訳者あとがき
医学の最も基本的な目的というのは一体何でしょうか? それは病気で苦しんでいる方々が,少しでも楽になれるようにお手伝いするということではないでしょうか。では,その目的を達するために最も大切なことは何でしょうか?それは患者さんの疾患の原因を正確に把握し,それに従い正しい治療方針を選択し,治療できる能力だと思います。
みなさんは,そんなことは至極当たり前のことであり,取り立てて言うほどのことではないとお考えかもしれません。しかし,この当たり前のことを実践するのは,実は非常に難しいことではないでしょうか。
こういった能力は,けっしてすぐに身につけられるものではなく,ある程度の経験を積まなければ,なかなか手に入れられるものではありません。しかしそうなると,患者さんは経験豊富な「老中医」ばかりを頼りにし,若い中医師の経験の場は,益々少なくなってしまうことにもなりかねません。
では,臨床研修中や大学を卒業したての中医師は,どのようにしてこの経験の場を勝ち取ればいいのでしょうか?
本書『[実践講座]中医弁証』は,中医学の初学者に,擬似臨床の場を与えてくれる,ユニークで新しいスタイルの良書です。本書には,付録の「症例トレーニング」も含めて,200近い症例が収められています。しかも本篇部分は,医師と患者との問診のやり取りが記載されており,会話の途中で解説を交えているので,患者さんの話をどのように受け取るか,また,問診に対しはっきりした答えが返ってこない場合には,どのように聞き出したらよいか,ということまでわかるようになっています。
さらに,中医入門者の方にもわかりやすいよう,中医独特の言い回しはできるだけ簡易な日本語に直し,把握しておいたほうがいいと思われる中医の専門用語については,井ノ上匠氏を始めとする東洋学術出版・編集部のみなさまのご意見もうかがい,巻末に「訳者注釈」としてまとめてみました。
このように,新任医師も,本書を通してある程度の経験不足をカバーできると訳者は確信しています。本書が中医学を勉強する医師の方々にとって,少しでも経験を積むお役に立てることができたなら,訳者にとってこれ以上の幸福はありません。
訳者は何分にもまだ翻訳経験が浅く,不十分な部分も多々あるかと思います。諸先輩方のご指摘・ご指導をいただけましたら,非常に光栄に思います。
最後に,私のようなかけ出しの者に,本書の翻訳という大役を授けてくださった,東洋学術出版社の山本勝司社長にこの場をお借りしてあつく御礼申し上げます。そして,本書の翻訳にあたり多大なご協力をいただいた,山東中医薬大学の諸先生方および「同学」のみなさま,また,本書の翻訳を薦めてくださった,同じく山東中医薬大学の留学生・八木誠人さんにも心より感謝申し上げます。また,翻訳期間中(それ以外にも)いろいろな方面から支えてくださった,私の周囲のすべての方々に,この紙面をお借りして心より御礼申し上げます。
2008年4月14日
山東中医薬大学にて 平出 由子