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中医学をマスターする5つのステップ

【書籍紹介】『名医が語る生薬活用の秘訣』

『名医が語る生薬活用の秘訣』

加島雅之先生(熊本赤十字病院)


■偉大な老中医の臨床を集約した歴史的名著
 ようやく,この本が翻訳されたか,という思いとともに,日本の漢方・中医のレベルが新しい時代に入った,という思いを新たにさせられた本書の翻訳出版であった。中医学を志し,一般的な教科書を学んだあとで,臨床力を向上させようと考えたときに,先達からこの本を薦められた経験をおもちの方も多いのではなかろうか。かくいう筆者もこの本を手に取り学んだ一人であった。以前はこの書を中国語と格闘しながら必死になって読んだものである。それが,ついに日本語の読みやすい訳文で手軽に手に取ることができるようになったのである。
 著者である焦樹徳先生は,中医の家系に生まれ,幼少期より伝統的教育を受けたのち,最も著名な老中医として名高い蒲輔周先生・秦伯未先生から教えを受けられた,現代中国を代表する老中医として知られる人物である。その技術は卓越しており,臨床系の要職を歴任された。特にリウマチ疾患などに代表される内科系難治性疾患の治療を最も得意とされていた。その焦樹徳先生の代表的著作が本書の原書である『用薬心得十講』である。
 漢方治療の臨床力の向上において,眼の前の病像に対していかに薬剤を適合させられるかという点は最重要課題である。この本の素晴らしいところは,一般の中医教科書にありがちな,通り一遍の生薬の薬能の羅列ではなく,さまざまな薬能をもつ生薬を臨床上で病態に適応させる際の考え方について,中核となる薬能を簡潔に示し,どのように他の生薬と配合させて処方を組み立て,どういうタイミングで使用するかを著者の深い臨床経験から具体的に示している点である。また,類似の効能をもつ生薬との臨床上の使い分けのポイントも簡潔に記載してある。
 エキス製剤を中心とする臨床では,ともすれば生薬単位の理解はあまり必要ではないと感じられるかもしれない。しかし,じつはエキス製剤の現代的応用にこそ,生薬単位での薬能の理解が必須と筆者は考えている。

■エキス剤による漢方治療が抱える問題
 現在の医療用エキス製剤は,1976年に一般用漢方製剤から選ばれて収載されたものである。明治以降,日本では時の西洋医学で治療困難な疾患・病態に対して,もっぱら漢方治療が行われてきた歴史がある。医療用漢方製剤の選定に当たっては,医療用漢方製剤収載に先立つ時代,すなわち昭和初期までの,西洋医学では治療困難で,かつ当時よく認められた疾患に対する処方が選ばれる形となった。このため,結核や気管支喘息,心不全,胃潰瘍・十二指腸潰瘍などの消化性潰瘍に使用する処方が数多く存在する。例えば,清肺湯・人参養栄湯は肺結核などに,建中湯類は結核性腹膜炎に,柴胡剤も結核によく用いられていた。また,神秘湯や小青竜湯・柴朴湯は気管支喘息に,木防已湯・九味檳榔湯は心不全に,安中散や半夏瀉心湯・黄連湯・柴胡桂枝湯は消化性潰瘍に多く用いられてきた。
 だが,こうした疾患の状況は西洋医学の進歩に伴い一変した。胃潰瘍に対するH2受容体拮抗薬出現前の西洋医学の内科的治療は,食事療法とスクラルファートなどの胃粘膜保護薬程度しかなく,無効の場合には手術で迷走神経遮断を行うか胃切除を行うことしかできなかった。これが,1980年代にH2受容体拮抗薬が出現したことで,胃切除に至る例は激減した。さらに,1990年代に入るとプロトンポンプ阻害薬が普及し,消化性潰瘍によって上部消化管穿孔を起こしている場合ですら,状態が安定していれば手術を行わずにすむようになった。また,消化性潰瘍は非常に高率に再発するが,ピロリ菌除菌療法の普及によって再発を起こさずにすむようになり,完治に導けるようにすらなった。
 このように,以前は漢方治療の独壇場であった疾患・病態の多くは,現代では西洋医学でほぼ完璧にコントロールができるようになってきており,特殊な状況を除いては漢方単独での治療は意味をもたなくなってきている。ここに,現代のエキス剤による漢方診療の大きな課題がある。
 新しい医療用エキス製剤が生まれず,またその見通しもない現状では,こうした今や漢方の適応が乏しくなった疾患に対しておもに用いられてきた処方を,今日の西洋医学では治療困難な疾患・病態に応用する必要に迫られている。もちろん,以前に開発された処方運用の方法を踏襲することで有効な場合もあるであろう。しかし,現代の漢方治療の対象となる疾患は,日進月歩の西洋医学の進化に伴って状況が次々と変化し続けており,やはり,従前の方法論の墨守では,要請される新しい病態への十分な対応は困難であろう。限られた処方の運用という制約のなかでこの問題を解決するためには,必要とされる局面に対して,病態の分析を再構築し,処方のもつ方向性の適合を新たに模索する必要がある。そして,これらを支える必須の基礎が,一つ一つの構成生薬がもつ薬能の臨床的理解であり,それに応えうる書籍の第一として本書があげられるだろう。

■処方の新しい運用法がみえてくる
 本書の記載の内容を見つつ,具体的な例を論じてみたい。
 まず,西洋医学的には異なる疾患・病態であっても,伝統医学の理論で共通する病態であれば,同じ治療戦略で複数の病態改善の可能性がある。例えば,加味逍遙散・小柴胡湯といった柴胡剤は,その主薬である柴胡が肝の気滞を除くとともに,少陽の熱を解決する作用をもっているため,気分障害や外感病の半表半裏証に有効であることが本書のなかで述べられている。この発想のもとに,SLEなどの膠原病のある局面を肝気の鬱結と慢性の熱と捉え,これらの薬剤を応用して有効であることは日常臨床でしばしば経験する。
 次に,処方中の構成生薬のもつ薬能から,処方の新たな適応病態の研究も求められる。難治性の皮膚潰瘍に対して,気を補うことで肉芽形成を促進する方法がある。このような内托法の主薬は黄耆であることが本書のなかで述べられている。この観点から,下腿浮腫の合併潰瘍に防已黄耆湯を使用することができるが,このような運用は,江戸時代の古方家の尾台榕堂も指摘している。
 最後に,より複雑な病態に対応したり,新たな薬効を生み出すための方法の一つに合方がある。筆者は,温病の湿重熱軽の初期に対する藿朴夏苓湯の代用として,医療用エキス製剤では茵蔯五苓散+半夏厚朴湯が使用できると考えている。このような運用の方法は,本書における茵蔯蒿が表湿を除くことができ湿温初期に使用することができるという指摘と,蘇葉が藿香と同様に暑湿に使用することができるとの指摘に合致している。
 優れた老中医の,臨床のなかで培われた,ふんだんな経験を集約した本書の内容を,翻訳により容易に学ぶことができるようになった。その内容は,日本の漢方医学の経験と矛盾するものではなく,より理解を深める一助となるであろう。さらに,生薬単位の薬能の中医学的な視点の導入により,処方の新しい運用法が見えてくるであろう。多くの諸兄がこの機会に本書を学んで臨床に当たられることによって,まさに,日本の漢方治療の新しい臨床応用の地平が切り開かれるものと確信する。



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