中医学研究室長
兵 頭 明


中国刺絡鍼法

あとがき

 日本刺絡学会の運営委員会で『中国刺絡療法』(原書名:『実用中国刺血療法』)を翻訳しようと発意されたのは、もう7,8年前になる。そのころに中国で出版された数冊の刺絡鍼法に関する本を検討して、基礎的な理論と臨床の実際、関連する問題についての論文などが配されていて、日本の刺絡鍼法の発展のために役に立つと考えられたからである。東洋学術出版杜の山本勝曠社長と翻訳担当を引き受けてくれた植地博子さんとで相談して、出版することにした。ところが、出版杜の中国の科学技術文献出版社重慶分社に翻訳の許可を申し込んでもナシのつぶてで、いつまでたっても返事が来ない。
 ようやく再度、翻訳しようとの機運が起こって来たのは6年前,「日本の刺絡学術を再興するためには、鍼灸師のための刺絡鍼去マニュアルが必要である」となり、日本刺絡学会で『刺絡鍼法マニュアル』をまとめようと決定してからである。日本の刺絡の学術と中国の刺絡の学術とがどのように異なっているのかを明らかにすることによって、日本ではどのような刺絡鍼法の発展があったのかを明らかにすることができる。そしてまた刺絡鍼法をどのような方向に発展させるべきかを考えるためには,中国の刺絡鍼去に関する実情を知る必要がある、と運営委員が認識したからである。再び、中国刺絡鍼法を我が国の鍼灸師の方たちに知らせるための努力が始まった。『中国実用刺血療法』翻訳委員会が設けられた。当初に予定していた植地博子さんが多忙になったために翻訳を担当することが無理となった。そこで、中国に10数年暮らし、北京中医学院で中国鍼灸を学んで、神奈川県リハビリセンターで鍼灸臨床を担当している徳地順子さんと,新進鍼灸家の関 信之さん、島田隆司、それに後藤学園で鍼灸教育に従事している島田 力の4人で分担して翻訳作業を開始したのが平成6年5月である。月に1~2回集まって、担当した部分の翻訳文を提示し、翻訳上の問題点を出し合い、検討し、再度翻訳し直し、それをワープロに打ち込み、という作業を2年ほど経て、平成8年春には第1次の翻訳文を作成した。途中で翻訳メンバーが不足していることに気がつき,関西鍼灸短期大学王財源氏や東洋学術出版社に応援を求めて高橋氏と渡辺氏に加わっていただいた。翻訳上で特に問題になったのは中国での病名が現代医学的に通用しにくいこと、日本での疾病分類と中国での分類との間の異同、中国での弁証名をどのように翻訳するか、などであった。
分担して翻訳したための用語の違いを統一し、日本語らしい文章に修正し、翻訳委員がそれぞれワープロに入力したものを西岡敏子事務局長がまとめて入力し、大貫 進・石原克巳氏ら日本刺絡学会運営委昌会の主要なメンバーに目を通していただき、さらに全体の校正を数回に渉って河島さんにお願いして、という手続きを経て、ようやくこのほど出版の運びとなった。
 随分と年月がかかってしまったが、この中国刺絡鍼法が日本の刺絡鍼法の発展のために十分に活用されることを願って、後書きとする次第である。本書の発行のために随分と勝手な言い分を聞いて戴き、出版にまでこぎつけて下さった東洋学術出版杜の山本勝曠社長には深く感謝申し上げる次第である。

針灸弁証論治の進め方

訳者あとがき

 本書は,西洋医学的診断を踏まえたうえで,臨床に当たっては,中医学理論を駆使して病因と病機を探索し,さらにそれが選穴や手技に具体的に応用されていくという,現代中国のオーソドックスな針灸臨床の流れを各種病症について解説したものであり,読者は本書を通じて,現代中国における針灸臨床の概略に触れることができる。
 本書の翻訳・出版の第一義は,中医学針灸の紹介である。そのため,未だ中医学に親しむ機会の少ない読者には,とにかく中医学の基本用語などに慣れていただく必要を感じた。そのため,翻訳にあたっては,症状や生理・病機などに関して頻繁に用いられる術語や漢字は原語を併記するか,〔〕内に訳注を付した。また,術語全体をそっくり日本語に置き換えることよりも,1つ1つの漢字の持つ概念を示すようにつとめた。そのため,やや読みづらい表現になっている点についてはご容赦を乞うとともに,読者には訳注などを参考にしながら,術語の示すニュアンスを汲み取っていただきたいと思う。しかし,本書は通読書でなく参考書として,臨床の座右に置いて拾い読みされることも配慮して,若干の工夫をこらしたつもりである。
 本書は,ボリュームの割にいくらか内容が多岐に渡りすぎ,その分,細部の説明がやや不十分になりがちなところもあるように思われる。また,処方解説などで,論理的配穴とはいいながら,その説明のいささか強弁的色彩にとまどいを感じる読者もおられることと想像する。しかし訳者は,必ずしも本書の内容がそのまま日本の針灸臨床で追試ないし適用されることを期待するものではない。本書は臨床参考書の体裁をとってはいるものの,むしろ,古典理論と実践との関係をどのように捉えていけばよいのかといったことについて考える際の参考として読まれることをも期待している。たとえば選穴について考えてみると,日本では,難経を中心とする古代原典に書かれている方法が比較的そのままの形で臨床で使用される傾向があり,復古的色彩が強いのに対して,中国では古典を理論の土台とはしつつも,具体的にはより実践的な針灸歌賦など,現代に近い著作物や,直接,師から弟子へと伝わった経験の継承が重視されているのが伺われるであろう。このように両国民の気質や歴史的背景の違いなどを考慮することで,日・中で生じる差異などについて思いを及ぼし,今後古典理論をどのように日本的に展開していけばよいのかを考える材料としてとらえてもいただければ幸いである。
 訳者は,針灸臨床家であって翻訳のプロでないのであるが,1つ1つの漢字が固有の概念を持ち,微妙なニュアンスを表現することにすぐれている中国語に惹かれるものがある。本書を通じて柔軟性と深みのある中国人の古典解釈の仕方を汲み取るとともに,ときに批判的にながめることで,今一歩広い目で針灸を見つめるきっかけにしていただければ,訳者の労も報われるところもあろうかと考えている。
 最後に,つたない翻訳しかできない私に,本書の紹介と翻訳の機会を与えていただいた山本勝曠氏に感謝の意を表します。

訳 者
2001年1月


[症例から学ぶ]中医針灸治療

あとがき

 私たちは,しばしば症例の紹介や報告を見たり聞いたりするが,たいていはある疾病や病証の説明をより具体的に示すための症例紹介であることが多い。だが,本書は徹頭徹尾,症例である。冒頭の「出版にあたって」の中に,「症例研究というのは,間接的な臨床実践として,学習者が他人の診療経験をくみ取るのに役立つだけでなく,さらに重要なことは,学習者の臨床における弁証思考能力を培えるということである」と記されているが,本書はその意図を十二分に具現しているといえる。
 私たちが目にする症例の中には,脈象,舌象,その他の検査結果が,どのような思考経路をたどってその診断(弁証)にいたったのかが必ずしも明確でないことがしばしばあるように思う。私が本書の一番の特徴だと思うのは,その思考経路が明確で,読み手の思考が中断されないという点である。それは,各症例に付けられてある「考察」の内容がまさしく必要かつ十分で,非常にていねいであるからだ。どうしてそのような診断(弁証)が行われたのか,なぜそのような治療を行ったのかの説明はもとより,一般的な解説,またときには古典を引用して病因病機を述べた後に,その症例の具体的状況を一般論から演繹して説明しており,なるほどそうかと,うなずきながら読むことができる。
 症例報告が,報告する人のためではなく,学習する人のためにあるのだ,という当たり前のことが,これほどしっかり守られているということは,学習するものにとって,たいへんうれしいことである。
 また,いま必要な症例を,この中から見つけて参考にするという使い方はもちろんだが,本書は,「考察」の部分の充実ゆえに,通読に値する。本書の考察部分は,中医理論そのものであり,それが臨床実践と呼応しているために,用語のイメージを明確にすることができる。
 針の操作について,きめこまかい説明があるのも本書の特徴といえる。症状の変化に対応した操作方法の調整,あるいは操作の過程での患者への対応なども興味深く,おおいに参考になる。病歴が長く,治療が長期にわたる患者,あるいは精神的原因が大きい患者などに対する対応の仕方も参考になることが多い。
 痺病に用いられている敷き灸治療などは,今日の日本ではそのまま用いることは難しそうだが,これを参考にしてもう少し狭い範囲で簡便な方法を考えて行うこともできるのではないかとも思える。痔病の項で用いられる火針治療もなかなかそのままでは用いにくいようだが,これも参考になる。軽症のものに大胆に試してみることも可能ではないだろうか。この症例に啓発されて,針灸の外科領域での応用が今後研究されていく可能性もあるのではないだろうか。
 脱病の項のペニシリンショックが古代の「尸厥」の証候に類似している,というのも興味深い。『史記』の扁鵲伝に「尸厥」の症例が出てくるが,古代の話かと思っていると,意外にも現代でも同じような病症がありうるということだ。ペニシリンに限らず,医療事故や屋外での事故などで,このような場面に遭遇することもありうる。日本ではたいていは病院での処置になるが,とっさのときにこのような経験の知識が役に立つこともあるかもしれない。
 納得したり,感心したり,驚いたりしながらのけっこう楽しい翻訳作業ではあったが,訳語の特定にはいつものことながら苦労することも多かった。調べがつかないものについては,渡邊賢一先生に助けていただいた。ここに記して感謝します。

名越 礼子
2005年7月