あとがき
当初,原稿を出版社に送った時点では,江部洋一郎も健在であった。しかし,2017年5月の急逝により,図らずもこれが遺作となってしまった。今となってみれば,自身の先行きを予感して,出版を急いでいたのかもしれない。
あらためて見直すと,内容の濃淡,力の入り具合もいろいろで,あまりまとまり感はないが,それがかえって普段接していた者からすると「らしい」感じがする。言葉遣いも,読むためのものというよりは話口調で,強調したいところは繰り返しも多く,読むほうにしてみればくどいような部分もあるかもしれない。もし,講演など実際に話しているところを聞かれたことのある方は,その口調を思い出しつつ読んでみられるとよいかもしれない。
経方理論はけっして完成されたものではないし,唯一の正解でもない。既刊の『経方医学』シリーズについても,最後まで手を入れようとしていたことが,残されていた蔵書の書き込みなどからもわかる。
江部は師匠と呼ばれることを嫌っていた。漢方を学ぶ者は同志だと。なにかに盲目的に従うのではなく,それぞれが自分なりに考え,高め合っていき,ひいては全体のレベルアップにつながればよいという考えだったのではないだろうか。これからは,疑問があっても江部が直接答えてくれることはない。しかし,これまで得たものは惜しみなく与えてくれた。受け取ったほうがそれを踏み台にし,各人なりに消化し活用し,ひいてはそれを乗り越えることこそ,江部が望むところではないだろうか。
今回も東洋学術出版社の方々には大変お世話になった。特に編集部の麻生修子氏には,見慣れないであろう手書きの原稿を活字に起こすところから,多大なるご苦労をかけた。江部独特の図も見事に出版に堪えるものに仕上げていただいた。深く感謝する。
2018年8月 送り火の日
蟬時雨の京都にて
宗本尚志