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『中医オンコロジー ―がん専門医の治療経験集―』 おわりに

おわりに


 あるとき,広安門病院の進修医制度を利用して勉強に来ていた肝臓内科専門の中国人医師と知り合いました。その医師は,「西洋医学では風邪すらろくに治す方法がない。だから俺はいい年して中医学を始めたんだ。だって治せなきゃしょうがないだろ」とぼやいていました。この話を聞いたときに,『皇漢医学』(湯本求真)の自序を思い出しました。
 「長女を疫痢のために亡(うしな)ひ習得せる医術の頼み少なきを恨み煩悶懊悩すること数月,精神ほとんど錯乱せんとするに至りしが,たまたま故恩師和田啓十郎先生著『医界之鉄椎』を読みて感奮興起(かんぷんこうき)し,はじめて皇漢医学を学ぶ」
 長女をなくして西洋医学に幻滅して漢方を志した湯本先生。これと同じような動機で中医学を始める人が中国にもいて,妙に感動しました。
 日本では,漢方医学は明治時代に否定されてしまい,医療の表舞台から消し去られていた時代もありましたが,そのようななかでも徐々に復活してきた経緯があります。どんなに虐げられようが,人間にとって必要なものは誰かが支え,伝えていくのだと確信しています。
 私は,近々留学生活を終えて日本に帰国する予定ですが,今後は日本でも中薬によるがん治療を積極的に行いたいと考えているところです。ただし,本書に記載した抗がん生薬のなかには,日本で医療用として使えない植物もあるため,日本で治療するときには,この中医オンコロジーの考えを残しつつ,実際の用薬は改変する必要があります。また患者の経済的負担を考えると,できれば医療保険でカバーできる生薬を使ったがん治療の可能性も追求しなければならないとも思っています。
 本書の出版にあたり,私を漢方医として育ててくださった寺澤捷年先生(元日本東洋医学会会長),中医腫瘍治療の基礎を指導してくださった広安門病院腫瘍科の朴炳奎教授・花宝金教授,遅々として進まない翻訳作業に辛抱強くつき合ってくださった東洋学術出版社の井ノ上匠社長,また丁寧な編集をしてくださった同社の麻生修子さんに感謝の意を表します。


2016 年7 月 平崎能郎